表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界法廷へようこそ(仮題)  作者: 椎名乃奈
第一章 勇者処刑編
8/19

007

「行きたいんなら、止めやしねえさ。恐らく、行ったところで何も見つけられないだろうからな」


 ノルトは、意地悪そうにそう言った。

 しかし、そう言うのも無理は無かった。聖教会が隅から隅まで探し終えた――言わば、空の宝箱の隅を突きに行くようなものだ。骨折り損になるだろうなんてことは十も承知だった。


「でしょうね。聖教会が躍起になって探しても見つからなかったのですからね。ですが――」


 フロイドは、一口葡萄酒を飲む。


「商人と言う生き物は、自分の目で確認をしなければ信用が出来ない生き物なんですよ」


 フロイドは、笑みを溢しながらそう言った。

 それは、フロイドなりの小さな反撃でもあった。

 

「なるほど、如何にも商人らしいな」


 ノルトは、笑いながらそう言った。


 しかし、フロイドは少々腑に落ちないでいた。

 これだけ有力な情報ともなると、初めて会ったような人間に、ましてや商人の様な損得勘定で動くような人間に教えるべき情報では無いはずなのだ。


 そもそも、何の目的があってこの情報を自分へと売り付けられたのか、その真意が分からないでいた。だが、聖教会と関わる人間が、誰とも知れない人間に売りつけに来たとは考え難い。


 だとすると、商人に的を絞って声を掛けに来たのか。それとも、フロイドだから声を掛けたのか――しかし、頭の中でどれだけ考えを巡らせたところで、今はその答えを分かるはずも無かった。

 だから、驕った葡萄酒にお釣りが来た――そう、思うことにした。


「おっと、もう良い時間か」

「そう言えば、そうですね」


 気付けば夜も深まっていた。


「じゃあ、俺はこの辺でお暇させて貰うよ」


 ノルトは、残っていた葡萄酒を一気に飲み干す。


「今日は、貴重な話をありがとうございます」

「いや、お互い様だ。気にしないでくれ」


 フロイドと握手を交わし、ノルトは酒場を後にしていった。


「お互い様か……」


 ノルトが居なくなってから、フロイドは小さな声でそう呟いた。

 お互い様とは、互いに同じような立場や境遇、状況に置かれることだ。だとすれば、葡萄酒一杯で機密情報を得たフロイドと、それを話したノルトと立場が同じであるとは言い難かった。


 疑り深いのは商人の性ではあるが、フロイドが一方的に美味しいだけのこの話には、何らかの裏があると考えるのが、誰であれ妥当であった。


 しかし、商人に危ない橋は付き物だ。常に石橋を叩いて渡れる程甘い世界では無い。どちらにせよ、フロイドは自分の目でサラシュタット王国より南西にある岬の別荘を確認すると初めから決めていた。


 フロイドも残っていた葡萄酒を一気に飲み干し、酒場を後にするのだった。


 そして、翌日。

 フロイドは、サラシュタット方面へと荷馬車を進める。サラシュタット地方は、偏西風の影響により比較的に温暖な気候で、豊かな自然に恵まれていることもあってか、農作物に適した土地だった。


「ふわああああ……」


 フロイドは冬であるにも関わらず、陽気な温かさに思わず一つ欠伸をする。


 サラシュタット地方南部には、コレットと言う女性の名前が付けられた山脈が広がっており、サラシュタット地方北部に向かうに連れ、気温は下がり、気候も偏西風に水分が多く含まれるため、雨が多くなる。


 サラシュタット地方南部は、夏には少し暑く雨があまり降らず乾燥しており、冬は雨が多く温暖だ。少し遠出になる今日は、晴れていて良かったと心の中でフロイドはそう思っていた。


 この地域では、独特な気候を生かして、夏には葡萄やオリーブや柑橘類と言った乾燥に強い作物が栽培されている。そして、冬には小麦の栽培や羊や山羊などの放牧による飼育も行っていた。


 逆にサラシュタット地方北部は、北へ行くほど寒冷であり、酪農が盛んであった。カスロパの村の様に、北西部や東部にある農村では、小麦やライ麦といった穀物の栽培、豚や牛といった家畜を飼育するといった混合農業が盛んに行われていた。

 

 そして、なによりフロイドにとってありがたいのは、王国騎士団が定期的に遠征することにより、魔物が討伐されている御蔭か、陽の出ているうちは少なくとも魔物に出くわすことがほとんどないことだった。

 これが、どれだけありがたいことかを荷馬車に乗りながら改めて実感する。


 少しばかし馬を常歩させていると、コレット山脈を背後に、遠目からでも見渡すことが出来る城壁が見えて来る。そして、その中央にある大きく聳える立派な建造物こそが、この大陸を治めるサラシュタット王国だ。


 そして――数日後、勇者が処刑される場所でもある。


 フロイドは首を左右に振り、自分の目で勇者が述べた言葉の意味を確認するまでは、なるべく考えないように努めた。


 南西の岬までは、距離こそ多少あるものの比較的に平坦な道が続く為、特に問題は無かった。しかし、敢えて言うのならば、話し相手がいない性なのか、穏やかな気候の性なのか、眠たくなってくることくらいだった。


 空が夕暮れ色に染まり始める頃、フロイドが二度三度となく欠伸をしながら道なりに南西へと降りていくと、一件の大きな家が見えて来る。他に建物が無いところを見ると、あれが勇者の言っていた別荘なのだろう。


 別荘の前まで来てみると、その堂々たるその門構えを見るに、どこかの貴族が道楽で創らせたようにも見えた。しかし、蔦や苔の生えたその外観は、ノルトの言う様に生活感があるとは言い難かった。


 取り敢えず、門戸を開き中へ進んで行く。扉を二度三度とノックしてみるが、中からは返事が無い。


「すいません、誰か居ますか?」


 大声で叫んでみるが、反応はない。フロイドは、ドアノブに手を掛け引いてみると、扉がぎいっと鈍い音を立てて開く。周囲の様子を伺い、誰も居なであろうことを確認し、中へと入って行った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ