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異世界法廷へようこそ(仮題)  作者: 椎名乃奈
第一章 勇者処刑編
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006

「ええ、簡単なことです。ここから先は、言わば商売の話です。でしたら、商売人として対等である為に、自己紹介をして頂きたいのです」


 すると、間の抜けた表情をし、青年は声を上げて笑い出した。


「なるほど。あんたは、変わっているな。俺の名は、アル・ノルトだ。あんたの名は?」


 そう言い、ノルトは手を差し出す。


「私は、シグ・フロイドです」


 フロイドは、その手に握り返し握手する。握手終えると、ウェイターへ葡萄酒を自分とノルトの分と二杯注文する。間も無くして、葡萄酒がテーブルへとやって来た。


「では、改めて乾杯と行こうじゃないか。今日と言う日に――」

「乾杯」


 木樽で造られたグラスをガツンとぶつける。グラスに注がれた葡萄酒は、波を上げた。二人が一口ずつ飲んだところで、先程の話の続きを始める。


「じゃあさっそく、俺がフロイド、あんたに買って欲しい情報は、勇者の話だと言ったな。だったら、王国側が勇者を処刑しようとしている話は既に耳にしているな?」

「はい」


 フロイドは、こくりと頷いた。


「聖教会側は、これを何としても阻止したい」

「聖教会側が?」


 聖教会が勇者処刑を阻止したがっていると言うことは、王国へ楯突くことと同じ意味であった。しかし、ノルトのこの情報が確かならば、王国側にとって何か致命的な秘匿情報があり、聖教会はそれを探ろうとしている――若しくわ、王国を出し抜き、それ以上のことを企てているのかもしれない。


「ああ、そうだ。あんたも、王国側が何かを隠匿する為に勇者処刑をしようとしていると気付いているんだろう? 問題はそこだ。一体、勇者が何の情報を握ったのかということだ」

「勇者が魔王を庇ったと言う情報からも、魔王から一国を揺るがすほどの、最悪世界の常識を覆しかねない情報を手に入れていると言うことですね。そして、その情報を聖教会も喉から手が出るほど欲していると」


 確かに、もし仮にそれほどの情報であったとすれば、王国を滅ぼし、それに成り代わって聖教会が土地を支配することも可能になるかもしれない。それは、言わば形無き兵器を手にするのと同じことだ。


「ただ、その勇者が問題なんだ」

「やはり、会うことが難しいんですか」

「いや――」


 ノルトはそう否定すると、話を仕切り直す為に葡萄酒を口に運ぶ。


「聖教会が情報をどうやって収集するのか知っているか?」


 ノルトは、唐突に聞いて来る。


「いや」


 そう言い、フロイドは首を左右に振る。


「始まりの人間が犯した罪、即ち原罪によって人間が誕生したのなら、その罪は全人類に及ぶ。神の前では、全ての嘘は無意味であり、真実だけが救われる唯一の道になるだろう」

「それは、聖教会の教えですか?」

「ああ。これが、どういう意味か分かるか?」


 少し回りくどく――そして、問題の様な言い回しでフロイドへ問い掛ける。


 ノルトの言葉をそのまま考えるのなら、人間は誰しも罪を背負っている。だから、神の前で嘘を付くことは無意味であり、救われる為には真実だけを述べろと言うことだ。


 そして、フロイドはハッとして気付く。


「そうか、懺悔か。情報は、真実であることが大前提だ。神の前で、嘘を付くと言う行為は、懺悔したことにはならない。よって、聖教会へ罪の告白をしに来ることが、そのまま情報として入ると言うわけか」


 確かに、これは情報収集において優れた構造だった。自分から情報を集める為に躍起するのではない。言ってみれば、果報を寝て待つのと同じことだ。フロイドは、素直に商人として関心した。


「その通り。聖教会は、勇者へ懺悔させようとしたのさ。自分の罪を告白させることで、例え処刑されたとしても、その魂は今より軽くなり――そして、尊いものとなるだろう、とな」

「勇者は、何と?」


 口を割らなかったであろうと思っていながらも、フロイドは聞いてみる。


「岬の別荘にいるあいつに聞け――そう一言だけ言い残して、それ以上は何も話そうとはしなかったのさ」


 勇者が何かを言い残したと言うことだけでなく、葡萄酒の御蔭なのかノルトが勇者の発言を教えたことは、フロイドにとって意外であり、大きな収穫であった。


 それが勇者の最後の一言ということは、王国にとっても聖教会にとっても重要な証言であることには変わりない。それを酒席で聞けるとは、フロイドは微塵にも思ってもいなかったからだ。


 だとすると、勇者の発言だけでは意味を為さ無いのだろうか。

 フロイドは、ふとそう思った。


「勇者の発言をそのまま真に受けると、サラシュタット王国より南西にある岬の別荘を指しているんでしょうけど」

「聖教会が真っ先に向かわないはずが無いだろ。だが、これと言って何も得られなかった。あったのは、生活感の無い部屋だけだ」


 フロイドは、ノルトのその言葉に違和感を覚える。

 岬の別荘にいるあいつに聞け――と、勇者は言った。しかし、実際に足を運んでみれば、そこは生活感の無い部屋だったとノルトは言う。これは、勇者とノルトとの間に、何かしらの矛盾が成立しているということになる。


 勇者の言葉通りであるなら、聖教会が向かった時にいなかったとしても、誰かしらの生活感が残っていなければならないはずだ。しかし、ノルトが嘘を付いているとも考え難かった。


 恐らく、岬の別荘には何かしらの手掛かりがあるはずだ。

 もし、ノルトを出し抜くとしたらここだろう――フロイドはそう考えた。



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