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異世界法廷へようこそ(仮題)  作者: 椎名乃奈
第一章 勇者処刑編
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005


「なあ、あんた。さっき、穂発芽した麦を売りさばいていた商人だろ?」


 その青年は、ひょろっとした細身に、短髪の茶髪で、狐の様に細い目をしていた。フロイドは一目見て、どことなく胡散臭さを感じてはいたが、そのまま気にも留めていないかのように話を続けた。


「はい、確かにそうですが」

「やっぱりそうか。もしかして、商会か王国騎士団か――はたまた教会か、それともまた別のどこからか、事前に情報を仕入れていたのか?」


 そう言いながら、青年はどさくさに紛れてテーブルへと着席した。


「まさか。付き合いのある村で商品にならない麦を買い取ってこの街に寄ったら、予想外の出来事で結果的に儲かったと言うだけのことですよ」


 フロイドは、愛想良くそう言った。

 相手がどんな役職で、どんな人柄かも分からない内では、当たり障りのない会話はこれ以上に無いくらい役に立つ。何より、相手に自分の懐の内側を探らせない為にもそれは必要なことであった。


 なぜなら、この青年はフロイドが商会、騎士団、教会の三権のいずれに対して何らかの繋がりがあると見て、探りに来ているのだとそう思っていたからだ。しかし、真実は――偶然麦で儲けただけの、商会に所属している一介の行商人だ。


 こう言った相手は、後々面倒事に巻き込まれる可能性がある。フロイドは、それとなく距離を置き、必要以上に近づけさせないようにしていたが、青年からの思わぬ一言でそれは一変した。


「俺は、知ってたよ」


 フロイドへ実直に向けられた細い眼からは、鋭い眼光が光っていた。フロイドは、この眼つきをよく知っている。これは、間違いなく商人の眼だ。


「そんな馬鹿な。昼頃にこの街を出た時には、そんな話をしている人なんて誰一人居なかったはずですが」

「そう。正確には、物価高騰になることを知っていたわけじゃない。ただ、そうなるだろうと予測することは、実に容易なことだった」

「何故です?」


 青年は、不敵な笑みを浮かべる。


「俺は、勇者が処刑される情報を知っていたからだ」


 青年は、そう言うと残った葡萄酒を一気に飲みきった。


「勇者、処刑を……」


 フロイドは顎に手を当て、考えを隅から隅まで巡らせる。今までの会話の流れを頭の中でもう一度流れで整理していく。すると、そこから段々と見えて来る答えが一つあった。


「まさか、教会か?」


 青年の眉間が、一瞬ピクリと反応する。


「へえ、どうしてそう思う」

「勇者に関わる人間から考えれば良いだけです。三権の中で、商会から金になる話が流れたとは考えにくい。事実、後手に回っていた様子からも確実に違うと言えます」

「なるほどね」


 青年は表情を少しばかし変え、腕を組みフロイドの話へ耳を傾ける姿勢を作った。


「そして、王国騎士団から話が流れる可能性も一見ありそうですが、箝口令が敷かれたり、そもそも勇者が拘束されている事実さえ一部の人間しか知らされていない可能性もあります」


 フロイドは、喉を潤す為に葡萄酒を一口飲む。


「となると、勇者処刑の話が事実だと仮定した時に、確実に接する人間は教会の聖職者というわけです。なにより、あなたがはたまた教会か、と私に強調して尋ねたことが出所を明かしている様なものです」

「へえ、思っていた以上の商人だな。見事な推察力だ」


 青年は、腕を組むのを止め、テーブルへ頬杖を付く。


「あんたの言う通り、俺は教会と繋がりのある人間だ」

「あなたも商人なんですか?」


 フロイドは、一つ尋ねる。


「商人かと聞かれれば、商人なのかもしれないが、俺は自分のことを商人だとは思っていない。俺の扱っている商品は、物じゃない――情報だ」


 この御時世で情報を商品として売るには、どこかの強い力のある団体に所属するか、情報収集において余程の腕利きなのか、もしくは巧みに法螺を吹くペテン師か、そのいずれかであった。


 フロイドも、自分が情報を売っていると口にする商人に会うのは初めてであった。それは、情報を商品として商売する人間の顔が割れていては、情報を集めるのには向かないからだ。


「なぜ、情報屋のあなたが私のような商人のところへ?」

「ここからが本題なんだが、俺の持っているとある情報をあんたに買って欲しい。値段は、葡萄酒一杯で良い。どうだ?」

「それは、葡萄酒一杯程度の小話だと言うことですか? だったら――」


 青年は、フロイドの話を遮るように言う。


「情報が、勇者に関する話でもか」


 青年は、真摯な表情をフロイドへと向ける。

 確かに、フロイドにとって気になる話ではあった。王国騎士団の話に聞き耳を立てた程度の話では、大凡の話しか掴めず、肝心な話は何も聞けていない。かと言って、この青年から欲しい情報が手に入るかどうかと言うのも、また分からない話だった。


 しかし、青年は教会の看板を出している以上、不必要な情報を売りつけようとしているとは考え難かった。だから、フロイドは一つ条件付きでこの提案を飲むことにした。


「分かりました。しかし、条件が一つだけあります」

「条件?」


 青年の細い目で疑う様は、狐疑すると言った方がより正確であった。



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