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異世界法廷へようこそ(仮題)  作者: 椎名乃奈
第一章 勇者処刑編
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003


「失礼、一つ尋ねても?」

「ああ、この騒ぎのことかい?」


 門兵は、何度も聞かれてうんざりと言った様子であったが、仕方なさそうに聞かかれたことに答えてくれるあたりに、彼の優しさが垣間見える。


「どうやら、勇者が捕まって、数日後に王国での処刑が執行されるらしい」

「へえ、勇者が……えっ!」


 フロイドの間抜けな大声を出して驚くその様に、門兵は苦笑いしている。


「皆、同じ反応をしているよ」

「何かの聞き間違いでは?」

「いや、どうやら確かな話らしい。御蔭で、世界崩壊説だの、遠い街へ越すだの、街はこの有り様さ」


 門兵は、手で街の方を差す。


「国王様は、何を考えているのやら」


 門兵は、呆れたようにそう話す。


 確かに、勇者を処刑するというのその行動には違和感があった。魔物との戦争において、民衆の心の支えとなるはずの勇者を失うと言うことは、希望を失うことと同意義であるからだ。


 しかし、考えようによっては勇者を失っても、余りある何かを得ようとしているとも考えられた。それは、もしかすると商人的思考なのかもしれないが、それでも確かめない手は無い。


「お勤め中、申し訳ありませんでした」

「いやいや、構わないさ」


 フロイドは門兵へ一つ礼をし、ハーフェンの街の中へと荷馬車を引きながら入って行く。街は門前よりも更に喧騒であった。〝サラシュタット王国〟が近いせいか、もともと賑やかで品揃えの豊富な街なのだが、勇者処刑の影響で街人は混乱していた。


 フロイドは、その様に呆気に取られていると、近くを通り過ぎた中年男性に突然声を掛けられた。


「なあ、あんた。もしかして、その荷台に積んであるのって麦か?」

「はい、そうですが、これは穂発芽していて――」


 フロイドの声を遮る様に、男性は前へ詰め寄って来る。


「構わねえ、売ってくれ。アル銀貨――いや、ラント銀貨一枚で二束譲ってくれ」

「お客さんが良いのでしたら、どうぞ」


 そう言って麦二束を手渡し、ラント銀貨一枚を受け取ったが、フロイドは少しばかし恐縮していた。


 これは、カスロパの村で〝ベルク金貨〟一枚で買い付けた麦だ。本来の相場で言えば、一束およそ二十本の麦で〝ラント銀貨〟二枚程だ。しかし、この麦は商品にはなり得ない穂発芽した商品であり、ラント銀貨一枚とはかなりの高値であった。


 それを自ら進んでその値で買い付ける辺り、今後の不況に備えて店が軒並み便乗値上げをしていることが予想出来た。需要と供給の差は純粋な利益に繋がる。だとしたら、これは大きな商機であった。


 フロイドは、今回の勇者処刑に関して、王国側に何らかの大きな動きがあると読んでいる。つまり、この騒動は見越されていたものであり、数日もすれば市場は落ち着きを見せるだろうと考えていた。


 フロイドの読み通りならば、勇者が処刑されるまでの数日間ならこの穂発芽した麦であれ、普通の麦と何ら変わらぬ商品へと化けるのだ。それは何も麦に限った話ではなく、生活に必要な物はどれも高値で売れるだろう。


 何よりも大きい利点は、自分から声を上げる必要の無いことだった。


 必要としている人間が自分達で望んで買いに来るからだ。こうしている間にも、フロイドの荷馬車を目掛けて人々が集って来ている。久々の大きな商売に、フロイドは心を躍らせていた。


 唯一、失敗したなと後から思ったのは、初めにあの中年男性へラント銀貨一枚に対して麦二束で売ってしまったことによって、麦の価格設定を後から出来なくなってしまったことだった。


 後悔先に立たずとは、まさにこのことだなと身に染みていたのだった。


 そして、穂発芽した麦はものの数十分程度で完売してしまった。その売れ行きは、この勇者処刑に対する余波の大きさをそのまま指し示していることに他ならなかった。


 まさか、ベルク金貨一枚で買い付けた麦が、しかも穂発芽した実質価値の無い商品がこうも化けるとは思いもしなかったが、完全に後手に回って動く羽目になってしまったことは、今回の反省点であった。


 世は回り持ちだ。

 金にしろ、今回の様な幸運にしろ、いちいち有頂天になっていては、商人として三流だ。しかし、素直に喜ぶべき時は、素直に喜ぶべきであると、フロイドはその金を手に、宿舎へ荷馬車と荷物を預け、酒場へと向かった。


「いらっしゃいませ」


 若い女性のウェイターに出迎えられる。

 しかし、店内の様子はいつものお祭り騒ぎの様な賑わいが無い。かと言って、席に着いている客が居ないわけでは無いが、まるで真冬の曇り空の様にどんよりとした空気が漂い、閑散としていた。


 フロイドは、ウェイターに案内され席へ着き、注文がてらこの有様について一つ尋ねてみることにした。


「もしかして、勇者の処刑の影響で?」

「はい。勇者様の処刑を街の人達も耳にして、御蔭で店もこの有様です」


 ウェイターはそう言い、苦笑いをしている。


「なるほど、こんなところにも余波が来ていたわけですね」


 やはり、フロイドの思っていた通りであった。


「取り敢えず、葡萄酒を頂けますか?」

「大変申し上げにくいのですが、葡萄酒が勇者様の処刑の影響で、商品入荷の見通しが立たないので、値上げになりまして、ラント銀貨三枚のところハイム銀貨一枚になりますが、宜しいでしょうか?」

「約倍ですか、仕方ありませんね」


 フロイドは、麻袋からラント銀貨一枚を取り出し、ウェイターの女性へ手渡した。


「ありがとうございます。では、直ぐにお持ち致します」


 そう言い、ウェイターは厨房の方へと歩いて行った。


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