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妖堂

作者: 秋兎

*この物語は完全にフィクションであり、出てくる妖怪に関しても一部設定を変えております。

あの偏屈へんきょうな店主のいる本屋に行こう。


京香きょうかがそう思ったのは、むしむしと暑さが残る8月の日。


外ではせみが夏の最後へと向けて大合唱を奏でており、エアコンの効いた家から出た京香が少し歩くだけでじんわりと汗をかくような日だった。


「今年は冷夏になるでしょう」その言葉をお天気お姉さんから聞いたのは、6月のじめじめと肌寒い日だった気がする。その言葉も梅雨の明けるころにはなかったかのように「今年も猛暑となるでしょう」という言葉に変わっており、さらに「熱中症には気をつけてお過ごしください」なんて言葉まで加わっていた。


「これで本屋がいなかったら殺す」


京香は一歩、また一歩本屋を目指し歩く。その足取りはお世辞にも軽いとは言えないもので18歳の少女とは思えない重いものだった。


本屋への道のりも決して京香の家から近いものではない。


偏狭な店主の本屋はこれまた複雑なところに店を構えている。


石垣の家を何件か通り過ぎ、11段しかない階段登り、そして竹林の中を進んでいく。乗り物では店まで辿りつくことは難しく、歩いて行くには遠い、物売りにとっては最悪の立地と言ってもいいだろう。


そんな場所に店を構える本屋、「妖堂(あやかしどう)」。ここは妖怪の類の書物しか扱わない店である。


京香は息を切らせながら、やっとの思いで戸を3回軽く叩くと、中から「山」と言う声がした。京香は汗を拭いながら顔を顰めてぶっきら棒に「川」と返した。ここの店主は気まぐれにこういったことをする。それは滅多にこない客人に対してもだ。

だから、ここはいつも店主だけしかいない、彼の為だけにある本屋なのだ。


「本屋、本を貸してちょうだい」


本屋とは妖堂の店主のことである。見た目は20後半くらいに見える男は、平成ではあまり見なくなった和装を好んで着ている。京香がぱたぱたと手で自分を扇いでいると、濃紺色の甚平を着た男が麦茶を持ち近づき、京香の前に乱暴に麦茶を置いた。


「ここは、本屋だ。お前に貸すような本はない」

「だって、売ってもくれないじゃない」


京香は本屋が本を売っているところを見たことがない。やっと辿りついたお客さんを帰してしまうことも何回かあったのを京香は知っていた。

だが、この店主。気まぐれか何かか特定の人には本を貸すということしている。例え貸される側の者が嫌がっても、だ。

そして、その貸した本はいつの間にか店主の元へと返ってくるのだ。


「……暑い中、それだけを言いに来たのか」

「違う。夏休みの宿題で読書感想文だけ終わってないの……。今の私はわらにも縋りたい気持ちなのよ」

「その藁に俺の本が選ばれたのか」


項垂れる京香にあきれ返った様子の店主は、店の奥から一冊の古書を持ってきた。


「貸してくれるの?」

「貸さん。だが、一つ”藁”に関係ある妖怪の話をしてやろう」


ぱらぱらと古くなり黄ばみの増した頁を、店主は薄く笑みを浮かべながらめくっていく。

京香は店主の笑みに肩を落とした。この状態では暫く話からは逃げられなさそうだ。京香が遊びに来ると店主はよく妖や妖怪の話をする。するのは良いのだが、この話が長いのだ。


「お前は草鞋(わらじ)は知っているか?」

「わらじ……、草履ぞうりじゃなくて?」


そして、京香の興味を引きつけるのも慣れたものだ。もう、京香は店主の話をよく聞くために麦茶を持って近寄り、聞く姿勢に入っていた。


「どちらも藁ではあるが、草履と草鞋の違いは、草履には鼻緒が付いていて、親指と人差し指の間に鼻緒を挟む……。そうだな、履き方で言えば今でいうビーチサンダルが似たような物だな。草鞋は爪先の藁緒わらおというのを両縁のアナに通して足首辺りに結ぶものだ。何と無くわかったか」

「うーん、つまりはすっぽりと簡単に履けるのが草履で、足首に結ばなきゃいけない面倒臭いのが、草鞋ってわけね」

「……まあ、そんな物だ」


からん。

麦茶に入っていた氷が解けて音を立てた。京香はすっきりとしない表情を見せない店主に、首を傾げる。

店主は「んんっ」と喉を鳴らすと話を戻す。


「その草鞋と昔雨除けとして使われていた(みの)が合わさったのが、蓑草鞋(みのわらじ)という妖怪だ」

「蓑草鞋、ねえ。……それはどんな妖怪なの?」


京香が聞くと店主は少しだけ、輝かせた。これを聞かないと店主はむくれるか、京香の話も聞かずに妖怪話を延々と語り始める。


「凶作が続いた時期に年貢を厳しく取り立てられた農民の怨みの念が、古い蓑や草鞋に乗り移って付喪神つくもがみと化したものだとの説がある。蓑と草鞋はどちらも人間が身につけて使用する物だから、知らず知らずの内に持ち主の念がきやすいのかもな」


そこまで言うと店主は古書を閉じ、また店の奥へと引っ込んでしまった。いつもならそれに対する言い伝えなんかを話していくことが多いのだが。京香は店主が入って行った戸をただ眺めた。


「もっと話すかと思ったけど、今日はそんな気分じゃないのかな」


京香は麦茶を飲もうと手に持つと、グラスの中で二層になった麦茶を恨めしそうに睨み一気に飲み下した。


「うえ、氷が解けて味が薄い……」


まずくなった麦茶を飲み終わると一息つき、辺りを見回す。

京香の家よりも緑が多いというのに蝉の声はあまり聞こえない。それにここはエアコンがないのに京香に心地よい涼しさを与えていた。


「どうした。変な顔がさらに変になってるぞ」

「どういう意味よ」

「気にするな、そのままの意味だ」

「余計に気にするわ!」


京香の不満の声に店主は「冗談だ」と小さく笑い、京香に木箱を渡した。

木箱は京香の掌におさまる大きさで、蓋には「桔梗ききょう」と書いてある。京香がそっと蓋を開けると、鮮やかな紫に染められた縮緬ちりめんで作られた小さな花の形をしたストラップがクッションの上におさまっていた。京香がやさしく取り出すと甘くさわやかな花の香りが鼻孔をくすぐった。


「花京香というものらしい。お前も”つくもがみ”が憑くくらい物を大事にしてみろ」

「それは恨みつらみをこの花京香に晴らせってこと?」


京香が聞くと店主は深いため息をつき、「なんでお前はそうなんだ」と京香に聞こえるか聞こえないかの声つぶやいた。

その姿に京香は納得がいかないと口を開いた。


「だって、さっき”農民の怨みの念が、古い蓑や草鞋に乗り移って付喪神”になったって言ってたじゃない」

「まあ、そうは言ったが”つくもがみ”には二通りあるんだよ。九十九と書いて九十九神つくもがみと読む方は手入れをし、大事に扱われたものに憑くといわれているが、さっき俺が言ったように、恨みや粗末に扱われると悪さをする付喪神が憑くんだよ」


店主の言葉に京香は再び掌に乗せられたストラップを見た。花の隣には金色の鈴が付いており、揺れるたびに花の香りと軽やかな鈴の音が鳴る。


「……ありがとう、大切にするね」


俯いたまま、ぼそりとお礼を言った京香はそのまま「また遊びに来るね」と言葉を残して橙色に染まり始めた外へと走って出て行った。

店主は口にわずかに笑みを浮かべその背中を見送った。


「馬鹿だな。顔は隠せても耳が赤いのでばれてんだよ」


京香が開けっぱなしで出て行った外では、ひぐらしが鳴き始めてた声が聞こえる。

店主は戸を閉めると笑みを消し、部屋の奥を睨みつけると先ほどまで京香が座っていた場所に座った。


「覗きとは悪趣味だな」

「あれ?ばれてた?まあ、いいけど……。それより僕も京香と話したいなあ」


店主の低く嫌悪の含んだ声に対し、答えた声はそんなことは気にならないのか明るい調子で話し続ける。


「ねえ、京香は君のことは何にも知らないんでしょ?君の本当の正体を知ったら京香はどうなるのかなあ?」


くすくすと笑い声だけが店内に響き渡り、耳障りな声に店主は眉間にしわを寄せる。


「にしても君が京香に桔梗を渡すなんてね。ねえ、どういう風の吹きまわし?」

「お前には関係ないだろ。それに気安くあいつを呼ぶな」

「ひひっ、君がそんなにも御執着とはねえ~。でも、京香は渡さないよ」


明るく耳障りに聞こえてくる声は、最後だけ店主を怨むように重くなり消えていった。

一人になった店主は、重い息を吐きだすと身体の力を抜きうなだれ、視線を落とす。

落とした先には店主の赤く爛れた右手の甲が見えており、小さく舌打ちをする。


「今度は逃がさない」


京香は俺のーー……。


◆◇◆◇◆◇


赤くほてった頬のまま家に戻った京香は、部屋までほぼ止まらずに走り続け、その勢いのまま自分のベッドへ飛び込んだ。


ーー本屋に顔が赤かったのばれてないよね?


店主は急に気まぐれで京香に贈り物や甘やかしたりする。京香にとってその行為はうれしくはあるがどう反応すればよいのかわからなくて、いつも困ってしまう。今日のように逃げてしまったのも何回かある。

逃げて帰った後は、どの表情かおをして行こうかと理由を探しながらいく。今日も理由を探しながら枕に顔を埋めた。


「今日は……、っ!」


しばらく顔を枕に当てていた京香は何かを思い出すと、勢いよく顔をあげて泣きそうな顔になり、弱弱しくつぶやいた。


「本屋から本借りるの忘れた……」


夏の夜。外は昼間の暑さがひき静かな虫の鳴き声が聞こえてくる。

残暑はまだ続きそうではあるが、季節は確実に秋へと近づいてきていた。


京香は店主からもらった花京香を、取り出して携帯に付ける。

ふわりと香る匂いに瞳を閉じた。


「おやすみ…なさい、ほん……」


京香の声は途切れ、部屋には規則正しい吐息だけが聞こえていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

ここで出てきた「蓑草鞋」と「九十九神・付喪神」という妖怪に関してはwiki、その他のネットから参考にし書かせていただいております。

特に今回の話では「九十九神・付喪神」の設定を無視しているところがございますが、フィクションということでご理解いただけるとうれしいです。

最後に長々となってしまいましたが、本編では出すことのできなかった桔梗の花言葉をこちらの方で載せさせていただきたいと思います。

「やさしい愛情」「誠実」「従順」「清楚」「気品」「変わらぬ愛」「変わらぬ心」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 怖くないし、なんとなく不思議な感じが伝わりますね。 本屋さんがなにものか気になります。 [気になる点] 先も読みたいですし、とくにないです。 [一言] ファンタジーものですね。楽しみ
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