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間章 観客縦列

 間章  観客縦列アナフィラキシー



 それは晩夏よりも温度が高く、日差しの強かった時期のこと。

 その日、紅崎の屋敷に一人の客が訪れていた。

「よくいらっしゃいました。どうぞ中へ。玄鶴げんかく様がお待ちです」

 長衣に身を包んだ客人が、頭を垂れる緋雀の横を通って部屋に入っていった。

 警戒心の強い父が自室に外部の者を入れるのは、多くの来客あれど、その者だけだ。

 二人の交わす内容が気にならないといえば嘘になる。だが、そうと言って盗み聞きする趣味はないし、成功する自信もない。いくら引退した身といえど、父も優れた隠密の一人だ。こちらの気配などすぐに察知されてしまうだろう。

 緋雀は扉を離れていく。風の悪戯か、去り際に聞こえた父の声がどことなく弾んでいたのはどんな冗談だろうか。だが七月の〈廃都〉攻略の失敗以降、覇気を無くしていった父が精力的な様子を見せるのは、この客を相手する時だけだ。

 どうでもいいことか、と思考を投げ捨て、緋雀は己の執務室に戻っていく。

 執務室の前にもう一人の副長、紅崎くれないざき虎斑とらふが立っていた。

「緋雀よ。何故、あのような者を玄鶴様の下へ通す。玄鶴様は何故、あのような輩を一族の屋敷に招き入れる!」

 彼は一族の行く末を思うがあまり、その行動に独断が混じることの多い男だ。元が宗家の赤ヶ峰家に仕えてた隠密だからか、父への不満もこうして口にする。だがそれでも実力主義の紅崎ではその能力を評価され、副長の座にいる。

 だが、彼の価値はそこまでだ。彼にそれ以上の力はない。

「主君の決めたことで御座います。私どもの口の挟む範囲ではなく。それにあの者の有用性は御存知のはずでしょう。『鬼神武具カグツチ』は貴方も使用なさってるはず」

「畜生の穢れた手を借りるというのが、気に食わんのだ!」

 虎斑が激昂し、ガゴッ、と床板を踏み砕いた。緋雀は失笑した。

「虎斑。今日は随分と口が走るのですね。そんなに仇が憎いのでございますか。あの時君主を守り切れなかった惨めさが、思い出されるから」

「……貴様っ! 口を慎めよ、ここで断たれたくなければな!」

 その手が腰に行く。抜刀の範囲内にいてもなお、緋雀の表情は変わらない。

「その武器も、やはり『鬼神武具』の一つ。それに頼っていながら、あの者や鬼を憎もうとする気が知れません」

 それに、それだけではない。

「あの者は〈廃都〉の者でありながら、我らに味方し、鬼の死骸も知識も情報も提供してくれる。どれも一族の悲願のためには欠かせぬ要素です。通常、そこまで協力的ならば、信頼するのが礼儀なのでは?」

「……だがもう奴の力を借りる必要はない! 我らは力を得た。もはやあやつに利用価値はない。一族を想うのなら、何故玄鶴様は我らに頼ってくれない。外部の人間であり、穢れた生物であるあやつに頼って、我らには何故!」

 それが本心か。主人に構ってもらえないがゆえの嫉妬、といえば可愛いものだが、主人に信頼されていない愚犬、といわれればそれまでだ。虎斑は、それこそ緋雀などよりもカリスマも戦闘力も優れた男だが、それはあくまで人間の内においてである。

 彼は知らない。だから強気でいられる。無意味な尊厳にしがみ付いている。

 七月一日にあった〈廃都〉での狂喜乱舞を。

 鬼形児という悪魔の真の恐怖を、知らないから。

「虎斑。やはり貴方では無理でございます。貴方ではこの先の世では、何も成せない。貴方があの者を超すことはできません。哀れな雑兵の貴方では」

 そんなことを言われるとはちっとも思っていなかったのだろう、虎斑は怒りや憤りを通り越して、その場で直立不動に固まった。

 そんな虎斑を見て、緋雀はさらに彼への軽蔑を増す。

 やはり彼もこの程度。知ってる世界でしか物事を図れない矮小な存在。そのくせ異なる領域の者を畜生と呼び、その実力の差を知らぬまま、ただ卑下する。

「虎斑。忘れてはなりません。我らは鬼の子に一度敗北した、弱き存在なのだと。〈彩〉を打ち倒すのにも、そこの間者であるあの者の協力無しでは不可能なことを。貴方や私はただの駒でしかない。その事実を」

「ひと月前に敗北したのは貴様一人の責任だ! 我なら成功していた!」

「自惚れてはいけません。過去を語れるのは勝者だけです」

「……話し合いの余地は、最早無いようだな!」

 虎斑は声を荒げ、肩を怒らせて去っていく。荒い足音が木板の廊下に響く。

「だったら。どうするというのでございますか。どう足掻いたところで一族は貴方の物にはなりません、決して。それは私にも、たとえ天才と呼ばれた弟にだって父は一族を譲ろうとしない。どう足掻こうとも所詮は無駄なのです」

 風も起こせぬ呟きではあったが虎斑の耳には届いたようで、彼の歩き去る足がさらに荒くなる。緋雀はそんな彼から眼を外した。

 蝉時雨の盛んに降り注ぐ、終戦の日のことだった。



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