無二色調⑥
返答はしばらく無かったが、やがて渋々といった風に『毒色』の声が脳内に響いた。
『……私の責任、なのだろうか。これは』
その声の後に、次々と他の幹部の声が聞こえてくる。
『言い逃れは止すんじゃけ。おめえの伝えた通りに錬坊が交渉して、こうなっちったんじゃねえか。おーおー、怖かったじゃろ、錬坊』
『……言い訳、格好悪いわよ、眼鏡』
『その呼び方は即刻に止めたまえ!』
『何気に一番キョドってたの「毒色」ちゃんだからにゃー。アドリブに弱いのが出ちゃった! これぞ真のダサめがーね!』
『……ちょっと。うるさいよユウ。頭がキンキンする』
『っと、ごめんねツバメ』
今度は抑え目に『心の声』を出す『幽色』。
錬一郎はさっきまで『街色』の異能『念話網』で『毒色』のアドバイスを受けながら交渉していたのだ。子供の『薬色』なら彼らも油断するに違いない、と。
『心の声』の聞こえ方は電話のそれに近い。耳元というより脳に直接響くもの。
『脅迫に入る早さもそうじゃが、大体口が悪すぎるんじゃ、われ。あんまま油断させちいてたら『大喰』までの道も近かったろうけんに。これ発案したんも確か「毒色」じゃったよな? ったく、そいで失敗するとか、ほんまこの男は使えんのお……』
『確かに、提案したのは私であるな。だが、幹部全員の賛同を得た上での行動だったはずだが? 忘れたのかね? 貴様にも責任があるはずだろう、愚昧者め』
『ああ? よく分からんが音だけで判断しちょうたが悪口じゃよなそれゴラぁ!』
『……喧嘩するなら、追い出すぞ、クズども』
『まあまあ、落ち着くのさツバメちん。馬鹿は相手にしないのが一番なのよ?』
『……そうね。本当』
『あははははは、馬ァ鹿ふーたりぃー! ふひひひっひゃひゃひゃひゃ!』
『街色』の素直な賛同に笑い立てる『幽色』。彼女は散々笑ってから、一転して声を鋭いものに変える。
『でもさ、〈金族〉って強力陣ばっかだよね。あの金髪のボスと目隠し君からして、すごいオーラだったし、〈主人公〉の元トップでもあった「大喰」ちゃんもいて。あんなのが他に四人? マジで?』
『いや、あれ程の人たちがそうそういるとは思えませんがと言うかいて欲しくないです考えるだけでもあああもうやだし早く家に帰りたい』
『……弱気ね。洩れてるわよ、色々と』
『わっ! わわわわ! ち、違います! これは違うんです!』
慌てて口を押さえる。が、現実でそれをやっても意味の無いことに気付く。
心の中で会話する、というのは注意しないと思ったことが全て伝わってしまうため、通常の会話以上に気を張らなければいけない。途中で余計なことを考えると、それが『声』になって届いてしまう。さっきみたいに。
しかしこの様子だと『毒色』だけでなく全員も聞いていたのか。説明が省けてありがたい。本音を言わせて貰えば、先の全貌を口で語るには辛いものがある。
『えっと、それで全面対決になってしまいましたけど、皆さん大丈夫ですか?』
『ま、予定の範囲内じゃよ。おまんらもそのつもりだったじゃろ?』
『そーだねー。私もオーケーだけど。向こうの戦力どんな感じ?』
『《金族》の構成は七人。その内三人は戦闘向きの鬼形児ではない。あの二人と「大喰」にさえ気を付ければ、取るに足らない相手だ』
『……チープなセリフね。〈金族〉の奴ら、外に逃げるんじゃないの?』
『うむ、そうだな。「街色」。浅部の各支部に連絡して、検問を敷かせろ。外への出入りを封じ、奴らを〈廃都〉に閉じ込めるのだ』
『……指示されるのはムカつくけど、了解』
錬一郎はさっきから気になってたことを思い切って聞いてみた。
『あの、皆さん揃っていますか? 僕入れて五人しか発言してませんが』
『念話網』は声を出して貰わないとそこにいるのかいないのか判別できない。前提として念話を統括している『街色』がいて、そこに『毒色』と『幽色』と『塵色』がいる。残りの人もこれを聞いてくれているだろうか。説明し直すのは正直、御免だ。
『父さ、「渦色」さんはまだいるのですか?』
『……はは、まーだ言い間違えてやーんのー』
『街色』の声が見逃さずにからかってくる。カチンと言い返そうとしたら、そこに「どうぞ」とカップとソーサーが横から差し込まれる。紅茶だ。
「ありがとうございます」
持ってきたのはカウンターにいた女の店員さんだ。他に店員はいないみたいだし、一応店長なのだろうか。近くでその顔を見ると目付きが悪いのが気になった。
『その人はミラね。昔私んとこで暗殺者やってた。そこの店員志望って昔から言ってて三年前に前の店長さんがご臨終? 殉死? しちゃってそっちに移ったのよね~』
丁寧な『幽色』の解説が入る。どうやら疑問が聞こえてたらしい。
ごほん、と空咳をして気を取り直してから、
『「毒色」さん。それで、どうしましょう。〈金族〉の件は急を要しますよ』
『土御門と浅部の方を疎かにする気はない。手の余った奴が相手すれば良い』
『では、同時進行で両方を片付けるということですね。作戦は?』
『錬一ぃー、俺たちがすることなんざ始めっから決まっとるじゃろ? 敵対する奴はとことんぶっ潰す。〈彩〉の共通理念じゃけん』
『いやぁー、それ最前線で戦える奴だけのセリフじゃーん? 私ら裏方はそこまで脳筋じゃないって。上手く効率良く迅速に最低限殺すだけだよおー?』
『ったく貴様らは。そう変わらんではないか。良いか、もっと私みたいに逆らう気が失せるほど、できるだけ敵を惨たらしく殺せば良いのだ』
『ははは、三人とも怖いですって。あなたたちが言うと洒落にならないんですから』
現役バリバリで現場に出ている人たちの言葉は、本気か嘘か分かり難いなあ。
『洒落じゃねーからのう』
『洒落じゃないよーって』
『私は洒落の類は言わないぞ』
『……皆さん、真面目に本気でしたか』
額に冷たい汗が浮かぶ。うっかり『大喰』までも殺さなければ良いが。彼女を仲間に引き込むという当初の目的を忘れてはいないだろうな、この人たち。
『…………………………』
『……「渦色」さん、喋って良いんだよ? ってか沈黙って器用なことするね』
『考えるな。皆殺し、それが一番手っ取り早い。今はだるい。よってやらんが、後で気が乗ればやっといてやる』
『……ああ死にたい死にたいよお、適当に殺しといて。死にたい死にたい、そしたらボクが話せるようになるから。死にたい死にたいだけなの死にたいから死にたい……』
『……うわっ鬱。ソーコさん、あなたが入ると回線が暗くなるわね』
今まで発言してこなかった人たちが一気に『念話網』に参加してくる。会議に出席してなかった『墓色』まで加わってきて、ますます会議が混沌化し出して、論点がずれ出す、と言うか本題どこ行った。〈金族〉のことというよりも危険思想の発表会みたいになっているが、本当に大丈夫だろうかこの同僚たち。
『……っで、私は戦闘関連は分からないけど、錬一郎はどう考えているの』
ここで最後に振ってくるとか、本気で困るのですけど。しかし『念話』では嘘も誤魔化しもできない。質問をされたら条件反射で考えてしまう。
『イラついたんで殺すで良いんじゃないですか。「大喰」は勿体無いですが、他の組織に置いておくよりはマシですね。次会った時にヤっときましょう』
ああ、やっぱり危険思想。こんな考えがポンと出て来てしまう辺り、やはり自分も鬼の子、〈彩〉の幹部だということだろう。英才教育の片鱗が見て取れる。
脳内での作戦会議は、いつもと同じ『念話網』で連携を取りつつ臨機応変に動く、という結論で一段落つき解散となった。
脳内への集中を解き、疲労の息を吐いてから、ふと手遊びで口に運んだ紅茶が錬一郎の舌と意識を引き締める。紅茶はすっかり冷めていて、渋味がすごいことになっていたのだ。カウンターにいる店長に会釈すると、無表情で同じように返してきた。
もう一口飲む。やはり恐ろしく渋い。次は飲むために来よう、と心に決める。
「……こんなんじゃコーヒーはまだまだ先ですね」
と、頬を締める渋味に耐えながら錬一郎は痛感した。
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