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最奥章  観客陶然P・S

 最奥章  観客陶然パラダイム・シフト



 事件の詳細を『彩色』から聞き終えた『渦色』は、目蓋を閉じた。

 傍らのベッドには息子同然の少年が静かに寝息を立てている。最後に見てから三歳ほど幼くなった、薬師丸錬一郎。今回起きた一連の事件の首謀者。

 錬一郎との面会が許されたのが、事件から三日経った今朝のことだった。

 ずっと眠り続けていると聞いて、一番に見舞いに来た『渦色』を待っていたのは、ボス『彩色』と彼女が教えてくれた残酷な真実だった。

 土御門への情報の横流し。鬼械のばら撒き。『苦色』暗殺の手引きと襲撃。そして、本部襲撃と無秩序な大量虐殺(ジェノサイド)。もっと細かいのを合わせればキリがない。

 どう考えても極刑は免れない。しかし、ボスの言では錬一郎に罰を与えるつもりは無いらしい。こうなってしまっては拘束する必要も無い、と。

 こうなって。三年の時を戻されて、三年間の記憶を一切失ってしまっては。

 衝撃の真相を連続で与えられた『渦色』は心を揺るがさぬよう、目を閉じたまま静かに呼吸を整えた。しようとして、息が止まっていたことに気付いた。何も考えないようにしようと思ったら、頭の中はすでに真っ白だった。

 ボスが労わるようなことを言って、医務室から出て行った。何を言われたか、聞いていたはずなのに理解できない。『渦色』は天井の電灯を目に入れた。

「…………っ!」

 網膜に痛みが走るが、今はとにかく全部を焼きたかった。

 水を掻くように手を伸ばす。錬一郎の手を触る。温かい、血潮を感じる。

 生きている。生きているのだ。

 錬一郎にもこっちの血の熱さが伝わっているだろうか。生きてる証が分かるだろうか。大勢の命を奪った罪深い手だ。俺の手も、錬一郎の手も。そしてこれからも、いくつもの未来や希望を刈り取っていくだろう手だ。

 この熱が消されるのは明日かもしれない。今日だったかもしれない。消すのは敵かもしれないし、味方かもしれない。自身の手によって、かもしれない。

強く握る。そこに我が子の熱があるのを確かめるように。

 ああ、生がある。生きている。こいつはまだ生きている。三日前に終えてもおかしくなかった生の時間を、与えられているのだ。力強く燃え盛っているのだ。

「………………っ!」

 生きている。

 今はただそれだけを思う。それだけを感じよう。

 耳にリフレインしていたボスの言葉が、ようやく意味のある言葉になった。

 彼女はこう言ってたのだ。

『錬一郎は、あなたの情報だけは暗殺者に伝えてなかったみたいよ。きっと、うっかり忘れてたのでしょうね』

 その言葉が脳に広がり、ゆっくりと染み込んで、消えていく。

 そうして『渦色』は下を向き、再び深く目を閉じた。


          Fe


 紅崎一族の副長、虎斑は人生最高の気分で回廊を歩いていた。

 先ほどまで行われていた土御門玄鶴の葬儀の場で虎斑は、緋雀を弾劾したのだ。

 七月に続いて今回の失敗。数多くの『鬼神武具(カグツチ)』の損失。《彩》を崩すという目的は達成できず、『苦色』暗殺は中途で終わり、最後には協力者の鬼を見捨てての敵前逃亡。

 こんな愚かな失態を繰り返すのは、貴様が次期当主という立場にかまけて、修練を怠ってるからだ。最早お前に玄鶴様の後を継ぐ資格はない、と。

 場が荒れたのは当然だった。虎斑こんな時に何を言っている! いや、だがその通りである。しかし、玄鶴様は緋雀を後継者に。その玄鶴様はもう死んだのだ。

 しかし、混乱は当事者の思わぬ発言で収まった。

「私は、引退します。首長も虎斑に譲ります。私はもう疲れました」

 そう言って、装備品を外し半裸になると、緋雀は去ってしまった。

 その後も何事も無かったように葬儀は続けられたが、誰もが心中荒れ狂っていたことだろう。首長の座が舞い込んできた虎斑以外。

 一番の障害と思っていた緋雀がまさかの引退と推薦。しかも彼には子もいない。玄鶴の血が潰えるのならば、もう敵は存在しない。これを喜ばずに何を喜べというのだ。

 緋雀派の者たちは、あのまますぐに屋敷を出て行った緋雀を追っているようだが、説得したところで虎斑の優位は揺るがない。緋雀本人が厳粛な場で宣言したのだ。どう言ったところで覆せはしない。

「……虎斑様!」

 部下が走り寄ってきて、こちらに耳打ちした。

「……! そうか! 産まれたか!」

 どうやら自分を向かえる吉報は一つではないようだ。足を返し、妻の元に向かう。

 足早に分娩室に到着し、入ると、まず疲労の濃い妻を労った。

沙流娑さるさ。とうとう産んでくれたか。よくやった。息子か? 娘か?」

「ああ旦那様。男の子であります。これで旦那様にも跡取りが」

「縁起でないぞこんな時に。しかし男か」

 助産婦から湯浴みを終えた赤ん坊を手渡される。命の重みが両手に掛かる。

「俺に似てるが、何よりお前にそっくりだ。確かに楽しみだ」

「名前はもうお考えで?」

「ああ。男が生まれたらこう名付けようと」

 我が子を両腕に抱きながら虎斑は、これからの一族を少し変えてみようか、という気になった。先日の作戦失敗の理由は鬼の実力を見誤っていたからだ。緋雀も言っていたではないか。人の器量では奴らに勝てないと。それを認めるべきなのだ。

 虎斑には先代のようにあの街に対して未練はない。ならば、子の未来のためにも争いの世界から手を引いても良いのかもしれない、と。

 俺の造る、新しい時代の始まりだ。

 腕の赤子が幸いの中にいる虎斑を見て、笑った。

 ギャっははははははああアアぁ! と。

 まるで気が触れた大怪鳥が出したような、聞く者の気分を逆撫でする哄笑が、幸福の絶頂にいた虎斑を奈落に突き落とした。

「……っあぁ!」

 赤子が顔をしわくちゃに歪め、あらゆる人間を見下した老練な笑みを浮かべていた。どこかで見たことのあるような、ずっとその笑みに怯えていたような。

 我が子が笑う。甲高い声で、とっくに死んだ存在の台詞を吐きながら。

「ギャははははアア! うはははア! 甘いなあ虎斑。やはり貴様は甘い。甘すぎる。そんな貴様には任せられないなあ、紅崎は。『暴』の力は! ふむ、他の死んでた我も転生してるな。ギャは、五人とも揃ってる! 全員揃ってる! まだ世界は、我らの変革を求めてる! ギャッは。ギャギャあハハハハハハハハハハハああ!」

 ドッと。冷たいリノリウムの床に両膝を落とす虎斑。沙流娑もショックで意識を失っている。産婆は泡を噴いて意識を混迷させている。

 一瞬で、虎斑は理解をした。何が産まれ、誰を抱いているのかを。

 子供の未来など元より存在しなかったのだ。この争乱に塗れた世がある限り。

 とち狂った、崩壊の針が進み続ける限り。

「おお、そうだ虎斑。我の父よ。それで我の名前は何なのだ?」

 震える、口元が意思を離れ、忠実に答える。

「く、紅、の煉獄、で、紅煉(ぐれん)。紅崎、紅煉」

紅煉(ぐれん)。――良い名だ」

 醜悪な支配者の笑い声が、いつまでも響いていく。


          Fe


 玄関のドアを開けてそいつが顔を見せた。

「ちわー。この間散々迷惑掛けたらしいんで、お侘びとしてビル修繕の手伝いに派遣された『塵色』ってもんじゃが。短い間じゃろうがよろしくじゃぜよー」

「……ぐはぁ」

 鋭利は反射的に窓から飛び降りようとした。ちなみにここは三階である。巧祇人が慌てて襟を掴んで止めに入り、喉が潰れて変な声が出た。

「んわああー! 急に何してんじゃ! 心臓に悪ぅ! 命を無駄にしちゃいけんぜよ! ……ん? んおぉ! な、何じゃこの気持ち。あんたを見ると、動悸がっ……こ、これはもしや、恋っ!? 運命の相手!? も、もっと近くで顔をば」

 詰め寄ってくる巧祇人を、うーるへー! とほぼ全力の右フックでぶっ飛ばした。壁まで飛んで、ベシャリと落ちた。

「つか、何でオマエが来てんだよ。誰の差し金だ! 厳重管理の約束はどうなったー!」

 ピョン、と無駄にバク転して飛び起きる巧祇人。

「あん? よぉ分からんが、俺は命令とかじゃのうて善意で来ただけじゃぜ。しっかしここまで怒髪天じゃったとは……。俺がここに来た意味……」

 反省して膝を抱える巧祇人の様子に、罪悪感のようなものが芽生える。

「あぅ、いや、別にオマエが悪いとかじゃなくてだな。というか、他に適任はいなかったのか、どうせなら朱赫とか……――ッ!」

 鋭利は頭を前に倒し、上半身を捻って後ろに裏拳を叩き込んだ。

 ヒュン、と頭頂部の一房の髪が銀刃に刈られ、右拳は空を穿った。

 腰で振り向いた後方、小太刀を引っ提げた、古風な男がいる。

「来てるぞ、俺も。ああ、見事な気迫だ……」

 朱赫が刀を外に振り、怪しい目付きになっていく。殺人鬼の目だった。

 前方の宿敵(変態)。後方の戦闘バカ。とりあえず前の白髪に抗議した。

「何でバトルモードなのこいつ! 手伝いに来たんじゃねーのか! 鼎と虚呂がそっちの手伝いに行ってやって、その仕打ちがこれか! ヘルプミー!」

「あー、やっぱ戦闘衝動抑えられんかったか。せがまれたからつい連れてきちょったが、失敗じゃったかのお。んー、……まええか」

「って、一瞬で諦めたなテメエ!」

「さあエイリ。死合うぞ!」

 するか! と言い返し、鋭利は斬撃を潜り抜ける。玄関の向こうに、そーっと覗いてくる屏風の顔を見つけたので駆け寄り、中に引きずり込む。死なば諸共だ。

「ちょっ、わっ、酷い! 俺なんも悪くない!」

「オレも悪くない!」

 三人で揉みくちゃになっていると、巧祇人が激しく捻じれて、叫んだ。

「……んおおお! マジで、し、心臓が収まらん! こうなったら一度、接吻をしてみるしか……!」

「テッメエも狂ったか! クソが!」

 飛び込んできた巧祇人を、回し蹴りで窓の方向に蹴り飛ばす。

「消えれ! そのまま中身ごと死んどけェー!」

 巧祇人は吼えながら真下の道路に落ちていく。

「俺は、何度でも甦ってくるぜええええぇぇぇ…………………」

 すぐにブチャ、と潰れる音がして静かになった。


 The Metal Maiden's Reason D`etre [Crimson Blossom] ……FIN






















          Fe


 そして、今どこかで、混沌の淵に突き進む一人の愚者がいた。

 どこにでもいる顔。どこにでもいそうな体格。どこかにいた歩み。片手に持つは一個のトランクケース。それさえも男の印象を薄めるアイテム。

 名前も立場も過去も、あるいは己の未来さえも捨てた男は、片手のケースを大事そうに抱え直す。今、彼にあるものはこの中身だけなのだから。

 このケースはあるモノを入れる目的だけに、ある鬼に造らせた特別仕様だ。

 協力者の異能を生かし、内部から漏れる『毒』を分解し無効化する機能が付いている。協力者以外の者がソレを自由に持ち運べるようにと。

 これの存在は、造った鬼さえも消えてしまった現在、誰も知らない。ましてや自分が持っていることなど。

 男はトランクを、丁度一人分の体がすっぽり入ってしまいそうなサイズのトランクケースを抱えて、一寸先も読めない闇の中を進んでいく。

 目的地はまだない。

 未来の予想図は描いていない。野望も持ち合わせていない。使命感すらない。

 元々彼には何もなかった。唯一あった忠誠心や惰性も今や消えた。

 彼を縛るものは、この世にケースの中身だけで他には何もない。

 それでも彼は両手に崩壊の女神を抱いて、何処でもない何処かに歩いていく。

 まるで、世界の不条理にたった一人で歯向かう愚獣かのように。


 ……continue?

           Yes / No / Unknow

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