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夢幻画才⑥

 少し前のこと。

 失神から回復した彩子は、身体が焼滅されているのに気付いた。

 残ってるのは頭だけである。生首一個。防御できた覚えが無いので、きっとこれは水姫があの極限状態の中、防御してくれたのだろう。逆に、首一個になってもまだ生きてる自分のランチキさに呆れるばかりだ。

 例によって肉体の再生はチンタラして上手く行かない。身体を生やしていく過程で首がゴロンと転がり、視界に錬一郎の背中が入り込んだ。彼の歩く先には一台の車。その脇に佇む人影、彩子の視力はそれを確かめる、鋭利。

 そこに『街色』からの『念話網』を受けた。彼女も丁度あそこにいるようだ。自分が無事であることを伝えて、『念話』を通じて向こうに声を届けてもらう。

 鋭利。元『大喰』ベルゼーブ。最も横暴で、一番こき使ってくれた鬼だった。

 ……鋭利は良い娘なのに。環境かねえ。

 脳がクリアになってきた。喉もある程度整った。肺はまだだが、それに準ずる器官を気管支に作成して、声を発せるようにする。脳を二つに分ければ『念話網』と奴の足止め、同時にこなせるだろう。だったらそうしよう。

「錬一郎っ」

 呼びかける。少年の足が止まって、首が回った。

「あーれ? 仕留め切れてなかったんですか? 失敗したなぁ」

「ちょっと、話に付き合ってくれないかしら?」

 露骨に嫌そうな顔をする錬一郎。

「えー。年寄りの話長いから嫌ですよ。あっちの片付けた後で良いでしょ?」

「お生憎、まだピッチピチの二十四歳よ。あんたのその眼と力。あんた深淵部に行ったんだね。そして、私たちの過去を知った」

 深淵部の話になった途端、青い十字の瞳を輝かせ、身を乗り出してきた。

「ピンポンピンポーン! だいせいかーい! いやあ、あれは感動しました。確かに『彼女』を見たならば、世界を壊したくなる。うっかり滅ぼしたくなる! あなた方〈七大罪〉の気持ちも、よぉおおく理解できますよ」

 よし、と手応えに頷く。時間稼ぎもそうだが、こいつから聞いて置かなければいけないことがあったのだ。それを感じ取らせないよう、おっとりと続ける。

「ガキがナマ言ってんじゃねえわよ。『淫欲』の汚染を防いだのは、その分解能力か。『暴走』と『依存』は抑えられても、狂ってしまうんじゃ意味ないわね。考える脳が残ってる分さらにタチが悪いわ」

「僕はボスと同じ場所に立っただけですよう。『彼女』に出会い、真の魂を起こされた。正気のまんま狂っている!」

「そしてあんたは記憶喪失の女、『強欲』に私たちの『運命』を教えられた。この腐った下らぬ世界が遂げるであろう、最期を」

「ええ。ボスたちはその運命を知って終戦を選んだようですが、僕は違う。僕は『彼女』を見捨てるなんて真似はしない。争乱に勝って人類を滅ぼせていたというのに、わざと降伏を選ぶなんて愚かな選択はしない!」

「……ワタシたちが欲しかったのは王国じゃないのよ。ただ、安息の地が欲しかっただけ。ここは、ワタシたちが数千年間の中でやっと見つけた場所なの」

「甘いですね。人間が在り続ける限りそんなのは幻想です。儚い千年王国ミレニアムで終わるつもりですか? 僕はそんなのはゴメンだ」

「だから鬼形児の遺骸を集めて、『畜生』どもと手を組んだのかしら。全ては、今の世界を滅ぼすために」

「利害が一致しただけですよ。彼らも狂ってますよね。人間世界をコントロールする番人でありながら、鬼形児を生み、争乱を起こしたのですから。彼らにとっては人間も化け物も同じようなものなんでしょう。みーんな彼らの、掌の上!」

「許した覚えはないわ。いつか奴らもぶっ叩きに行く」

 さあ『傲慢』として聞くべきことは聞いた。次は、〈彩〉のボスとして。

「……あんた、どうして〈彩〉を裏切ったのかしら。大事に育ててた部下まで虐殺して。過去の絆を断つってわけ? そんな必要あったのかしら?」

「うわ。止めてくださいよ上司面して説教するのは。もう行きますよ?」

「待ちなさい錬一郎。前に『渦色』が言ってたわ。あいつは部下を大事にする奴だって。仲間想いの子に育ってくれたって。『渦色』が信じてたそれが、嘘だったって言うの? それとも……」

 プッ! と錬一郎が噴き出して、大笑いし始めた。腹を抱えて床を叩く。こちらの言うことがあまりに間抜けすぎたから、という風に。

「あはは。ひゃあははあはははははあああああああ! あったまの固い人ですねえ! 大事にしてたら傷付けないとでも? そりゃあ、仲間が見ず知らずの他人に汚されるのはムカつきますし、許せませんよ。でも、自分の手で自分の大事にしているものをグッチャグチャにぶっ壊すのって、最っこうに気持ち良いんですよおお! やったことないんですか勿体ない!」

 サヤコの頭から、錬一郎と会話するための語彙が消滅する。

 もう全て無駄なのだと分かった。どんな説得も無意味で、手遅れで。

「…………そう。疑問は解けたわ。そこまで、ぶっ壊れてたのね、あなた」

「はい、理性は『彼女』に捧げました。では面白トークショーはここら辺で。もちろん、ボスもちゃーんと処理しに来ますよ♪」

 一方的に話を打ち切った錬一郎はトットッタと行ってしまう。もう彩子に用はないということだろう。あとは『大喰』を分解して回収するだけだと。

 手も足もない、無力な彩子は、しかし、去っていく少年に憐憫の目を送った。

「……可哀想に。あの年でもう、世界の真相に踏み込んでしまったのね。まったく。不幸といえば不幸な、哀れな奴だよ」

 自分も同じくらいだったか。あんな年端も行かない年齢で。

 だけど、自分たちには仲間がいた。分かち合える友がいたから。

「それなのに、あんたはいつまでそんな風に寝てるつもりだい? ハニーはとっくに目覚めてるんだ。畜生どもは相変わらず水面下で動き回り、『強欲』も動いてる。止まってた運命が十年越しに動き出してんだ。男なら、」

 男なら、

「そろそろ起きないと、ベルゼーブに嫌われちまうよ、サタヌス」

 去っていく錬一郎が少しだけ振り返り、訝しげな顔をする。

「? その、名前は……」

 そうして、遠くの方で、一つの嬌声が天に響いた。

 それはおかしいことに、一人の絶叫が付随していたのだった。


          Fe


 鋭利は人を蹴り飛ばした姿勢のままで、肩を上下させていた。

 鋭利が、命の危機に直面したのと同レベルの悲鳴を上げたのは、『塵色』の胸に刺した杖が風化して灰になったことではなく、死体のようだった『塵色』の身体が闇色に光り出したからではなく、まるで動画の逆再生かのように『塵色』が起き上がったからではなく、男が狂人のような歓喜の叫びを上げたからではなく、

「ば、馬鹿かオマエえええ!」

 起きた『塵色』が鋭利に抱きついて、キスしようとしてきたからだ。

 全力で張り飛ばされて車の外まで吹っ飛んだ『塵色』は、顔を押さえながら女座りで振り向き、逆ギレした。

「酷いじゃないかベル! キスして何が悪い何が減る言ってみろ! いややっぱり止めておこう。君の美声は世界に捧げるには勿体ない。ベルの声を独り占めして良いのは僕だけさラララ~。ん? って君はよく見たらベルじゃないし誰だ貴様ァ!」 

『塵色』はクルクル踊ってから鋭利を指で突き付けてきた。奇行と虚言の連続に誰もついていけずに目を白黒させる。鋭利は息を落ち着かせて、頭を押さえる。

「オマエが誰だよ。よーし寝起きで混乱してんだな? だからあんな狂った行為に及んだんだな? そうだろ『塵色』さん」

 スルリと滑るように腕を下ろした彼は、ん? と怪訝に首を傾げた。

「誰だいそれは僕のことかい? それとも俺? 俺の名前はサタヌスだよ」

「サタヌス? その名前、どっかで聞いたことあるような……?」

「あ、それって!」銀架がいち早く答えを叫ぶ。

「二ヶ月前、『大喰』が呼んでいた名前が、サタヌスでした」

「……『大喰』繋がりってことは、」

 皆の視線が注がれる先、自称サタヌスの男は手を翳した。

「待って! 君らが何を聞きたいか当てるから。この反応は……、僕がベルゼーブを本当に愛してるかってことだねもちろん答えはイエエエエエエエエエエエエエエエス! マイラブマッドラブ! オーバーラップラブ! 僕は彼女にエキセントリコさ! イイイイイイイイイヤッッフウウウウウウウウウウウウウ!」

「……な、何これ。『塵色』が、壊れた……?」

 同じ幹部だった『街色』が唖然と呟く。隣の朱赫は顎に手を当て、

「あるいは、これこそが『復活』か。これが、女の言ってた秘策なのか?」

「うわあ、信じたくねえ。狂人が増えただけじゃねえか」

 鼎のセリフに、顔の包帯を取っていたサタヌスの手がピタリと止まる。

「愛は人を狂人に変える。これは世界の真理さ。ちなみに君らが真に聞きたいであろう僕の正体は、そう。俺が『憤怒』だ。よろしくなんだぜ?」

「だったら最初からそう言え!」

 鋭利の鉄拳が飛ぶ。よそ見をしていたサタヌスは、スコーンと打ち抜かれて一回転する。グシャリと落ちたサタヌスに、ようやく皆の理解が行き届き、

「『憤怒』だと! オマエがか?」

 白髪の男を注視した。どう見ても白髪という以外は普通の男だ。頭は狂ってるが、異様なオーラも威厳も感じない。行動や感情には、喜悦しか見られない。

 サタヌスは、ニョキニョキと気持ち悪い動きで起き上がり、手を叩く。

「何だって良いじゃん。『憤怒』の残響。マハトマ=エムポリジィ=サタヌスの搾りかす。落伍らくごの悪魔。それがここにいる男の正体だ。ああ死にたいよし死のう」

 サタヌスは落胆し、いつの間にかその手に持っていた拳銃をこめかみに当てて本当に引こうとするので、鋭利が慌てて止めに入る。

「遊んでる場合じゃない。説明してる時間も惜しい。力を貸してくれサタヌス」

 ちっちっ、とムカつく顔で、人差し指を揺らすサタヌス。

「嫌だよ死ねよ消えろよ残り滓。愛の残尿感め。すでに人生を終わらした僕に、何を期待してるんだ。俺に遠回しに死ねって言ってるわけ? あ、と言ってももう死んでるんだから遠慮はいらないのか。はっ! 俺を愚弄するな愚図! 馬鹿めクズめバーカバーカ! 世界死ねぇえええ!」

「あー、ハイテンションのとこ悪いし、何を言ってるのか一つも分からないし、きっとアンタの方に義はあるんだろうけど。うっさいから殴るな?」

 二回目も結構飛んだ。ポーンと雑巾のように飛んで、着地を決めようとして足首をグキと捻って痛がるサタヌスを見て、誰もが後悔を覚え始めた。

「……オレって、十年前こんな奴と仲間だったの? ショックショックだよ」

 アイデンティティがかなり汚された気がして、内心かなり傷つくが、サタヌスは笑ってばっかでこちらの心境を考慮してくれない。何なんだこの男。

「オレたちはこんなのに縋ろうとしてたのか……」

「『気落ちだろうけど、あれが正真正銘、サタヌスよ。この窮地を脱するには彼に頼るしかないわ。どうか見捨てないであげてちょうだい』」

 サヤコがそう言うから、もう一度だけ挑戦してみる。

 サタヌスに呼びかけると、彼は磁石みたいに不自然な動きで飛び起きて、鋭利の前に戻ってきた。まるで殴られたことを忘れたかのようにニコニコ笑い、

「やあモドキ! ベルじゃないくせに、よくも僕の前にのうのうと姿を現せたね。大した神経だ、感心するよ。僕も君くらい図々しくあれれば……」

 フッと嘲笑し、肩を竦める。鋭利は青筋を立てて拳を握り、サヤコに伺い立てた。サヤコの声を受信している『街色』は遺憾そうに首を振った。

「……あー、何でオマエ死なないの? じゃなかった。殺していいか? じゃなくて殴る……蹴る……甚振る、ああ違う。そこを、何とかお願いできないか?」

 しかし白髪の悪魔の答えは一緒だった。

「ううん。何度言われても駄目だ。ベルにそっくりな君はベルじゃない。抜け殻だ。ベルじゃない人のために俺は命を張らないよ。浮気は嫌いでね、僕は」

「『こっちも引き下がれないのよ、サタヌス。渋々蘇らせたこっちの身にもなってちょうだい。私たちのために死んで』」

 皆が肩を落としかけたところに、サヤコが話に行った。これまでにべもなかったサタヌスは無駄に二回転して、話しかけてきた少女に気付き、眉を上げる。

「おや? この声はジャンだね。今の僕が大変お世話になってるようでお礼を言いたい。がしかし余計なお世話じゃないかな。僕はとっくに死んだ身だ。ベルももう死んだ。ならこの街を守る理由も鬼形児を助ける理由も、世界を相手にどうこうする理由もない。俺には存在しない。世界滅びろよマジで。俺からベルを奪いやがって。僕的にはあっちのヤバ気な少年に着きたい気分さ。それを踏まえて、何だい、ジャン」

 彼はそう言って、柔らかく微笑んだ。鋭利たちは身構えた。

 つまらないことを言うようだったら向こうに着くよ、というわけだ。仲間であったはずのサヤコでさえこの扱いである。あまりに話が通じない。

 サヤコはしばらく目を閉じた。覚悟を決めるように、ゆっくりと顔を上げた。

「『……あんたは、もうこの世界に興味はない、とそう言ったわね? だから私たちがどうなっても構わないし、世界のたがが外れても気にならない、と』」

「ああそうだね。この時代でも駄目だった、次に期待さ。世界がぶっ壊れれば俺らももっと出てきやすくなるだろ? ならそうしたいそうしよう。僕は寝て待つ」

 そう言うと本当に横になって寝始めた。グーグー、と寝たふりをする彼になおもサヤコは踏み込む。声の奥に苦渋を潜ませて、切り札を出した。

「『だけどもし、ベルゼーブを復活させる手があると、言ったら?』」

 時が一瞬、止まって感じた。

 ピタッと気流が消え、音も消え、人の気配も死んでいった。それを感じている鋭利と、サヤコとサタヌスだけが、動いている。時間の流れはすぐに再開した。

 全ての現象が蘇り、その中心でサタヌスは起き上がり、笑う。

「……狂言じゃ、ないだろうな? いや! いや、ジャンが言うならそうなんだろう。あるんだろう。そんな手が。ってことは、つまり。つまりつまりつまり! ベルゼーブが蘇ってくれるのかい!?」 

『街色』が頷くと白髪の男は完全にぶっ壊れた。

「ううううわッヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイッッッ! 麗しの君! 星喰いの女王! 喪われた聖女ロストメイデン! 彼女が僕の元に帰ってきてくれる! 彼女が俺を見て我を聞いて儂を感じてくれる! マジかマジかマジなのかああああ! 嘘だと言ってくれええ! いや言うな殺すぞ! 何てこった! 駄々を捏ねてる場合じゃなかった、無駄に死んでる場合じゃなかった! あっはははははは! 世界って素晴らしいイイイイイイ! 嬉しくてゲロが出そうだ! おぇ! おォエエエ!」

 度を越えたランチキ振りに、このまま発狂死してしまうんじゃないかと皆は引いた。『街色』も凍り付いていたが、サヤコの声を律儀に再生する。

「『それじゃあ、あそこの坊やの相手、お願いね。逝ってらっしゃい』」

 手を振られ、サタヌスはテンションを正常値に下げて、頷く。

「ああ逝くよ。また死のう。明日、目覚めたら女神に会おう。愛に逝こう」

 詩のようなものを口ずさみ、遠くに目をやった。

 そこには、喜色満面で近づいて来る『薬色』がいた。

 少年が走りに変える。少年の腕にはすでに金色の光が溜められている。崩壊の光の後ろにはバチバチと放電が棚引く。

「俺の敵意に気付いたか、良い勘をしているなあの子」

 彼の隣に鋭利は並ぶ。伝導率の高い銀を混ぜて刀を生み出す。

「気を付けろ。あの光は当たったものを消滅させる。オマエの力は知らないが、とりあえず距離を取ってから、っておい! オマエ何してっ」

 サタヌスが、フラリと少年の方に歩いていったのだ。その肩を掴もうとし、

「……っ!」

 が、ゾォッと極寒の汗が背中に伝い、鋭利は腕を止めた。

 一人、白髪の悪魔は少年の鬼神の方に歩いていく。

「そう、戦闘前の俺に近づくなって忠告は覚えてたようだな、ベルの残骸。うっかり巻き込まれないように。しかし、何だあの少年? 殺意バンバンだし、そのくせ神々しいし、凶悪な悪党笑いしてるし。今は戦時中かなんかか? ま、いいか戦争中だったら遠慮なく暴れられるし何しても文句言われないし最高じゃないか!」

 歩きの途中で、サタヌスは不思議なタップでクルリと回る。

 悪魔の瑠璃るり色の瞳が少年を捉えた。


          Fe


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