夢幻画才③
鋭利は見ていた。
黄色の光線が集団の中を飛び交い、人が掻き消されていく様を。
困惑にまみれた者たちが掻き消される。仲間がやられ、怒りで飛びかかっていった者たちが掻き消される。背中を向けて、逃げ出した者たちが掻き消される。恐怖と驚愕で動けない者たちが掻き消される。一人、また一人、と。
掻き消される、肉体の一部が削り取られ、消滅する。
狂騒の渦の中心にいる存在が腕を振るうたびに、人々は命を刈り取られていく。
叫びを上げられていたのは最初の数人だけだ。途中からのソレは、効率でも考えるかのように胸だけを抉るようになり、ただそこに居ただけの生贄を屠っていく。
機械的に、ただ迅速に、淡々と。
やがて三人だけを残して、暴威の嵐は休止する。残ったのは『街色』の少女と担架に乗せられた包帯の男。そして損壊した死骸の中心に立つ惨劇の主。
どこか道化のようであり、深淵そのものにも見える、小さな鬼。
子鬼は、拍手喝采を受けるように両手を広げ、嗜虐的に嗤った。
「やあ。ツバメ。どうしたんですか? そんな驚いた顔して。僕がここにいることが不思議ですか? 『大喰』がいると聞いて急いで駆けつけて来たんですよ。それともぉ、僕がこんなことしたのが、信じられないとか?」
「……ッ! あんた誰よっ、錬一郎は、そんな風に笑わない!」
あははは、と少年の形をした鬼は白々しく、笑いのような音を発す。
「笑うって。ケタケタと、カラカラと嗤うんですよ。うん、『塵色』さんも届いてますね。顔を削ったのまでは良かったんですけど、僕の力じゃ重くて。この人は次元系の鬼だから生きたまま持って行きたいんですよね」
「……錬一郎、さっきから何を言って……」
『くどいぞ「街色」!』
男の怒声がホールに響き、『街色』の服が膨らみ、黒い煙が出てきた。
黒い細菌の雲は一気に巨大化し、少年を覆いつくす。
『奴が本物だろうがニセモノだろうが、仲間に手を掛けたことには変わりない! すでに答えは出ている。即刻排除だ!』
飽和していた煙が収縮し、その密度を増す。黒い煙の中で、飴玉のように密集した菌の塊が星の煌めきを返す。黒の宝玉を孕んだ黒雲が一度大きく広がり、
『我が内で腐り果てろ、〈暗黒星雲〉!』
原始よりのおぞましき肉食獣が、汚染の牙を少年の肌に突き立てる。
あまりの密度に少年の全身が真っ黒に染まる。払おうにも触ることができず、呼吸もまばたきもロクにできず、じわじわと衰弱させられる無形の檻だ。
だが、無慈悲な宣告が暗黒の内から響いた。
「邪魔ですよ。はい〈分解〉」
闇の中から黄光が噴き出し、〈暗黒星雲〉を逆に埋め尽くす。
『……ぬブァ、コれ、は……ッ!』
光が漏れる箇所から、闇が切り裂かれ消滅していく。
内側から身体を抉られた暗雲が、身をよじって少年から逃げようとするが、それは切ないほどに遅い。裁きの光から逃れられるはずがないではないか。
少年の両手から閃光が生まれ、逃げ惑う暗雲に降りかかる。
『……ぅぅぅおおおおおおおなぁがギャギャががぇアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァッッッッ……………………!』
一筋の断末魔を残して、雲の一切が掻き消される。
光が晴れ、鋭利が薄目を開いた時には、黒煙など微塵も残っていなかった。
焼かれても溶かされても踏みにじられても、死太く生きていた『毒色』が。欠片も残さず消滅していた。あっさりと、仲間だった少年の手によって。
「まったく。最後までおっかない人でしたね。最終奥義を迷いなく仕掛けてくるなんて。まあ、少しだけ能力のタイプが被ってなくもなかったので目障りだったんですよね、前々から。あー、これで清々した」
「……な、……あんた、何てことを……!」
「おや? 下部構成員が手に掛けられるのは見逃せても『毒色』さんは駄目ですか? 駄目ですよ、そんな贔屓したら。僕に消されたメンバーたちが可哀想じゃないですか。あ、でも安心してくださいね。死んだとしてもすぐに戻せますから」
少年の掌が惨殺体の広場を指し、その手から緑色の光が発し出される。
緑の光は少年を軸に扇状に広がり、驟雨のように何十体もの歪な死体の上に降り注ぐ。祝福の光は死体に染み込んで、ぼんやりと包み込んでいく。
奇跡と見まがう変化が、光に触れた死体全てに起こる。
「……そ、な。ばかな……!」
屍が修復されていく。四肢が揃った完全な形へと。少年に肉体を削り取られて絶命した全員が、一人残らず。欠けた所など一つもない元の形に。
元に戻って、再現されていく。神の奇跡は引き続く。
「ん。……な、何が、俺の身に起こったんだ……?」
光の下で、一人の男が起き上がった。彼は、最初に頭を消されて死んだ男だ。彼は五体満足な自分の身体を見て、周りの身体を再構築されてる仲間を見回して、自分を見ている少年にやっと気付く。
「……『薬色』隊、長? いつご帰還で、いや、一体これは。皆に何をしてるのですか。俺は、さっき何者かに頭を消されて………?」
息が詰まり、『街色』の喉が音にならない絶叫を搾り出す。
「…………な、ぁ、んて……! 死体を、蘇らせただって……ッ!」
「あはは。分解できるんだから構築もできるに決まってるじゃないですか。化学も知らないんですか? 肉を分解して奪っただけだから、僕が戻せば生き返るんですよ」
少年の言葉通りのことが緑の園の中で行われる。少年に殺された者たちが、次々と息を吹き返し、自分が生きていることに戸惑い、そのまま少年の鬼を見る。
「……全員、生き返った……。いえ、死んで、なかったのね……」
『街色』が安堵の息を漏らす。少年の頬が限界まで釣り上がった。
「ま。ウゼぇからすぐ消すんですけど」
薄く広がっていた緑の光が、信号機のようにパッと黄色に移り変わった。
シュン、と。全てが奈落に落ちた。
そこにあった何もかもが一瞬で、〈分解〉の光の底に消え失せた。
今度は死体の残骸さえ、痕跡さえ、生きてた証が一つも残らずに。
「――――ッッ!」
「あはははやっっっっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあははあはははははあああああああああああああ」
何も残ってない処刑場で、目尻に涙を浮かべた少年の高笑いが木霊する。
『街色』の足が、グズグズと力を失って膝をつく。
崩れ落ち、歯を鳴らし、震える我が身を掻き抱いて、少女は世界を否定する。
その、不条理性を。
「……な、んなの……っ! ち、違う、あんたは、錬一郎じゃない……! 錬一郎なんかじゃない! 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違ううううう……!」
天使のように微笑む少年は、吼える『街色』を愛おしそうに眺めて、
「勝手に僕を定義しないで下さいよ。困るなあ。ムカつくなあ。あ、でも安心してください。もう君には興味ないですから。んーと、あと集まってないのは父さんと『墓色』さんのか。でもその前に、肝心なのを採取しときましょう」
冷酷な瞳が『街色』の少女から外れ、傍観していた鋭利に突き刺さる。少年の顔に張り付いていたニセモノの笑みが一瞬だけ剥がれ、狂った真顔を見せる。
後ろにいた銀架が、そこにあった無限の空洞の宇宙に息を呑んだ。
少年の顔がすぐに薄っぺらい笑みに戻って、
「『大喰』。『暴君の泡』。グリモァ=W=ベルゼーブ。今晩のメインディッシュがわざわざ来てくださるなんて、有り難い話です。お陰でかなりの手間が省けました」
「こちら的にもショートカットのつもりだったんだけどね。『薬色』は良い子と聞いてたんだが、こりゃどう見ても、クソガキの腐り汁じゃねーか」
「猫を被ってたつもりは無いですよ? 勝手に勘違いされるんです。にしても、この惨状を目にしても動じないとは。見慣れてますか? 元ヒーローの金虎鋭利さんは」
「はっ、さあな。『大喰』の力が欲しいからって、ここまでするのか?」
「ええ、当たり前じゃないですか」
『薬色』は曇り一つない、透明なガラス玉の瞳で軽く言った。
「僕自身は『苦色』の件が片付くまで動くつもりは無かったんですけど。いやいや、カイムの負けは予想してましたが、こんなに早く倒されてしまうとは。ま、御託はこの辺で良いでしょう? うるさい人たちが来る前にとっとと終わらせましょう。流石にボスや『死色』の相手は面倒ですからね」
「そ。じゃあ、早くそう言えって」
親しみを込めた、呆れる苦笑をして、鋭利は淀みない動きで腰からフルオートマグナムを抜き放って、連射した。
轟音が世界を席巻する。
大口径から撃ち出された衝撃と灼熱の礫は、互いの間にある空間を貫き去り、少年に飛び込んでいく。引きっ放しのトリガーノック。火傷を負いそうなバッグファイアが鋭利の網膜を焼き潰し、衝撃は鉄の全身を震わせ、脳をシェイクする。
スライドが空撃ち、激音が止まる。マガジンが底を着いたのだ。
片手射撃の拳銃をゆっくりと下ろし、煙と陽炎とで揺らぐ先を見る。
鋭利に見えたのは、白い楕円だった。
「ふう、驚いたなあ。いきなりは酷くないですか?」
楕円の盾が黄光と共に虚空に消えていき、少年が裏から現れた。
「……あんだけ撃っても盾には傷一つなし、か。不意を突いたのに、銃弾を上回る構築速度。ケッ、なーにが猫かぶるつもりは無いだ。大嘘つきめ」
あーあ、と鋭利は拳銃を後ろに放り捨て、その場にどっかりと座り込んだ。銀架がその行動に眼を見張った。鋭利は戦いが終わるまで武器を手離さないし、座るなんて無防備な真似はしない。するにしても、武器を生成する場合や食事時に限ってだ。
何より、鋭利が金属物を投げ捨てるという行為があり得なかった。
要らなくても食する鋭利が。常に金属に飢えている彼女が。
大好物をむざむざ、まるで見せびらかすように投げ捨てた。
「鋭利さん、いったい何をして……」
問う銀架を無視し、鋭利はただ両手を挙げた。高く高く投げやりに。
あ~、と間延びした声が間抜けにも響いた。鋭利は大声で笑った。
「だめだこりゃ。うん、オマエが伽藍の言ってた『オレに似てる鬼形児』か。しかもオレみたいに偏食しないし、血を流す手順も踏まなくていい。速度も範囲も段違い」
つまり。
「クソガキの力は、オレより上ってわけだ。正直、勝てると思えねー」
「……そんな! っ、私の力なら!」
銀架が胡坐かく鋭利の前に進み出て、背の短槍を手にする。
ボ、と爆発が起きたように銀色の光が銀架の髪から噴き出し、一気に広がった。掃き散らかされる光は空気を奮い立たせ、銀架を照らす。
光は収斂し、短槍に収束する。飲み干され、吸収されていく。
「お前なんかに、鋭利さんは渡さない!」
銀光を十分に充電した短槍が、目いっぱい引き絞られる。
「おおっ。『銀』の謎の力解放ですか。二ヶ月前もそれで『大喰』を再封印したんですよね。その光激なら僕の〈分解〉も無効化されるんでしょうね、怖いなあ」
あくまで調子を崩さない少年を睨みつけ、銀架は槍を振りかぶり、
「魂まで穿て、『グングニル』!」
「隙だらけですよ」
銀架の眼前で『薬色』が囁いた。銀架が腕を引いた挙動の、その一瞬で懐にまで詰め寄ったのだ。少年の手が銀架の手首を掴み、投擲を止めた。そして腕を捻り上げ、短槍を落とさせる。カラコロと槍が落ち、転がっていく。
「距離があったから大丈夫だと思いましたか? 能力に頼りっきりだったから、近接戦が苦手とでも思いましたか? 投げるのを待ってくれるとでも? 甘いなあ!」
「っく、離せ! あっち行け!」
抵抗の意思に反応し、銀光が放たれるが、全て黄光に打ち消される。
「暴れても無駄ですよ。今の君じゃ力不足だ。しかし、これは困りました。今回の目的はあくまで『大喰』なんですよね。『万能録』も便利ですけど、要らないといえば要らないものですし、これ以上世界の運命を刺激するような不確定要素は抱えたくない。だけどここで消してしまうのも勿体ないですし……」
何やら、こちらの分からぬ次元で思案し始める少年。その意識が銀架から逸れるのを見た鋭利はクラウチングから跳び込み、銀架を抱きかかえて奪い返す。
「あっ、と。無駄ですよ?」
『薬色』の手がこちらに伸ばされ、黄色の光を発射した。
全てを掻き消す破滅の光が、鋭利たちを飲み込もうと顎を開く。
鋭利は、光と対峙すると、抱えた銀架を左右に振り、
「――ゴメンな」
光の範囲外に向かって、投げた。
「……っ、鋭利、さ……!」
空中で銀架が手を伸ばす。だがその映像も黄光に塗り潰され、
そして、世界が光に包まれた。
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