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無二色調③


 室内はやたらと広かった。それなのにあるのは金持ちが好みそうな長テーブルが一つ。全体の面積はよく分からないが、会議に使うのがそこのテーブル一つだけだとしたら、それがあとニ十個は並べられるであろうこの広さは、明らかに無駄でしかない。

〈彩〉ともなるとここらも気風が良いな、と鼎は内心で唸る。

 長机には六人の者が座っていた。右側に三人。左側に三人。左の空席に『薬色』の少年が座り、七人となる。『苦色』は九人のはずだが、あと二人はどうしたのか。

〈彩〉の九人幹部。またの名を『苦色』。

〈彩〉は名前の通り『色』を旗印にしているチームだ。下っ端こそ『色』は持っていないが、ある程度昇格すれば自分の『色』とその字の刺青を持つことになる。九人幹部の色は『苦』の色とも呼ばれ、敵味方問わず恐れられている。彼らのさらに上には上級幹部『死色』がいるのだが、その四人は戦場の激戦区にしか現れないため、顔を知っているのは幹部の九人か、戦場で彼らと遭遇してしまった不幸な奴らのみ。

 その四人を実力で圧倒し、まとめている〈彩〉のボスなど最早想像も付かない。

 少年の声が掛かった。どうぞお掛けになってくださいと。

 役目を終えたサヤコが一礼して、部屋を出ていこうと背を返す。

「じゃあ、また帰りにでも」

「そうね。せいぜい食われないようにしなさいよ?」

「はっ、程々にやるさ」

 それが良いわ、と聞こえて、扉が閉まった。室内の薄闇が若干濃くなる。

 鼎はテーブルまで車椅子を転がし、ブレーキロック。虚呂も隣に着席する。

 さて、どうなるか、と七人を見渡していく。緊張感がそこにはある。堅苦しい雰囲気は苦手なのだが、この場合相手に合わせた方が良いだろう。

「右側一番奥の眼鏡のマネ」 

 虚呂が肘を突き、手を重ね合わせて、そこに顎を沿わせる。部屋が一瞬ざわつく。ふむ、そうきたか、と鼎は納得で腕を組み、眼をすっと細くし、

「左側、奥から二番目のハゲ頭のマネ」

 ざわつきがガヤつきにランクアップし、一層ムードが乱れる。

「へえ、そっくりじゃない。じゃあ次はーっと」

 虚呂の視線を巡らす動きに、一部の幹部たちが慌てて姿勢を変え始める。彼らの崩れていた姿勢が整えられ、部屋のムードが余計堅いものとなってしまった。

「ふざけないでくれたまえ。君たちは遊びに来たのか?」

 いかにも頭に血を昇らせている声は、虚呂にマネされた眼鏡男のものだった。

「いや、ふざけてなんか。そちらに合わせただけだぜ。なあ『銅』?」

「その通りだね『金』。僕らは仕事に来たんだ。さあ、話を聞こうじゃないか」

 いけしゃあしゃあと語ると、眼鏡がわなわな震えていた。そんな彼を隣のジャージ姿の女がまあまあ、と宥めて、『薬色』の少年が急いで切り出した。

「こ、こちらが今回協力していただく〈金族〉のお二方です。それでえーと、僕たちの紹介もしましょうか? ちょっと多いですが」

「ニックネームで呼んでも良いんだったら、別に要らないぜ、少年」

『薬色』は冷や汗を垂らし、え、えーと、と左列を示した。

「僕の紹介はさっきしましたよね。それで、僕の隣が外縁区守護隊〈巣窟〉隊長の『渦色かしょく』さんです」

 坊主頭が会釈をしてくる。その口元に麻布が巻いてあるのを見て、

「おい、お前と仲良くなれそうな奴いたぞ」

「どうかなぁ? コミュニケーションがちゃんと取れるか心配だよ」

 そんな囁きが聞こえたか定かではないが、坊主は黙ったまま。

「その奥に『血色けっしょく』さん。一人で組織内の検察および執行を行っています」

 左の顔面に大きな切傷が刻まれている男が鷹揚に片手を振る。

「……めんどうだ、じゃない。コンチワ」

「はい、では右列に行って、手前から『街色がいしょく』。人事部と通信部の部長です」

「……私には『さん』付け無し?」

『薬色』より一、二歳幼い顔の少女が不満げに言って、こちらに会釈する。

「その奥が『塵色じんしょく』さん。物資の調達及び技術部の部長です」

「ここまで来といて何じゃが、俺らの仕事内容まで言う必要あんのかいな? まあ別にいいんじゃがよ。はっはー」

 アロハと白髪の男が、ハロハロー、と陽気に笑いかけてくる。

「一番奥の女性が『幽色ゆうしょく』さん。隠密部隊〈草蔭〉の隊長さんです」

「錬一、それ人様に言っちゃ駄目な情報じゃ? ま、だいじょーぶね。気にしなーい!」

 明るいジャージ娘が言って、よろしくぅ、とチョップを挙げる。

「最後に汚いことが好きな総務部部長、独身ダサ眼鏡の『毒色ぶっしょく』さんです」

「……私にだけ『毒』が混じっているのは、君なりのジョークかね?」

 眼鏡がこめかみをひく付かせながら、錬一郎に問う。

「え、でもこの前『幽色』さんが、彼は会話に毒を混ぜて毒舌で話してやるとすごく喜んでくれるとかって。違うんですか?」

「……また君か。誰がそんな変態的嗜好を持ってると。大体、君はいつもいつも、」

「えへへぇー。そんなことよりもさ、実はこの前ぇー、」

「誤魔化すならちゃんと誤魔化せ!」

 流そうとした『幽色』に眼鏡の叱責が飛ぶ。中々お茶目な性格だなあの娘。

 と感心していたらゴホン、と『薬色』の咳払いが割り込む。仕切り屋、というより他にしてくれる奴がいないのだろう。貧乏くじを引かされる性格のようだ。

「それで、本当はもう二人幹部がいるのですけど、一人は私的な事情で。もう一人は、これから話すことにも繋がってる事情で、ここにはいません」

「事情あり、ね。それで九人か、なるほど」

 全員の紹介が終わり、鼎は改めて七人の顔を見回した。人の名前を覚えるのは得意な方だが、七人を一気に覚えるのは流石に困難だ。とりあえず『薬色』の錬一郎と眼鏡、……『毒色』だったはず、の二人は記憶した。全員と関わるわけじゃないだろうし、それ以外の相手はゆっくり覚えていこう。

『薬色』が、さて、と落ち着き払う。

「いつもなら定時報告を挟むのですが、今日はそれを飛ばし議題に入らせてもらいます。本日〈金族〉の方に来て頂いたのは、手を貸して頂きたい案件があったからです」

 少年の声が無駄に広い会議室の中を飛び回る。その余韻が消えた時には、ほとんどの幹部の視線が鼎たちに向けられていた。

 そうだろうな、と鼎は居丈高に頷いて見せる。

「幹部がここに呼んでまで頼んできたってことは、よっぽどのことがあったに違いない。で、何なんだ? あんたらの頭を悩ます案件ってのは」

〈彩〉は〈廃都〉で最大にして最強のチームであるが、それだけに抱える諍いやトラブルは多く、ほぼ無関係の事件まで背負い込むこともある。支配区も大量に所持しているのでそれを狙うチームとの抗争も絶えない。〈彩〉がこうして他チームに助けを求めることも決して珍しくない。そういう柔軟な思考を持っていることも〈彩〉が〈廃都〉のトップ組織でいられる理由の一つだろう。

だが、『苦色』が直接頭を下げてきたという例は聞いたことがない。恐らくこれが初めてだ。それが意味することはつまり、

「今までに無かったことが、起こったんだろ?」

「はい。僕たちの予想もしてなかった方向から。『毒色』さん、初めに奪われたのはあなたの管理区でしたね。続き、お願いします」

「うむ。さて、事のあらましを端的に伝えると、だな」

『毒色』が眼鏡のブリッジに手を沿えながら、証言した。

「この一ヶ月の間、〈彩〉の地区が他のチームに奪われるという事例が、立て続けに起こっている」

「……はっ?」鼎は思わず呆けて、前のめりになる。

「お前らが負けてんのか? 相手はどこだ。っても、んなの限られてるだろうが」

 頭の中に候補が幾つか挙がる。〈彩〉に対抗できるほどの組織は限られてる。だが、返ってきた答えは、全く違うものだった。

「浅部の、地区も持ってないような弱小チーム共の連合に、だよ」

「……弱小チーム? は? どういうことだ」

「判明している名を挙げれば、〈氷冠アイスクラウン〉。〈ロアーズ〉。〈犬猿会〉。〈我宴がえん〉。……どれも発足から一年も経ってないチームばかりで、かつ目立った戦力を持ってなかった奴らだ。だから気になって調査に行かせたら、面白いモノが見つかったのだよ。それがこれだ」

『毒色』が机の下から一振りのナイフを取り出して、こっちに滑らせてきた。勢いが強すぎるように思えたが、ナイフは鼎の目の前でピタリと止まる。

「これは何だ? 見たとこただのナイフにしか見えないが」

「触れば、すぐに分かる」

 言われるまま、刃渡り二十センチのコンバットナイフを手に取ってみる。

「……刃の部分に、違和感があるな。何か散りばめられてるみたいだ」

 隣の虚呂に渡そうとしたら、やんわりと拒絶されてしまった。触りたくない、と。鼎がナイフを机に置くと、ナイフに触れてもない虚呂が言った。

「二ヶ月前のは試用実験でもあったんだね。これを商品として売り出すための」

「虚呂、これが何か分かるのか?」

「武器だよ。僕たちの肉体を使った。驚いたことに能力も使える、ね」

「能力を……?」

 信じがたくて、机上のナイフをまじまじと見る。これに、鬼形児の肉体が?

「ご明察。私らはこれを便宜上鬼械(オーグ)と呼んでいる。敵はそのような武具を用いて〈彩〉に対抗し、その結果こちらの負けが嵩んでいる。情けない限りだ」

「だが、どこの組織がこんな鬼形児の肉を使うような……」

「土御門、という名前に聞き覚えは?」

「確か、武器商人だったか。そいつが造ってるのか? これを」

「造り、浅部の弱小チームに売りさばいている。ただ弱小チームというより、領地を欲しがっているチームに支援する形で送っているのだな」

「……何がそいつの目的だ」

 まさか、救われぬ弱者への慈善活動というわけではあるまい。

「恐らく〈彩〉を排除し、〈廃都〉に侵略することだろう。実質うちの領地は奪われている。敵対して来るチームが一つだったならそこを叩けば良かったのだが、何せ量が多すぎてね、対処し切れてないのだよ」

 発言が『薬色』に戻る。

「そして敵は、僕たちを消すために暗殺者を放ちました。すでに、ここにいない一人の幹部が暗殺者にやられています」

「……〈彩〉の幹部が、やられただと? その土御門にか?」

「はい、紅崎という隠密の一族に。そこで、協力を依頼したいわけです。〈金族〉には僕たちと協力して土御門を潰して欲しいのです。今自由に動ける人員は少ないので、協力と言ってもこっちから多くの人手は出せないのですが」

「……なるほど。俺らが呼ばれた理由は薄々分かってきたよ」

 厄介そうだが、悩むほどの案件ではない。二ヶ月前の事件に比べれば楽な方だ。

 了承しかけた鼎を押さえ、横から虚呂が出しゃばってきた。

「で、見返りは? それをすると、僕らにとってどれくらい利益があるのかなあ?」

 虚呂は面白がるように言う。サヤコの頼みでここにいる鼎からすれば別に無報酬でも良かったのだが、他の族員たちはそういうわけにもいかないか。ここは抜け目の無いこいつに預けてみよう。

「そうですね。報償金、とか液体燃料。そうだ、電線を引くとかどうでしょう? 電気を送りますよ、毎日」

 無料で電気が手に入るメリットは大きい。〈金族〉は発電機を持っているが、それに頼らなくても良くなるとは非常に魅力的だ。だけど虚呂はせせら笑った。

「大量に余って使い道に困っている電気を、ね。それは厄介払いとか押し付けって言うんじゃないの? 立派な組織のすることとは思えないなあ」

 目隠ししているので嘲笑や苦笑も分かりにくい。だがそれを見て取った白髪の男が、

「う~ん、そうじゃね。回収した鬼械を分けちゃるってのは、どうかのう?」

「『塵色』さん、だっけ君は。悪いけどうちには武器造りのプロがいてね。便利な武器は嫌ってほど間に合ってるよ」

「では、地区の譲渡というのはどうですか?」

「あー、それはいらん。これ以上増えても手に余るだけだし」

「と、ボスが言ってるのでそれも無し。するとあれ? 僕たちの利になること、ないのかな? それじゃあ僕たちが君らの頼みを聞く理由が無いよね。ね?」

 室内に初めとは別種の動揺が走る。断られるのでは、という懸念。

「……よく言うわ、心の中ではワクワクしてるくせに」

 その呟きは、沈黙を保っていた幹部の一人、『街色』の少女が零した。

「……そこの鼎雲水も『無報酬で良い』と思ってるんだから、ただ首を縦に振れば良いのに。何をごねているのかしら。びびってるの?」

 鼎を呼び捨てにした少女の髪は、一本だけアンテナのように立っていた。

「はっ、相手の心を読むか。小っちぇえのに優秀だな」

「お遊びもここまで、か。分かったよ。電気で手を打とう。雲水もそれで良いよね」

「俺は何だって良いさ。サヤコに〈彩〉を助けて、って頼まれたからな」

 鼎が頷いたのを見て、『薬色』はホッと息してから締めにかかった。

「そ、それではここに、〈彩〉と〈金族〉の共同戦線が成立したということで。皆さん、異論は御座いませんか。御座いませんよね。あるわけないですよねあっても無視しますはいこの議題終了! では、次はいつもの定時報告に移ります」

 頃合いだと思って鼎は、良いか? と声を挟む。

「そろそろ俺ら行っていいか? 他のチームがいたら、しにくい話もあるだろうし。土御門の件もできるだけこっちだけでやってみるけど、あんたらの力が借りたくなったらまた連絡するわ。じゃあそれで」

 鼎が車椅子のロックに触れると虚呂が立ち上がり、後ろに回った。珍しいことに押してくれるようだ。ロックを外し、虚呂が引いて反転。扉に向かって転がしていく。後ろからの呼び止めの声をわざと聞き逃し、二人は会議室を後にした。

 さあ、気を引き締めよう。脳をフル回転させよう。

 本番の戦いは、恐らくここからだ。


          Fe


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