素描万化⑦
鋭利は座ったまま銀架の砲撃を眺めていた。
銀架の用いる銀光の異能は、銀架本人もその正体を知らない。能力名は忘れられ、その原理が重力なのか斥力なのか、はたまた異次元からの波動なのかも判断つかず、その効能も加速と破壊力の付与という説明不能なもの。
とりあえず、先立っている現象から予想していくしかないなー。
銀架は難儀な因果を持つ鬼である。どこまでが銀架の力で、どこからが因果のもたらす異常現象なのか。確かめるすべはとうに永遠の闇に落とされている。ほとんどが謎に包まれたパンドラの箱。それが銀架なのだ。
「よっこいしょ、と」
鋭利は光る槍が飛んでいくのを見送って、腰を上げた。
短槍のチャージにもっと時間がかかると見繕っていたが、今回は早かった。戦いの中でコツの掴んだのかもしれない。能力の歯車が上手く填まってる感がある。
どうやら大蜘蛛も油断していたようで、内心の困惑を表すように不揃いな姿勢で跳んでいた。その脚の一本が銀槍を避け切れなくて、光に食われる。
辺鄙な方向に飛んでいった短槍を、銀の光を自分の身にまとわせ、動作を加速させた銀架が拾いに行く。そのスピードは投げた短槍とほぼ同じ。蜘蛛の網に捕らわれそうだった鋭利を救い上げたのも加速の技を使った銀架だ。
「あんな使い方ができたなんて。もっと早目に教えて欲しかったわ。プンプン」
いじけたセリフもニヤけていては台無しだ。
鋭利も上半身を倒し、一瞬で速度に乗った。大蜘蛛の落下地点に走り込んでいく。
グッ、とランスを腰溜めにして引き絞り、
「……ぅらう!」
着地した一本を狙って、フルパワーを解放する。
『…………ッ!』
槍の先端が表層を破り、突き刺さる。横からの突進で大蜘蛛の重心が傾く。蜘蛛は四本の脚でしっかりと接地、横転を防ぐ。鋭利の一撃を受け止められる。
そこに、光り輝く銀架が飛び込んできた。蜘蛛が急な光にたじろいだ。その隙を見逃す鋭利と銀架ではない。二人して蜘蛛の腹の下に滑り込み、真上に向かって、
「穿て『グングニル』!」
「えーと、貫け『ブリューナク』!」
垂直に二対の槍が放たれる。極大の光を放つ投槍と、破壊の牙を抱く大槍。
二つの神槍は大蜘蛛の胴体を貫き、抉り壊し、その体躯を浮かび上がらせ、
『……ッ、~~~~~~~~~~~ッッッ!』
蜘蛛の口から苦悶とも怨嗟とも取れる、叫びが上がる。太い脚による復讐の薙ぎ払いが来るが鋭利と銀架は素早いステップで退避、大蜘蛛から距離を取る。
二人の手には槍が無かった。
「さっきので。つい折っちゃいまいました」
「あ、柄だけ。スペアは持ってないから、今はこれで我慢して」
鋭利が右腕を振るう。古傷が開き、黒血が踊り出てきて腕を伝い、手元に新たな短槍が完成した。ふふん、と鋭利は自慢げに手渡し、フラッと傾きかけた。
「っと、立ち眩み。鉄分不足だね、こりゃ」
「あまり無理しちゃダメですよ? 鋭利さんは貧血ガールなんですから」
ニヒヒヒ、と乙女二人で笑い合い、広い道路に立っている巨大蜘蛛を見た。
女郎蜘蛛に似たフォルムで、八本の脚の内、四本がすでにイカれ、腹には二振りの槍が突き刺さってる。大きさが十倍以上違うためダメージの推移は計れないが、すぐ回復してくれるようなものではないだろう。
「腹が減っては戦はできぬぅ~♪っと」
鋭利は適当な節で歌い、近い街灯の一本に触れた。
高さ八メートル。太さ二十センチ。防腐用のペンキで外見は白いが中身はガッチガチの鋼鉄。こんなに大きいとそう倒せるものではないが、食べるのならまた別の話。鋭利の食事はあらゆる理論を超越する。
鋭利は顔を傾げると、鉄柱に噛り付いた。ガブリ。ガギャブゴリ、と。
芳醇な林檎を齧ったように顎の形が鋼鉄の柱に刻まれる。咀嚼も曖昧に飲み込み、またかぶり付く。柱がその分細くなる。鋭利が齧るたびに街灯の倒壊は進んでいく。
女が街灯を食べている。響きは滑稽なのに実際目にしてみれば、それはエグいほどに恐ろしい。頭の整理が付かなすぎる。おぞましい。だが、どうしてか神々しささえ感じれるこの光景に、二人は見入っていた。
やがて重力に引かれ、街灯が倒れていく。支えようとした鋭利の腕が支点となって先端から落下。何回か跳ね、蛍光灯とソケットが粉砕。鋭利は落ちた鉄柱を持ち上げて、食事を再開する。内側に走る鋼芯も電気ケーブルも好き嫌いせず食べ、どこまでも食べ続け、とうとう丸々一本を腹に収めてしまう。
あの質量はどこに行ったのか、鋭利は変化したように見えない腹を擦り、
「ふ~食べた食べた。もーお腹いっぱいだ。あんな食べ応えあるのは久々だったな、おかげで時間も食っちゃった」
「いえ、全然上手くないですけど。私もそうですが蜘蛛の人も驚いてたみたいで。見てるだけでこう、何ていうか、色んな気概が削がれてしまったというか」
自覚はないが、鋭利の食事にはそれほどの威力があるようなのだ。
「それはそれは。さて、お披露目ターイム」
鋭利は掌を上にして、右腕を目の高さに掲げた。生成は一瞬で成された。
莫大な血潮。内側から爆発したと思わんばかりの血液が、腕から噴き出した。
溢れ出た血は渦となり、黒い大蛇となって踊り狂い、形にならなかった血が霧となって鋭利の周りを漂う。鋭利を隠す霧の中で一つの武器が組み上がる。
長い柄が右手に落ちてくる。身にまとわり付く鋼の重さ。そして赤い霧。その二つを払い飛ばすように鋭利は柄を強く握り、水平方向に振るう。
「……ふッ!」
ブワッ、と紅に塗れた桜吹雪が無粋な刃に押し開かれ、渦となって一瞬の停滞。だが渦は自らの溜めた力で破裂し、鮮やかな紅い霧は一気に弾け飛ぶ。
鋭い黒鈍色の刃。
巨大な闇褐色の両刃が、右手の長柄から伸びている。
それは幅広の大剣に見えた。だが柄が異様に長く、刀身の二倍ほどの長さだ。長巻や薙刀に似通っているが、刃の大きさが桁違いすぎる。
肝心の大剣のサイズは幅三〇センチ、長さ一〇〇センチ。柄の全長は鋭利の身長を超える一八〇センチ。巨人が扱うことを想定したような超巨大武装。とても人の扱う武器ではない。
それを扱える者がいるとしたら、鬼だけである。
鋭利は長柄に左手も添え、大剣を引いて、右の腰で溜める。
「聖槍であり聖剣であるこの武器の名は、『聖槍剣ゲオルギウス』!」
「鋭利さん鋭利さん、宇宙に飛び出しそうですよそれ」
銀架にやんわりと窘められるが、鋭利はそれで決定。
鋭利は『聖槍剣』を今一度引締め、グッと腰を落とすと身を前に跳ばした。迎え撃つつもりだろう、大蜘蛛も同時に跳び出した。
激突の直前、鋭利は左脚を急停止させる。根が生えたような足を支えに、全長三メートルの槍であり剣である『聖槍剣』の刃を前に走らせた。
超重量を込めた鋼の切っ先が蜘蛛の腹に迫る。蜘蛛は前足を立て、ガード。
ザガッと勢いの付いた大剣が蜘蛛の節足に食い込み、受け止められた。
そして大蜘蛛は逆の前足の横殴りで、隙だらけの鋭利にカウンターを仕掛けた。鋭利の重心は思い切り前に預けられている、今から逃げることはできない。
だから鋭利は、攻撃を続けた。
「……ぅぉぉ……!」
淡く緩めていた柄をしっかりと掴み直し、脇を締め大地を踏み締め膝を捻り腰を捻り腹を捻り胸を捻り肩を捻り肘を捻り手首を捻り、捻り捻り捻り捻り、
「……らぁっっっ!」
渾身を大槍の先、大剣の刃に篭めて、放つ。
『…………ッ!』
大剣の力と蜘蛛の重量が拮抗し、大蜘蛛の桁違いな体躯が、一瞬浮いた。
と見えたのも束の間、ガードしていた蜘蛛の脚が千切れ飛んだ。
「……ぁぁあああああああッッ!」
『聖槍剣』の覇気はまだ失われていない。大蜘蛛は完全に傾き、大剣は蜘蛛の巨体に食らい付く。牙を立てた鋼の黒狼が大蜘蛛の身を侵していく。
抵抗は一拍だった。
刃が蜘蛛の肉体を薙いだ。スゥーと奇麗な半円を描くように大剣が回っていき、ピタッと鋭利の左腰で止まる。動きが止まっていた蜘蛛の身体に、
『……ッッ!』
斜めの切れ込みが入る。ズズッとずれていき、身体の上半分が地に落ちた。
残った三つの脚と腹部が、ゆっくりと膝を折って崩れる。
鋭利は『聖槍剣』の石突で地面を強く打ち、高らかに拳を突き上げ、
「化け物蜘蛛、討ち取ったりいぃー!」
勝ち鬨の声が、闇に飲まれることなく壊れた街に響いて行った。
巨大な蜘蛛が砂状になって崩壊していく。サラサラと形を失っていく蜘蛛の腹部から禿頭の男が吐き出されてきた。あれが人間時の肉体か。
銀架が、短槍を振って蓄積した光を発散しながら、
「何で、いきなり刃が通ったんですか?」
「ん。ここに来る前に見知らぬ男にアドバイスを貰ってさー。『武器も身体の一部』だと。確かにそうだなーと反省して、それを意識して武器に負担を掛けすぎないようにこう、優しく斬ってみたら上手い具合に行った。あいつには感謝だな」
「な、何てテキトーな……! 鋭利さんのバトルセンスが酷い!」
銀架が泣きそうな顔で嘆いた。
剣の道において、柔の剣、という言葉がある。力で圧倒して屠るのではなく、技をもって敵を斬る。そういう理念であり、鋭利の先の攻撃はその心に従ったものだった。
鋭利の普段の戦闘スタイルは、鋼の肉体を支える生まれもった膂力に頼った、柔とは真逆のとことん剛の剣だ。重く巨大な大剣を全力で振りかぶって戦い、大剣がゆえの鈍い刃で対象を潰すようにして、叩き斬る。
剛と柔を比べたならば多くの場合、剛の方が優位である。剛の剣もそれなりの技術を必要とするが、一番大事なのはやはり膂力と気力であり、対して柔の剣はひたすらに高い技術を求められる。
大剣や斧は叩きつけて切るものだが、日本刀は滑らせて斬る。また大剣は肉厚なため、ちょっとやそっとのことでは剣身は歪まないし、また歪んだとしても変わらぬ破壊力を発揮するが、切れ味を重視した刀やサーベル種は数度の打ち合いで歪むし、肝心な刃が欠けてしまう。殺し合いにおいてそれは大きなアドバンテージだ。
多人数との戦闘や連戦を強いられた時、重宝するのは剛の剣だ。また自分より巨大な敵であったり、鋼のように硬い敵であっても同様のことが言える。
この街で多種多様な怪物を相手取るには、剛の道が必要であった。
鋭利はこの十年、そうやって戦ってきた。本能のままに、生まれのままに。
だが、だからといって柔の剣が劣っているわけではない。実践レベルに達するのに途方も無い精進と時間が必要なだけで、その殺傷力は同等かそれ以上。
顔を見合わせただけで互いの実力を認め合ったシュカクも〈廃都〉では珍しい、力に頼らぬ柔の剣の使い手であろう。まっすぐに戦って勝てるとは思っていない。もちろん負けるとも思っていないが。
何にせよ、柔の剣の脅威は骨身に染みて理解している。
そしてもし、その両方を兼ねた剣を使えるとしたら、どうであろうか。
剛の力でもって、鋭く、繊細な柔を実践する。
『聖槍剣』の浅い角度の刃と、大得物ゆえの手前に引く動き。加えて脱力から全力への移行は柔の動きを実現し、そこに生来の剛力と『聖槍剣』の重量が加わることで、あらゆるものを断ち切る、柔と剛の剣が出来上がる。
「でもまあ、それをバトル中に思い付き、一回で実現できたのは幸運だったなー」
なはははは、と腰に手を当てて高笑いする鋭利の横で、銀架が萎れていった。
「グス、つい泣いてしまいましたけど、鋭利さんの才能って底無しですか……。やっぱり鋭利さん一人で倒せたんじゃあ……?」
銀架のいじける声を聞きつけた鋭利は「そんなことないよー」と邪魔な『聖槍剣』を投げ捨て、銀架に駆け寄って抱きついた。銀架の髪に手を突っ込んでグリグリしてやると、銀架も満更でもないように顔を綻ばせる。
すぐに「邪魔暑いどけェ!」と突っぱねられてしまったが。
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