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間章 観客隔絶

 間章  観客隔絶ラビリンス



「今日は、街がずいぶんと騒がしいです」

 傍らに立つ結魅がそう語り掛けてきた。

「そうだな、戦いの音が多い。ここ程ではないがな」

 手元の調査資料から顔を上げ、鵺也は周囲を見渡した。

 そこには十や二十では利かない数の、信じ難い外見をした化け物、第三段階を乱用した鬼神たちが転がっている。

 そしてまた、十数の頭部を持つ巨竜がゆっくりと倒れていった。

 竜の上に立ち、雄叫びを上げている巨漢に向かって、鵺也は声を飛ばした。

「あまりやり過ぎるなよ! 今回はあくまで説得が目的なんだから!」

 巨漢は野太い声で返答し、また別の怪物に飛び掛かっていった。

 暴れているのは彼だけではない。黒い外套に身を包んだ男。背から蝙蝠の羽を生やして飛び回る女。巨大な回転鋸チェーンソーを操る少女も一騎当千の活躍を見せている。

 深淵部を中心に活動している彼らは〈鵺〉と呼ばれていた。

 その代表である鵺也は、自分の仲間らが深淵部の住人である『覚醒罪』の毒に魅せられた怪物たちを薙ぎ倒していく様を見守っていた。

「西と南には〈彩〉の者がいると聞いたな。するとあの奇想天外なあの女も参戦してるのか。結魅は見たことあるか。《彩》のボスの戦いっぷりを」

 はい、と言い、結魅は新しい資料を手渡してくる。内容は目の前にいる鬼神たちの前年の生態レポートだ。その中身を読みながら、鵺也は彼女の声を聞く。

「何度か争乱当時のものを『体験』したことがあります」

「ふむ、争乱のか。あいつくらいだな。争乱後も力を付けていった化け物は。そして〈彩〉という巨大組織まで作ってしまうとは。底の知れん女だ」

「主様は直接の面識が?」

「三、四回ほどな。一度目は争乱の最中だった。思わず遭遇してしまった際に、足が竦んで動けなかったのを覚えている。苦い思い出だ」

「……ちなみに、当時は御幾つで?」

「今の十八から十引いてみろ。美鬼っ、その牛の弱点は背骨の中心だ!」

 檄を飛ばし、蝙蝠羽の女がアドバイス通りに翼の生えた牛型の鬼を倒すのを見て、よくやったっ、と声を張り上げる。蝙蝠の女が嬉しそうに手を振り返してくる。

 隣で、なぜか絶句していた結魅に、見終わった資料を返し、別の資料を貰う。

 去年の生態レポートと、気絶している多頭の竜の状態を見比べ、

「どの個体も気性が荒いな。暴走が例年より激しいようだ。そのくせ、見ろ。竜への変化が甘くなっている。ふむ、禁断症状のケースと酷似しているな」

 そのようですね、と謎の絶句から直った結魅は同意する。

「『覚醒罪』の遺体の方に何かあったのでしょうか?」

「腐敗が進んで崩壊し始めたのか、こいつらの順応が汚染を上回ったか。毒素が薄まっているのならば『覚醒罪』本体の調査も、いずれできるようになるかも知れん」

「彼女の遺体は深淵部の中心に鎮座していると言われてますが。しかし真偽のほどもそうですが、アレを調査するとは、正気ですか主様? 彼女を直視すれば誰もが正気を失い、化け物に堕ちます。いくら効能が落ちようと、主様には行かせられません」

「お前は心配症だな。しかし、今のままでは誰も、何もできないのが現実だ。『覚醒罪』がある限り、こいつらの依存と暴走のループは止められない。だが破壊することは、どの鬼形児にも不可能。仲間であったあの悪魔たちですら、だ。『覚醒罪』の毒が薄まってるかも知れないという予想は、俺の個人的な願望もあったのだろうな」

 しばらくすると、立っているのは仲間の姿だけとなった。仲間たちは疲労困憊に従い、その場にへたれ込んでいる。唯一元気なのは、一番多くの鬼たちをぶちのめし、今も興奮の雄叫びを上げている巨漢、『巨狩人』の春久だけだ。

 深淵部の『暴走』した鬼形児をとめるのに最も効率の良い方法は、ショック療法だ。強いショックを与え、目を覚ましてやる。これで意思疎通が可能なレベルまで落ち着いてくれる。その後は交渉役の鵺也や結魅の出番であり、対話して、今後の無益な戦闘行為をやめさせたり、深淵部から出ないよう約束させたりする。

 鵺也の最終的な目標は『覚醒罪』からの脱却なのだが、成功例は未だいない。

「春久! 美鬼! そこで気絶してる二人を家に連れ帰ってやれ! ご苦労だった。明々後日まで休暇を与える。今夜は酒でも飲みに行ってこい!」

 わあい、と美鬼と呼ばれた蝙蝠女が喜ぶ。「鵺也も一緒に行こうよー!」と無邪気に誘ってくるが、鵺也の従者であり秘書でもある結魅が声を荒げて、「主様はまだ私と仕事があるんですー!」と叫び返す。彼女の言う通りではあるが、何も声を荒げることはないと思うのだが。どうも結魅の奴、俺にだけ厳しい態度を向けてくるような。

 レポートに目を通しつつ変更点をチェックしていると、結魅が切り出した。

「実は、また別件で気になることが。また〈彩〉に関してなのですが、近頃あの土御門が〈彩〉に手出ししてるとか」

「浅部に出回っている、鬼形児素材の武器のことか。連中もご苦労なことだな。〈主人公〉で大失敗したからといって次は〈彩〉にアプローチを掛けるとは。だが土御門、か。二ヶ月前のことを思うと、不安がないわけでもないな」

 結魅は首肯し、それと、と繋げる。

「昨晩『時計屋』が。土御門の密偵の影を見かけたとも」

「……影をだと? それは妙な話だな。今更二ヶ月前のことを蒸し返しに来たわけではないだろうが。目的は何だ、暗殺か? 〈彩〉の幹部勢。もしくは、新たな武器の材料調達に来た、か。……ふむ、一悶着ありそうだな」

「手を回しておくべきでしょうか?」

 結魅の不安そうな声を、いや、と軽い調子で打ち消す。

「それには及ばない。〈彩〉に手出ししようしても、どうせあの悪魔が動く。奴も、自分の一部を土御門に弄ばれた過去があるからな」

「……自分の一部を? 申し訳ございません主様。それは、誰のことを仰っているのですか? 影の道具の幾つかに、〈七大罪〉の肉が使われていたのは教えられましたが、つまりその一つに『傲慢』の一部が?」

「ん、いや違うが。使われているのは『怠惰』と『憤怒』と『淫欲』の三人だ。内『淫欲』の『眼球』は回収済みだな。もしかして、これ以上は教えてなかったか?」

「? 何をですか?」

 問われ、きょとん顔の彼女に鵺也は特に思うことなく、ある事実を口にする。

「『苦色』には、『死骸之杖』に使われてるその『憤怒』がいるんだぞ」

 酒だー! という鵺也と美鬼の野太い声が、向こうで上がった。



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