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魂泥細管④

「どうせ僕は、小さいですよ」

 拗ねながら『薬色』はトボトボ歩いていた。もう少し歩けば本部に着く。

 錬一郎は自分の小ささを気にしていた。無論、身長のことである。

 少年としては一般的な身長だと思ってる。だが、折角の成長期だというのに去年以降、伸びが全く来ないのだ。最近は二歳年下の『街色』にだって追い越されそうな始末、いや、女子の方が成長が早いと聞く。自分が抜かれたって、そうおかしい話じゃない。自分の成長期はこれから来るのだ。

「でも、小さいから足手まといだなんて。『毒色』さんてば、人が気にしてることを……」

 他に動く物のない、壊れたオフィス街を一人闊歩しながら、これを捨ててやろうか、と彼から預かったポーチを見る。中には回収した鬼械。これがなければ『毒色』の戦果は実質ゼロとなる。だが鬼械の利用価値の高さを思い、グッと堪える。

 ユウが捕まったから助けに行って、との『街色』の要請に立候補したのは〈アローズ〉を簡単に倒しすぎて不燃焼気味だった毒色だった。

 今のところ成功の知らせは来ていない。少々難攻してるのだろう。

「……僕は、僕のすべきことをやりましょう、か」

 他人のことばかり気にしてたら人は成長しない。

『渦色』が三年前に言ってた説教だ。良い言葉だと当時は思っていたが、今に思えば何とも胸を抉ってくる言葉だろう。自分が精神的にも肉体的にも速く成長したいと思っていたのを見抜いていたのだろうが、身長が伸びなくなることまで見抜いていたのだろうか?

 もちろん、苦し紛れの被害妄想なのだけど。父まで疑うとはとうとう末期だ。

「……どうして僕は、こうなんでしょうか?」

 空に聞くが答えは返ってこない。太陽がはた迷惑な熱射線を落として来ただけだ。

 陽気な日光から逃げるように陸橋の下のトンネルに入る。この上に乗っかっているのは用途不明の「線路」と呼ばれる長細い鋼鉄の二列だ。

 ついでに思い出したが〈金族〉の一人に『しろがね』と呼ばれる少女がいた。調査データではあの子も結構小さかった気がする。どことなく親近感。

「って、会ったこともないのに何言ってんだ僕は。駄目ですよ、駄目です、はい」

 己の思考にストップを掛け、生真面目なのは長所ですよね、と自賛する。

 と、錬一郎は足も停止させた。

 誰もいないと思っていたトンネルの向こうから、人が歩いてきたのだ。

 カア、と顔が赤くなる。失敗した、独り言が聞かれてたかもしれない。いいや、完璧に聞かれてたに違いない。

 ここで踵を返すのもおかしいので、羞恥に耐え、ただただ無心で足を動かす。

 すれ違い様に相手の顔を見たが、見知らぬ男性だった。肌の色が濃く、何となく異国の者というイメージを得た。知人でないことにほっとし、歩みを少しだけ速める。顔を覚えられたり、笑われたりする前に立ち去ろう。

「アノ、スみまセン」

 後ろからその男に話しかけられた。一度、足を止める。

 このまま逃げることも頭の隅に掠めたが、正直に生きることにした。

 振り返り、誤魔化すように外行き用の笑みを貼り付ける。

「はい。僕に、何か御用ですか?」

「アア、ありガトありガト。実はワタシ、道に迷ていまス。行きたいトコ行けナクて、困テマした。ボウや、ココ辺り詳しいデスカ?」

 肌が亜麻色で彫りが深い彼は、変わったイントネーションで訊ねてきた。

 錬一郎は、おや、と他人から分からない程度で首を傾げ、

「詳しいかと言われれば、はい。もう少し行った先に僕らのホームがありますから。あなたは、この辺りは初めてですか?」

「アア。そうデス。この街ちょと複雑過ギ。すぐに迷テしまうネ」

「ああ、そうでしたか」

 と相槌を打ち、にこやかな笑みで、ちょっとすみません、と断りを入れ、


「じゃあ、吹っ飛んでください」


 鋼の手甲を付けた右拳のアッパーで男の顎を打ち抜いた。

 真下から突き上げる軌道の途中で、ガス爆発による加速を加え、拳面は男をしっかりと捉え、威力を顎と脳に与える。

 しかし、錬一郎は抵抗がやけに少ないことに気付く。右腕に成人男性の体重が掛かってこない。恐らく、アッパーに合わせて跳躍されたのだろう。

 男は奇麗に放物線を描いて飛び、とんぼ返りしてから着地した。

 濃い肌の男は、自分の顎をこわごわと押さえ、目を丸くさせる。

「……アアっと、急に何するデスか! 酷いヨ! アア、オッどろイタな……」

 男の憤慨に錬一郎は手首をプラプラさせ、調子を確かめて、

「初めてのようですからコレで許しますけど、この辺の地区、〈彩〉の領地なんですよ。関係者以外の侵入は許してません。分かったら、とっとと出てってください。次は警告なしで打ちますよ?」

「オオ、そんナ殺生ナ! ワタシには行かなければいけナイとこロが!」

「そんなの知りませんよ。こんな何もない地区で、どこに行こうって言うんですか。新手の詐欺か何かですか? あなた」

 それに、と錬一郎は心中で呟く。

 さっきの体捌きといい、怪しすぎる言動といい、この人、何だか読みにくいです。

 錬一郎は男を観察しながら、見えない棘が喉に引っ掛かっているのを感じた。何か、気付いてないことがあるような。上手く言語化できない不安が胸中を覆う。

 アア、と男は嘆いて、目元を覆い天を仰ぐと、

「折角、『薬色』は良い子ダト思タのに。残念ネ、ヤるしかない、なんてね」

 思考が一気に弾け飛んだ。足が反射的に跳ね、体を後ろに飛ばす。

 その鼻先を、銀色の何かが掠り通った。

 斬撃。下からの銀線が、残像になって自分の網膜に残る。

 男が一歩でこちらの懐まで入り込み、刀を斬り上げたのだ。咄嗟に動いてなければ今頃股から切り裂かれていただろう。

 相手の踏み込みが突進に流れる前に、錬一郎は二つの玉を投じる。一つは煙幕を張るもので、もう一つは催涙の粉末が篭められている。

 しかし両方とも活躍することはなかった。男は刀を閃かせると、二つの玉を撫でるように受け、そのまま左右に流したのだ。その代わり、彼の足は少し留まる。

 左右で噴煙が起こり、その時には錬一郎は距離を稼いでいた。

 へえ、と感心する。片膝を着いてタイルをひっぺ返し、土を露出させる。

「鮮やかな手際ですね。ようやくですけど、あなた、うちの本部が目的なんですね? どこの刺客でしょうか」

 黄色く光る指で、土に触れた。大地の中の元素を分化し、手の内に集める。

 生憎雷管は切れている。でなくとも、あの剣技の冴えからして爆弾も無効化される可能性が高い。接近戦もあの身のこなしが相手では勝てそうもない。

 ……ならば僕が取るべき策は、これです!

 錬一郎は立ち上がり、能力を〈分解〉から〈化合〉に切り替える。手の内にアンモニアを生成し、土から集めた二つの物質を反応させ、一つの化合物を作り出す。

「……一応、お名前を伺っても?」

「んーん? ワタシ? 勝てば教えてアゲるデス、よ」

 そうですか、と気のない返事をして、突き離すように両掌を向けて、

「では侵入者さん。名前は教えなくていいですから、逝ってください」

 微かに、アーモンドの芳香が鼻に付く。風を背にしているから自分にそれ以上届くことはない、が、風下に立つ彼には多くの化合物が行き届いていることだろう。

「………っ!」

 侵入者は顔色を豹変させ、素早く後退し、こちらと距離を置く。

 大きく離れた彼を尻目に錬一郎は再びしゃがみ、原料を収集し始める。

 原料の名は炭素と炭酸カリウム。

 混合し、アンモニア内にて過熱すると、青酸カリという猛毒を生むその二つを。

 気化した猛毒は、大気を伝って広がっていく。避けることも弾くことも不可能だ。

「どうですか。充満すれば、一息で死ねますよ。大人しく投降するというのなら、神経毒に切り替えてあげてもいいです」

 まあ、その後は知りませんが、とこっそり舌を出す錬一郎。

 一方、侵入者の男は、焦りはするが、おちゃらけた雰囲気を崩さない。

「むーん、コレは困たネ。ワタシじゃ敵いソないデス。こなタラ……」

 男は風呂敷をどこかから取り出すと広げ、それを頭からかぶった。

 紫色の風呂敷がもごもご踊る。錬一郎は相手の突然の奇行に、始め呆気に取られたが、それが相手の目的なのでは、と怪しんで緊張を保ち、毒ガスを生み続ける。

 見ている先で、風呂敷の一部が真っ赤に濡れた。

 赤に濡れた箇所が口型に窪む。それで毒ガスの吸引を防ごうというのか。

 なるほど、と加工の構えを変える。自分の血で濡らすとは予想外のアイデアだ。

 しかし、敵は勘違いしているようだが、『薬色』が得意とするのは毒物ではなく爆発物の方だ。毒を防がれようが時間が稼げればそれで良い。

 風呂敷をかぶってる様子を、まるで吐血してる幽霊みたいですね、と場違いな感想を得て錬一郎は、一つの癇癪玉を投げつけた。直接男にではなく、その足元に。

 癇癪玉は小さく炸裂する。威力も何もない、小さな火花が起こり、

「広がれ……っ!」

 錬一郎は頭を伏せた。と、一気に青白い狂炎と焦熱が空間を舐めた。

 遅れて、鼓膜をぶん殴る爆発音と強い振動が飛んでくる。

 青酸カリに隠して流していたメタンガスが燃焼したのだ。

 燃えた大気の体積分を取り戻すために風が起こる。その行き先には、火炎に炙られ、風に巻かれている焦げ付いた布きれが、

「……風呂敷?」

 あちこち炭化した布だけが残っていた。男の姿はない。

「……っ、ふっ……!」

 瞬時に下げた頭の上を、ギンッ、と横薙ぎの鎌が走り抜ける。

 ノールックでポケットに残っていた玉を全部後ろに投げ付け、前に転がる。背中で幾つもの破裂音と弾かれる音が重奏し、錬一郎を追い立てる。

 予想する。敵は恐らく風呂敷で熱風を遮断し、こちらが伏せている隙に後ろに回った。熱波は全身を焼いただろうが、行動不能にまでは落とせなかったようだ。

 まずい。錬一郎の心が叫び、足を加速させる。

 距離を縮められた。接近戦では勝ち目は薄い。早く距離を取らねば。

 追ってくる足音はしない。それが一層不気味さを助長させる。

 振り向いたら、死神の鎌のような斬撃が待っているのでは、と。

「…………つっ!」

 右足に熱が来た。腿とふくらはぎに編み棒サイズの針が刺さっていた。足がもつれて転んでしまう。錬一郎はすぐに二本の針を引っこ抜き、膝に力を入れる。

 足音はしない。だが気配は近づいてる。しかも隼の速さで。

 手甲の裏拳を繰り出す。空振るが、そのまま体の向きを反転。敵と対面する。

 目前に、刀を腰元で構えている男がいた。だが、

「……っ、誰ですか……!」

 さっきと違う風貌の男だった。黒髪ではなく抜けるような金髪。肌も浅黒くなく、逆に白いもの。体つきも若干違うかもしれない。十中八九、全くの別人だ。

 侵入者は二人いたのか? 爆発の間に入れ替わったとか。じゃあもう一人は?

 疑問するが、戦闘中に外見など問題ではない。その男は実際に刀を構え、こちらに殺意を向けているのだ。錬一郎はすでにその間合いの中にいる。

 バックステップで間合いから脱しようとするが、肌の白い男は抜刀の体勢を崩さない。そのまま這うように足を滑らせ、こちらとの距離を詰める。

 錬一郎は跳躍の中で両手と両足を相手に突き出し、

「……弾けろっ」

 ボンッと起爆。飛ぶ速度が少しだけ上がり、閃光に驚いた男の足を一時停止させる。

 目くらましに成功した錬一郎は背を向け、逃走を再開する。

 この男には敵わないと判断して、少年は走る。底の知れない敵ほど恐ろしいものはないと知っているからだ。錬一郎は相性というものをあまり信じていない方だが、今回は素直に相性が悪いと思えた。

 スピード。あるいは戦闘センス。あるいは死合いの経験差。はたまた殺意の質。

 どれも敵うとは思えない。ならば自分は逃げ、後は仲間に任せよう。そのための多様なタイプを集めた『苦色』であり、〈彩〉なのだから。

 問題は逃げ切れるかどうか。本部の近くまで行けば巡回中のメンバーに見つけてもらえるだろうが、男の鳥のような速度を考慮すると絶望的だ。

 後ろからは男とその発する声が追いかけてくる。低い声で。

「逃がしたくねえなぁ、折角のターゲットの一人。じゃ、止めるしかねえか」

 文句を垂れる粗野で静かな低ボイスで、彼は呟いた。

「心底痺れな、『沈鐘之音スズムシ』」

 カーン、と戦場には不釣合いな軽い音が鳴り響き、その効力を発揮する。

「              な            」

 錬一郎の思考に空白が生まれた。驚きもない、静寂の空間。無思考の体は惰性で走り続けるが、足元にあった石に躓き、受身も取らずに引っくり返った。

 グシャと汚く転んだ錬一郎は、自分の腰を何と無しに目にする。そこからはポーチが消えていた。同じように目にした白い肌の男の手には小さな鐘。

 男はこちらに歩いてくる。片手に刀をぶら下げて。

 男が近づくまでに少しの時間があったかもしれないが、錬一郎は特に何も思うことなく立つことも身じろぐこともなく、倒れ続けていた。

 男がこちらを見下ろす。その頃になってやっと焦りのようなものが復活した。

 だけど上手く起き上がれない。なぜだがここを離れなきゃいけない想いがあるが、どうしてか分からな、いや、そうだ。目の前の男が原因だ。今振り上げられた銀色の刃物がこの焦りと恐怖の元凶だ。自分の命が危ない。殺される。

 どうにか動けと体に命令。ゴロンと転がった。その横に刀が突き刺さった。

 詰まっていた喉が開放され、人間の言葉を思い出す。

「……――っっはぁああっ、ハぁ、ハぁ……」

 だが、まだ体が上手く動かせない。意思が体に通らない。

「効果切れか? ラッキーだな。だけど残念もう終わりなんだてめぇ」

 男は、錬一郎を跨ぎ、逃げられない近距離で振りかぶる。

 刀が右に振られ、振り子のように必殺の刀が落ちてきて、

「……ッ!」

 ザシュ、という肉が貫かれる音が、聞こえた。


          Fe

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