第三章 魂泥彩管
第三章 魂泥彩管―踊り狂う咎人達―
「あー、まだいびれが取れねー」
食べてからの処置が早く、いち早く復活した屏風が、舌を出しながら羊羹の入っていた紙袋を睨む。銀架がお茶を出すと「ありがと」と受け取った。
その近くには、トイレでの嘔吐ゲリラとの戦いで、見事に憔悴しきった鼎と虚呂がソファに身を沈めている。『白金』はゲロの付いた白衣を着替えるために、隣の寝室に行って、それっ切りだ。水を持っていった鋭利の言によると、着替えられはしたが、体力の限界で現在ダウン中だと。
自分が言うのもアレだが、みんな馬鹿じゃなかろうか。銀架は真剣にそう思った。
そしてこの人は……、と見たのは義腕メンテナンスをしている鋭利。
「痺れ毒以外は回りが遅いから、助かったね。強制排出させたけど、ぶっちゃけそれ以上はできないからな。あとは『白金』が回復するのを待つ」
あ~、と口の痺れが完全に取れたらしい屏風が、すうと息を溜めて、
「助けて貰って言うのもお門違いかもしれないが、てめぇよくやったなコラぁ!」
「おう、よくやったよ。ってか普通、敵から貰ったもん食わないけどなー」
うぐ、と屏風とソファで倒れ伏している二人が呻く。言われてみると鼎と虚呂の失態は珍しいかもしれない。しかも言い訳できないレベルの。
しかし銀架は何も言わない。何を隠そう一番に開けたのは、銀架なのだから。
「おっ、もう三時か。今日は『軍人探偵五十八の捜査帳』の再放送があるんだったっけ。どれどれ、今日はどんな近代兵器が見れるかな? この前が戦艦陸奥による別荘立てこもり犯の説得だったから、今日は雷電・改かな?」
ふんふーん♪ と鼻歌交じりでテレビに向かう鋭利から、銀架はリモコンを取り上げ、テレビのコンセントを抜く。彼女の頭を掴み、こちらに向けてから、
「会議! 作戦会議はまだ終わってません! こっちに集中する、オーケー?」
「「えー」」
「『えー』じゃないっ。って、何で屏風さんも混じってるんですか」
仕方ないね、とぼやきつつ今度は左義足の点検に入る鋭利。ジーンズを膝まで捲り、脛側面のプレートをドライバーで外して、内の機構を顕わにする。
コードとワイヤーが何重にも走り、歯車の溢れる義脚に手を突っ込み鋭利は、
「戦況は、ひたすら悪い。何より宣戦から『白金』んとこが占領されるまでの早さは予想外だった。とはいえ、何か起こさなきゃ事態は悪化の下り坂。さってさて、こんな状況下でオレらはどうすべきか? はい、銀架くん」
いきなり鉄の指で指定され、少し息が詰まる。
「えーと、……『敵前逃亡』?」
「そいつも悪くない。でもそれは、最終手段の一歩手前だ。まだ使わなくて良い。じゃ、虚呂。正解をお願い」
「……相手の欲に、付け込むんだよ。つまり、ね」
よれてた目隠しを整え、虚呂がむくりと身を起こす。
「ふう、これまでの〈幽体化〉でも、ワーストテンに入るしょうもない使用法だったよ。僕は根に持つタイプだよ? 『苦色』の方々には同じだけ苦しんで貰おう、ね」
「不穏ですねー。でも、欲ですか。『最強』のチームにも、そんなのがあるんですか」
むしろ、欲しい物を全て手に入れられるから『最強』なんじゃないのか?
「彼らにだって、手の届かないものはあるよ。それこそ『伝説』とか、ね。そして、最強だからこそ湧いてしまう欲もある。プライドがそうだ」
ああ、と銀架が納得を得ると、発言が鋭利に戻る。
「そこらは、直接語り合ったオマエたちが判断するとして。まず初歩的に、敵は『大喰』という武力を欲しがってる。だけど、『最強』という名声があるために、見苦しい策はしたがらない。余裕を見せ付けつつ堂々と勝利するか、他の組織にバレる前に、毒を盛ったりして、こっそり片を付けたがる。それが奴らの『傲慢』だ」
対して、と鋭利は、珍しく揃ってる族員たちを手で示す。
「こっちは中層部の小チーム。持ってる地区は二つ。組織ランクは中堅。端から見れば、戦うなんて気が狂ったとしか思えない。だが、だからこそ何をしても良い」
「して良いわけじゃないからな。そこら辺勘違いしちゃ駄目だからな」
あんな大人になっちゃ駄目だからな、と屏風が真剣な顔で切々と訴えてきた。
「〈彩〉は、それだけで『もう一つの勝利条件』をこっちに与えてしまってるというわけ。それがどんなんか、分かるな? 銀架」
えっと、と先の屏風の忠告を思い出し、その意味合いを想像して、
「大将狙い、ですか? 早々に『苦色』を倒してしまう、とか」
その通り、と三人に指差される。鋭利と虚呂が嬉しそうなのに、屏風だけ渋面なのが印象的だ。笑みを含んだまま、鋭利が言った。
「かの有名な『苦色』が、ぽっと出の組織に敗北する。そんなことが起きた場合の損失。それは、指揮系統の混乱や士気低下もあるが、最も大きいのが、突け込む隙を与えてしまうことだ。組織内での不信感も高まり、他組織からも舐められることとなる。
まあ、悪評も辞さぬという気概だったら、話はまた別だけどー」
「最後に不安を煽らないで下さいよ……」
あぁー、と牛のような鳴き声がして、鼎が起きた。
「痛い目あったぁー。くっそ、あの辻斬り野郎め、逆恨みしてやる。あー、水くれ水、っとサンキュ」
出すもん出し切って脱水症状気味だった鼎は、銀架の手渡したコップの水を一気に煽る。ゴクゴクと彼の喉が動き、水が落ちていく。
「……っぷはー、生き返っ、てまだないけど、楽んなった。ま、基本スタンスは、それで確定だな。相手としても、折角のスカウト相手を殺すわけにはいかねえし、だからって負けることもできない。奴らの葛藤が見ものだな」
「でも、そんなことしたら、恐ろしい報復が待ってるんじゃ……」
話を聞く限り、仲間意識の強そうな彼らが、幹部をやられてそのまま引き下がってくれるとは思えない。その時こそ、形振り構わず、仕掛けてきそうだ。
そんな銀架の不安を拭い去るように、虚呂が明るく言った。
「ま、そこら辺は大丈夫でしょ。そんなことはさせないだろうから、ね」
と言って虚呂は、色々を含んだ不敵な笑みを浮かべる。この人は根拠も無く、こんなことを言うキャラではない。何か、敵の裏事情を知っているのだろうか?
「あたしは反対だよ。まともにぶつかり合うなんて」
そこに『白金』が、今にも倒れそうにしながら、部屋に入ってきた。
『白金』はまだ万全とはいえない状態だが、これで全員復活した。
鋭利や自分みたいな、毒が利かない体質の差異もあるが、治癒の早さも、どうやら個人差が大きくあるようだ。鼎が言うには、鬼形児は一人一人は違う生物だと認識した方がいいらしい。『白金』は、屏風たちほど体が丈夫な造りではないのだろう。
『白金』は空いてるソファの一角に、腰を落とす。
「〈彩〉の幹部と戦うなんて、リスクが高すぎる。相手の実力は未知数。一歩間違えれば、死ぬわよ? そうなってから後悔する気? 死ぬ危険性があるのなら、さっさと降伏した方が良い。ここは譲らないわ」
うむ、と鼎が真面目な顔で頷き、こちらを見渡し、
「当然のポイントだな。そこが、この戦いの落としどころだ。そして禍根を残さないためにもやり過ぎても良くない。あくまで堂々と、『苦色』を不意討つ!」
「おおっ、良い感じに盛り上がってきたな。よっしゃ、まずは鼎の片腕を取り返すとこからだ。題して、『ゴールデンアーム奪還作戦』!」
おお、と周りが息立った。そのまんまだっ、と屏風が突っ込んだ
「いやだから話聞けって馬鹿ども。特にそこの大馬鹿二人」
『白金』が止め、頭痛を堪えるように、
「……分かった。方針は。でもそんな適当なノリで勝算はあるの? あたしたちも相手も誰一人死ぬことなく、『苦色』に勝利するなんて」
「逆に、これしかねーと思うんだけど」
「いやだからあんたねぇ……」
と、とっくに隅っこで傍観していた屏風が、うん? と声を挟んだ。
「ちょっとタンマだ。おいおい、誰だよこんな時に……」
「どうした。〈迷霧〉に誰か入って来たのか?」
「おっ、そろそろ来る頃だと思ったよ」
「鋭利さん、心当たりがあるのですか? 誰です?」
「そりゃ、これ仕掛けた奴じゃなーい?」
と鋭利は、床に落ちてた毒入り羊羹の包装紙を手に取り、ペリと何か小さなチップのような物を剥がして、こっちに見せてきた。
「発信機。外気に触れると、現在地を知らせる仕掛けみたい」
「じゃあ、来てるのって……」
部屋に侵入者を知らせる警報が鳴り響いた。ギョッと各自が身構える。鋭利は壁に行き装置を止めた。階段を駆け昇ってくる足音が聞こえる。足音が、玄関の扉の前で止まる。
そして、侵入者は扉を開けながら、揚々と笑った。
「やったー《金族》ゲットだぜー! 手柄総締めだー! ……ってあり?」
入ってきた長髪のジャージ娘と、こちらの視線がぶつかり、
「「「「犯人は貴様かぁぁあああああああ!」」」」
一斉にジャージ娘に飛び掛かる、毒羊羹被害に遭った皆様。銀架と鋭利は静観。
「ええっ、何で、だって三日は起きれっ、きゃああああああ!」
鼎の怒号に驚き、虚呂に足元の感覚を『ずらさ』れ、『白金』の〈逆・癒光〉によって生気を奪われる《彩》のジャージ少女。あとは俺に任せてくれ、と屏風が倒れたジャージ娘に近付き、霧を出して彼女に吸わせる。
「あれは、何をしてるのですか?」
「〈迷霧〉を吸わせて思考を鈍らせてる。一種の自白剤みたいなもんだ」
へぇー、と見守ってる先で被害者たちがハイタッチを交わしていた。
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