間章 観客激昂
間章 観客激昂コロシアム
〈彩〉上級幹部の『死色』。彼らの通常業務は何もない、が正しい。
より正しく言うのなら、何もしないでくれ、というのが〈彩〉の総意だった。
生活しているだけで周囲に被害を与える彼らに対してはそれが最良であり、だが非常時にはその内容は間逆となる。四人に与えられる命は、ただ一つ。
好きに動け、であった。
「でもそれ。有り体に言えば『自分らじゃ手に負えないからやってくれ』って言ってんのよね。ボスの命令じゃなきゃキレてるとこだわー」
深淵部はわざわざ地区で分けられていない。そこは〈彩〉本部の置いてある場所よりも更に北東、つまり〈廃都〉の中心部に近い、巨大な交差点だった。
そこには二人の女がいた。一人は大得物を構え、一人は無手。
「大体てめえらもやれってんだ。今日で一週間目よ、ったく」
眼鏡を掛け、大鎌を肩に乗せた美麗な女、『海色』が不満げに言う。
「悪いと思ってるさ、いつも厄介かぶせちゃって。でもだってさ、あんたら使い勝手悪いんだもーん。手に余ってもーお。役に立ってね?」
信号機に足を引っ掛け、逆さまにぶら下がっている女、サヤコが言い、続ける。
「この季節って奴らが活気立っちゃってホント困るわ。発生源の『淫欲』の死体を処分できれば良いんだけど、奥に進めば進む程奴ら、湧いてくるし」
「この時期さえ抑えてれば奴らも静かなものってか。ハぁー、でもいっそのこと殲滅させてえわー。ねえボス、やっぱうちも行っては駄目かい?」
「駄目よお。そうなったら私一人でこっち来た奴ら、全部相手しなくちゃいけなくなっちゃうじゃない。正直めんどいわー、それ」
深淵部には『覚醒罪』の毒素に囚われ、十年前より争い続けている化け物たちが生息する。奴らは『覚醒罪』の死体がある深淵部から離れようとしないが、梅雨とこの季節だけは毒素の拡散範囲が広がるせいで、行動範囲が拡大する。
そんな奴らを深淵部の外に出さないよう毎年撃退しているのが『海色』を含んだ『死色』の四人であり、それを命じている〈彩〉のボス、彩子である。
「でも今年は確かに死太いのが多いわね。争いの匂いでも嗅ぎ付けてるのかしら? そんな知性残ってるとは思えないのに。っと、来たわよ」
彩子が上半身を上げて、信号機に座り直す。『海色』は首を傾げ、周囲を見渡して、何の姿も見られないことを確認してから、ボスを見上げて、
「どこに、何が来たって?」
「あと十秒で来る、っとごめんもう来た」
言ってる最中に道路を突き破って出てきた巨大な口が『海色』を飲み込んだ。
それは、桁違いにデカいワームであった。先端に多重構造の顎を持ち、体表をクロム鋼の甲殻で包み、胴体のほとんどを地中に埋め込んだ、太さ五メートル、全長は判断しにくいが四十メートルは下らないだろう、生きた削岩機。
地をのたうち、道を食み、街を噛み砕く虫の化け物を、彩子は見下ろす。
「鉱源魔獣型獣化系『鉄削蟲』。まだ生きてたのね、懐かしっ。何でも食らうし鉄の字入ってるし、誰かさんを思い出すわ。にしても、注意したのに水姫ったら」
と溜め息を漏らすと、威勢の良い声が上がった。
「――やられいでかっ!」
ズゥッパッ、と地中に潜ろうとした巨大ワームの胴から、信号の高さまで大量の水が噴き上がった。滝のようなそれは『鉄削蟲』の岩石並の硬度を誇る肉体を、内側からかち割った『海色』の一撃。
放たれた水圧が街の一角を削り取り、大穴を開け、湖を形成した。
逆さの瀑布は上がり続け、また増えていく。滝の水圧はワームの胴体を無尽に切り裂きまくり、傷口を広げ回って、胴体から一人の女を飛び出させる。
八尺玉のように飛び上がった『海色』が彩子の隣に降り立った。
「あ、眼鏡落としちゃったのね。眼鏡なし美人イェーイ」
「うちの生還よりも、そっちコメントするんかいな……」
この人って奴は……、と呆れかえる『海色』。その手には大鎌。
「『深海圧』。高圧の水を射出し、あらゆる敵を潰し斬る。でもその圧力を増加させる大鎌が無かったら、あいつの肉は貫けなかっただろうねえ」
「ボスが助けてくれれば、もっと楽だったんじゃないのかねっ!」
「短気ねぇ。あとね、まだ終わってないわよ」
「はあ? 頭破壊したのに、まだ甚振れって?」
いいえ、と彩子は真下を指差し、『海色』の視線を導く。
「こいつ全身に脳があるのよ。それは傷つけられる度、進化していく」
蟲が、蠢いていた。断面から新たな頭と牙を生やして、蟲が。そこには先までは無かった複眼がある。三本の節足が生えている。より正確に、敵を砕けるように、と。
「こいつ十年前は二、三メートルだったのよ? 信じられる?」
「な、何だいこいつ、ったく、ったく、――潰し甲斐があるじゃないねっ!」
嬌声を上げると、『海色』は鎌を上段で構え、下に跳んでいった。
『死色』の業務。それは手の付けられない化け物を相手すること。それは言い換えれば、『死色』が誰も手の付けられない化け物という意味であった。