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無限画布④

 その一部始終を少し遠くで見ていた少年は、『毒色』の毎度の如く容赦ないやり様に仲間でありながら若干の引きを覚えながら、指と手は別生物のように蠢き、ある種類の凶器を絶え間なく生み出していた。

 まず目立つのは両手に填められた鋼鉄の手甲である。手を守るそれは、しかし指の動作を制限しないよう、指抜きのデザインになっている。服装も本部での礼服を脱いでアクティブなものに変わっていた。その身を包んでいるのはポケットの多い深緑のベストと、動き易さを重視した、やはりポケットの多いハーフパンツ。

 これが『薬色』の本来の仕事服である。

 足下の道路は『薬色』の能力『錬金術ケミストリー』で剥ぎ取られ、身を守る大盾に加工してある。大盾を地面に突き立て、少年はその裏で工作をしていた。

 表面が剥がされた道路は、砂利混じりの土が剥き出しになっている。そこに『薬色』の黄色く光った指が触れる度に、粘着質な液体や刺激臭のする液体が噴き出てくる。それらを手の中で〈化合〉。そしてできた液体を、用意しておいた黄灰色の粉を詰めた筒に注いでいき、満タンになると雷管の蓋を付けて完成させる。

 でき上がったそれは、山の切削や建物の解体で多用される、火薬の一種。

 ニトログリセリンを珪藻土に吸収させた爆発物。

 ダイナマイトだ。

 ちょろと出た雷管の導火線にライターで火を付け、ぽーんと前に投げ飛ばす。

 放物線の頂点、敵が集まっている丁度真上で、

「………………ッ!」

 発光。それに一拍遅れて熱と衝撃が、真下の敵を焼き払い、焼き潰す。

 飛んでくる焦熱や暴風を、自分の身長サイズの大盾で防御し、風が吹き止んだところで顔を出して自分がやった結果を確かめる。

 道路の表層が砕け、土が焦げ付き、近くにあった廃車や木を押し潰し、

「…………う、あ……」

「……そ、……な…………」

「……く……ぁああああ……!」

 敵である人たちを焼き、飛ばし、叩き潰し、虫のように這い蹲らせていた。

 充分な威力に頷いて、『薬色』は再び爆薬を製作し始める。必要な材料を能力を使って土と空気から取り出しながら。採取した一掴みほどの材料を筒に押し詰めながら。

 二十秒足らずで新たな爆薬が完成。着火し、敵の方向に向かって投擲。

 爆発。先と同じ戦果を出してくれる。

「………舐めるなぁっ!」

 しかし、何度もすれば対処してくる敵も出てくる。

 爆煙の中から飛び出してきたその男は獣化系、身体が走りながら変化していく。

 猿のような両腕両足。犬の頭と尾。その特徴、報告で聞いていた。〈犬猿会〉のボスだ。その能力は、猿と犬に変身し身体能力と嗅覚と聴覚を向上させる、といった単純なもの。本来の活躍の場は、戦場ではなく探索だろう。

 彼は四つ足の疾駆で走り寄り、拳を構えた。『薬色』は後ろに跳んで逃げる。

「……追え、『猟獣之顎イヌタマキ』!」

 だが、彼は土御門に与えられた武器を発動させた。

 猿の肘に填められた腕輪が光る。空中に半透明な犬の頭が何体も現れ、『薬色』に向かって飛んでくる。猟犬の群れは宙の少年に噛み付くと、空中で制動を掛け、

「………えっ…………ッ!」

『薬色』の身を引き寄せる。拳を充分に溜めた猿腕犬面の鬼形児の元に。

 猿腕の拳が放たれた。腹を狙った拳打を錬一郎は腕を交差してガード。獣のパワーに押され、小さい体躯の『薬色』は弾き飛ばされることになる。両手が痺れたが、飛ばされたためダメージは少ない。空中で姿勢を制御し、ふわりと着地した『薬色』の口には不敵な笑みが絶えていなかった。

 笑みは狩人の獰猛なそれではなく、研究者のように、冷徹な微笑み。

 口の中で小さくカウントダウン。五から四へ、三から、二へ。

 こちらを殴り飛ばした犬猿の鬼は拳を納めると追撃のために再び四つん這いになり、それを確認した『薬色』の口は小さく、ゼロと唱える。

「………………ッ!」

 突如、閃光。

 突進しようとした〈犬猿会〉のボスが足元からの業火に突き上げられた。

 地面が爆ぜたのだ。噴火の熱風に敵は焼かれ、高く宙を舞う。

 錬一郎は手で爆弾を作りながら、足の裏でも爆弾を作っていたのだ。地面の下に。起爆条件は『薬色』以上の重さで約五秒間。『薬色』の二つ目の得意工作。地雷だ。

 とうに意識はなく、頭から落ちてくる犬面の男を追うように『薬色』は走り出す。脇を締め、拳を固める。起爆性のある気体を空気から抽出して、手甲のデコボコした表鱗に封じ込めていく。腕を引き、丁度落下してきた敵に狙いを付け、

「…………オオオぉぉぉっ!」

 殴るっ!

 快音をもって『薬色』の拳が犬の顔に突き刺さり、可燃性ガスに着火。熱波と破裂の力を付加された拳は敵の顔面をぶち抜き、かっ飛ばす。

 縦に回って飛んでいった猿腕の男は電線に突っ込み、絡まってそのまま吊り下がる。

 ピクリとも動かないその姿は不出来な操り人形みたいだ。顔は焦げ、頬肉の一部が削がれていたりするが、救助が早ければ、その命助かるだろう。

「ほっ、と」

 高速で手を動かし、あっという間に作った爆弾を電線に絡め取られた犬猿の男に投げ付けた。低い爆音と光が起こり、煙が消え去ったそこには、絡んだ電線も人の体も肉片も、何にも残っていなかった。

「可哀そうに。仲間の救助より、僕の方が早かったですね」

 大してそう思ってないような口調で敵を憐れみ、『薬』の字を左脛に刻んだ少年は、次なる爆弾の製作に取り掛かる。

 完成すればそれを投げる。二十秒ごとに敵の死者と負傷者は増えていく。

 笑いはしない。楽しみもしない。満足もしない。こんなことでは。

 少年の幹部は淡々と、自分に任された職務をこなす。


          Fe


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