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無限画布③

 阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出す存在が、三人いた。

 背格好も装備も顔つきも三人が三人とも違う、鬼の名を掲げる化け物。

 唯一の統一は、独特の捩れた字体で彫られた漢字のタトゥー。

 三人の前には三つのチームが集まっていた。どれも〈彩〉に敵対している浅部のチームである。この日時に三つのチームのボスが会合するという情報だった。『苦色』はそこを襲撃したのだ。もちろん彼らは必死に抵抗した。だが状況は甲斐なく、悲惨と言えた。

 戦いを挑む者は死体さえ残らぬように消され、逃げ惑う者は恐怖と破壊に陥れられる。彼らの顔に染み付く、無力と絶望の顔。彼らは唱える。なぜ、と。

 もし声が伝わり、問いが成されれば三人はこう答えるだろう。ただ簡潔に。

 我らの敵だから、と。


 地獄の一角で神経質そうな眼鏡の男がまた数人をまとめて倒しながら、

「始めからこうしてれば良かったのだ。こうも容易く潰せてしまう」

 少し離れた戦場で、小さい背の少年、『薬色』がその言葉に応える。

「まあまあ、そう簡単に幹部が出てたら、威厳を保てませんから」

 それを耳に捕らえた眼鏡の男、『毒色ぶっしょく』は、ふん、と小馬鹿にするように鼻を鳴らすと、伸ばした両腕から黒い煙を発生させた。

「無垢を穢せ〈黒雲〉」

 真っ黒な重たい煙。闇色の雲は少年の近くにまで流れていき、男の声を出す。

『散々やられた後で、我らが出てくるのも大人げないと思うがな』

「良いじゃないですか。こんな時ぐらいしか僕らは暴れられないんですから」

『ふむ。それも然り』

 黒い煙の集合体が生物のように広がり、敵意を向けている人々に襲い掛かる。

 男が指揮者のように、縦横無尽自由自在に暗雲を操る。

「では、貴様ら。私に殺されること光栄に思い、存分に死にたまえ」

 サササササササ、と砂のような音は、黒い雲を構成する物質が擦れあって起こす音。〈彩〉に歯向かったチームの一つ、〈ロアーズ〉は迫りくる脅威に抗うために、それぞれ自らの能力を発動し出す。その能力は半獣型の獣化系が多い。

 だが、彼らはすぐに煙の正体に気付き、戦意を失うこととなる。

 煙を構成してる黒い粒は、一つ一つが生物としての生存本能を持つ、

「……細、菌………ッ!」

 瞬く間に、最前線に立っていた戦闘員たちが飲み込まれ、無限数の細菌に食いつばまれていく。表皮を侵し、絶叫するために開いた口にも細菌は入り込み、内側から食い荒らしていく。肉が実際に削られることはない。しかし喉や傷口から入った細菌は、分かり易く感染者の体力を奪っていく。

 雲が通り過ぎた後には瀕死に近い鬼形児たちが倒れていた。全身に回った菌は激痛と脱水症状を一気に引き起こし、直立していることを不可能にさせる。

「あぁぁ……うあああぁぁぁあ………っ!」

 次の標的を定めた『毒』の雲が、薄く広く侵攻する。刃物や銃器は空を切るばかり。逃げようとしても風に乗って走る雲の方が疾い。

 そうして追い付き、飲み込んだ後に残るのは病に侵された者たちの死屍累々。

『ふむ、造作もない』

『毒色』は満足を覚えることなく、〈黒雲〉を拡大し続けて、次から次へと愚かな獣たちを飲み込み、苦しみに落としていく。

 これではつまらんな、と思った矢先、予兆として獣の声が響き、それは来た。

 砲弾のように飛来し、『毒色』に食いかかろうとする咆哮を伴った大砲。

 速い。が、反応できない程ではない。『毒色』は右に動いて避け、視線をこれの来た方向に移し、攻撃を放ってきた相手を見据える。

「出たか、〈ロアーズ〉の首魁め。私の足を動かすとはやるではないか」

「いいや。褒めるには、まだ早いんじゃないかっ……!」

 力なく伏している敵の中心に、それを守るように仁王立ちの若い男、〈ロアーズ〉トップのガローがいた。ガローは全身を使って大きく息を吸い込む。

「二撃目こそ、食らうと良いじゃんよ。〈狼叫〉ッ!」

 再び咆哮。獣の遠吠えは空中で物理的な力の塊になり、暗黒色の雲を切り裂く白い砲弾となりて飛んでくる。狙いは勿論、雲の発生源である『毒色』。

 その代わり映えのない技を『毒色』は傲慢な態度で、阿呆が、と嘲笑した。

「何度やっても無駄だ。遅い、のろ過ぎる。それで当てるつもりなのか?」

 再び同じように横に動いて避けようと、

「ここだ! 『沈鐘之音スズムシ』!」

 ガローは片手に持っていた小さなベルを振った。

 高く澄んだ鐘の響きが戦場に伸びていき、少し離れた『毒色』にまで届き、


「……ぁ  ?                っは           」


 脳を痺らせた。

『毒色』の頭の中に、真っ白な空白が生まれる。

 疑問も拒絶も、無視の思いさえも浮かばず、ただ静止する。思考が止まれば、自然と体の動きも止まる。飛んでくる砲撃を危機と認識するが、心はそれに反応を返さない。ただ、それがそこにあるという事実だけを確認し、

「……? ………ッ!」

 その隙間を埋めるまでの時間をもって、狼の咆哮は『毒色』に突き刺さる。

 衝撃の力をもろに受け、『毒色』は吹っ飛んだ。

 高く浮遊した後、受身も取れずに背中から落ち、肺の呼気が押し出される。

 よし! とガローの方から喝采が聞こえる。

「この鐘は、聞いた者の思考を一瞬止める。何も考えずに行動できる人間はいねえもんよな。特にあんたは知将。考えられないってのは、恐ろしいんじゃねえの?」

「……う、ぐっ。……それが、〈ロアーズ〉に渡された鬼械オーグ、か。くくく、なるほど、怖いなそれは。思考を封じる武器があろうとは……くくくっ……」

 起き上がれない『毒色』を見て、ガローは胸に空気を溜める。

「一撃でボロボロじゃん? だからこれも食らえ。これで終わらす」

 絶叫。射出される三度目の狼の咆哮。今までより強い発光と太さを持って〈狼叫〉は飛来する。小さな鐘を構えるガローの目前、『毒色』は特に対処しようともせず、避けようともしないまま、その砲撃を受け切った。

〈狼叫〉とぶつかった『毒色』の肉体は、今度は吹き飛ばされるではなく、

「…………ァ……!」

 無残に砕け散るを選択した。

 人形のように手足が千切れ飛び、胴体も紙のように折れ曲がる。

『毒色』だった残骸が四方八方に飛び散る。二人の死合いを見守っていた〈ロアーズ〉の構成員らが、我らがボスの勝利に、『苦色』の死に、歓声を上げた。


「………………いぃ!?」

 しかし、一番驚いていたのは攻撃を放ったガロー自身であった。

 なぜバラバラになる、と。

 自分の攻撃の威力は放った自分がよく知っている。〈狼叫〉は突貫力の優れた攻撃ではあるが、少なくとも人の肉体をバラバラにできるほどの破壊力はないはずだ。

 それなのに『毒色』はダンプカーに轢かれたように、爽快に弾け飛んでしまった。

 そう。それはまるで、人の形をした陶器を割ったかのような。

「……………っ!」

 と、ここでガローはある可能性に思い当たり、背が急冷するのを感じた。

 声がどこか近くから聞こえる。

『ふはははは、残念だったな貴様ら。私は健在だ』

 嘲笑と共に、〈ロアーズ〉がその声に反応するよりも早く、それは降ってきた。

 上空に薄く広がっていた『黒雲』が残っていた〈ロアーズ〉全員に降り注いできた。霧雨の如く。驟雨しゅううの如く。誰一人、避けることさえ適わない密度で。

 黒雨に触れた者の反応は顕著だ。即座に倒れたのだ。一部はわけも分からず気絶して。一部は内側から斬り裂かれるような痛みに耐え切れず。一部は体力を瞬間的に奪われ。一部は絶望のために膝を着き。一部はどうしようもない、敗北感に包まれ。

 バタバタバタ、と黒い雨に毒され、相次いで倒れていく。

 そして、毒の雨はガローの頭上にも。

「……〈狼叫〉ッ!」

 天に咆の光が走る。雲は霧消したが、少し経つとまた集結していく。

『貴様に、二つ良いことを教えてやろう。まず、私の肉体は全て細菌に可変が可能だ。打撃や、武器での攻撃は効かないと思いたまえ』

 ノーモーションで右に吼える。小さい砲撃がすぐ横に集まってた黒い煙を消し飛ばす。結果を見ることなく走り出し、立ち塞がる煙の壁に、雄叫ぶ。

 活路が開き、走り抜けた先にもう、不吉な色の雲はない。

 その代わりに一人の男が立っていた。

 始め誰だか分からなかった。しかし男が地面に落ちていた眼鏡を拾い、それを掛けて、垂れていた前髪を後ろに撫で付けた時、瞬時に理解した。

「……くそっ…………!」

 人の姿を取り戻した『毒色』は鼻歌でも歌うように口ずさむ。

「話の途中で消えるとは無粋なものだ。だが、それでこそ聞かせる楽しみが増えるというもの。楽しみは後に取っておくタイプでね、私は」

『毒色』の身体が崩れていく。砂のように。泥のように。塵のように。自己崩壊していってるように見えるが、これこそ彼の真の力を発揮するためのもの。

 円状に広がった黒雲。逃げてきた後方からも黒い雲は侵攻してくる。逃げ場はない。

『先程言いそびれた二つ目だがな。この身体になると、その武、』

「『沈鐘之音』いいいいいいいいぃぃぃっっ!」

 カーン、と鐘が澄み切った音を鳴らす。音色は前後左右に関係なく広がっていく。

「……この間に…………っ!」

 思考が停止している間は人は行動できない。たとえ、敵が横を通り過ぎようとも無反応を返すしかないのだ。ガローは息を止めると、黒い霧の間を突っ切っていく。

 だが、その身体を雲が締め立てた。粒状の細菌は固体化し、脚や腕を絡めとる。

「……ぐっ! 動けな……!」

 がむしゃらに鐘を打ち鳴らす。何度も振るが、雲の締め付けは弱まらない。黒い雲は動けないこちらに集まっていく。鼻や眼、口から、体内への侵攻を始める。

 蝕まれていく痛みに苛まれながら、ガローは声を聞いた。五感が封じられ、最後の視界も使えなくなってきたガローに、まるで口付けしてくるような近さで。

『ようやく思考を取り戻せた。その武器の意味は無くなる、と言おうとしたのだがな。私の肉体を構築する細菌は、ほぼ生存本能のみで行動している。単細胞生物に思考などあるはずがないだろ? 敵であろうと味方であろうと、我が肉体はただ目の前の者を食い散らかしていくだけだ』

 言葉もなく、返せるはずもなく、ガローは失意と残念の底に沈んでいった。

『何だ、もう終わりか?』

 倒れ伏したガローの前に霧が集結していき、『毒色』は体を再構築する。

 肉体を完成させた男はくくっ、と嫌らしい笑みを溢す。

「覚えておきたまえ。そして敬意を払え。これが私、『分解者ミクロイーター』だ」

『毒色』が指を鳴らすと、使役する細菌が体内で暴れ回り、感染者は悶えるようになる。それを見て『毒色』の顔に浮かぶ頬の歪みは、どこまでも大きくなっていく。


          Fe


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