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無限画布②

 連絡した治療師を待ってる間に、鋭利は応急手当を済ませた鼎から、先の問題発言について詳細を聞き出すことにした。

「〈彩〉と戦争って。どうしてそうなった」

「ああ、だろうな。じゃあ順を追って話すぞ」

 鼎が訳を話し始めた。それに虚呂が備考や注釈を加えていった話によると、『大喰』の力は危険だと〈彩〉の幹部がいちゃもん付けてきて、『大喰』つまり鋭利を賭けて争うことになったらしい。その交渉の過程で鼎は左腕を斬られ、まんまと逃げてきたと。いや、マジでどうしてそうなった。

 彼の欠けてる左腕を見やる。鎮痛剤も飲ませたが、これ程の怪我のレベルだと大して効果は望めないようで、時折痛さに呻いている。 

「いやまあ大体は分かったけど。そういやオマエ、〈金糸〉使ってねえな」

「雲水は痛みに弱いからね。集中できないんでしょ、あんだけ便利で万能だった〈金糸〉が引っ込んだままになってるもんね」

「……ああ。その通りだ。自分の根性の無さを痛感してるよ」

「どうしてそうなったのよ!」

 叫んで金髪の女が入ってきた。白衣も金髪も急いで来たせいで乱れている。

〈金族〉の治療師ヒーラー、『白金プラチナ』のフィリア=トライフォースだ。

「うわっ、何てこと……。あんたの身体ぶった斬るってどこの化け物よ、死ねよ。……あーあーまた適当な手当しちゃって、治す側の手間を考えろっての、死ぬか?」

 彼女の入室時の叫びはどうやらこれを見てのものらしい。

『白金』はブツブツ呟いて治療を開始した。鼎の左腕の傷口を白い光の〈癒光ゆこう〉を宿した掌で包み込む。鼎の顔から険が取れて、和らいでいく。

 ガガガガ、と扇風機が首を回して、生温かい風を送る。

「悪いねー。遠いとこから毎度毎度」

「遠いつっても同じ地区じゃないの。まあ移動手段が足しか無いから、遠いといえば遠いけどね」

「そういう君に良いものが。じゃじゃーん、三輪電気自動車! プラス運転手ぅ!」

「え? 俺?」

 鋭利は部屋の奥にある小型の車を視線で指差して、左手で屏風を掴んで差し出す。三輪の小型車はこの二ヶ月間、暇すぎてつい造ってしまった代物だ。

 しかし、『白金』は摘ままれた男の方を半眼で見つめ、

「……その運転手はいらねーわよ」

「そう言うなって。こっちも要らないんだから」

「え、俺とうとうお払い箱? 依頼失敗した罰で解雇処分!?」

「よーく分かってんじゃねーか。君は良い仲間だったかもしれないよ、うん」

「私は初めから印象最悪でしたけど。まあ一応お世話になりましたね、はい」

「あ、あれ? マジ気味? 本当に俺クビ?」

 まあまあ、と狼狽する屏風を誤魔化し、鋭利は苦笑して、

「それよりも、〈彩〉のことだな」

〈癒光〉を収めた『白金』が顔を上げる。鼎の顔を伺うと、頷きが返ってくる。包帯をそろそろと外してみると断面の傷口は塞がっていた。

「おお、お見事さん。前より早くなったんじゃねえか?」

「……〈彩〉って何のことよ。おい、今度は何に首を突っ込んだ」

「気にせん気にせん。ちょっとしたことさー」

 濁してみるがしかし、『白金』はそんな鋭利の下手過ぎる嘘を無視し、これまでの付き合いですぐに答えに辿り着いた。

「戦う、なんて言わないでしょうね。あの〈彩〉相手に、戦うとかなんて……」

「おお、大正解だぞ。止むをえなくなってな。腕一本取られちまった。その弊害が脳神経にでも出てんのか、〈金糸〉も使えない。情けねえ限りだ」

 現状を軽く説明され、他の族員と違って、絶句の反応をする『白金』。

「……正気とは思えないわね。今度こそ本気で死ぬ気か?」

 そう大げさに言うのも当然だ。戦いを避けるとか関係を持たないようにするとか、なんてそんなレベルの組織ではないのだ、〈彩〉は。

 メンバー総数は一〇〇〇人弱。その内の鬼形児、およそ五〇〇人。しかし組織の方針は非常に好戦的。浅部、中間部、深淵部いずれにしても最大の支配地区数を誇り、その頂点に立つボスは〈七大罪〉の一人とも噂されている。

 名実相伴う、〈廃都〉最強にして最大、巨大にして強大。それが〈彩〉である。

 そもそも、この街にいる限り、〈彩〉と関わらないことなど不可能なのだ。

 衣類・食品・燃料等の生活必需品の流通を仕切っているのは、表面こそ〈浅部商業連合マーケット〉だが、その出資者として顔利きとなっているのは〈彩〉である。加えて〈浅部商業連合〉の幹部のほとんどが、昔〈彩〉にいた者たちらしい。

〈彩〉に逆らえば〈廃都〉で生活できなくなる。

 真正面からぶつかれば総力をもって潰される。

 唯一の反逆ができるとしたら、それこそ街を出て行くことくらいだ。

「この戦い、オレらが勝っても負けても〈廃都〉での暮らしはできなくなるってことだ。すでにチェックメイト状態」

「えっと、そんな未来しかねえんなら、降参した方がいいんじゃー……?」

「ええい情けない男ですねあなたは。この辞典でも言ってますよ」

 と銀架はポケットサイズの辞書を取り出し、いくつかのページを開いて、

「『当たって砕けろ』! もしくは『玉砕』! 最後に『神風特攻隊』!」

「どれも最後は死ぬのかよ!」

「あとこれ。『飛ぶ鳥跡を濁さず』。最後くらいは、ということです」

「……あれ、つまり、そういうこと?」

 銀架が無表情で親指を下げる。「ああ……」と屏風以外が妙に達観したように肯く。屏風の顔がゆっくりと下に向かい、床にまで墜落する。

「てゆーか。すでに逃げ道塞いでんじゃねー、あいつら」

「む。思ったよりやばいことになってるな。俺ちょっぴり反省」

「ま、逃げるにしてもその前に雲水の腕を取り返しにいかないとね。いつまでもリーダーがこんな体たらくじゃ格好が付かないし、ね」

「……あんたらに付き合ったのがホント運の尽きだよ。死ねよホント」

 項垂れた肩を叩こうとする屏風の同情の手を、『白金』は邪険に打ち払う。

「大人しく仲間になるのが一番良いのですか? どう思います、鋭利さん?」

 お鉢が回ってきて、ぐるっと視線が集まる。ぬゥと喉を鳴らし、いまいち当事者の実感がない鋭利は、顎に手を当て首を捻って考えてみた。

 それを、無遠慮なけたたましい警戒音が邪魔をした。


          Fe


 この〈金族〉ビルには火災報知機や対侵入者用のトラップが設置されてたりする。これらが作動すれば、この部屋に警報が発生する仕組みなのだが、

「……でも、これって……!」

 響き渡っている音は、鋭利の全く聞き覚えのない音であった。

 不安を煽る異音の発生源を探るように、皆がきょろきょろ首を巡らし、

「「「………………」」」

 一人の白衣を着ている女で止まった。正確にはその懐で。

「……あ」

 彼女は罰が悪そうにそれを出した。二つ折りの携帯電話を。騒音が更に強まる。

「すまんね。あたしの電話だったわ」

「「「怖いよ! その着信音怖いよ!」」」

 鋭利と鼎と屏風の絶叫コントラスト。

 どうしてそんな着メロにしたのか、とか、ボリューム最大設定って、とか。色々言いたいことあったが、『白金』の携帯がそれらを打ち壊して鳴り続ける。

「これちゃんと聞けば救急車と同じだね。鼓膜破れそうだったけど」

「救急車って浅部で見かけるあれですよね。白の上に赤い線の入った。じゃあ?」

「そうね。これに掛かってくるってことは、急患が入ったってことよ」

 言うと『白金』は通話ボタンを押し、騒音を止めて向こうと話し出す。

「……ああ、じゃあ、切らせて貰うわ」

 一言、二言のやり取りだけで『白金』は携帯を切った。彼女はらしくもなく焦りを見せながら、こちらを見回し、

「大変よ、あんたら」

「どうした『白金』。顔を白くさせて」

 それは元からよ、と金髪碧眼の彼女が淡々と返して、

「奴ら、もう手を回してきたわ。まずはあたしを封じようというのか。さっきね、あたしの診療所を『苦色』の一人が乗っ取ったって。本人がそう伝えてきたわ」

 他の族員がその言葉を噛み砕くまでに一拍の静寂があった。

「……病院を乗っ取った!? クソ、奴らなんて非道な真似を……!」

「いいや鼎。奴らの言い分は、〈彩〉に敵対しているチームの者を治療しているから、なんてものだったさ。まだ誰も傷付けられちゃいないわ」

 金髪の女は、白衣のポケットから出した煙草に火を付け、一息吸う。

「それに、乗っ取ったっていう『塵色』の言葉を聞く感じ、人質なんて回りくどい真似はしないだろうよ。これはあちらさんからの、宣戦布告。敵はもう行動を起こしてるってことよ。あたしたちをぶっ倒すためにね」

 皆が色めき立つ。鼎が。虚呂が。銀架が。鋭利が。屏風は部屋の隅っこで現実逃避していたので、鋭利と銀架が拳で叩き直して現実に戻してやった。


          Fe


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