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【八章】戻ってきた先は

 ふっと意識が戻ったとき、目の前にいくら見慣れていてもユリウスの顔が視界いっぱいに広がっていれば驚くのは当たり前だ。しかもそれが今にも口付けされそうで……。


「って! うわぁっ!」

「さっきから何度も呼びかけても反応がないからちゅーしてあげようと思ったのに」

「わっ! わたし、初めてなんですからっ!」

「それなら、問題ないな。俺も似たようなもんだ」

「はぁ? この間、綺麗なおねーさんにちゅっちゅとされていたのを見ましたけど?」

「あれは数に入らない」

「……意味が分かりませんけど」

「好きな子としてなければしてないのと同じ!」

「……師匠の理論が分かりませんし、分かりたくもないです」

「まあ、それはともかく。ほら、アイラ。目を閉じろ。俺が口付けしてやる」

「要りません」

「遠慮するな」

「してません」

「なんと反抗的なんだ!」

「あのですね、師匠。わたしにだって選ぶ権利ってものがありまして」

「……アイラちゃんったら相変わらずのツンデレなのね。あの日、あんなにも情熱的に」

「わーっ! ねつ造しないでください!」

「……ねつ造してないぞ。うーん? おかしいなあ。泣きながらすがってきて、わたしの初めてをもらってくだ」

「ぎゃあああっ! なんて恥ずかしいことを! それにわたしにはそんな記憶、ありませんっ!」

「おかしいなあ?」

「おかしいのは師匠の頭です。それはともかく、今は何月何日の時間はどれくらいですか?」

「なんだ、いきなり。今日は四月二日の昼過ぎだ」

「ということは」

「なんだ」

「わたし、師匠と時間が戻るという話をしているところ……という認識で間違いないですか?」

「そうだが」

「わたし、どこまで話しました?」

「……おかしなことを聞くな。まあ、おかしいのは今に始まったことではないからいいとして」

「をいっ」

「俺がアイラを引き取ることになったいきさつを話したところといえば通じるか?」

「え? そんな話、してました?」

「……ということは、今ここにいるアイラはさっき俺ときゃっきゃうふふしていたアイラとは違うと?」

「……してません。絶対にそんなこと、してませんって!」

「だまされないか」

「だまされませんよ! もうっ! それで、師匠は王に命令されてわたしを引き取ることにしたと聞きましたけど?」

「そうだ。教会ではアイラを引き取ってから不思議な現象が起こりすぎて手に負えないから助けてほしいと言われたと」

「教会が壊れたと思ったら直っていたという現象ですよね」

「そうだ」

「師匠、どうもおかしいんですよ」

「なんだ?」

「たとえばですけど、わたしは先ほど、第二王子からの刺客によって命を失ってまたここに戻ってきたのですけど」

「物騒なことをしれっと言うな」

「師匠はわたしの死に目にあってくれましたけど、覚えてませんよね?」

「……言われてみたらなんとなく薄ぼんやりと記憶があるような。……って、アイラっ? おまえ、肩と左右わき腹を斬られたよなっ?」

「あー、しっかり覚えてますか」

「……なんだ、この記憶っ? あいつら……第二王子の取り巻きだ」

「うーん。なんだか妙なことになってきたなあ」


 ユリウスに引き取られてユリウスが殺されるまでの十年、ユリウスが亡くなってからアイラが殺されるまでの──。


「……何年? 思い出せない」

「なにがだ? 俺がアイラを引き取ってからは十年だ」

「ということは、近々、師匠は殺されてしまうのですよ」

「俺が? ……まあ、なんかたくさんの人から恨みは買ってるからなあ。だからこそ城へ行くのは最低限にしてもらっている」

「さすがは師匠。存在するだけで恨みを買っているなんてすごい才能ですよ」

「おいっ!」

「知らないうちに勝手に敵がたくさんいるひとなんてそんなにいませんよ。おかげでわたしも巻き込まれて死ぬ羽目になったわけですけど」

「いや、おかしいだろ、それ」

「なにがですか?」

「俺だけならともかく、どうしてアイラが殺される?」

「可憐な美少女だからではないですか」

「自分で言うか」

「自分で言うのもおこがましいと思いますけど、本当に見た目は美少女だと思いますよ。きらきらと輝く金色の髪に吸い込まれそうな碧い瞳。胸がないのが残念だけど、そこは人形のようでいいという声もありますから致し方ありません」

「……さすがの俺でも自分のこと、そこまで褒め讃えられないぞ」

「一度、言ってみたかったのです」

「満足したか?」

「……恥ずかしすぎて穴掘って隠れたいです」

「なら言うなよ」

「もう言いません」


 ユリウスの腕に力が入り、アイラの身体がユリウスに密着した。

 そうだった、抱えられたまま話をしていたということを思い出し、アイラは慌てた。


「暴れるな」

「嫌ですよ、離してくださいっ!」

「駄目だ。アイラが生きていることを確認させてほしい」


 時間が戻ったことでアイラの身体には傷はないが、斬られたときの熱い感触や痛みは感覚として残っていた。

 死んで時間が戻ったとき、いつもこの嫌な感覚だけが身体の奥でくすぶっている。時間が経てば自然と消えてなくなるのだけど、痛みが強ければ強いほど、消えるのに時間がかかる。

 今回も三カ所もの致命傷を与えられたから、実はのたうち回りたいほどの痛みを抱えていた。

 だけどユリウスに抱きしめられているうちにそれは不思議と消えてなくなっていく。


「アイラ、確認のために聞くが」

「はい」

「教会を何度も壊したと言っていたが、壊れる度にアイラは死んで・・・いたのか?」

「ユリウスくん、いい質問ですねー」

「やっぱりそうですか? って、はぐらかすな!」

「いえ、はぐらかすつもりはないですよ。それがですね、まちまちなのですよ」

「ということは?」

「わたしが死ぬ度に世界の時間は戻るのですよ」

「……みたいだな」

「戻る場所もわたしが決めるわけではなくて、気がついたらそこにいたという感じです」

「なるほど」

「だから今回、死んで戻ってきた先が師匠の腕の中だったことに納得がいってないし遺憾の気持ちが大きいのですよ」

「そこで『師匠の腕の中に戻ってこられてよかったです』くらいお世辞でもいいからかわいいことを言えないのか」

「どうして思ってもいないことを言わないといけないのですか」

「ツンデレだから仕方がないな」

「ともかく。教会にいた頃は八割くらいがわたしが死んだために元に戻っていましたね」

「八割……どんだけ大規模でぶち壊してるんだ。というか、おまえも自分が死なないように考えて壊せよ」

「そうは申しましても、よくわからない襲撃を受けて対応しているうちに教会が壊れ、わたしも壊れ……という感じですかね?」

「襲撃っ?」

「そーなんですよ。だれがどこで聞きつけたのか、わたしをさらおうとする不届きものたちがよくやってきまして」

「初耳だが」

「はい、初めて話しました」

「……アイラさん」

「はい」

「あなた、それだけ強い魔力をお持ちだということを自覚していらっしゃる?」

「してません」

「時間を戻せることができるというのは俺以外に知ってるヤツは?」

「わたし」

「真面目に答えろ」

「真面目ですよ。師匠とわたし以外はたぶんいませんよ」

「断言できるのか?」

「できます。なぜなら、前に教会の人に話したんです」

「ふむ」

「そうしたらですね、話を聞いたその方がなにを思ったのかわたしを斬りつけてきて、わたしは死にました」

「なんだそれ」

「そして目が覚めたら、その人は『いなかった存在』になってました」

「ちょっと待て」

「はい」

「もしかしなくても俺、下手したらこの世から消え去って存在しない人になっていた?」

「わたしに害をなすと世界が判断すれば」

「今のところ消えていないということは、アイラにとって俺は必要な人ということか?」

「さあ? わたしの判断ではなく、世界の判断ですから」

「かなりはぐらかされたような気もするが、まあいい。それで」

「はい」

「第二王子の側近に襲撃される前に戻ってきたということは、どういうことだ?」

「んー? どういうことなんでしょうかね? わたしも分かりません」

「やつらとはどういう状況で遭遇したんだ?」

「夕飯を作るためにわたしが台所に行ったところでだれかが玄関にきたのででたのですよ」

「ふむ」

「ここはユリウス=ヤルヴィレフトの家で間違いないのかと聞かれたのでそうだと答えたら、おまえがアイラかと言われていきなり斬りつけられました」

「……いろいろと重症だな」

「なにがですか?」

「いやまあ、俺が無事ならなんでもいいや」

「いえ、師匠もわたしに巻き込まれて死にますけどね」

「なんだその小説のネタバレみたいなこと」

「今日が四月。ということは、半年後に師匠はわたしを庇って死にます」

「本望じゃねーか」

「嫌ですよ。わたしが死んでも時間は戻って死んでない状態になりますけど、師匠が死んでも時間は戻らず……」

「って、なんでおまえ、泣いてるんだ?」

「なっ、なんでもないです! とにかく! 師匠はわたしが守りますから!」

「なに言ってるんだ」

「師匠はわたしを庇わなくていいですから!」


 そういってアイラはごしごしと涙を乱暴に拭った。ユリウスはそれを見て、アイラの髪を優しく撫でた。


「……なんかいろいろ間違っていると思うんだが」

「間違ってないです」

「間違っているだろう? なんだっておまえが何度も死なないといけないんだ?」

「分かりません」

「俺のところに来てから、死んでないよな?」

「え……と、ですね。師匠がわたしを庇って死ぬ前はなかったです」

「……ん? ちょっと待てよ」

「はい」

「アイラ、なんかおかしくないか?」

「なにがですか?」

「俺はアイラを庇って死んだ・・・・・・・・・・んだよな?」

「……そうですよ」

「じゃあ、どうして俺が死んだという半年前に戻っている?」

「あはっ、バレちゃいましたか」

「まさか」

「そうなんですよー。わたし、師匠に庇ってもらってそのときは生き延びて、師匠の代わりに宮廷魔術師になったのですよ」

「ほう? ずいぶんと出世したな」

「そうなんですよー」

「ということは、おまえはアレができたのか?」

「そうなりますね」

「魔術、使えるようになるのか?」

「はい。師匠が亡くなる前にわたしにかけられていた封印を解いてくれたみたいなんですよ」

「封印? って、これか!」

「ったたた! 引っ張らないでください!」

「うーむ。なんだこれ? よく見えないんだが、鎖らしきものがぐるぐるとアイラの身体を縛ってるんだよ」

「それに触れられるとすごく痛いです」

「痛い?」

「あ……んっ、痛い」

「だからエロい声出すな」

「そういうつもりではないです。やめてくださいってば」

「うーん、これ、どうすればいいのかなあ」


 ユリウスはアイラの首の辺りをひらひらと手を振っていたが、ぐっと強く引っ張った。


「いたいいいいっ!」


 アイラはユリウスの手を振り払い、立ち上がった。


「ご飯作ってきます!」


 ばたんと音を立ててアイラはユリウスの部屋から出ていった。

 ユリウスはふっと笑みを浮かべてつぶやいた。


「俺が死んで、アイラは悲しく思ってくれたのか?」


 


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