【七章】時間は戻る? ※残酷表現あり※
※残酷表現あり※
やり直す前の出来事をすべて覚えているのかと思っていたけれど、そうではなかった。ただなにかきっかけがあれば思い出すようだ。
ということは、アイラが覚えていないだけで、実は何回も下手したら何十回もやり直している可能性もあるということだろうか。
「それよりも師匠!」
「なんだ?」
「師匠は未来が視えるの?」
アイラの質問に明らかにユリウスは狼狽した。
「な……んで、それをっ」
「それってどれくらいの精度なんですか? 頻繁に視えるのっ?」
ユリウスは少し渋ったものの思ったよりも素直に答えた。
「精度はまちまち。それにそんなに視えない」
「否定しないのですね」
「してどうする?」
「いやまあ、そうなんですけど」
未だにユリウスの腕の間に挟まっているアイラはむぅと唸った。
「──となると、師弟関係に愛情を持ち込むなと言ったわたしの言葉は未来視で知ったと?」
「……かもしれない」
「んむ? どういうことですか?」
「俺の未来視は安定してなくて、夢の中で繰り返し視るものもあれば、白昼夢のようなものやいきなり目の前に現れるものとあって、しかも状態も明瞭さもまちまちなんだ」
「うーん……。師匠、もしそれが未来視ではなくて実はすでに体験したことだったと言われたら?」
「は?」
「……ふぅむ。わたし以外にも覚えている人がいる可能性があるのか」
「アイラさま?」
「はい」
「どういうことか話してもらおうか」
「え……っと? あのっ、ちょ、ま、うわっ! 顔っ! 顔が近い! 止めて! くすぐったいって!」
+◇+◇+◇+
落ち着いて話そうとユリウスをなだめて場所を移動したまではよかったのだが。
「師匠、聞いていいですか?」
「なんだ?」
「どうして師匠の部屋?」
「アイラが素直に口を割らなかったときのために」
「…………?」
「身体に聞けば答えてくれるよなあ?」
「師匠! それ、かなり黒い! なにその笑み! きゃあっ」
逃げようとしたアイラの腕を捕まえたユリウスはがっちりと腕の中に閉じこめてアイラの身体を拘束した。
「ンっ……! 師匠、苦し……っ」
「エロい声出すな」
「なっ、なに言ってるんですか! ちょっと師匠! 頭おかしくなりました?」
「なった。おまえのせいだ」
「うわっ! ちょっとどーして寝台にっ!」
「座るところがないから。ん? それともなに? 押し倒してほしいの?」
「だからなんで、どうしていきなりそんな暴走……っ!」
アイラはユリウスの腕の中でかなり暴れたが、解放してくれないのを悟るとあきらめた。
ちょっと……いや、かなりユリウスの腕の中は居心地が悪い。なんというか、近すぎてどうすればいいのか分からなくて困るのだ。
「さて……と」
ユリウスは寝台に深く腰掛け、膝の間にアイラを座らせると顔を近づけてきた。
「わーっ! 顔が近いっ!」
「だからどうした?」
「うひゃあっ! いっ、息がっ! くすぐったい……!」
首をすくめるアイラをユリウスは目を細めて楽しそうに見ているだけ。しかも逃げ腰のアイラの腰をぐっと引き寄せて逃げられないようにした。
「逃げませんから」
「そうか? おまえはすぐに逃げるじゃないか」
「いやそれは師匠が意地悪だから」
「好きな子には意地悪したくなるんだよ」
「……だから、今はそーいうのは置いといてですね」
「大切なことだと思うが?」
「あのっ、顔が近いとわたしが落ち着けないというかですね」
「どうしてだ? アイラは俺のことが嫌いなんだろう?」
「嫌いですよ。わたしが嫌がることばかりして。密着されるとなにされるか分からなくてどきどきするじゃないですか!」
「俺はなにもしないぞ?」
「してるじゃないですか! なっ、撫でないで……」
「愛情表現」
「いらないですって!」
「俺がしたいからするの。──それで、アイラ」
「……はい」
「さっき言っていた『すでに体験した出来事』というのはなんだ?」
「なんだと言われましても、その通りとしかお答えできないのですが」
「もっと詳しく!」
「詳しく……ですか? そうですね……たとえばですけど」
「うん」
「あの、その手の動き、止めてくれませんか?」
「どうしてだ?」
「話に集中できません」
「……やだ」
「…………。あなたはそういう人ですよね。分かってましたよ」
「分かっているのならあきらめろ」
「そんなだから逃げられるんですよ」
「おまえは逃げてないだろう?」
「わたしには師匠の元から逃げられない理由があるんですよ!」
「なんだそれは」
「わたしは師匠に引き取られました。なぜだか分かりますか?」
「いや……分からん。俺は王からの命令でおまえを引き取った」
「ああ、やはり王からの命令だったのですね」
アイラは一度、ふっと息を吐いてから続けた。
「わたしの最初の記憶は、崩れた教会のがれきの中で血塗れで横になっているところからです」
「なんだそれは」
「しかもその記憶、教会に捨てられたその日のことです」
「アイラ……?」
「痛くて、とにかくとても痛くて泣きました。でも、だれも助けてくれなかったんです。……だって教会の人たちみんな、崩れた教会の下敷きになっていましたから」
「…………」
「泣いても泣いてもだれも助けてくれない。……そしてわたしはお腹が空いて、死にました」
「死んだ? それでは今ここにいるアイラ、おまえは?」
「それが不思議なことに、次に気がついたときは教会の人たちがにこにこと笑ってわたしをあやしていたのです」
「……はあ?」
「産まれたばかりのわたしにはさっぱり意味が分かりませんでしたけど、今思い返せば、わたしが教会の人たちに発見された直後に戻っていたのです」
すでにユリウスはアイラを撫でることを止め、じっとアイラを見つめているだけだった。
「産まれたばかりのわたしはこの持って産まれた魔力を制御するなんてできません。しかも赤ん坊には我慢するなんて芸当はできませんから、ことあるごとにわたしは教会を壊し、人々を何度も殺し、そのせいでわたしも何度も死にました」
ふっとユリウスの腕の力が緩んだのがわかり、アイラはうつむいた。
「わたしのこと、怖いですか? 怖いですよね? わたしだって自分が怖いです。わたしは同じ人たちを何度も殺しました。自分も何度も死にました。でも、気がついたら元に戻ってるんです!」
「……正直に言えば、怖い。それが事実なら。だけど、先に言っておく。アイラが怖いというより、俺が知らない間に時間がまた戻っていることが怖いんだ」
「そうですよね。たとえば今、こうやってわたしは師匠と話してますけど、これがもし初めてではなくて何度もあったとしたら?」
「……そうなのか?」
「いえ、たとえばですよ。わたしが記憶している限り、師匠と時間が戻ってるという話は今初めてしました」
「アイラは知っていたのか?」
「時間が戻っているということですか?」
「そうだ」
「知ってましたよ、ずっと」
「変だと思わなかったか?」
「産まれたときからこうでしたから、おかしいとは思いませんでした」
「そうか」
「でも、大きくなるにつれて、一度やったことをまたやらなければならないのはなんだかおかしいなと思うようになりましたけど」
「ふーむ……」
ユリウスはそういったきり、黙りこくった。アイラはじっとユリウスの反応を待っていたが、動く気配はない。しびれを切らしたアイラは顔を上げ、遠くを見つめるユリウスの横顔を見つめた。
この人も黙っていればいい男なんだけどなあと思いながら。
「あの、師匠」
「……なんだ」
「ご飯を作りたいのですが」
「なんだ? 子作り?」
「なっ! @*&●○★☆▼※!」
「分かる言葉を話せ。それ、どこの言葉だ?」
「……師匠」
「どうした」
「どうしていきなり……はあ」
アイラは自分の腰に回されているユリウスの腕をぺりぺりっとはがし、肩口を強く押した反動で立ち上がった。
「ちょっと、アイラちゃーん」
「エロオヤジは嫌われますよ!」
「こんなこと、アイラにしかしてない!」
「ふーん? それもどうだかっ!」
アイラはユリウスをじろりとにらみつけ、ふんっと鼻を鳴らして部屋から出ていった。
「……今の、嫉妬してくれたのか?」
気にするところはそこではない。
+◇+◇+◇+
ユリウスの部屋から出たアイラは肩の力を抜き、とぼとぼと台所へ向かった。
アイラが記憶している一回目の今日は特に何事もなく過ぎ去ったはずなのだ。
それなのにどうして二回目はこんなことになってしまっているのだろうか。
ユリウスに語ったように、アイラは数え切れないくらい死んでいる。
自分が何度死んだかなんて、覚えていない。その度に世界は巻き戻り、なにもなかったことになっていた。
一回目の時、ユリウスはアイラを庇って死んだ。そしてユリウスは死ぬ間際に『俺の分まで生きろ』と言った。
アイラは自分が死ねば時間が戻ってユリウスが死ぬ前に戻れることは知っていたけれど、アイラは馬鹿正直にユリウスの最期の言葉を守った。
──結果、ユリウスのいない世界の淋しさを嫌というほど味わうことになった。
幸せな結末を求めたのに、最悪な日常が残っただけ。
辛かった。
どこにもユリウスの気配のない世界は悲しかった。
ユリウスがいてくれればよかった。
どうしてあの時、ユリウスを追いかけていってしまったのだろうか。
「……あ、れ?」
アイラは立ち止まり、眉間にしわを寄せて考えた。
待っていれば帰ってくると知っていたはずなのに、どうしてアイラはユリウスを追いかけた?
「思い出せない」
覚えていたと思っていたのに、どうしてか思い出せない。
うぬぬと唸ってみるけれど、それで思い出せるわけもなく。
唸りながら台所に向かっていると、玄関から涼やかな音が聞こえてきた。だれか来たようだ。
アイラは玄関へと向かうと、三人の男性が立っていた。
手前に一人、後ろに控えるように二人。三人とも見覚えのある紺色の服に濃い緑色のマントを羽織っていた。腰にはそれぞれが剣を佩いているのを見て、アイラは警戒した。なんだか嫌な予感がする。
「あの……?」
「わたしたちは王宮からの遣いです」
そういわれてこの見覚えのある服装は王宮内の人たちが着ている制服だったと思い出した。それでもアイラは警戒を解かない。
「こちらは宮廷魔術師のユリウス=ヤルヴィレフト殿の家で間違いないか?」
「はい、そうですけど」
アイラの返事を聞いた男三人は目配せをすると鞘から剣を抜き、アイラへ向けた。
「なっ、なんですかっ」
「アイラ=エイドレイラードはおまえだな? 死ねっ!」
男が剣を振りかぶってアイラに切りつけてきた。アイラはいきなりのことで動けず、剣の煌めきに見入られたかのように見つめていることしかできない。
「アイラ、逃げろ!」
背後からユリウスの声。
「師匠、来たら駄目っ!」
アイラは両手を広げ、男たちの行く手を遮ろうとしたが、ばさりと肩を剣で切り裂かれた。
「くっ……!」
痛いなんて言葉では表現できない衝撃。剣の重さで鎖骨も折れたかもしれない。肩から血が吹き出す。
それでもアイラは倒れずに両足で大地を踏みしめた。
しかし後ろから別の男が剣を横になぎ、左わき腹の柔らかな部分に刃を切りつけてきた。さすがにぐらりと傾いだ。
すると反対側の右側から切りつけられ、肋骨にさらなる痛みを感じた。
「アイラっ!」
「師匠……来ない、で」
「おまえら」
アイラの身体はその場に崩れ落ちた。
痛みのせいで気を失えないなんて、ひどすぎる。
「第二王子の手下か」
「さあね?」
「アイラを傷つけたこと、後悔すればいい!」
そういったユリウスの身体から見えないけれどなにか大きな力が解放されたのがアイラには分かった。
あーあ、師匠を怒らせちゃった……なんてそんなことをまだ考えられる余裕がこの時にはあった。
ユリウスの身体からゆらゆらとしたものが吹き出した後。
「おまえら全員、再生できないくらい粉々になってしまえ! 《バニッシュ》!」
ユリウスの宣言の後、男三人は光に包み込まれた。
「うわあっ!」
「なんだこれ、眩しい!」
「え……っ?」
光は小さく収縮すると──弾けるように消えた。
あっという間の出来事だった。
「アイラ、大丈夫か?」
「…………」
出血がひどすぎて、意識がもうろうとしてきていた。
「おまえは俺を残して死ぬのかっ?」
ユリウスの声しか聞こえない。
死んでもまた、死ぬ前からやり直させられるから。
そう言いたくても──。