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【六章】未来視 ※残酷表現あり※






※残酷表現あり※







 あれから穏やかな日々が続いた。

 そう、あまりにも穏やかすぎて息が詰まってしまいそうなほど。息が詰まりかけたので大きく深呼吸してみると少し楽になった。

 穏やかすぎる日々は緩慢でいろんなことを忘れ去りそうになる。

 だから忘れないためにユリウスに魔術を教わることにしたのだが。


「……感性は悪くないんだが、おまえにはなにかが圧倒的に足りない」

「師匠、なにが足りないのかはっきり言ってください。それでは分からないではないですか」

「うむむむむ……。やはり胸か」

「…………」


 アイラは魔術が使えないわけではないはずなのだ。ユリウスが亡くなった後、跡を継いで宮廷魔術師をしていたくらいなのだから。


「……おかしい」


 そう、おかしいのだ。ユリウスが亡くなった後は普通に魔術が使えていたのに、どうして今は使えないのだろうか。



「そうだなあ。覚悟……ではないな。うーむ。ん? なんだこれ?」


 そういってユリウスはアイラの肩の辺りに手を伸ばした。そしてなにかを引っ張っていた。アイラにその引っ張られる感覚がよくわかった。


「いてて、なにをしてるんですか! 痛いですっ」

「おまえ、自分に対して暗示をかけているだろ?」

「え……?」


 暗示?


「んー。それか別の人間か? アイラ、聞いていいか」

「なんでしょうか」

「おまえの両親は?」


 ユリウスに聞かれた途端、アイラの心臓はどくんと大きく波打った。それから全身が心臓になったかのように動悸がし始めた。

 ばくんばくんと全身の血液が送られていく音だけが聞こえる。


「わ……たしの、両親、ですか?」


 アイラは自分の心臓の音が大きすぎて自分の声がよく聞こえない。


「わからないです。……教会に捨てられていましたから」

「アイラ=エイドレイラードという名は?」

「わたしのおくるみの中に『アイラ=エイドレイラード』と書かれた紙が入っていたそうです」

「ふぅん?」

「教会でわたしの身の上話は聞いたのではないですか?」

「聞いてない」

「……は?」

「奇妙な力を持った少女を保護しろとしか言われなかった」

「さすがはわが師匠。いい加減すぎますね」

「それはお互いさまだろう。そもそもアイラは俺のことをどれだけ知っている?」

「どれだけと言われましても、酒は好きだけど下戸なエロオヤジとしか」

「おいっ」

「後は男性が好きってところですかね」

「アイラさん……それってひどくないですか?」

「事実ですよね?」

「後半は嘘だ。俺は女が好きだ」

「……ただしアイラをのぞく、ですね。分かります」

「それなら、アイラ限定だと言ったらおまえはどうするんだ?」

「師匠はほんと、嘘つきですね」

「俺はだな!」

「はいはい、幼女体型が好きなんですか?」

「…………」


 急に無言になったユリウスにアイラはやりすぎたかと息をのんだのだが。


「おまえはいつもそうやってはぐらかす」


 ユリウスはそういうとひどく切なそうなため息を吐き、瞳を揺らした。


「はぐらかしてなんて……って、師匠っ?」


 気がつけばアイラは部屋の隅に追いやられていて、背後は壁。とんっと軽い音がしたと思ったら左側にユリウスの腕。だからアイラは右に逃げようとしたのだが、そちらにもユリウスの腕が伸びてきた。


「あ……の?」

「アイラ……」


 見下ろしてくる紫の瞳は今までに見たことがないくらいの切なさが詰まっていてアイラは息を止めた。

 視線が絡まる。


「俺はアイラのことが好きだ」

「やはり幼女が好きなんですね」

「十八ならば充分大人だろう」

「でも師匠、わ……わたしと師匠の歳の差はっ」

「そんなもの、気にするのか?」

「気にしますよ!」

「ふぅん?」

「なっ、なんでそんなに高飛車なんですかっ」

「いやあ、かわいいなあと」

「なんでですか! 一回目の時はここでなんにもなかったのに!」

「……一回目?」

「あ、いえっ。こっちの話ですっ」


 なんで?

 どこでなにがきっかけになった? ユリウスにこんな行動をとらせる要因を作ったのはなんだ。

 悩むアイラをユリウスは熱いまなざしでじっと見つめているだけだ。


「暑っ苦しいです」

「俺の気持ちが分かるか?」

「分かりたくないです」

「なんでだ? こんなに好きなのに!」

「遠慮します」


 おかしい。

 絶対におかしい。

 一回目と違う行動をとったのが原因だというのか、これは?


「……師匠、愛の告白はどうでもいいですからわたしに魔術を教えてください」

「俺の質問に答えてくれたらな」

「……なんですか」

「アイラは俺のこと、好きだろ」

「なにを寝言言ってるんですか。嫌いだとはっきりと何度も言っていますよ」

「照れ隠しか」

「照れてもないです! 師弟関係に愛情を持ち込まないでください!」


 アイラはその言葉を口にしてから思い出した。

 この言葉、前にも一度、ユリウスに言ったことがある。それがいつだったのかとっさには思い出せない。


「またそれを言うのか」


 ユリウスは切ないを通り越して辛そうな表情を浮かべてじっとアイラを見下ろした。アイラは視線を逸らすことなくユリウスを見つめた。

 ユリウスの紫色の瞳が悲しみの色に染まっている。それがとても綺麗だと思ってしまうのはひどいのだろうか。


「前にも同じことを言われた」

「あの時は」


 アイラは思い出す。

 その言葉を口にしたのは──。


「……師匠、待ってください」

「なんだ」

「わたし、師匠に『師弟関係に愛情を持ち込むな』と言いましたけど、それは今から後の話……ですよ?」


 アイラは混乱していた。

 確かにユリウスに向かって同じ言葉を口にした。

 あれはそう──。

 ユリウスが王に呼ばれて王宮に赴く前だった。

 あの時もアイラはユリウスの告白をはねのけた。

 一回目の時からアイラはユリウスに思慕の念を抱いていた。だけどそれは形になるかならないかの淡いものだった。だけどアイラの身代わりになってユリウスが死に──そしてアイラは知った。

 ユリウスのことが好きだったと。


「──あれ?」


 一回目の時、ユリウスがアイラに好きだと言ったのはいつだ?

 王宮に行く前にユリウスはアイラに告白した。師弟関係に愛情を持ち込むなとアイラはユリウスに怒鳴りつけた。落ち込んでいるユリウスは単身で城から迎えにきた馬車に乗って……。


「なんで?」


 あんなにも何度も繰り返して後悔した。

 それなのにどうしてこんなにも曖昧なのだろうか。

 ユリウスは一人で城に行った。

 だけどどうしてか胸騒ぎがしてアイラはユリウスの後を追いかけて……。


「そ……うだった」


 思い出した。

 アイラはユリウスが出て行ってすぐにユリウスを追いかけたのだ。

 家で待っていればユリウスが帰ってくるから待っていればよかったのに、なぜかそのときは一刻も早くユリウスに会いたかったのだ。

 だから追いかけて──アイラはすぐに自分の失敗に気がついた。


 ユリウスの庇護を受けた場所からアイラが出た途端。

 周りから一斉に向けられる敵意。

 アイラは向けられた敵意が恐ろしくなり、悲鳴も上げることができずその場にうずくまった。

 どれくらいアイラはそこにうずくまっていたのか思い出せないが、ふわりとマントに包み込まれた。そして覚えのある匂い。


「あれほど出るなと言っただろう」


 そういって苦虫を潰したような表情を向けられたけれど、ユリウスがアイラのことをいつも気にかけてくれていたことを知り、うれしかった。

 ひどく身勝手で自分勝手な感情だと分かったけれど、そして好きだという言葉を拒否したくせに、それでも助けに来てくれたことがうれしかった。

 だけどこれは罠だったとアイラもユリウスも気がつかなかった。

 そして──。

 ユリウスはアイラを庇って、命を落としたのだ。


 目の前で凶刃に倒れるユリウス。

 真っ赤な血が、血飛沫がアイラの視界を赤く染め、中途半端に温かな血がアイラを濡らした。

 アイラの膝の上にユリウスの身体を乗せた。紫の瞳はうっすらとしか開かれず。

 宙に伸ばされた手を握っていいのか分からずアイラはあまりの出来事に思考が止まった。

 魔術を使って止血するだとか、襲ってきた相手を返り討ちにするとか。

 あの時、アイラにはたくさんのことができたはずなのに動けなかった。

 ユリウスの命が消えていくのを見ていることしかできなかった。

 泣いていいのか、いや、これが悲しいことなのかそれさえも麻痺していた。

 ユリウスは自分の血に濡れた手を必死に伸ばし、ようやくアイラの頬に触れることができた。


「アイラ……無事か」


 と。

 ユリウスから言われたことを守らなかったのに、自分のことを棚に上げて心配する言葉をかけられたアイラはどうすればいいのか分からなかった。


「おまえを守るって約束したのに──守れたけど、これからは守れそうにない。ごめん」


 そういわれた瞬間、アイラの瞳から涙があふれた。


「馬鹿なんじゃないのっ? わたしを庇うなんて!」

「俺の命はどのみち今日までだったんだ。ここでアイラを守って死ぬか、城で殺されるか、どちらかだ。だったら好きな女を守って死ぬのが本望だろう?」

「な……んで!」

「アイラ、未来視って知ってるか?」

「知らないっ!」

「俺、昔からこうなるって知ってた。だから今日、アイラに俺の思いを伝えておこうと思った」

「それって──」

「うん」

「想いを伝えたからこうなったのでは?」

「ふっ……。それならそれでいいかもな」

「いいわけないでしょう! あんたは想いを伝えて満足かもしれないけど、残されるわたしは? 想いが一方的でもいいの? 受け入れられて返してほしいって」

「──思うけど、これは覆せない未来だから」

「そんなことない! わたしは師匠を守ってみせるから!」

「も……無理だよ」

「今回は無理だったけど、わたしは何度だってやり直す! 師匠とずっと笑って暮らせるように」

「あり……が、と。アイラ」

「……師匠?」

「──アイラ、約束して。俺の分まで生きてほしい」

「どうして」

「おまえは自分の力が分かってないようだが、おまえの気持ちひとつでこの世界が終わるか続くか決まるんだ」

「そんな馬鹿なこと」

「おまえは覚えていないかもしれないけれど、この世界は何度もやり直されている」

「……え?」

「俺の最期の命令だ。アイラ、おまえは俺の分まで生きろ。分かったな?」

「師匠? ちょっとふざけないでくださいよ」

「おまえの力を解放する。そうすれば俺の言っていた意味が分かるだろうから」


 そういってユリウスはアイラの肩口辺りに触れ、なにかを引っ張った。




「あ……ああ! 思い出した」





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