表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何度だって甦る~伝説のパラドックス~  作者: 倉永さな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/27

【五章】アイラの誓い

 王の元から辞したふたりは馬車に揺られて家へと戻った。


「ところで師匠」

「なんだ?」

「……あれ? 帰ったら言うと言ったのはさっき? それとも前?」

「なにをぶつぶつ言っている」

「あ、いえ。一人会議をしていただけです。それはともかく、今日の夕飯はどうしますか?」

「それが聞きたかったのか?」

「いやまあ、そういうことにしておいてください」

「……おまえ、なんか今日は妙だな?」

「気のせいですよ、気のせい。ちょっと夢見が悪くてですね、それをちょっと引きずってるだけです」

「ふーん? それで、今日の夕飯のことだったな」

「はい」

「前に食べた芋を潰して油であげたヤツ」

「コルッコですか。……なんだってまたそんな手間のかかるものを要望するのですか」

「俺は疲れたから少し寝たいからだ」

「わたしは休まなくていいということですか。素直に酔っぱらって眠いといえばいいのに」

「それもある。できたら起こせ」

「はぁい」


 ユリウスがいなくなり、アイラはほっとため息をついた。

 そして考える。

 ユリウスが注文してきたコルッコは……。


「前の時は作らなかったなあ」


 アイラは呟き、コルッコを作るために必要な材料を食糧庫から出してくることにした。

 食糧庫でかごに材料を入れながら思う。

 まず、朝ご飯の準備はアイラの記憶では三回・・作った。

 三回?

 確かに三回作った記憶がある。

 それならば、一回目の時はどうだった?

 ……記憶が薄ぼんやりとしかないけれど、その日は取り立てて特別なことがあったような記憶がない。どこかに出掛けたとか、だれかがきたなどという記憶に残るようなできごとはなかったと思う。

 だけどはっきり言えるのは、あの朝食を作るのは三回目だということだ。

 一回目は何事もなかった。それなのに二回目はユリウスは王から呼ばれたと言っていた。

 なにかおかしくないだろうか。


「ちょっと待って」

「待ってもいいが、喉が渇いたので飲み物がほしいのだが」

「うわあ! 寝てなかったのですかっ! しかもなんで気配なく近寄って来るのですかっ!」

「アイラと名前を呼んだんだが?」

「……考えごとをしていたんですよ」

「喉が渇いた」

「……分かりました。お水にしますか、果実のジュースにしますか?」

「酒を一瞬でなかったことにできる飲み物」

「ありません。……というか師匠」

「なんだ?」

「そんなに大量に飲みました?」

「いや……まあ、その、なんだ」

「えっ? ちょっと?」


 アイラの視界からユリウスが急にいなくなった。

 それはアイラにあの時・・・を思い起こさせた。

 アイラは錯乱して髪を振り乱しながらユリウスにとりすがった。


「やだっ! 死なないでください、師匠! わたし……! わたしっ」


 アイラをかばって斬られたユリウス。血が飛び散りアイラの視界が真っ赤になった。

 だけどユリウスに『俺の分まで生きろ』と言われたから、最期の命令・・・・・だと言われたから、アイラは律儀に守った。

 そのときは守ったけれど、アイラはユリウスの最期の命令を結局のところ、全うできなかった。

 だからあの時、もしもやり直せたら、と。

 ユリウスのいない世界はとても悲しい。ユリウスのいる時間に戻りたい。

 アイラは死ぬ間際にそう願った。

 やり直せたらユリウスに伝えようと思った言葉を思い出したのに、それを伝えられないまま、ユリウスはまた……。


「……ぐぅ」

「え?」


 今、ぐぅと聞こえたのはなんだろう? まさかと思い、アイラはユリウスをのぞき込んだ。


「…………」


 アイラはユリウスの顔を見て、脱力した。ただの酔っぱらいは幸せそうな顔をして寝ているだけだった。一瞬にして眠れるなんてうらやましい。……ではなくて。


「なんなのよっ!」


 アイラは立ち上がってユリウスを踏みつけた。

 あの時の悲しくてつらい記憶がよみがえってきて、後悔しないようにと思ったのにだまされた。


「酔っぱらいオヤジ! なによっ! 心配させて!」

「むにゃむにゃ。アイラ……おかわり」

「…………」


 アイラはユリウスをぐりぐりとさらに踏みつけ、全体重でぎゅっと踏みつけた。痛いはずなのにその顔には喜びの笑みが浮かんでいた。


「わが師匠ながらヘンタイすぎて怖いっ!」


 アイラは材料の入ったかごを抱え、目尻に浮かんだ涙を誤魔化すように拭いて、慌てて食糧庫から飛び出した。


 それから一心不乱にコルッコを作った。

 芋を蒸かしている間に中に混ぜる材料を切り、炒める。少し冷ましてから蒸気で柔らかくなった芋の皮をむく。このとき、とても熱いので火傷しないようにしなくてはならない。火傷をしたのがユリウスに見つかればとんでもないことになる。


「……あれ? とんでもないことになるってのはいつの記憶?」


 そうだ、これは前にコルッコを作ったときの記憶だ。

 蒸した芋の皮をむくときに軽く火傷をして、油で揚げるときにも火傷して、赤くなっていた指をユリウスに隠していたのに見つかって薬を大量に塗り込まれた上に包帯でぐるぐる巻きにされて……。


「なんで泣きそうな顔、していたのよ。痛かったのはわたしよ」


 アイラは思わずつぶやく。

 この記憶はずいぶんと前のものだからユリウスも覚えているはずだ。

 その後、やはり唐突にユリウスはコルッコをまた食べたいと言ってきたけれど、あの時の羞恥心を味わいたくなくて慎重に作るようになった。

 そういえばコルッコを食べたいというときは王に呼ばれた日が多かったような気がする。やはり今日のようにお酒を飲んだ日だった。


「飲んだら食べたくなる魔性の食べ物……ということ?」


 アイラはお酒を飲まないから分からないけれど、たまにだからいいということにしておく。

 ユリウスを食糧庫に置いてきたけれど、大丈夫。

 とはいえ、起きてきたときのためにすっきりする飲み物の準備をしておこう。


     +◇+◇+◇+


 アイラが夕飯の支度をほぼ終えたくらいでユリウスが起きてきた。


「俺……どうして食糧庫で寝ていたんだ?」

「覚えてないのですか?」

「覚えてない」

「…………」


 酔っぱらいとは恐ろしい。

 そして酔っぱらいとは、想像もつかないことをしでかすというのも分かった。


「いい匂いがしてきたから刺激された」

「そうですか。それでは、気付けにこちらをどうぞ」

「気付けって……」

「すっきりするように柑橘類を混ぜ合わせた飲み物です」

「おっ、ありがと」


 ユリウスはアイラから渡されたコップを受け取ると一気にあおった。ごくごくと音を立てて飲んでいるのを見て、アイラは安堵した。

 喉仏が動く様は男らしいと少しどきどきしたけれど、まだアイラの中にある気持ちは伝えなくてもいいようだ。

 ……後悔したくない、気持ちを伝えたいとは思ったけれど、生きて動いているユリウスを見ていると恥ずかしい気持ちが前面に出てくる。

 ──ユリウスが亡くなってからずっと後悔してきたけれど、この人を死なせなければ気持ちを伝えなくていい。

 だからアイラは全力でユリウスを生かさなければならない。

 死んでしまった、殺してしまったと生き延びて自責の念にずっと囚われていたくない。


「アイラ、美味かった」

「それならよかったです」

「おっ、揚げたてのコルッコ」

「分かりましたから、席についてください」

「いいじゃん、味見」

「よくありません!」

「なんだよ、けち」

「けちでもなんでもいいから、おとなしく待ってなさい」

「はーい」


 子どものようなユリウスを見て苦笑するけれど、そんなところもひっくるめて愛おしいと思う。

 とそこでアイラははたと気がついた。

 なんだってそんな恥ずかしいことを考えているのだろか、と。

 アイラは考えを追い払うように頭を振り、慌ててコルッコをお皿に盛った。


 ユリウスはコルッコをすごい勢いで食べていく。その様子を見て、アイラは思わず苦笑してしまう。

 アイラが作ったものを一生懸命に食べてくれる。そんな些細なことでもアイラにはうれしく感じた。

 それはきっと、悲しい結末を知っているから。

 だけど今はそのことを知っている。

 そしてアイラが望む限り、何度でもやり直せることを知ってしまった。

 アイラは誓う。

 この人を、ユリウスを絶対に守ると。

 たとえこの身が滅びようとも、アイラはずっとそばにいてユリウスを守る。

 それは王にお願いされたからではない。

 アイラを救ってくれたこの人に恩返しをしたいのだ。

 たとえ口と態度では反抗的な態度をとっていても、アイラは感謝しているのだ。

 居場所のなかったアイラにこの人はいてもいいと場所を提供してくれた。そればかりか大切にしてくれている。

 それならば、アイラもその場所を死守しなければならないのだ。

 これが何回目だっていい。

 アイラはアイラのために、ユリウスを守る。






 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ