【三章】記憶とは違う行動をしてみる
アイラのまぶたに朝日が降ってきたことにより目が覚めた。
……この展開、どこかで知っている。
いや、どこかで知っているどころかつい数時間前に同じ状況を体験した。
このすぐあと、ユリウスがアイラのことを叩き起こしに来るのだ。
「アイラっ! おまえはいつまで俺を待たせる気なんだ!」
ほら来た。
だからアイラは飛び起きて、扉を開けた。
「それで?」
「なんだ? 俺は腹が減っているんだ! 着替えなんてどーでもいいから今すぐ朝飯を作れ!」
「作りますけど、その前になにかわたしに言うことがあるのではないですか?」
「……え、と? なんだっけ?」
「城からわたしに対して招集がかかっているのでしょう?」
「いや……そうなんだが。アイラ? どうしておまえは知っているんだ?」
「わたしはなんでも知っているんですよ。それと師匠。王の部屋へは赴かない方が身のためですよ」
「……なんでそれまで知っているんだ?」
「行くとわたしたち、殺されますから」
「アイラ? どういうことだ?」
「どうでもいいですから、ご飯作りますよ。死ぬほどお腹が空いているのでしょう?」
「まあ、そうなんだが」
不思議がっているユリウスの横をすり抜け、アイラは台所へ向かって昨日の残りのスープと村で買って来たパンを切り分けて炙り、炒り卵に干し肉、果実のジュースを作る。
そういえばこの作業は三回目だ。
「師匠、ご飯できましたよ」
「……分かった」
いつもだとぶつぶつと文句を垂れるユリウスだが、アイラの言葉が気になっているようで上の空だ。
「それでは、本日もこうしてお腹を満たすことをできることに感謝して」
「感謝して」
「いただきます」
ユリウスは無言で干し肉を挟んだパンを口にしている。アイラも無言でパンを口に運んだ。
食事が済み、食器を洗い終わるとユリウスの赤い上衣と紫色の下衣を見てため息をつく。やはりこれは変わらないようだ。
「師匠、着替えを持ってきます」
「いや、これでいいだろう」
そこでアイラはふと思ったのだ。
アイラの記憶にある過去の行動を行わなければ未来はどう変わるのだろうか、と。だからアイラはあえて過去とは違う行動をとってみることにした。
「……目立ちますけど師匠のその派手な顔を思えば服はもうおまけみたいなものですよね」
「美男子だとかいい男っていうもんだろ」
「自分で美男子って恥ずかしくないですか」
「実際、俺の顔がいいのは間違ってないだろう」
「……その自信はどこからくるんですか」
「前から思っていたんだが」
「なんですか」
「アイラ……おまえ、男の趣味、悪すぎだろう」
「はあ?」
「この間はイコラ伯爵が素敵と言っていたよな」
「ああ、そうだ。イコラ伯爵と言えば、伯爵令嬢のヘルッタさまが卵を持ってきてくださったのでしょう?」
「ヘルッタ……?」
「ええ。長い金髪を綺麗に巻き髪にしていて、……何色のドレスか分かりませんけど」
「ピンク色のドレス」
「ピンクでしたか」
「で? だからおまえはどうして知っているんだ」
「それは秘密ですけど、イコラ伯爵は素敵ですよ。師匠みたいな下ネタ言ったり、暴言吐いたりしませんから」
「俺がいつ下ネタを言った?」
「暴言を吐いてる自覚があるんですね」
「暴言は認めよう。しかし、下ネタは言ってないぞ」
「いえ、言ってますよ。わたしの身体が樹木のようで魅力がないだとか、胸のある幼女が好きだとか」
「……それ、いつ言った?」
「あれ? いつですかねえ。もうちょっと後の話ですか?」
「おまえ、さっきからなんかおかしな話をしているがなにを知っている?」
「師匠、そんなににらみつけても種は明かされませんよ」
「……おまえはだれだ」
「だれって師匠に拾われた哀れな孤児であるアイラですよ」
「アイラ=エイドレイラード……か」
「そうですよ。ところで師匠。わたしも呼ばれているのなら、そろそろ着替えないとまずいかと思われますが」
「ああ、そうだな」
「それでは、着替えてきます」
ユリウスはアイラが部屋に戻るのを見送って、ため息を吐いた。
明らかになにかがおかしい。昨日まではいつもと変わらなかったというのに。
「なにが──あった?」
ユリウスの呟きはしかし、宙に消えた。
+◇+◇+◇+
アイラは髪をきっちりと結い上げ、たっぷりとした膝まである白い上衣とその下は黒い下衣を穿いて現れた。
「つまらん」
「別にいいじゃないですか」
「どうして紫の服にしないんだ? あれだといかにも魔女っ子なのに!」
「あのですね。わたしは膨大すぎて制御しきれないくらいの魔力はありますけど、あるだけですよ? 魔法使いやら魔術師と名乗れるのは、それらをきちんと制御して使える人のことをいうのです」
「大丈夫だ、俺が証明してやる」
「偽装しないでください」
「アイラ、おまえは充分に魔女だ」
「……うれしくないです」
「喜べ。このツンデレめっ」
「ツンデレってなんですか」
「ツンデレを知らないのか。ツンデレとは……おや、馬車がきた」
「誤魔化さないでください!」
「いや、誤魔化してない。……とりあえずだ。城には行くが、呼ばれている王の部屋には行かないということでいいんだな」
「はい」
「……となるとだ。どこに行けばよいんだ?」
「知りませんよ。師匠は王に呼ばれて城に行くときはどこでお会いになってるのです?」
「……王の部屋だが」
「謁見の間ではなく?」
「あそこは他国の来賓と会うための部屋であり、俺みたいな臣下が使っていいものではない」
「知りませんでした」
「おっし、馬車に乗るぞ」
「……とても狭くて嫌ですけど、仕方がないので乗ります」
「だからどうしてそれを知っている?」
「さあ? 新たな能力に目覚めたのかもしれませんねぇ」
「…………」
先にユリウスが乗り込み、馬車の中からアイラを見下ろすと、俯いていた。
「どうした?」
「……王の命令ですが、行きたくありません」
「なにを今更」
「だってこの先、痛いことが待っているんですよ? わたし、死んじゃうんですよ?」
「なにをぶつくさ言っている。ったく。四の五の言わないで乗れっ」
ユリウスは馬車から一度降りるとアイラの身体を担ぎ上げた。いきなりの出来事にアイラは悲鳴というよりは叫び声を上げた。
「うぎゃあっ」
「もう少しかわいらしい悲鳴を上げろ」
「無理ですってば!」
「手間をかけさせやがって。……乗ったから馬車を出してもらっていいぞ」
ユリウスの声に御者は無言でうなずき、馬車を走らせ始めた。
「よっと」
ユリウスは乗り込むと扉を閉め、アイラを抱えたまま座った。本来は一人用なのか、中は思っているよりも狭い。
「降ろしてください」
「降りるとはどこからだ? 馬車から降りるは無理だからな」
「馬車から降りるに決まっているじゃないですか」
「それならば無理だ」
「……では、師匠の上から降ろしてください」
「それも無理な注文だな」
「なに言ってるんですか。人のことを樹木みたいな体型と言っておきながら」
「だからそんなこと一言も言ってないだろう?」
「言いましたよ。わたしは聞きました」
「アイラ、真面目に聞く」
「嫌です。真面目な師匠なんて師匠じゃありません」
「……おまえな」
「だってこれから先、痛いことが待っているって分かってるのになんでいかないといけないんですか!」
「それだよ。王から招集がかかったのにどうして痛いことが待っていると言うんだ?」
「……痛かったんですよ。血がいっぱい出て、師匠が……嫌です! 降ろしてください!」
「おい、落ち着けって!」
「落ち着いていられません! わたし、降りますから! っ! なっ、なにをっ!」
「駄目だ。俺から離れるな」
「な……んでっ! どーしてそんな切なそうな瞳でわたしを見るんですか。やめてくださいよ」
「アイラ……」
「ちょっと待って! いやいや、待ってってば! なにこの今から愛の告白みたいな空気! やめてよ、キモい」
「おい、キモいってなんだ」
「師匠、わたしと師匠の歳の差、考えたことあります?」
「大丈夫だ、問題ない」
「大丈夫じゃないですって! わたしは師匠のこと、大嫌いですからね! やだやだ、やめてくださいって! うわあ、腰を掴むなんて卑怯です!」
「……なんだ、意外に細いんだな」
「うわああ、お尻を触るなあ! このエロ男!」
「なるほど」
「なにがなるほどですかぁ。あ……やめっ」
「……ちっ。ついたか」
「た……助かった……のか?」
「まあ、いい。時間はたっぷりある」
「最低だよこの人」
「なんとでも言えばいい」
ユリウスは結局、アイラを抱えたまま馬車から降りた。
「そこに通り抜けられる場所があるんですよね」
「……だからどうしてそれを知っているんだ」
「実は師匠に内緒にしていたのですけどね」
「なんだ」
「わたし、未来が見えるんですよ」
「……嘘だな」
「なんで嘘って分かったんですか」
「おまえとの付き合いがどれだけだと思っている」
「え……と。十年でしたっけ?」
「そうだ。今まで一度もそんなこと、言ったことがない」
「まあそうなんですけどね。……だけどまあ、なんでしょうか。どうして今までなにもなかったのにわたしたちというよりわたしが死なないといけないのでしょうかねえ」
「は? おまえは死んでないだろ」
「そのうち分かりますよ」