【二章】破壊→修復?
アイラの着替えが終わった瞬間に城からの迎えがやってきた。
アイラは着替えるだけが精一杯で化粧もできず、しかも髪もくしを通しただけという状態でユリウスに馬車に押し込まれた。
ユリウスが言ったようにお忍びでのお迎えということだけあり、馬車は小さくて大柄なユリウスと一緒に乗り込むととても狭く感じた。しかも隣り合わせ。
「……もうちょっとそっちに寄ってくれませんか」
「これでも寄っているんだが」
「狭いです。どーして師匠とこんなに密着しないといけないんですか」
「そう嫌うなよ」
「嫌いですよ、師匠なんて。いい加減ですし、口は悪いし」
「口が悪いのはおまえもだろうが」
「育ての親の師匠が悪いんですよ」
「……俺はおまえを育てた覚えはないなあ。俺が育てるのなら、胸がぼーんとあって、腰もきゅっと締まっていて、お尻もぷりんと」
「はいはい、幼女好きですか」
「幼女がそんな体型だったら色んな意味で困るだろうが! ……はあ。どーしてこんなになっちまったのかなあ」
「だからすべては師匠のせいです」
「…………」
アイラは反応のなくなったユリウスをちらりと横目で見た後、小さくため息を吐いて下を向いた。
急いで選んで着た服はユリウスの瞳と同じ紫色の薄い生地を何枚か重ねたワンピース。スカート丈は長くてくるぶしまで隠れるほど。袖も長くてしかもたっぷりと広い。残念な体型を隠すにはうってつけの衣装だとは思ったが、色の選択だけは間違ったなと思っていた。
「その服、やっぱり魔女っぽくていいじゃないか」
「……あのですね」
「髪もいつものように上げてない方がますますぽくっていいぜ?」
「師匠に褒められてもまったくうれしくないです」
「せっかく褒めてやってるのに、たまにはデレろ」
「無理無理無理無理。師匠にデレてもいいことないし」
「……ぽいっと捨てられるのならそこらに投げるんだがなあ。おまえ捨てたら世界が滅びるからな」
「わたしにはそんな力、ないですよ」
「……自覚のないヤツはこれだから困る」
「だってですよ? 確かに師匠に会うまではやたらめったら器物破損で怒られてましたけど」
「……どんだけ暴れん坊なんだ」
「いやまあ、村の教会は片手で数えられないくらい跡形なく破壊しましたけど」
「俺がおまえを迎えに行ったときは教会でだったよな?」
「ええ、そうですよ?」
「おまえのいた村ってそんなにたくさんの教会があったのか?」
「いえ、あのひとつだけですよ」
「……は?」
「確かにわたし、あの教会をかなりの回数、壊しました。目撃者は村人全員になりますかね?」
「三人くらいか?」
「いえ、そんなまさか。確かに田舎で小さな村でしたけど、数百人単位でいたと思いますよ」
「……まあ、いい。俺が聞いたのは『破壊されたはずなのに次の日にはなにごともなかったかのように直っている。そんな力を持っている少女を保護しろ』だったんだが……事実、なのか?」
「そうですよ」
「……今までそんなこと、ないよな?」
「ないですねえ。でもまあ、真相は師匠が壊れてみたら分かりますよ」
「おま……」
そんな会話をしていたら、あっという間に城へついたようで馬車が止まり、降ろされた。ふたりを降ろした馬車は去っていった。
「師匠、ここはどこですか?」
アイラは首を巡らせてぐるりと辺りを見回した。
右を見ても左を見ても灰色の壁がずっと続いているだけ。城に呼ばれたというのは嘘だったのだろうか。
「ここは城の裏口。……といっても城も広いし正門以外はすべて裏口といえばそうなのだが、ここは王族と許された者にしか使うことのできない裏口だ」
「師匠、裏口といっても口なんてないじゃないですか」
「あるだろ、目の前に」
「……壁しか見えませんけど」
「魔力の無駄持ちだな、まったく」
「それは師匠が一番よくご存知ですよね」
「いやまあ、そうなんだが」
「だってほら、どう見たって……ひゃあっ」
アイラはここも壁だと言い張るために灰色の壁に手をついた……と思ったのだが、予想外にするりと通り抜け、身体がずるりと壁の中へと転がり込んでしまった。それを見てユリウスは慌てた。
「アイラっ! ……遅かったか」
諦めのため息をつくとユリウスは壁に向かって歩みをすすめた。
そう、確かにそこには壁があるはずなのだ。だけどそれはまるでないかのようにユリウスの身体は中へと入り込んだ。
「ったぁ」
壁の向こう側へとたどり着くと、そこでは盛大に転けてうつぶせになって地面に倒れているアイラがいた。裾の長い服を着ていたから幸いだったが、それでも裾が捲り上がって膝裏が見えている状態だ。
「まったくもって世話の焼ける弟子だ」
「こういう罠があるのなら前もって教えてくださいよ、師匠!」
「いやまあ……なんだ。普通ならば通り抜けられないんだが、おまえは規格外だから考慮している訳ないし、この仕掛けは俺が作ったから俺自身が通れるのは当たり前なんだが」
「……こういう嫌らしい魔法は確かに師匠の得意中の得意でしたね。納得しました」
「おい」
「ええ、師匠がおっしゃるようにわたしは無駄に魔力だけ膨大に持ってますからね」
「分かったのならもうちっと真面目に修行しろ」
「いやぁ、師匠が師匠だから無理じゃないですか?」
「失礼にもほどがあるという言葉を知っているか?」
「これくらいは師匠相手なら失礼にならないじゃないですか」
「…………。もういい、分かった。ほら、立て。行くぞ」
「痛くて立てません」
「……そういいながら立つとは、ほんとにおまえは矛盾をはらんだ存在だな」
「どうとでも言えばいいじゃないですか」
「でたらめだな」
「なんでもいいですから行きましょう。痛いけど我慢してあげますから」
「ほんっとおまえは……。まあ、いい。行くぞ」
「はい」
アイラは痛いと思いつつ、ユリウスの後ろについて行くことにした。
+◇+◇+◇+
ユリウスはここから王宮内にいつも入っているということで道は知っているようだった。アイラは素直にユリウスの後ろについて行く。
「師匠、痛いです」
「我慢しろ」
「できません。おんぶしてください」
アイラのその言葉にユリウスは立ち止まり、振り返った。アイラはとっさに止まることができず、どてっとユリウスに真正面からぶつかった。
「っと」
「突然、立ち止まらないでください。わたしが鈍いのは知ってるでしょ。しかもどさくさに紛れて抱きしめないでください、うっとうしい。……師匠?」
「あああ、俺が十年前にアイラちゃんを迎えに行ったときは碧い瞳に涙をためて泣かないようにぐっと我慢して俺のことを見上げてくれていたのに。俺が一緒に行こうと手を差し出したら駆け寄ってきて抱きついてきてくれたっ! あのころはほんと、かわいかったのになあ」
「……昔を懐かしむようになったらおっさんって知ってましたか師匠」
「おまえな。……育て方を間違ったのか。ああ、時を巻き戻すことができればなあ」
「……そんなの、いいことないですよ」
「妙に実感がこもってるな」
「気のせいです」
「おまえは口を開かなければ美少女なのに、どうしてこんなにも残念に育ってしまったのか」
「師匠の育て方が間違っていたんですよ」
「やはりそうか」
「師匠は一生、独身でいた方が世のためですよ」
「…………」
「ああ、師匠は男好きなんですよね。子どもができる心配はないですね」
「……だから違うと」
「それならば、女性の一人や二人とお付き合いなさい」
「そうなったらおまえはどうするんだ」
「出て行くに決まってるではないですか。愛するふたりを邪魔するなんて、とんでもない」
「分かった。彼女はいらない」
「なんですかそれ、わたしに対して当てこすりですか」
「そうだな。おまえこそ、だれか作れば?」
「嫌ですね。そんな嫉妬にまみれた視線でそんなこと言わないでくださいよ」
「嫉妬なんて。なななな、なんでおまえに」
「大丈夫ですよ、師匠。別に師匠の恋人(男)は取りませんから」
「いや、だからだな」
「それよりも師匠、いい加減にわたしを解放してくれませんか」
「さっき転けたのが痛いのだろう?」
「痛いですけど抱きしめてほしいとは言ってませんから」
「俺が抱きしめたくて」
「場所と時を考えてください、師匠」
「……だっておうちに帰ったら逃げるじゃないか」
「師匠、どこかで頭でもぶつけましたか? それとも、欲求不満ですか?」
「…………」
「お忙しい王をお待たせしてるのですから急いでください」
「……気が進まないんだが」
「それなら、わたし一人で行ってきます」
「え……道が分かるのか?」
「分かりませんよ。分かりませんけど城を壊せば」
「わーっ! ちょっと待て!」
「大丈夫ですよ、すぐに戻りますから」
「そういう問題ではなくて」
「なら、案内してください」
「すごい脅迫だ」
そう言うとユリウスはひょいっとアイラの身体を肩に担ぎ上げた。
「うわっ! なんてことをするのですかっ!」
「ああ、すまなかった。こうした方が良かったか」
そういうとアイラの身体を一度、床に降ろしたかと思うと今度は膝裏に腕を差し込み、持ち上げた。
「うわあ、なんて恥ずかしい恰好を!」
「いいから大人しくしておけ。ほら、俺の首に腕を回して」
「嫌です」
「なんでだ」
「わたしは師匠が嫌いなんですよ? なのになんでこんなに密着しないといけないのですか」
「それなら問題ない。俺はアイラのこと、好きだぞ?」
「…………。そうですよね。わたしがいないと師匠はなにひとつできませんからね。嫌いというわたしを縛り付けて喜んでいるなんて、加虐性愛ですか」
「なんとでも言えばいい」
「幼女が好きで加虐趣味なんて、わが師匠ながら嘆かわしい」
「…………」
「反論なしですか」
「アイラ。はっきり言っておく」
「なんですか」
「……やっぱりいい」
「言いかけて言わないなんて、気持ちが悪いですね」
「帰ったら言う」
「もったいぶりますね」
「……話したくても王の部屋についた」
ユリウスは足を止め、抱えていたアイラを降ろした。それからおもむろに扉を叩いて中に入ろうとしたのだが。
「────!」
殺気を感じて振り返ったときにはすでに遅く。
「アイラ、危ない!」
「駄目です、師匠! わたしはあなたを死なせない──!」




