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何度だって甦る~伝説のパラドックス~  作者: 倉永さな


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【二十一章】変わったのは

 たくさん寝たからか、今日はいつもより元気なような気がする。

 アイラはユリウスに起こされる前に目を覚まして──違和感に首を傾げた。

 妙に馴染む感じがあるのにいつもと違う。それがなにか最初分からなくて悩み、周りを見回してから気がついた。

 ここは自室ではなくユリウスの部屋だ。

 敷布の硬さ、掛け布団の重さと暖かみはすっかり馴染んでしまっているけれど、自分の部屋とは違う匂い。それがユリウスとすれ違ったときにふと香る匂いと同じことに気がつき──思いっきり真っ赤になった。

 妙に生々しい。

 恥ずかしくて握りしめていた掛け布団に顔を埋めたらますますユリウスの香りが強くなり、慌てて放り投げて布団から飛び出した。

 部屋の真ん中に立ち、下衣を握りしめる。

 そして着ているのは昨日、王のところに赴くために着ていたよそ行きの服で、しわくちゃになっていた。

 脱がされて着替えさせられていたらそれはそれで困るが、今のこの状況も困る。それならどうすればよかったんだよ! とユリウスは言いそうだが、せめて着替えるように促すなどしてくれればと勝手なことを思う。

 アイラはせめてでもと服の裾を引っ張って今更ながら伸ばし、直らないしわを見て、ため息を吐いた。

 ……身体が無事だったからよかったということにしよう。

 死んでしまえばどんなに美しい服でも必要なくなってしまうのだ。それならばしわくちゃになってはしまったけれど、これから先もまだ着ることがあるであろうことを思えば、しわのひとつやふたつ。と割り切らなければやりきれない。

 そうしてアイラは肝心なことに気がついた。

 部屋の主はどこにいるのだろうか。

 それほど広くない部屋なので、ぐるりと見回せばここにユリウスがいないのはすぐ分かる。アイラがユリウスの寝台を占拠していたのだからユリウスは別の場所で寝たのだろう。

 ──別に一緒に寝てくれてもよかったのに。

 なんてことがよぎった後、アイラはぶんぶんと頭を振って否定した。

 いやいやいや、そんなのだめ! なんてことを!

 それは今更な気がするけれど、まあ要するにアイラは動揺していたのだ。

 部屋の真ん中で下衣を握りしめて突っ立ったまま、アイラは天井を見上げた。

 まず、部屋を出てユリウスを探そう。

 ……いや、その前に着替えが先ではないだろうか。

 いやいや、やっぱりユリウスを探すのが先。

 あ、それよりもご飯。


「──ご飯!」


 そうだ。

 昨日、一度、目が覚めた時にユリウスはパン粥を作ってくると言ってくれたのに、アイラはそのまま寝てしまった。

 久しぶりにユリウスの作ったパン粥が食べたかった……。

 ではなくて!


「え……と、まず……」

「アイラ、起きたか?」


 扉の向こうからそう声がかかり、アイラが返事をする前に開いた。


「あ……師匠」

「お、珍しく起きてる。体調はどうだ?」

「え……と、その。なんだか色々とご迷惑を……その」

「無事ならよかった」

「はい……。ありがとうございました」

「なにかお礼をくれないか」

「はいっ?」

「ほっぺにちゅーでもいいんだぜ?」

「……おっさん」

「ああ、アイラに比べればおっさんだ!」

「見た目はおっさんではないのに、中身が残念なくらいおっさんですよね」

「おっさんで結構! アイラがご褒美くれないのなら、俺からもらいに行く」

「え……ええっ」


 アイラが焦っている間にユリウスは室内に大股で入ってきたかと思ったら肩をつかまれた。

 なにをされるのかと焦っていると、ユリウスの顔が近づいて来て……。


「!」

「あー、アイラの頬、柔らかくて温かくて気持ちがいいな」


 ユリウスはなにを思ったのか、自分の頬をアイラの頬に擦りつけてきた。

 二・三度、すりすりとされ、ふっと離れていった。


「よっし! アイラ、パン粥できてるぞ」

「え……と、はい。食べます」

「ここで食べるか? 台所まで行く元気はあるか?」

「台所で食べます」

「そっか。歩いて行けるか? なんならお姫さま抱っこで連れて行くぞ」

「なんですか、それ。師匠、いつからそんな激甘になったのですか」

「前からだ」


 やはり頭をぶつけたとしか思えない。

 アイラはそう思うことでユリウスの甘い攻撃を避けることにした。

 付き合っていたらあまりの甘さに胃もたれしそうだった。


 アイラは台所に行くために足を一歩踏み出して──今まで立っていたにもかかわらず、力が入らなくて腰が砕けた。それを見て、ユリウスが抱きとめてくれた。

 ユリウスのぬくもりにどきっとしたが、それよりも自分の身体の異変にアイラは気を取られていた。


「わ……なんですか、これ」

「あー、魔術の使いすぎのせいだな」

「今まで時が戻ってもこんなことなかったです」

「それは今まではアイラひとりだけだったからだろ。今回は俺も乗っかっていた。しかも俺たちを防御しつつ、馬鹿王子に反撃して、時を戻した。少なくとも俺が分かる範囲で三つの魔術を同時に使った。しかもひとつはとてつもなく魔力を消費するヤツだ。それで寝込んだのが二日・・で済んでいるのなら上出来だ」

「え……二日?」

「そう。戻ってきて二日経ってる」

「あれ……。あ、昨日、王に呼ばれて」

「いたな。断ったよ」

「断って大丈夫なことなのでしょうか」

「大丈夫もなにも、呼ばれたアイラが寝込んでいるのにどうしろと?」

「……そう、ですね」

「アイラがいつ、目が覚めるか分からないから体調が戻り次第、連絡を入れるとは伝えてある」

「すみません」

「俺に謝るのではなくて、王に謝れ」

「……はい、そうですね」

「まあ、そんなわけでアイラはここに寝ていたから、俺はアイラの部屋を借りて寝てた」

「あ、はい」

「さて、と」

「ぎゃわっ!」

「もうちょっとかわいらしい声を上げられないのか」

「いえっ、い、いきなり身体が宙に浮いたからっ」

「ああ、済まなかった」

「しかも、顔が近い! ぎゃああ!」

「失礼だな。暴れるな。落ちたくないのなら首に腕を回せ」

「……そうするとますます顔が近くなります」

「顔が近くなってなにか不都合でもあるのか?」

「え……いえ。…………」

「素直でよろしい。じゃあ、台所に行くぞ」

「はい」


 ユリウスに横抱きにされ、アイラは落ちないようにと首に腕を回してかなり密着した状態で部屋を出た。

 膝抱きされたり、一緒の布団に寝たり、抱きつかれたりしたことはあるけれど、これはかなり恥ずかしい。恥ずかしすぎてどこを見ればいいのか分からなくて、真っ赤になって目を閉じていた。


     +◇+◇+◇+


 思うように体力が回復しない。

 そのことがもどかしいと思うけれど、こればかりはどうすることもできない。それでも少しずつ元に戻ってきていることは実感できていたので焦る気持ちをどうやって落ち着かせるのかが問題だった。

 ユリウスが甲斐甲斐しくアイラの世話を焼いているのを見て、とても申し訳なく思うと同時になにかたくらんでいるような気もして、怖い。

 時を戻した日にユリウスはアイラに求婚してきたけれど、あれ以来、ユリウスからはなにも言ってこない。

 今のこの弱った状態に同じように結婚してほしいなんて情熱的に言われたら、流されて『はい』と返事をしてしまいそうで怖かったからありがたかったけれど、肩すかしを食らったというか、淋しい気持ちもある。

 だけどユリウスはずっと側にいてくれる。

 これはユリウスの作戦だろうとは思うけれど、アイラはユリウスがそばにいてくれるだけで嬉しいので黙っていることにした。

 そしてさすがに月が五回ほど昇ればほぼ元通りになるもので、以前と変わらない生活がようやく戻ってきた。


「明日にでも王のところに行って、帰りに教会に寄ろうと思うが、体調はどうだ?」

「大丈夫だと思いますけど、村か教会で一泊させてもらえると助かります」

「そうだな。その予定でいよう」


 ユリウスは魔術で王とヘルガのところへ明日、訪問するということを伝えた。ヘルガにはアイラの体調を考えて一泊したいというのも合わせて伝えることを忘れなかった。

 そして迎えた次の日。

 朝食を食べてすぐに馬車が迎えに来て、ふたりは乗り込むと王の下へと向かった。

 予想通り、なにごとも起こらず。

 しかし確実に変化はあった。


「今日、呼んだのはふたりに相談があったからなんだが」

「相談……ですか?」


 アイラとユリウスは思わず顔を見合わせた。

 その様子を見て、王はにやりと一瞬だけ笑みを浮かべたのだが、ふたりは気がついていない。王は咳払いをして、しかつめらしい顔をして口を開いた。


「第一王女・・のことについてだ」

「だ……第一王女、ですか」


 あれ? 王には第一王子がいたはずでは? と思い、確認のためにアイラは呟く。


「第一王子は?」

「ああ、確かにルース・・・は勇ましくて男っぽいが、れっきとした王女だよ。まあ、その勇ましさを揶揄して王子と呼ぶものが影でいるのは知っているが」

「そ、そうですか……ははは」


 アイラは乾いた笑いで誤魔化してみた。


「ルースは男勝りなところもさるところながら、かなり下半身が緩くてなあ」

「……はぁ」

「残念ながらわしにはルースしかおらぬゆえ、国内でも国外でも構わぬのだが、婿を迎えなければならぬ」

「ルースさまならいくらでもお相手がいらっしゃるでしょう」

「まあ、そうではあるのだが。ルースに王位を継承するのも色々と問題があるのだよ」

「と申しますと?」

「恥ずかしい話、あいつは色事にしか興味がない。周りに群がっている男どももルースの地位しか見ておらん」

「王が目にかけていらっしゃるどなたかと形だけでも婚姻させるというのは」

「それも考えたのだが……。今現在、ルースは百人近い男を囲っておる」

「ひゃ……百人、ですか」


 女になってもそこは変わらないのかと思わずふたりは呆れてしまう。


「わしはもう、どうすればよいのか分からん」

「王の権限でその男性たちにお暇を出し、強制的に婿を迎え入れればいいんじゃないか」

「師匠、それって横暴ではないですか」

「まあ、女だからあちこちの女に種を蒔きまくってことはできないが、早いところどうにかしないと父親が分からない子どもが生まれるぞ。手遅れかもしれないが」

「…………」

「それにそのよく分からない男たちのせいで国が傾くぞ」

「ううむ。そうしよう」

「ところで王」

「なんだ」

「王には第一王妃と第二王妃がいらっしゃるが、王女が複数の男性と結婚ということはできるのか?」

「できないことはないが……いろいろと条件がつく」

「条件ついてもそんな王女なら一人だけだとまたとんでもないことをやらかすだろ。複数、宛がってみたらどうだ」

「師匠……っ」

「よーするに男に甘やかされたいだけだろ、それ。今、囲っている男は全部切って、王が身元が確かで国のことを思ってくれる野心あふれる男を数人ほど選別して、王女の婿にすればいいだろ」

「そんなのでいいのでしょうか」

「それは王がどうにかする」

「……やはりそれしか道はないか」

「まあ、本当はひとりを選んでというのがいいのだろうけど、それ、無理そうだから妥協案だって言ってやれ」

「ふむ……」

「んじゃ、俺たちこれから寄るところがあるから、今日はこのくらいで帰るな」

「うむ」

「それでは、失礼いたします」


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