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何度だって甦る~伝説のパラドックス~  作者: 倉永さな


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【十八章】帰路

 ヘルガは真面目な表情でアイラの顔をじっと見た。


「わたしに……とは、わたしの両親について、ですか?」

「おまえの両親についてと言ってやりたいところなのだが、本当に分からないのだよ。朝、祈りを捧げるために堂へと行くと、時の女神の像の下にカゴが置かれていて、そこにアイラが入っていた。とても上等なおくるみと『アイラ=エイドレイラード』とだけ書かれた紙があっただけだ」

「……そう、ですか」

「もちろん、アイラの両親を探すために手がかりになるものがあればと村の者に聞いたりしたのだが、だれ一人、情報を持っていなかった」

「一つ聞きたいのだが」


 ユリウスはヘルガに視線を向け、口を開いた。


「教会にはアイラのように子どもが置き去りにされることがあるようだが、そんなに簡単にここには入ってこられて、だれにも気がつかれないように置いていけるものなのか」


 ユリウスは前から疑問に思っていたことを聞いたのだが、ヘルガは首を振った。


「教会に来るまでの道になにか仕掛けをしているだろう?」

「ああ、分かりましたか」

「分かるもなにも、バレバレだろう」

「え……? そんなものがあったのですか」

「気がついてなかったのか」

「はい」

「教会へ至る道は一本しかない。しかも村の中心部を通らないとその道に入れない。さらにはだれかが通ると反応する魔術まで仕掛けられていた」

「昔は別の道もあったのですが、あまりにも親の身勝手さに振り回される理不尽な子どもが多くて、仕方がなく仕掛けたものです。育てる意志のない人たちに育てられる子どもの不幸も知っているので教会に預けると来た人たちを無碍にはしませんが、身元も正体も分からないというのは子どもにとって悲しいことですからね」

「要するに『捨てられる』子どもをなくし、『預けられる』子どもにするための仕掛けだと」

「そういうことです」

「この仕掛けはいつから?」

「もうずいぶんと昔からです。それこそ百年くらい前からだと思いますが。もしかしたらもっと古いかもしれない」

「ということは、アイラが教会に置かれていた時はその仕掛けは」

「ありました。もちろん、問題なく動いていました」

「その仕掛けをかいくぐることは?」

「可能か不可能かといいますと、かなり低い確率ですが可能です。しかし、赤ん坊の入ったカゴを抱えてそれをするとなると逆に目立ちますし、不自然です」

「……あり得ないということか」

「はい。本来ならば、ですが」


 ヘルガの話を聞き、ユリウスはうーむと唸った。


「ですから、ここにいる子どもたちの身元はすべて私は把握しているのです」

「だけどアイラだけは例外だと?」

「……残念ながらそうなります」

「ここに来れば少しでもなにか手がかりがあるかと思ったが、なにもなし、か」


 ヘルガから話を聞き、どっと疲れを感じた。


「まあ、それも一つの情報か。じゃあ、帰るか」

「ユリウス殿、まだアイラに伝えようとしたことを言っていないぞ」

「え……あ?」


 ヘルガは再度、アイラを見上げた。


「とまあ、両親の情報は残念ながらなにもないのだが、おまえたちが来る前に旅装束の女性が来たと話しただろう?」

「え……ええ。わたしたちが教会に来ると言ったという人ですか」

「あの時、詳しく言わなかったが……。その女性はアイラ、おまえにそっくりだった」

「わたしに……ですか?」

「白い髪に赤い瞳をしていた。ちょうど今のアイラの色違いというとおかしいかな」

「ああ……。実はアイラ、俺もたぶん同じ人物に会っている」

「えっ?」

「今日はなにもしないなんて意味深なことを口にして去って行った。追いかけようとしたが、すぐに見失った」

「ど……して、師匠。すぐに」

「すぐに言っても良かったが、アイラはまつりを楽しんでいたし、見失ってしまったからな。おまえに言えば絶対にすぐに探すというと思ったから、わざと黙っていた」

「ひどい!」

「悪かったとは思っているが、あの様子だと、また向こうから接触してくる」

「どうしてそう言い切れるのですか!」

「現にヘルガのところに現れているだろう?」

「あ……」

「その女性はユリウス殿と話をしたと言っていた」

「ほら、な」

「…………」

「俺たちはその女性が何者か知らないけれど、向こうは俺たちのこと、気持ちが悪いくらい把握してるんだろうな」

「推測でしかないけれど、その女性とアイラとは血の繋がりがあるのかもしれない」

「それでは、その女性を見つければ両親が分かる……と?」

「まあ、そうだが。アイラ、おまえは両親を見つけたいのか? 会いたいと思うか?」

「え……」

「おまえと俺は事情は違うが、俺も両親に捨てられたようなものだ。魔術学校に無理矢理入れられて以来、会ってない」

「師匠のご両親は、ご健在ですか?」

「たぶんな。嫌ってほどぴんぴんしてるだろう」

「……そう、ですか。わたしは……分かりません。会いたいのか、会いたくないのか。でも、生死の確認だけはしたいのです。あとは……」

「アイラを捨てた理由を知りたいと?」

「ユリウス殿!」

「言い過ぎか? だけどだ、アイラの両親はどんな事情があったのか知らないが、アイラを手放した。そこは間違ってないだろう」

「……はい」

「俺は別にアイラが何者でもいいと思っている。アイラは俺の側にいる。それだけでいいじゃないか」

「でも」

「自分が何者か分からないと不安か?」

「……そうです」

「ま、そのうちまた、あいつが現れるさ。待っていればいい」

「……そうします」

「じゃあ、部屋の準備もそろそろできている頃だよな? 俺は眠い。とっとと着替えて寝たい」

「それでは、案内いたしましょう」

「おう、よろしく」


     +◇+◇+◇+


 屋根裏といっていたから狭いのかと思っていたら、思っていたより広かった。しかも物置になっているのかと思っていたがなにもなく、だだっ広い空間。

 とはいえ寝台はなかったので用意してもらった布団を部屋と部屋の端に床に直に敷き、寝た。

 そして日が昇ってくると朝日が差し込み、まぶしさで目が覚めた。

 ユリウスはまだ眠いと感じながら、状況を思い出して飛び起きた。部屋の反対側を見ると、そちらには日が差し込んでいないからなのか、アイラはまだぐっすりと眠っているようだった。

 まったくもっていい気なものだと思いつつ、ユリウスは身体を伸ばし、凝り固まった身体を軽く動かすとアイラを起こさないように屋根裏から降りた。

 梯子を降りるとすでに教会内は動き始めていたようだった。人が動いている気配がする。

 朝食も準備をすると言われていたのでユリウスは顔を洗い、ヘルガに昨日、教えてもらった食堂へと向かおうとしたところ、アイラも降りてきた。


「おはよう」

「おはようございます、師匠。相変わらず早いですね。やはり歳……」

「おいっ」

「え、いえ? なんでもありませんよ」

「……おまえな」

「お腹が空きましたね」

「そうだな」

「食べに行きましょう」


 アイラの先導で食堂へ向かうと、すでに何人もの人がいた。室内を見渡したが、ヘルガはいないようだった。朝の祈りとやらをしているのかもしれない。

 朝食も皿に好きなものを取って食べる形のようだ。アイラとユリウスはそれぞれ皿を手に取り、好きなものを盛りつけて用意されている席に座って朝食を食べた。


「なかなか美味しいな」

「はい、そうですね」


 ふたりが食べ終わった頃、集団が食堂に入ってきたのが目に見えた。先頭にヘルガがいるところを見ると、朝の祈りが終わったところなのだろう。

 ユリウスとアイラは食器を片付けると、ヘルガへ近寄った。


「教会長、おはようございます」

「ああ、おはよう。早いね。よく眠れたかい」

「はい、おかげさまで」

「世話になったな。朝食までごちそうになった」

「いや、これくらいなんてことはない。むしろ、私たちはおまえたちに助けられた」

「まあ……来年はこんなことがないといいな」

「まったくですな」

「それじゃあ、俺たちはこのまま帰るな」

「そうですか。大変お世話になりました。ユリウス殿、あなたはもう立派にこの村の者ですから、いつでも来るとよい」

「……ありがと。感謝する」

「アイラも遠慮せずに教会に来なさい」

「……はい。また師匠と来ます」


 ふたりは挨拶をすると食堂を出て、そのまま教会の堂へと向かった。

 朝のお祈りが終わった堂はだれもいなくてがらんとしていた。


「わたし……あの時の女神像の下にいたのですね」

「……みたいだな」

「近寄って見てもよいですか」

「ああ」


 ふたりは無言で近寄り、じっと時の女神像を見つめた。

 この像はあの壁画を元に作られたのか、腰のあたりまで伸びる真っ直ぐの髪をしていた。


「こうやって見ると、ちょっとアイラに似ているな」

「え……? 似てないですよ」

「似てるよな。特に胸が淋しいあたり」

「っ!」

「まあ、時の女神であって、豊穣の女神ではないからこういう体型なのかもな」

「……やはり男性は豊穣の女神みたいな豊満な胸が好きなのですか」

「どっちでも?」

「否定はしないのですね」

「あってもなくてもいい」

「……そうですか」


 アイラはじっと時の女神像を見上げていたが、ひとつ大きくうなずくと視線を外した。


「帰りましょう」

「そうだな」


 ふたりは時の女神像を背にして、教会から出た。


「そういえば師匠、仕掛けがあると言ってましたけど、どれのことですか?」

「んー。たとえばだが、まず、さっきの時の女神像の目」

「……目?」

「あの像、うつむき加減だったが、たぶんあそこの下に子どもが置かれることが多いのだろう。置かれたらすぐに分かるようになっているようだな」

「へぇ」

「後は今からくぐるが教会に入るための扉。ここも開くと……ほら、かちっと光っただろう?」

「あ……ほんとだ」

「そしてこの先。教会と村を結ぶ道。時の女神像や木が配置されているが、ここにも仕掛けが施されている。この木なんて分かりやすいな」

「この赤い石がそうなのですか」

「みたいだな。なるほど、魔石を埋め込んでいるから半永久的に稼働するのか」

「すごいですね、これ」

「この石の横を通ると、ほら、反応するだろう?」

「一瞬、ちかっと光りました」

「あーなるほど。それで俺がアイラを迎えに行った時、あいつらは待ち構えていたのか」

「え……そうなのですか?」

「ああ。前もって迎えに行くなんて言ってなかったんだけど、言ったらすでに旅支度が整っているアイラとヘルガがいたんだ」

「そういえば……。引き取り手が来るから用意しておきなさいと言われました」


 そのままふたりは無言で村の中心部へと出て、朝靄が煙っていると言ってもよいまだ人がいない村を横切って入口まで戻り、村を出た。

 村を出て、ユリウスは一度、振り返った。

 ユリウスの実家はこのクロヴァーラ国にはなく、隣国にある。膨大な魔力を制御できないユリウスに手を焼いた両親は国立の魔術師養成の学校にユリウスを押し込んだ。そしてそこでユリウスは魔術の制御の仕方、魔術の使い方を教え込まれ、一歩間違えば意志を奪われて生きる兵器にさせられそうなところを間一髪で逃れ、比較的自由なクロヴァーラ国へ逃げてきた。

 クロヴァーラ国は自由だったけれど、身分を証明できない者には冷たかった。

 そんなユリウスが生きていける道はただ一つだった。身分を問わないが危険を伴うという仕事を斡旋する場所から仕事をもらい、金を貯めた。

 仕事をこなしていくうちに実力を認められ、より危険だが報酬がよい仕事を回してもらえるようになった。

 そして引き受けたとある仕事の途中でたまたま王を助けることになったのだ。

 それっきりだと思っていたのに──。

 王も物好きなもので、ユリウスを探り当て、指名してきたのだ。しかも断るとこの斡旋所をなくすと脅され……。

 斡旋所とはいえ、ここは国から認められておらず黙認されているという場所だ。ユリウスはお世話になったここを自分のせいで潰されるのは遺憾に思ったため、王の要求を飲み込んだのだ。

 王の下へ赴くと、信頼できる宮廷魔術師がいないからなるようにと言われ……。

 ユリウスはさすがにそれは色々とマズイと思い、身の上をきちんと話した上で断ったのだ。

 ユリウスは元々、この国の人間ではないこと。しかも隣国の国立魔術養成学校から逃げてきたこと。さらにはこの力のせいで兵器にさせられそうだったこと。

 すべてを告白したのに。それを把握しておきながら『問題ない』と言い、強引に宮廷魔術師とさせられたのだ。

 そういったもろもろの事情のあるユリウスゆえに王宮に毎日出入りするのはためらわれたため、城下町から離れた場所に居を構えさせてもらい、用事があるときだけ呼び出してもらうという形にしたのだ。

 後はクロヴァーラ国は平和ゆえに宮廷魔術師の出番があまりないというのもある。

 ようやく安心して生活できる場所を得ることができたユリウスは、しばらくのんびりと過ごしていた。

 そして十年前。王にいつものごとく唐突に呼び出され、アイラを引き取って育てるようにと言われたのだ。

 その時はそれほど興味がなくて詳しい事情は聞かなかったが、もしかしてアイラは王と血が繋がっているのかと思う節があって聞いたことがあるのだが、違うと否定された。

 ユリウスに嘘をついたところでばれるということは王は知っているから、それは真実なのだろう。ただ、なにかしらの事情は知っているようではあったのだが、そこまで追求はしなかった。

 王はもしかしたらすべてを把握していて、ユリウスを強引に宮廷魔術師という地位につけたのかもしれない。あるいは──。

 そこまで考えてユリウスは息を吐いた。

 王を動かせる人物というのを考えて、あまりの突拍子のなさにありえないと呆れてしまった。

 神や女神が本当に存在しているのなら、ユリウスやアイラ、そしてあの教会の子たちのように不幸な子どもがいること自体、おかしいのだ。

 だからユリウスは神も女神も信じていなかった。

 いるわけない。

 本当にいるのなら、どうしてユリウスの願いは聞いてもらえなかったのか。

 こんな力、要らなかった。ユリウスは普通に両親の元にいられたら良かったのだ。

 柄になく昔のことを思い出して恨み言がわき上がってきたが、恨んだところでもう過去は変えられない。

 忘れるのが一番いいのだ。

 そして自分が望む『普通の暮らし』を送るのだ。


「アイラ、今日の夕飯は野菜のスープがいいな」

「え? そんな簡単なものでいいのですか」

「ああ、いい。なんか疲れたからか、野菜をたくさん食べたい」

「分かりました。それなら野菜の煮物も作りますね」

「おう、任せた」


 一日ほど日常から離れていたからか、日常がとても恋しい。

 ユリウスの要望にアイラはニコニコと笑っている。ユリウスもつられて笑った。

 よし、日常に戻ろう。

 ユリウスはそう決心をして、少しだけ歩調を早めた。

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