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何度だって甦る~伝説のパラドックス~  作者: 倉永さな


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【十七章】壁画

 すっかり日も暮れ、月が昇り始めた。

 ユリウスはアイラに付き合ってもらって練習はしたが未だ自信がなく、ぎりぎりまで台本を手放さないつもりでいた。


「『ああ、あなたはなんて美しいのでしょう』……けっ」

「師匠、『けっ』という科白は台本にありませんよ」

「こんな歯が浮くようなことを平気で言うくせに好きの一言も言えないのが納得いかん」

「師匠ではないからそんなに簡単に好きなんて言えませんよ」

「それって本当に相手のこと・・・・・が好きなのか?」

「……え?」

「本当に心の底から相手が好きならば好きって言えるだろう」

「でも、気持ちを受け入れてもらえなかったら傷つきます」

「そんなの自己保身だろ?」

「ですけど、相手に迷惑だとか……思いませんか」

「アイラ、おまえは好意を寄せられて迷惑だと思うか」

「……相手によります」

「ふぅん? で、俺からの好きは迷惑だと?」

「え……と? 師匠?」

「見た目のせいかもしれないが、軽い男に見られるが、俺は軽くないぞ。それにだれにでも好きと言っているわけではない」

「それって……」


 アイラが質問しようとしたところ、月が雲に隠れて辺りが一瞬、闇になった。しかしすぐにかがり火に灯がともされ、ぼんやりと明るくなった。


「そろそろ始まるか」

「……はい」


 アイラはユリウスの答えが気になったが、それよりも今から始まる劇に集中しなければならない。

 時の女神の物語。

 いつから始まったまつりかは知らないけれど、毎年、変わらずまつりの終わりを飾る劇として行われている。

 アイラはこの物語を初めて知った時、とても悲しいと思った。

 せっかく想いが通じたのに、強制的に離れ離れにさせられてしまったふたり。

 だけど、今なら少し考えが違う。

 ユリウスの死を知っているアイラはこのふたりが羨ましい。

 ふたりはそばにいないだけで同じ時間を生きているのだから。

 同じ場所にいなくても、生きているだけまだいい。

 会えないことが悲しいことかもしれないけれど、死んでしまうよりは遙かにいい。

 ──生きてさえいてくれれば。


「アイラ」


 ユリウスに名前を呼ばれてアイラは現実に戻ってきた。


「どうした? 緊張しているのか?」

「いえ、少し考えごとをしていました」

「そうなのか? 俺はすっげー緊張してる」

「全然そうは見えませんけど」

「だからさ、アイラ」

「はい」

「俺の緊張を解くおまじないをさせてもらえるか」

「……師匠がおまじない? それよりも緊張しない魔術を使った方がよくないですか」

「そんな便利なものはないし、それにアイラ、おまえは俺に魔術師ではないただのユリウスとして舞台に立って欲しいと言ってきたよな」

「言いましたけど……」

「だから、魔術はなし」

「意外に真面目なんですね」

「俺がいつ不真面目だった」

「いつも」

「…………」


 打てば響くと言えば聞こえはいいが、こうもあっさりと言われると少しばかりがっかりしてしまう。


「それなら、アイラが俺のことを不真面目だと思っているのなら好都合だな」

「へ?」

「顔上げろ」

「……嫌です」

「ったく」


 ユリウスはふっと息を吐き、アイラのあごに手を伸ばして持ち上げた。

 かがり火のうすぼんやりした明かりの下でもアイラの肌が白くて美しいのがよく分かった。化粧も舞台用に少し濃くされてはいるが、それでもアイラの造詣の美しさは変わらなかった。


「なにを……?」

「俺とアイラが劇を無事に最後までつとめられるためのまじない」


 そうしてユリウスの顔が近づいたと思ったら、アイラの額に柔らかな感触。


「え……?」

「がんばれよ」

「え……ええっ?」

「おっと、向こうで呼ばれてる。出番だな。じゃ、舞台の上で」

「あっ、あのっ。師匠っ?」

「ごちそうさま」

「────っ!」


 ユリウスはいたずらが成功した子どものような無邪気な笑みを浮かべ、手を上げると舞台に顔を向けた。すでに真面目な表情になっていてその変わり身の早さにアイラは感心した。

 アイラはというと、今、されたのがなにかきちんと把握できないままでいた。

 今のは一体、なんだったのだろうか。

 ユリウスはいつからあんなに甘くなったのか。

 ──甘いのはやり直しになったあの日からか。

 そう思うとあの日を境になにかが大きく変わったのだなとアイラは感慨深い気持ちになった。


 雲に隠れていた月が出てきた。

 それを見たヘルガはユリウスに舞台に出てくるように合図をした。

 ユリウスは緊張していたものの、先ほど、アイラの額に口づけすることに比べれば大したことないと言い聞かせて深呼吸をすると、思い切って舞台へと歩み出た。


     +◇+◇+◇+


 劇は無事に終わった。

 ユリウスの科白が棒読みだったが、半日であれだけの科白を覚えきったということを考えると充分だったと言えるだろう。

 一時期はどうなることかと関係者も観客もはらはらしていたが、今年もこうして無事にまつりは最後まで行われ、安堵していた。

 観客はそれぞれが感想を口にしながら月明かりの下、戻っていく。

 舞台の袖にはユリウスとアイラ、そしてヘルガがいた。


「あんたたち、ありがとう! よくつとめてくれたね!」

「あれでよかったのか?」

「まあ、少し問題はあったが、それほど乱れることなく済んだからいいということにしよう」

「いやまあ……うん、科白が途中、飛びそうになったところが何か所かあったけど、アイラに助けられた。ありがとう」

「はい。無事に終わってよかったです」

「今後、こういうのは勘弁してほしい」

「ふふ、そうですね。わたしは楽しかったですけど、はらはらどきどきしたのも確かですから、またやるのなら事前にきちんと練習をして本番に臨みたいです」

「俺はもういいよ」


 無事に終わったと知り、ユリウスはどっと疲れが出てきたのを感じた。

 村の青年役をやると言った時からずっと気を張り詰めていたから、終わったということで気が緩んでしまった。

 早く家に帰って寝たい。

 ……と思ったところで思い出した。


「今から家に帰るの、か?」

「あ……そうですね」

「なんだ、おまえたち。宿は?」

「取っているわけないだろう。本当は教会を見たらそのまま帰るつもりだったんだから」


 あの時、教会に行くという選択をしたのが間違っていたなーとユリウスはぶつぶつと呟いた。

 これから宿を取るにしても、まつりに来ている客で埋まっていて空いているとは思えない。だからといって、野宿も勘弁したい。

 それでは今から疲れた身体にむち打って夜道を帰るのも……正直、したくない。


「教会でよければ部屋を提供するぞ」

「本当か?」

「ただし、うちも今日のまつりのために宿代わりに提供しているから屋根裏しか空いてないが」

「それで充分だ。身体を横にできれば……って、ちょっと待て。部屋ってひとつか?」

「屋根裏はひとつしかない」

「……や、それっていや。分かった、アイラはそこに寝ろ」

「え? わたし一人で屋根裏は嫌ですよ」

「はあ? 俺は事前練習をしたあそこの隅で充分だ。なんなら楽屋になってた部屋でも」

「堂で寝るのは駄目だし、楽屋はすでに誰かが宿泊している」

「じゃあどうするんだよ」

「わたしは師匠と一緒に屋根裏でいいです」

「……俺がよくねーよ」

「なんでですか?」

「なんでと言われても」

「なんかいまさらですよね? 同じ屋根の下に住んでるし」

「…………」


 アイラは言外に一緒の寝台で寝たこともありますよねと言っているのだろうが、あれは緊急事態だったのだ。疲れているとはいえ、意識がある人間と、しかも好きな相手と同室なんてある意味、拷問ではないのか。


「教会長、ふたりで屋根裏で寝ますね」

「分かった。用意させておこう。部屋の準備があるし、寝る前にふたりに見せたいものがある」

「見せたいもの?」


 ヘルガは先に立ち、歩き出したのでふたりは後ろをついていく。

 舞台から降りて教会へと向かったのだが、正面ではなく脇に逸れて裏へと向かった。

 アイラはそちらになにがあるのか知っているのか、不安そうにユリウスの服をぎゅっと握りしめた。ちなみにまだふたりは舞台衣装を着たままだ。

 教会の前はまだかがり火が灯されていたが、裏は真っ暗だ。ユリウスはぼそりと呟いて魔術で明かりを呼び出した。


「ほう。さすがは宮廷魔術師ですな」


 ヘルガの言葉にユリウスは本来の目的を思い出した。


「そういやあ、聞きたいことがあったんだ」

「アイラのことか?」

「察しがいーじゃねーか」

「その話をするためにここに来たのだよ」

「ここ……?」


 目の前には唐突に現れたとしか思えないような切り立った崖のような場所。見上げてみたが上端は闇に紛れて見えなかった。それほど高い。


「ここに洞窟がある」

「洞窟?」

「普段は入れないように厳重に鍵が掛けてある。今日はまつりの日ということもあり、ここに納められている宝物を出すために開けてある」

「宝物……?」

「宝物というと語弊があるが、時の女神が村の青年の元に残していったと伝わるものだ」

「そんなの、劇では言ってなかったよな」

「言ってない。これはある種の秘宝だからだ」

「そんなの、部外者に言っても大丈夫なのか」

「おまえさんはもう部外者ではないよ。村の青年役を立派にこなしたから」

「…………」


 ヘルガにそう言われ、ユリウスは複雑な心境だった。

 なんというか、いつの間にか懐におさめられたというか、突っ込まれたというか。なんとなく据わりが悪い。

 ヘルガは崖に・・手を掛け、そして引いた。するとぎぃと重たい音を立てて扉が開いた・・・・・


「なるほど、目眩ましか」

「あまり知られてはならない場所だから」


 そんな場所にふたりは案内されて、不安になった。

 ヘルガが先に入り、ふたりにも入ってくるように合図をしてきたので素直に後に続いた。

 中に入ると、予想外にもとても明るかった。まぶしくて目を細める。


「この奥に時の女神を描いた壁画がある。その前に宝物を安置するから付き合うように」

「あの……時の女神役をやった人たちはいつもこうやって一緒に宝物を片付けているのですか」

「いや。そんなことをしたらここが明るみに出るからしてない」

「それなら、どうして……?」

「まあ、行けば分かる」


 三人は真っ直ぐに続く洞を奥へと進んだ。

 洞窟と言っていたが、なるほど、壁も天井も綺麗に整えられてはいるが、むき出しの岩のままとなっていた。地面はなにも敷かれていなくて壁と天井と同じ材質の岩盤のようだった。


「ここから岩を切り出して教会の一部になっている」

「それではここは岩を切り出した跡ということですか」

「そうなる」


 切り出した岩がどこに使われているのか分からないが、縦も横も深さもかなりある。なんだか不思議な感じだ。

 とはいえ、少し歩くと奥にたどり着いたようでヘルガは足を止めた。


「ほれ、正面にあるのが時の女神と村の青年のことが書かれた壁画だ」


 そう言われ、ふたりは奥の壁をじっと見た。

 平らにならされてはいるものの、磨きがかかっていない壁面にあまり上手とは言えない絵が彫られていた。

 向かって左の少し上に長い髪の女性らしき人が彫られている。これはきっと、時の女神が天から降りてきた場面を描いたものだろう。その下で壁の中心部に村の青年だと思われる人物が彫られているのだが。


「……なんだ、これ?」


 青年の後ろ、壁の右側にあたるところにとても大きな獣が描かれているのだ。


「これって時の女神が地上に降りてきた場面……だよな?」

「そうだと思われる」

「だとしたらこれ、おかしくないか? このふたりを表すのなら、普通なら真ん中に描くよな?」

「おっしゃる通り」

「村の青年の後ろにいるとてつもなく大きい獣だと思われるのはこれはなんだ?」

「それはきっと、時の獣です」


 それまで黙っていたアイラがぽつりと呟いた。


「……時の獣?」

「はい。時の女神が有名すぎてあまり知られていないみたいですけど、時を司るのは時の女神だけではなく、時の獣もいるのだとか」

「……時の、獣」


 ユリウスは改めてそう口にして、ぞくりと背筋が凍った。なんだろう、この寒気は。本能的な恐怖を感じる。

 ユリウスは思わず自分の身体をぎゅっと抱きしめた。

 宝物を片付け終わったらしいヘルガはふたりの横に立ち、アイラを見上げた。


「さて。ここなら聞かれる心配はあるまい。アイラ、おまえに伝えておかねばならないことがある」



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