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何度だって甦る~伝説のパラドックス~  作者: 倉永さな


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【十五章】代役

 アイラとユリウスは話し合いの結果、せっかくだからと教会に寄ってから帰ることにした。

 二人は連れだって村の中心部からのんびりと教会へと向かった。

 教会は村の奥にあるが、高い建物なので遠くからでもよく見える。徐々に大きくなっていく建物を見ながら二人は歩いていたのだが、教会に近寄るにつれ、ざわめいているのが耳に入ってきた。

 まつりの日で人が多いからにぎやかなのだろうか、しかしここは教会だよなと思っていると、扉が開き、中から人が出てきた。


「あっ! 教会長だ」


 アイラの呟きにユリウスは思い出した。

 十年前、アイラを迎えに行ったときに対応してくれたのは扉の前に立つ彼女だった。

 当時、五十いくかいかないかだったような感じであったから、今は六十前後ということか。そうは見えない若々しい見た目ではあったが、遠目からでも分かる白髪の増えた頭を見て年月の流れを感じた。

 教会長は扉の前に集まっている人たちから話を聞いているようだった。しかしここは離れた場所なので聞こえない。


「なにを話してるのでしょうか」

「夜の劇のことじゃないか」


 ユリウスは集団の中にジュース売りが混じっているのを見つけて推測した。

 あの人たちはきっと今日の劇の役者の代わりを探していて、その報告をしているのだろう。しかしあの様子だと芳しくないのかもしれない。

 時の女神役は人気だとアイラは言っていたが、こんな直前になって代役を受けるという者はいなかったのかもしれない。


「あの……」


 アイラのひどく遠慮がちな声にユリウスは視線を向けた。


「あの様子だとまだ決まってなさそうですよね」

「……そのように見えるな」

「そのっ」

「なんだ」

「ユリウス」

「────っ!」

「わたしと一緒に舞台に立ってくれませんか」


 ユリウスはアイラに名前を呼ばれて動揺した上に、さらに一緒に舞台に立てと言ってきた。


「師匠とは一緒に舞台には立ちたくありませんが、ユリウスとなら立ちたいです」

「……意味が分からないんだが」

「わたしの師匠で宮廷魔術師のユリウスではなく、ただのユリウスとして引き受けてくれませんかということです」

「それはようするに私事でということか?」

「そうです。今日、わたしをここにつれてきてくれたのは師匠としてだと思うのですが、今日の任務はここで終了にしていただけないでしょうか」


 ユリウスとしては別にアイラの師匠としてここに連れてきたわけではなかったのだが、アイラはそう認識していたらしい。アイラの言葉を否定するのもなんだかややこしくなりそうだったので訂正しないことにした。


「代役が決まっていないのなら受けてもいい」

「本当ですかっ?」

「アイラは時の女神役をなりたいのだろう?」

「はいっ!」

「この劇を止めるわけにもいかない?」

「はい。劇とはいいましても、これが本日最後の締めですし、女神への捧げものですから」

「……分かった」


 とはいえ、どういう状況なのか二人にはさっぱり分からない。

 だから話し合いが行われているのを遠めで見ていた。

 しばらくして、ざわざわとし始めた。どうやら報告は終わったようだ。

 教会長は難しい顔をして扉の前に立ったまま。

 教会の前に集まっていた人たちはばらばらと戻っていく。みんなの顔が浮かないのを見ると、代役は決まってないのかもしれない。もしかしたら見つかるまで探すようにという話になったのかもしれない。

 人がいなくなったのを見て、アイラはユリウスの服の裾をきゅっと握りしめた。


「あの……師匠」

「なんだ」

「教会長にやりたいって言いに行くので……その、つ、ついてきてくれますか」

「いいけど、緊張してる?」

「ぅ……」

「分かった。行こう」


 ユリウスが歩き出したのを見て、アイラは服の裾を握ったまま後ろからついて行く。

 ユリウスとアイラが近寄る前に教会長はこちらに気がついていたようだ。


「来るのを待っていた」

「あの……教会長、わたし」

「大きくなったね、アイラ。ユリウス殿、アイラをここまで育ててくださり、ありがとうございます」

「あ……ああ」


 目尻のしわを深く刻んで笑みを浮かべている女性にユリウスは戸惑った。


「覚えておいででしょうが、私はこちらの教会長を勤めさせていただいているヘルガと申します」


 どうやらヘルガにはユリウスが名前を覚えていなかったのはバレているようだった。思わず苦笑してしまう。


「あの、教会長」

「ああ、分かっているよ。時の女神とその相手役をしてくれるのだろう?」

「え……、や、そうなんですけど、どうして?」


 アイラの問いにヘルガは笑みを浮かべた。


「先ほど、私のところに旅装束の女性が現れて、おまえたち二人の訪れを予言して去った」

「…………」


 ヘルガの言葉にその女性がだれかユリウスには分かった。確認するまでもなくあの白い髪に赤い瞳の女だろう。


「本当に今年はどうしたことか、女神役を受けると言った者たちがことごとく原因不明・・・・の事故や病気に見舞われて、その噂のせいでだれもやりたがなくて困っていた」

「そんな話、俺たちにして止めたと言われたらどうするんだ?」

「言わぬのは良心が咎める」

「馬鹿正直なことだ」


 ユリウスはくっと喉の奥で笑った。


「面白い。受けてやろうじゃねーか」


 ユリウスの返事にアイラは思い出した。

 そうだった、この人は負けず嫌いだったのだと。


「それならば、着替えと打ち合わせが必要になる。ほら、みなのもの!」

「はぁい!」


 ヘルガの号令にどこに隠れていたのか、わらわらと人が出てきて二人を取り囲んだ。


「ほら、あなたはこちら」

「まあ、綺麗な金髪。時の女神役にぴったり・・・・ね!」


 どうやらヘルガにはめられたようだとすぐに悟ったが、アイラを見ると戸惑っている様子ではあったが嫌がっていないようだったのでなりゆきに任せることにした。

 二人はそれぞれ引き離されたが周りの声を聞いていると衣装合わせのためのようだった。

 ユリウスはあらがうことなくされるがままになった。

 そして連れてこられた部屋でユリウスは布切れを当てられていた。どうやらこれから衣装を決めるらしい。


「ちょっと! 丈が足りないわ」

「暗いから大丈夫よ」

「それにしても膝丈しかないのよ」

「それならこっちは?」


 わいわいと言い合っているのを最初は興味を持ってみていたのだが、すぐに飽きてしまった。


「あなた、時の女神の劇を見たことは?」


 つまらなそうにしていたのに気がついた一人が声をかけてきた。


「見たことない」

「そうなの。それなのに引き受けたんだ」

「……いやまあ、いろいろとなりゆきで」

「それなら、はいこれ。そこに椅子があるから座って読んでおいて」

「台本?」

「そそ。まだ衣装の準備に時間がかかるみたいだからね。ほんっと、大きいのも考えものね」

「……はあ」


 女性たちに圧倒されたユリウスは素直に部屋の隅に移動して、渡された台本に目を通すことにした。


     +◇+◇+◇+


 一方、アイラはというと。


「あらあ、あのアイラ?」

「大きくなったわねえ」

「え……と?」

「もうっ! やだわ、この子ったら! 私たちのこと、忘れたの?」

「いえ……そういうわけではなくて」


 アイラの中ではこの教会で過ごした日々の印象はあまり……いや、大変よくない。

 時の女神まつりなどは楽しかったけれど、それよりも辛くて悲しくて淋しい思い出の方が多い。

 教会のある村の人たちとも交流はあったけれど、どちらかといえば遠巻きに眺められているだけだった印象が強い。それなのになんだか親しく接されて戸惑ったのだ。


「教会にいる頃からかわいいというか綺麗な子だったけど、ずいぶんと綺麗に育ったわね」

「年頃だし?」

「一緒にいた人がアイラを引き取ってくれたのよね?」

「はい、そうですけど」

「いい男よねえ」

「あなたたち、お似合いだと思うわ」

「え……と?」

「アイラったら、あの人のことが好きなの?」

「ゃ……ぅ……」

「そうじゃなきゃ、時の女神の役なんて受けないわよねー?」

「…………」

「まー、真っ赤になって、初心ねえ。わかったわ! おばさんたちが綺麗にしてあげる! 振り向かせるのよ!」

「ぇゃ……」


 女三人そろって姦しい。ましてやそれが小さな村で暇を持て余しているおばちゃんたちなのだから言わずもがな。

 アイラがなにも言わないのをいいことにやいのやいのと勝手に話をすすめられてしまっていた。


「あの……」

「台本?」

「…………」


 いや、それも欲しかったのだが微妙に違う。


「ほら、髪の毛をやってあげるから座って。台本を読んでいる間に仕上げてあげるわ」


 おばちゃん、恐るべし。

 アイラをよそにてきぱきと準備が始まっていた。

 椅子に座ったアイラの髪紐をほどき、櫛でとき始めたのだが。


「──っ! いだだだだだ!」

「あら、見た目と違ってかなり傷んでるわね。駄目よ、きちんと手入れしないと。髪の綺麗な女はそれだけで好感度があがるのよ」


 確かに手入れをしていなかった。


「こうして櫛を通して、髪用の油を薄く塗るだけでもずいぶん違うのよ」

「……はい」

「帰るときに少し持たせてあげるから、気に入ったら買いに来なさい」


 商魂も逞しいようだった。


「ありがとうございます」


 アイラはさんざん、おばちゃんたちのおもちゃになった。アイラは無心になってされるがままになることにした。


 アイラは時の女神まつりの劇は何度も見ていたけれど、台本を見るのは初めてだ。


 この『時の女神の物語』は時の女神が地上に興味を持って気まぐれに降りてきたところから始まる。

 この村に降りたった時の女神は村の青年と出会い、次第に二人は心を通わせていく。そして二人はお互いに気持ちを確かめ合い、結ばれる。

 しかし、時の女神が地上に降りていることが天にバレてしまい、連れ戻される。

 村の青年は時の女神がいなくなったことを嘆き、しかしまた戻ってくると信じて、目印になるようにと教会を建てる──というところで物語は終わる。

 幸せとは思えない物語だけど、この劇で時の女神と村の青年をやった二人はこの二人とは違ってきちんと結ばれて、生涯、離れることはないと言われている。だからそういう意味でも人気なのだが。

 この話をユリウスが知ったときにどう思われるだろうか。

 そんな別の意味でもアイラはどきどきと緊張していた。


 

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