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何度だって甦る~伝説のパラドックス~  作者: 倉永さな


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【十四章】時の女神まつり

 次の日、二人は比較的早い時間に家を出て、アイラがいた教会へ向かった。

 クロヴァーラ国は温暖な気候で農業も産業も盛んで豊かな国だ。

 ……とはいえ、最近では第一王子のせいで少し傾いているものの、すぐに駄目になるほどではない。

 アイラが八歳までいた村の名前はハーヤネンといい、城下町から徒歩だと半日ほどでたどり着く小さな村だ。ユリウスたちが住む場所からはもう少し近い。

 ここは小さな村だがクロヴァーラ国ができる前から存在している時の女神を祀る教会があることで有名だ。そのために小さな村の割には宿泊施設は充実しているし、お土産も売っている。村の規模にしては収入は多いと言える。城下町からそれほど離れていない立地というのもよい。

 観光名所とはいえ、教会という場所柄か静かではある。

 そんな静かなはずの村の入口に着いた二人は予想に反して騒然としていることにすぐに気がついた。

 ここまでの道中、気持ちが悪いくらい順調だったのでようやく何事か起こるのかと思ったのだが、どうもそういう感じではなかった。

 ユリウスがアイラを迎えに行ったとき、この村はこんなに活発でにぎやかではなかった。十年の間に変わったのだろうか。

 そう思っていたのだが、アイラは思い出した。


「師匠、今日は年に一度の時の女神まつりです」

「まつり……?」

「無事に日々を送ることができることを感謝するおまつりです」

「それでにぎやかなのか」

「みたいです。今日は各地からおまつりのためにたくさんの人が集まってきてるのですよ」

「……良かったんだか悪かったんだが」

「わたし、いつも教会の裏で手伝いをしていたからまつりに参加したことがなかったのでうれしいです!」


 ユリウスははしゃぐアイラを見て、暗く沈まれるよりは良かったと思うことにした。


 今日はまつりということで、村の中心部に屋台がたくさん出ているようだった。教会に赴くには村の中心部を通らないといけないのでそこで商売をしようとしているようだ。

 村の入口にはそれほど人がいなかったが、教会に行くために村の中心部へと向かっていくにつれて人が増えてきて、歩みが遅くなってきた。

 この様子だと教会で話を聞くのは無理だなとユリウスは諦めた。日を改めてまた来ればいいか、なんて思っている。

 それよりも普段、あまり外に出ることのないアイラのためにまつりを楽しむことにしようとユリウスは目的を切り替えた。

 のんびりと歩きつつ、屋台をのぞいて冷やかす。

 城下町で行われるまつりと比べると素朴なものが多いがそれでも見ていて楽しい。

 アイラは最初、人の多さにおびえてユリウスの服の裾を掴んでいたがそのうち慣れてきたようで、裾を引っ張ってユリウスをせかした。

 年相応にはしゃぐ姿がまぶしく、ユリウスは思わず目を細めた。


「師匠! こっち!」

「ああ、行く」


 アイラに呼ばれたユリウスは眺めていた屋台から離れて向かおうとしたのだが、目の前に一人の女性が立った。避けて歩き出そうとしたが女性はユリウスの邪魔をするように身体を横へずらしてきた。

 ユリウスはむっとしつつ身体を反対にずらすとやはり女性もそれに合わせてくる。


「通れないので避けてくれますか」

「ふふふ。あの子のところに行きたいの?」

「────っ!」


 ユリウスは止まり、目の前の女性をよく見た。

 よく見かける旅装束。黒っぽいフード付きのマントからのぞく髪の毛は長く白い。

 女性はフードの縁を少し上げ、ユリウスを見上げてきた。


「!」


 赤い瞳。激しく見覚えのある顔。


「まさか……!」

「そう、そのまさかよ。今日はまつりだから来てみたの。心配しないで、今日はなにもしない・・・・・・・・・から」


 女性はそれだけ言うとすっと身体を引き、人混みの中に紛れていった。

 女性を掴もうと伸ばした腕は空をかいただけだった。


「ちょっと、師匠ってさっきから呼んでるのに!」


 どれくらいぼんやりしていたのだろうか。

 アイラの声にユリウスははっとした。ゆっくりと顔を下に向け、アイラの顔を覗き込む。


「師匠?」

「…………」


 やはり似ている。

 恐ろしいほど先ほどの女性とアイラはとても他人とは思えないほど似ている。

 しかしユリウスはアイラにとてもではないがその女性の存在を伝えられなかった。


「師匠、顔色悪いですけど疲れました?」

「あ……いや。そ──そうだ、な。アイラ、腹、減らないか?」

「言われてみればお腹が空きました。あ、先ほどあちらの屋台で美味しそうな食べ物を売っているのを見つけたのです! そこで買って食べましょう」

「屋台で買い食いか。なかなかないからそれ、いいかもな」

「でしょ? 行きましょ!」


 せっかくアイラが楽しんでいるのだ。それを壊すわけにはいかないとユリウスは動揺する心を押し隠すことにした。

 アイラの肉親らしき人に会ったというのは後で話せばいい。今、話したところで肝心の女性はどこかに消えてしまった。せっかくのまつりの時間を女性探しに割くのは馬鹿らしい。

 そう結論づけてユリウスはまつりを楽しむことにした。


 アイラに誘導されてほぼ村の中心部だと思われる部分に移動した。どうやらこの辺りは食べ物の屋台が集中しているようだった。あちこちから美味しそうな匂いがしてくる。


「師匠、喉が渇いたからまず飲み物を買いましょう」

「そうだな、それがいい」

「ここの屋台のが美味しそうなのですよ!」


 アイラに連れられて行った先はこの辺りの名物であるヴェリココから絞ったジュースを売っている屋台。他にも同じようにヴェリココのジュースを売っているのにアイラはどうしてここを選んだのだろうか。


「師匠、ここのヴェリココは絞っただけではなくて実もすりつぶして混ぜてあるみたいですよ」

「お、戻ってきたか」

「はい、師匠を連れて来ました!」

「師匠?」

「はい、わたしがお世話になっている人です」

「へー。なかなかいい男イケメンだな」

「そうですねー。見た目はいい男なんですけどね」

「ははっ。なかなか辛辣だな。戻ってきてくれたから、おまけするよ。この大きいカップ、小さいカップの値段で提供するよ」

「わー、ほんとですか? 師匠、どうですか?」

「それならば二つ」

「ほい、まいどありー」


 ユリウスは二つ分の値段を払い、カップを受け取った。


「へへ。得しましたね」

「そうだな」

「次はですねー。こっち!」

「おい、待てって。そんなに引っ張るなよ」

「だって早く行かないとなくなってしまいますよ! 後でくるから取っておいてとお願いしてるのですから!」


 アイラにぐいぐいと引っ張られて、ユリウスはその目的先の屋台へと向かう。

 そして近づくと、妙にそこだけ閑散としていた。


「あ……。売り切れちゃったのかも」


 しょんぼりとするアイラにユリウスはなんと言えばよいのか考えあぐねていると、屋台の片付けをしていた一人がアイラに気がついたようだ。


「さっきの金髪の子! 待ってたんだよ!」

「え……。あ、売れちゃったんですよね」

「いや、必ず戻ってくるっていうから別に取っておいたよ。ほら!」

「うわぁ! やった! ほら、師匠、美味しそうですよ!」

「あ……そうだな。それでいくらだ?」

「いや、いいよ。まけておく」

「それでは悪いですよ!」

「実はさ、これ、残っていた材料で作ったヤツだからちょっと具材が足りないんだ」

「そうなのですか?」

「味は保証するけど、今度、きちんとしたのを食べに来てよ。城下町で店やってるから」

「それなら、今度店に寄るということで今日はありがたくもらっておく」

「まいどあり~」


 残りで作ったという割には量が多いようだったがユリウスはそのことに対してつっこみは入れなかった。

 店の情報が書かれた紙をユリウスは受け取ると懐にしまい込んだ。


「さて、どこで食べる?」

「へへへ。それですが、いいところを見つけました!」


 先ほどもらった食べ物の入った紙袋をユリウスが持ち、アイラの先導で歩いて行く。

 アイラは普段はあまり出歩かないが、食材などの調達はアイラの仕事だ。近くにある村に行って買い物をしているからか、思っているより交渉ごとになれているようだった。

 アイラが案内してくれたのは、村の中心部から少しだけ外れた噴水のそばだった。そこにはたくさんの椅子と卓が用意されていて、屋台で買った物をゆっくりと座って食べられるようになっていた。

 もっとたくさんの人がいるかと思ったが、お昼時を少し過ぎているからなのか、余裕で座れそうだった。

 二人は適当な場所を見つけて座り、先ほどもらった食べ物を袋から取り出して食べた。


「美味しい!」

「……確かに」

「それであんなに行列になっていたのですね」

「なっていたのか?」

「はい。たくさんの人がいたからなんだろうと思って並んだのですよ」

「金もないのに」

「そうなのです。師匠からいくらかいただいておけば良かったです」

「そうだな。渡しておけばよかった」


 まつりをやっていると知ったユリウスはお金をすられる心配をしてアイラに渡していなかった。


「だけど、こうして美味しいのを食べられたからよかったです」

「そうだな」

「今度、お店に連れて行ってくださいね」

「分かった」


 二人は美味しい食べ物と美味しい飲み物を満喫した。

 お腹がいっぱいになった二人はこれからどうするのか相談しているところだった。


「あ、いたいた!」


 向こうからヴェリココのジュースを売っていた店員が走って二人の元にやってきた。肩で息をしているところを見ると、あちこちを走って探し回っていたようだ。


「教会に行ってるかと思っていったらいないから、もしかしてまだここかと思ったら、当たりだった」

「どうかしましたか?」

「ちょっと困ったことになっていて。相談に乗ってくれないかな」

「相談?」


 アイラとユリウスは思わず顔を見合わせた。この村についてからこうやって顔を見合わせることが多すぎる。


「あの……わたしたちで大丈夫なことなら」

「いや、君たちにしか頼めないんだよ!」


 再び二人は顔を見合わせた。

 アイラはこの店員に自分たちの素性を話していないからそちらでの頼み事ではないと思われる。だからこそ、まったく予想がつかない。


「君たちはこの辺りの人?」

「この辺りの定義がどの範囲を言うのか分からないが、ここから徒歩で半日もしない場所に住んでいる」

「ということは今日は宿は取ってない?」

「取ってない。帰るつもりでいるが」

「そ……か。じゃあ、夜に行われる劇は知らないよな」

「わたし、知ってますよ! 夜にたきぎの明かりだけを灯して時の女神の物語のお話の劇をするのですよ!」

「へぇ?」

「毎年、まつりの半年前に時の女神役にたくさんの人が立候補するのです。それでその人たちで演技を競って投票で時の女神役を決めるのです」

「よく知ってるね」

「はい、わたし、少しだけこの村にいましたから」

「なるほど、それで詳しいのか」

「はい」

「それなら話が早い。その時の女神役に決まった女性が急に体調を崩したんだ」

「あら……それは大変ですね」

「それだけならまあ、代役でどうにかなると思うんだが、その肝心の代役まで体調を悪くしたんだ」

「それは……」

「しかも、時の女神の相手役男性も体調を崩してね」

「…………」

「心底困っていたところに君たちのことを思い出して」

「えと……それは。わたしたちにその役をしろということでしょうか」

「そういうことなんだけど、どうだろうか」


 いきなりのことに二人は戸惑い、またもや思わずお互いの顔を見てしまった。

 アイラは時の女神まつりの劇を何度も見ているけれど、ユリウスは初めてだ。


「師匠、どうしましょう」

「申し訳ないが他を当たってくれないか」

「……ですよね。すみません、他を探してみます」


 ユリウスの返事を聞いた店員はあからさまに肩を落とし、とぼとぼと去って行った。


「師匠……」

「仕方がないだろう。俺たちは部外者だ。まつりというのは当事者たちがやらないといけないものではないのか」

「夜の劇はだれでも時の女神役をできるのですよ」

「この村に関係なくてもか?」

「はい。なんでも時の女神役をやれば女神の寵愛を受けることができるとかで人気なのです」

「……女神の寵愛ねぇ。アイラはやりたかったのか」

「実を言えば、少しやりたかったです」

「そっか。それなら、アイラだけでも受ければ良かったのに」

「え? わたしだけなんて嫌ですよ!」

「どうしてだ?」

「だ……ってですね! ……いえ、いいです。師匠が受けないのなら、わたしもやりません」


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