【十章】手に入れるもの ※残酷表現あり※
※残酷表現あります※
ユリウスを台所に残してきたことに引っかかりを覚えながらアイラは部屋に戻り、明日着ていく服を決めると布団に潜り込んだ。
またなにかが起こる予感。
そんな漠然としたものを感じ、アイラは寝具の中でごろごろとしていた。
色んなことが脳裏に浮かぶけれど、次第に眠くなり、そのまま眠りに就いた。
目が覚めたのは扉の向こうから聞こえる金属がぶつかり合う音。けたたましい音に最初、ユリウスが台所でなにかして落とした音だと思ったのだ。
あるいはあまりにも起きないアイラを起こすためにユリウスがふざけているのかと思ったのだがどうにも様子がおかしい。
そして扉になにかが突き抜けたのを見て、アイラはすっかり目が覚めた。すぐに引き抜かれたがあれはどう見ても剣先だった。
慌てて飛び起き周りを見回したが、武器になりそうなものはない。ましてや防具もない。
またもやどこからか刺客が送り込まれたと見て問題ないだろう。
ユリウスの家は城下町から外れた場所にある。だから前はたまに物盗りが入り込んできたり他国の刺客が来ることがあったようなのだが、ユリウスが撃退していたのと許可した者以外が入れないような結界を開発して以来、そんな無頼な輩が来ることはなかった。
ここが宮廷魔術師のユリウスの家と知らずに入り込んできたということはきっとありえないからこの襲撃は計画された物なのだろう。
それにしてもおかしくないだろうか。
前の第二王子の取り巻きのときもだけど、どうして結界を越えて入ってきている?
「なんで?」
結界が壊されたらユリウスが気がつくはずだ。
「まさか」
とある仮説にさーっとアイラの全身から血の気が引いた。
昨日の夜、肘鉄を食らわしたまま台所にユリウスを放置してきた。それが原因で結界が壊れたか機能しなくなった?
ということはどういうこと?
「嘘! 師匠っ?」
アイラの肘鉄で死んだというのはさすがにないとは思うけれど、めんどくさがりなユリウスがあのままあそこで寝て、なにかの原因で死んでしまった?
いや、それだと第二王子の時の説明が付かない。
ユリウスの元にいれば安全だと思っていた。一回目の時、ユリウスの庇護下から出なければ安全であったことは証明されていた。それがなくなってここにだれでも来ることができるのならば、教会にいた頃と変わらないではないか。
どうすればいいのか分からず悩んでいると、扉に血塗れの剣が突き刺さり、音を立てて壊れた。
「いた」
灰褐色の瞳を妙にぎらつかせた男が一人、立っていた。
暗い灰色の髪は本来ならば真っ直ぐ綺麗に整えられているはずなのにもつれて絡まっていて、しかも赤黒い液体で濡れていた。男の勢いに風が生まれ、室内に鉄臭いにおいを運んできた。
アイラはその場に立ちすくむ。
そこには、遠目でしか見たことない第二王子・レーヴィが立っていた。
「これでおまえと王位を手に入れられる」
「え……、な、なに?」
扉の向こうに立っている血塗れのレーヴィを見てアイラは恐怖に後ずさった。
レーヴィの手に握られているのは血に濡れた剣。
「や……だ、それ」
「んー? これかあ? 茶色い頭の男が邪魔をしたから斬った」
「う……そ」
「アイラは渡さないとか言っていたが、おまえたちは恋人同士なのか?」
「嘘だ、師匠が!」
「師匠? ふぅん? 本当にただの師弟関係なのか?」
「師匠になにをしたの」
「だから、斬って殺した」
「…………っ!」
この様子を見ると、ユリウスは致命傷を負って生きていない可能性が高い。
「いやああっ! 師匠! 嘘だ! ユリウス!」
「そうそう、ユリウス。親父の腰巾着。あいつのせいでおれは王位に就けない」
「だって!」
「兄貴が王になったらこの国は終わりだよ? あいつは自分のことしか考えていない」
「う……そ、だ。ユリウス、だってあなた、そんな……」
レーヴィの言葉はアイラは聞こえていなかった。
アイラはレーヴィに背中を向けて呟く。
「また、好きって言えなかった……」
「へえ? あんなのが好きなんだ?」
「師匠は……ユリウスは、わたしのこと、好きって言ってくれた」
「ほう?」
「わたしも好きだけど……好きって伝えていたら、死ななかった?」
「うーん、それはどうかなあ? 無理だったと思うけど?」
「なんで? どうして? ねえ、これが『正しい』の?」
「正しいんだよ」
「なんで? なんでまたわたしにこんな悲しみを与えるの?」
「そんなつまんない悲しみなんてすぐに消える。おれが消してやる」
「ねえ、ユリウス。時間が戻ってあなたの腕の中に行けても、これからすることに対して怒らないでね? だってあなたのいない世界なんて──」
+◇+◇+◇+
身体がひどく痛む。
死んだ後、意識が戻るときはいつもこうだ。
「アイラ?」
「──ん?」
「眠いのか?」
「……えっ?」
耳元に聞こえた声にアイラは驚いて飛び起きようとして失敗した。ユリウスに腰を押さえられていて、立ち上がれなかったのだ。
「師匠っ?」
「まーたその呼び方に戻ったのか」
「へっ?」
「せっかく恋人になれたのに」
「……待ってください、師匠。ちょっと確認させてください」
「まさかおまえ、また」
「はい、また死にました」
「まじかよ!」
「……今度は師匠が先に死にました」
「え? 俺、半年後に死ぬはずでは」
「ということは、王に招集をかけられた前日ですか?」
「そうだが。アイラの部屋に呼びにいったら服が決まらないと言っていたから気分転換に俺の部屋に連れてきた」
「台所ではなくて?」
「俺の部屋、アイラの部屋の隣だからな」
「…………」
すでにここで変わっている。
「えと?」
「せっかくいい雰囲気だったのに」
「それ、間違いですよね?」
「俺が好きって言ったら、アイラも好きって」
「言ってない。嘘つきー!」
「嘘じゃないぞ!」
「嘘ですよ! だってわたし、師匠にさんざん、嫌いって言いました!」
「……だまされないか」
「だまされませんって!」
「だまされていいんだよ?」
「だって! わたしより先にあっさりと殺されてしまう師匠なんて嫌いですよ! 残されるわたしのことなんて考えないで、自分の気持ちだけ押しつけるような人……嫌い、なんだからぁ」
「や、ちょっと。アイラ! 泣くなって! おまえに泣かれると、困る」
「師匠の馬鹿ぁ。困ればいいんだ! うぁ、身体が痛い……! 師匠が死んじゃうから、わたしの気持ちを完全に無視して死んじゃうから!」
「その……悪かったよ」
「嫌い、嫌い、大嫌い! わたしの想いも知らないで、勝手に好き好き言って、気持ちを押しつけてっ! それでも嫌いになれないから、師匠なんて、嫌い!」
「え? アイラ……?」
「……師匠の馬鹿」
「え?」
「ユリウスのこと好きなのに、なんでいつまでも師匠面してるのよ。なによ、好きって言っておきながら」
「アイラ?」
「わたしをこんなに好きにさせておいて! 大っ嫌い!」
「ええ?」
「ひっく。……ユリウスなんて、嫌いだけど……好き」
「って、おい! アイラ? 寝るなって!」
「あ……ンっ。身体、痛いっ」
「……ったく、なんつーエロい声だしてるんだよ」
そのままアイラは泣きながら身体を丸めて気絶してしまった。
「なんだこのかわいい生き物」
ユリウスがアイラに触れるとびくりと身体を震わせたものの、無意識のうちにユリウスにしがみついてきた。
「しかもこの理性を試されるような状況……。勘弁してくれよ」
そういいながらも腕の中におさまっているアイラを見る瞳は優しい。
ユリウスは無防備に身体を預けているアイラの頬をふわりと撫でた。柔らかな感触にもっと触れたくなるが、止まらなくなりそうだから止めておいた。
「難儀な力を持って生まれたものだな」
ユリウスはそう呟くと寝台の布団をめくり、アイラを抱えこんで横になった。
「起きたら文句を言われるだろうけど、まあそれも楽しいな」
ユリウスはひとりでくすりと笑い、アイラを抱き寄せて眠りに就いた。
+◇+◇+◇+
目が覚めたら目の前に暖かい壁があった。
これはなに? と寝ぼけたまま触れるとそれは身じろいだ。
「っ!」
そしてそれは嫌でも覚えのある人で、アイラは混乱した。
昨日、また選択を失敗したらしく、あろうことかユリウスとアイラは死んでしまった。そしていつものごとく時間が戻ってアイラはユリウスの腕の中に戻ってきた。
……までははっきりと覚えている。
だけどその先が痛みとユリウスの元へ戻ってこられたという気の緩みでなにがあったのか覚えていない。
ひどく取り乱して泣いたのはおぼろげながら記憶はあるのだけど、それだけだ。
なんとなくだがとてつもなく恥ずかしいことを口走ったような気もしないでもない。
戻れるのなら、昨日のその場面に戻ってなかったことにしたい。
そんなことを考えていると、暖かな壁ことユリウスが目を覚ました。
「ぅ……ぁ……」
まだ眠っている振り……! と思って慌てて目を閉じたけど、遅かった。
「アイラ、おはよ」
きゅっと抱き寄せられ、ひどく甘い声で名前を呼ばれてアイラはさらに混乱した。
「昨日の夜はなかなか情熱て……」
「朝っぱらからなに恥ずかしいことをっ!」
「んー? なに? やっぱり寝た振りか」
「ぅぁっ! 引っかけましたね!」
「くっ、おもしれー!」
そういってユリウスは肩を揺らして笑い出した。アイラは恥ずかしくて仕方がない。
「まあ、そうすねないの」
「すねてません」
「だけど、昨日のアイラは妙に素直だったなあ」
「……あの?」
「『わたしをこんなに好きにさせておいて』と言っていたけど、ほんと?」
「ぇ……」
「嫌いになれないとも言ってたなあ?」
「そっ、そんなことっ」
「しかも名前で俺のことを呼んでくれた」
「や、それはっ! きっ、気のせいですよっ!」
「気のせい?」
「呼んでませんって!」
「ほう?」
「そっ、それよりも! なんでわたし、師匠と一緒に寝てるのっ?」
「どうしてって、昨日だからアイラが情熱的に俺を求めてきて」
「ありえないっ!」
「いや、事実だ。だってここ、俺の部屋だし」
「ぅ……」
「俺の腕に飛び込んできて、淋しいから慰めてって」
「やっ! それはないっ! 絶対にない!」
「その割には今日は俺の腕の中から暴れて抜け出そうとしないんだ?」
「だ……って!」
「うん」
「師匠……また死んだ」
「……そっか。すまなかった」
「謝らないでください!」
「いやまあ、それよりも俺が生きているということは、またおまえ、死んだのか?」
「だって! 師匠は『俺の分まで生きろ』とは言いませんでした!」
「……もうちょっと自分を大切にしろ」
「それは師匠にも返します!」
「よくわからないけど、今回死んだのは不可抗力だ」
「師匠はとにかく、死んだら駄目です!」
「俺だって好きで死んでいるわけでは」
「とにかく、駄目! 死ぬの禁止!」
「そんな無茶な」
「そうしてくれないと、わたしっ」
「淋しい?」
「ぅ……。そうです……」
「素直だな?」
「ユリウス」
「なっ、いきなりなんだっ?」
「……お願いだから死なないで」
「あっ、あぁ。……死なないようにがんばる」
「それならいいです」
「って、おいっ! 寝るな!」
「身体がばらばらになりそうなくらい、まだ痛い……」
「大丈夫か? なにか飲み物でも」
「いやだ、行かないで。……少しこのままでいてくれたら治るから」
「……分かった」
そういってユリウスの腕の中で痛みをこらえるように身体を丸くしたアイラをユリウスは抱きしめた。
「あの……?」
「大丈夫、俺はここにいる」
「……はい」
アイラの痛みがなくなるまで、ユリウスはずっと抱きしめていた。




