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過去の俺と今見える風景

英華えいかちゃん、待って!」

俺がそう声をかけると、長く美しい髪をふわりと舞わせながら彼女がこちらを向いた。予想していた通り、少し赤く目をはらしていた。きっと誰にも見られないところでひっそりと泣いていたのだろう。仲間外れというのは本当に辛い。俺はその気持ちが痛いほどよくわかる。中学時代の俺は、自分で言うのはなんだか恥ずかしいが、誰からも好かれていた。クラスの中心的存在で、俺の周りにはいつもたくさんの人がいた。毎日が楽しくて楽しくて仕方がなかった。可愛い後輩の女の子からラブレターをもらったことも何度かあったし、とてもスタイルのいい先輩に水族館デートに誘われたこともあった。俺はまさに青春真っ盛り、幸せ絶頂期にいる気分だった。しかしそんな俺を見ていておもしろくないと思う連中も少なからず居たんだ。そいつらの中には、近隣の中学の生徒からも恐れられている、学校一番のヤンキーも含まれていた。彼の喧嘩の強さは言葉では表しがたいほど、ただただ圧倒的に強かった。そんな彼が嫌う俺と関わり、彼の逆鱗に触れることを恐れたみんなは、俺の周りからどんどんいなくなっていった。このとき俺は、生まれて初めて裏切りと絶望の味を知った。そしてこう思った。人はこうも簡単に他人を切り捨てるのか、自分の身を守るためなら平気で仲間を傷つけるのか――と。友枝と同じクラスだったなら何か変わっていたのかもしれない。あいつは優しいやつだから。しかし俺にはそんな僅かな救いもなく、毎日のように酷い嫌がらせをされた。靴を隠され、ロッカーの中は生ゴミだらけだったし、学校に置いていた教科書は全てぐしゃぐしゃにされ、破かれていた。元仲間たちから受ける精神的な嫌がらせはまだいい方で、ヤンキーとその取り巻きたちには、すれ違う度腹や顔を何発も殴られた。その暴力の方が俺にはよっぽど堪えたんだ。女子のいじめがどんなものかは俺には分からない。暴力はないだろうと思うけど、その分きっと嫌がらせが酷いのだろう。どちらにせよそれが辛いことには変わりない。英華ちゃんには絶対にそんな思いをさせたくないんだ。

りくくん? どうしたの、そんなに息を切らして」

「辛い時には、俺がいるから。1人じゃないよ」

きょとんと小首を傾げる彼女の目をしっかり見つめて手をとり、俺はそう言った。そう、あの時の俺は確かに1人だった。でも、英華ちゃんは違う。俺や実姉の笹本が傍にいるし、学校は違えど前園だっている。だから決して1人ではないんだ。

「き……急にどうしたの? 私別に辛くなんか――」

英華ちゃんの目が不自然に動く。人と話すときは必ず目を合わせるようにしている彼女がそんな行動をするということは動揺しているのだろう。

紫倉しくらさんと上手くいってないんだろ」

本音を隠したような言葉で相手に伝えるのは苦手だから、俺はストレートに言った。すると彼女は、なんで知ってるの?とでもいう顔で目を見開き、口をパクパクさせている。そんな彼女が可愛いなんて思ってしまった俺は彼女の頭に手をそっと乗せ、ふわふわした髪の毛をくしゃくしゃにした。

「ま、いいじゃんか。とりあえずちょっとついてきてよ」

俺が思いついたいいこと――それはお昼をみんなで食べること!俺のクラスに来れば笹本ささもとがいるし、笹本と食べるならば島崎しまざき友枝ともえだ、ちょっとうざいが春野はるのもいる。落ち着いた食事は絶対にできないとは思うが、きっと楽しく過ごせると思う。俺は彼女の手を引き、元来た道を戻って行った。俺が握る彼女の手首は、少し力を入れると折れてしまうような気がするくらい華奢だった。引っ張る時の力加減に注意しながら先ほど島崎とぶつかった階段を淡々と上っていく。やはりその途中で付近の廊下を通る先輩方にさまざまな感情のこもった視線を向けられたが。数人の女の先輩は輪になって噂話をしていたのをパタリとやめ目を丸くしてこちらを見た後、きゃあきゃあと騒ぎ始めた。取っ組み合いをしていた男の先輩は寝転がった大勢のままこちらに顔を向け、ある人は口笛を吹いてはやしたて、またある人はにやけた笑みを口元に浮かべ、好奇の視線を向けてきた。理由?そんなの言わなくてもわかるだろ、どうせあの2人付き合ってるのかなー?とかいった類の話。英華ちゃんみたいな可愛い子と地味メンな俺がつきあえるわけがないのは一目瞭然だろうに。そんな先輩たちをうざったく感じた俺はさっさと階段を上り、1学年の階へ向かった。やはりこの階は校内の中では比較的落ち着く。しかしいつまでも英華ちゃんの手を握ったままで噂が立ってしまうと、英華ちゃんがかわいそうなので手をそっと離した。D組はいつも通りあきれるほど騒がしく、ドアが閉まっているのに会話内容が廊下にまで聞こえてきている。俺は勢いよくドアを開け、すたすたと自分の席へと向かった。英華ちゃんは少し戸惑い、ためらっていたが俺について中へ入ってきた。予想通り俺の席を含め、周りの席はは笹本たちによって動かされ班机のようになっている。先ほど島崎が買っていたパンをほおばりながら談笑していた4人は俺が教室に戻ってきたことに気付き、急に大笑いしだした。

「人の机勝手に使っといてそりゃないだろ」

少しいらついた俺は眉間にしわを寄せ、俺の机に座っていた島崎の頭を軽く小突いた。

「ごめんって、さっきの話をみんなにしたら結構ウケてさー」

「だろうと思った」

両手を顔の前で合わせ、屈託ない笑顔でそういう島崎に俺はあきれてため息をついた。島崎の向かい側に座っていた笹本は先ほどからあんぐりと大きな口を開け、目を見開いている。

「英華、あんた――」

その場にいた誰もが息をのみ、笹本が次に言う言葉を待った。

「他クラスに勝手に入ってきたらだめでしょ!?」

そこかよ!全員がまるでコントのようにがくっとなった。まさか、そんなことを言うなんて誰も想像していなかったから。しかもうちの学校にはそんな校則はないため、余計に笹本の発言がおかしく思えた。

「笹本、お前は中学生かよー」

「へ? どうしてよ!」

どうやら春野の通っていた中学にはそういう校則があったようで、春野はそう言って腹を抱えて笑いだした。対する笹本は全く意味が分からない、状況が飲み込めないといった様子で頭にはてなマークをたくさん飛ばしている。ふと隣を見ると英華ちゃんも口元に手を当ててくすくすと笑っていた。良かった、少しは元気が出たみたいだ。

「よし、天然な笹本は放っておいてパン食おうぜ、パン」

そう言って俺はガタガタと音を立てながら付近の机をふたつ動かし、班机を拡大した。まずはみんなで昼食を食べて、それから紫倉さんの話でもするとしよう。姉である笹本に話しておかないわけにはいかないし、友枝はこの手の相談には強い。島崎はきっと自分のことのように真剣になってくれるだろうし、慰めるなら俺なんかより春野の方がよっぽど上手い。俺は春野みたいに彼女がいたことなんてないし、学校中の女子に好意を持たれるほどモテたことなんかもないしな!とにかくみんな英華ちゃんの力になってくれるはずだから。


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