表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

春野と試練

3限目が終わった後、俺はすぐに教室を出て隣のクラスに向かった。英華えいかちゃんのことが心配で、話が聞きたくて。しかし、体育が終わったばかりで隣のクラスの女子は皆まだ更衣室から帰ってきていなかった。次の授業が美術で移動しなければならない俺は、またあとで来ようと踵を返した。美術室に向かう俺は前を歩く女子の存在に気付いた。彼女はおそらく友枝ともえだだ。小さい頃から全く変わらない彼女の特徴的な歩き方。まるでヒヨコがちょんちょん跳ねるようなかわいらしい歩き方だ。俺の後ろをずっとそうやってついてきていたっけ。

「おーい、友枝」

俺が片手をあげて声をかけたので、友枝は振り返ろうとした。しかし、その時に友枝の手元から大量のプリントがバサバサと大きな音をたてて落ちた。どうやらクラスみんなのプリントを運んでくれていたらしい。俺はあわてて駆け寄り、少しパニックになりながらプリントを拾い集める友枝を手伝った。

「悪い、荷物に気づかなくて」

「全然大丈夫だよ、気にしないで」

俺が謝ると、友枝はにっこりと笑ってそういった。同時に彼女は、たれてきた髪を耳にかけた。その仕草がとてもおとなっぽくて、思わず見とれてしまった。

「――あれ? 髪、くくってなかったか?」

確か、3限目が始まる前はふたつくくりだったはず。とても低い位置でくくっていたため、よりまじめに見えたのでよく覚えている。

「うん、実はゴムがふたつとも切れちゃって……変かな?」

そんなことがあるものなんだ。まぁ俺は、今の友枝の方が好きかな。

「似合ってんじゃん、俺は結構好きだけど」

俺が何気なくそう言うと友枝はなぜか顔を真っ赤にし、またプリントを落とした。そして、はっとしたような顔をして急いでまたプリントを拾い始めた。

「で、また先生の雑用でも引き受けたわけ?」

「あ、うん。今日の授業で使うらしくて」

友枝はいつもこうだ。とても優しいから、こういった人がやりたがらないような仕事も笑顔で引き受けてしまう。だからプリントを拾い終わったとき、友枝からその半分をとり歩き始めた。

沖島おきしまくんいいよ、平気だから――」

あわてる友枝の頭に手を置き、髪の毛を少しくしゃくしゃにする。俺なりの遠慮するなってサインだ。幼馴染の友枝だけに伝わるサイン。

「ありがとう」

友枝が俺の顔を見上げてふわりと笑う。きちんと伝わったようだ。長い長い廊下を俺と友枝は歩く。会話することも特になく、二人の間には沈黙が続く。廊下には俺たち以外誰もいない。まだ授業が始まるまで時間があるが、うちの学校の美術室は少し離れたところにあるため、移動する生徒以外は付近を通らない。こんなところを他の生徒に見られたら噂を立てられてしまうしな。俺は噂なんて気にしないが、友枝がかわいそうだ。中1の時、噂を立てられたショックでしばらく学校に来なかった時期があったわけだし。俺たちがお互いのことを苗字で呼び合うようになったのもあれからだな。そんなことを考えていたら美術室に到着した。扉を開け俺が先に中に入る。まだ人は少なく、数人の女子が黒板を使って落書きをしていた。気づかれないように彼女達の後ろにある教卓の上にプリントを置いた俺は、教室での席と同じ位置に腰を下ろした。何もすることがなく暇なので、窓の外を眺めていることにした。青い空には雲一つ浮かんでいない。ポカポカと暖かい日差しが窓ガラス越しに俺へと注がれる。だんだん瞼が重くなってきて、俺は机にうつぶせた。

「お、沖島。もう授業はじまっちゃうよ」

どのくらいたったのだろうか。おそらく笹本ささもとであろう女子の声が聞こえる。俺を起こそうとしているらしい。俺は重たい頭を持ち上げ、声のする方に顔を向ける。

「お? 起きた起きたー。お前寝過ぎだよ」

俺に声をかけていたのは笹本ではなかった。女子ですらない。ただの女声を出す春野はるのだった。春野はにやにやしながら俺の顔を見てくる。

「なに、笹本に起こされていると思ったわけ? 残念、俺でしたー」

相変わらずうざいな。こいつのどこがいいんだか、本当に女子というものは理解できない。英華ちゃんもこんなのがタイプなのかな。だとしたらショックすぎる。ついでに頭に浮かんだ英華ちゃんの双子の姉である笹本の席を横目で見ると、荷物だけが置いてあった。一応もう来ているようだ。

「なんか反応しろって、おもしろくないだろ?」

春野はまだ俺に話しかけてきている。返事しないことくらいわかっているだろうに。

「で、お前はさ笹本姉妹のどっちが好きなわけ?」

「ふぁっ!?」

春野が突拍子もないことをいうものだから、変な声が出てしまった。

「すすすすす好きとか、全然考えたことなんか――」

なかった。確かに英華ちゃんは可愛い。笹本も実は可愛いといことには気づいていた。友達として2人ともすごく好きだし、これからも仲良くしたい。しかし、恋愛的に好きかと言われたら分からなかった。俺が好きなのはやっぱり今でもあの女の子だけだし、他の子に目移りする気もない。あの2人のどちらかがあの子なのであれば話は変わってくるが。それも定かではない。英華ちゃんの雰囲気が少し似ているというだけだ。全く別の子っていう可能性も捨てられない。

「無責任だなー、笹本を泣かせといて」

「なんでそれ知って――」

あの時あの場にいたのは俺と笹本だけだ。というか教室で少し涙ぐんでいたのがみられたのか?いや、でもあの時笹本は顔を見られないように下を向いていた。

「なんでって俺あの時サボってトイレにいたから。お前がこけた隙に教室に戻ったけど」

あれもみられていたのか、よりによってこいつに。本当に最悪だな。

「はぁ……俺がずっこけたのはまぁいいとして、笹本が泣いてたことはだれにも言うな」

俺は少し春野の方に顔を近づけ、小さな声で言った。もし、言いふらされたら笹本がかわいそうだ。転校初日から変な目で見られてしまうことになる。だからそれだけは何としても防がなくては。

「わかってるよ、そんなことするわけないだろ」

春野なら絶対ににやけながら拒否してくると思っていたため、少し俺は驚いた。こいつ、俺が思っているよりもいいやつなのか?

「悪いな、ありがとう」

「気にすんなって、冗談だからさ」

間もなく授業が始まるらしく、席を立っていたクラスメイト達がだんだん自分の席へと向かっていく。春野も授業準備をするためか、前を向いた。隣の席のいすを引く音が聞こえ、みてみると笹本が席に着こうとしていた。俺はなんだか気まずくてすぐに前へ向きなおした。すると、なぜか春野と目があった。

「お前さ、今日俺と初めて喋ったよな。喋れんじゃん、お前」

「え、あぁ」

「じゃあ、これからは今まで以上に話しかけてくわ」

春野はそれだけ言うとにやりと笑い、体を前へ向けた。めんどくさいことになったと思う反面、少し嬉しいと思ってしまうのはなぜだろうな。

「気をつけ、礼」

友枝が元気よく号令をかける。少し背筋を伸ばして挨拶した俺は次の瞬間、黒板を見て顔をひきつらせた。

「えー、黒板に書いてある通り今日の授業は、隣の人の顔を描くことです」

にこやかな笑みを浮かべながら授業を始めた美術の教科担である大野美香おおのみかは今年採用された新任教師。紗希さきさんと同級生らしく、俺が保健室に行った時たまに2人で楽しそうに話をしたりしている。穏やかな性格と豊かな感性から描き出される美しい絵が生徒たちにも評判だ。教師をしながら画家としても活動をしていると聞く。癖のある短い黒髪、澄んだ瞳。美人とは違うが、とてもかわいらしい印象を受ける顔立ちだ。そんな彼女を見て顔をひきつらせたのではなく、授業内容にひきつらせたのだ。俺の隣の席は笹本だ。

「な――なによ」

俺がしばらく笹本を見ていたものだから、笹本は少し引いているようだ。先ほどのこともあり気まずい中、お互いの顔をずっと見て絵を描くだなんて俺には耐えられない。対して笹本はなぜか少し嬉しそうにスケッチブックを開き始めている。どうやらこれは避けて通れない試練のようだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ