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平凡に別れを告げる

笹本ささもと島崎しまざき友枝ともえだがまだ俺の席の周りで騒いでいる。俺が願うのはただ1つ、早く先生来てくれ!!3限目開始時刻は10分以上前に過ぎているのに、いまだに先生が来る気配が全くない。教室はまるでバーゲンセールの会場のように騒がしい。いつもならば学級委員の友枝が注意して静かにさせるのだが、今日は彼女自身が騒いでいるため注意する人が誰もいない。クラスメイトは誰一人として席に座っていない、俺を除いて。今、先生が来れば教室は静かになり、座っていない俺以外の奴らは怒られることになる。俺にとっては一石二鳥だ。次の授業は数学。教科担任はうちのクラスの担任の牧田大悟(まきただいご)だ。20代後半の若手新婚教師。熱血漢だがのらりくらりとした面もあり、よく授業に遅れてくる。分かりやすい授業と生徒に熱心にかかわろうとする姿勢で多くの生徒から好かれている。俺には偽善者に見えるから、あまり好きではない。本当に俺はひねくれているな。昔はそんなことなかったはずなのに、いつからこうなったんだろう。

「遅れてすまない、授業始めるから座れよー」

急いだ様子が全く感じられない雰囲気で牧田が教室に入ってきた。そして生徒を全く叱らなかった。

「先生も学生の時ならみんなのように騒いでいただろうからな、今回は許すぞ」

それどころか教師としてあるまじき発言をしている。やはり俺はこの教師が好きではない。頭をかきながら号令をかけさせる牧田。さっきまでとは一変し、シンとした教室。その何もかもが気に入らない。中学2年のあのころを思い出すから。

沖島おきしま、大丈夫?」

横を向くと笹本が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。こいつは俺なんかと違って本当にきれいな顔をしているな、改めてそう思った。

「顔色悪いけど、保健室に行った方がいいんじゃない?」

「全然大丈夫だから」

「でも――」

俺はそっけなく返すが笹本は引き下がらない。

「お前には関係ないだろ! ほっといてくれよ!」

少しいらついてしまい、思わず怒鳴りつけてしまった。笹本は一瞬とても驚いた顔をして、それから瞳が急に潤んだ。席を立ち教室から駆け出る彼女を俺は無意識に追いかけてしまっていた。俺が廊下に飛び出した時にはもう笹本は遠くまで走って行っていた。

「どんだけ足速いんだよ」

息を切らしながら俺は彼女を追いかける。後で牧田に呼び出されて怒られるのは確定だな。シンとした長い長い廊下に足音がだけが響く。少しずつ笹本との距離が縮まっている。俺だって足が遅いわけではない。中学時代は陸上部のエースだった。

「きゃあっ」

前方で悲鳴が聞こえ、みてみると笹本がこけていた。俺と笹本の距離がぐんぐん狭まっていく。俺は速度を落とそうとしたが、なぜか足が止まらない。このままではぶつかってしまう。

「笹本、危ないから避けろっ!」

「へ?」

ぽかんと口をあける涙目の笹本、その少し手前でずっこけた俺。本当にかっこ悪い。恐る恐る顔を上げると笹本と目があった。その瞬間彼女はおなかを抱えて笑いだした。

「な、なんで笑うんだよ!」

「だって、沖島ひっどい顔してるんだもん笑っちゃうよ!」

確かに顔が床と勢いよく摩擦したせいでひりひりしている。きっと赤くはれたりしているんだろう。それにしても、笹本はさっきまで泣いていたはずだよな?

「なぁ笹本――」

「なに?」

「さっきは、悪かった。ごめん」

俺は深く息を吸い、そういった。すると笹本は唇を尖らせて、視線をそらした。

「ホントだよ、人がせっかく心配してあげたのに」

「ごめんな」

「いいよ、許す」

ふわりと笑う彼女はとても可愛かった。

「笹本ってさ、優しいよな」

「ふぇっ!? な、なにいってんの」

俺がふいに言うと、彼女はひどく動揺した。目を泳がせ、声を裏返らせた。その仕草も可愛く思える。だんだん体が熱くなってきて、笹本を見ることが出来なくなった。笹本もまた俺から目をそらし、お互いに何もしゃべらない状態が続く。沈黙に耐えられなくなった俺は立ち上がる。

「俺、教室戻ってるな」

そう言い残し、その場を立ち去る。喉の奥がキュウッと締め付けられるような感覚に襲われた。トイレの前を通り過ぎた時、あいていた扉から見えた鏡に真赤な顔をした俺が映っていた。なんだか無性に恥ずかしくなって俺は、教室に向かって走り出した。

「沖島、勝手に教室を飛び出して廊下を全力疾走して帰ってくるなんて――」

だからもちろん怒られるよな。俺は次に牧田の口から出るお叱りの言葉を待ち構えた。

「青春だなぁ。先生もやってみたかったなぁ」

そうだった。こいつは教師としてあるまじき存在なんだった。まともな返答を期待した俺がバカだったが、さすがに――やってみたかった――はないだろ。少年かよ、あんたは。まぁそんなことを言っても心はいつまでも少年だ、なんて言うんだろうが。

「どうした、座らないのか? 今ちょうど今日の授業で一番大事なとこだぞ」

1人で悶々と考え事をしてしまうのは俺の悪い癖の1つだ。にこにこと俺に笑いかける牧田の顔を一瞥し、俺は自分の席に座った。ふと窓の外に目を向けると隣のクラスの女子たちが楽しそうにバレーボールをしていた。そのあつまりの中から俺は、英華えいかちゃんを探そうと目を凝らす。彼女は案外すぐに見つかった。なぜならば1人だけ輪の中から外れ、ポツンと遠くから他のみんなを眺めていたからだ。ここからでは距離がありすぎて表情は読み取れないが、俺ならばきっと耐えられないだろう。その場にいることすら辛くてできない。心配でぐっと窓に顔を近づける。

「女子の体育が気になるのは分かるけど、今は集中しとけって」

俺の頭を丸めた参考書でポンとたたいてきたのは前の席の男子。癖のある明るい茶色の髪、清潔感あふれる容姿にはじける笑顔。学年中の女子が憧れてやまないこいつの名前は春野翔はるのかける。特に仲が良いわけではない、むしろ嫌いだ。しかしこいつは何かと俺に話しかけてくる。何か返事すると会話が続き面倒なため、俺はなんにも言わずに板書を写し始めた。少し英華ちゃんから目を背けるのは気がひけたが、きっと大丈夫だろう。何かあれば塾の時に話を聞いてあげられるし。――そんな考えが甘いものだなんて、このとき俺はまだ知らなかったんだ。さよなら、俺の平凡な日常。


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