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衝突


英華(えいか)ちゃんかわいいなぁ……」

風呂場では小さなつぶやきも響いてよく聞こえる。自分で言っておいてなんだが少し恥ずかしかった。帰る前に聞くと、英華ちゃんは明日から俺と同じ学校に通うらしい。同じクラスに転入してくれることを家に帰ってからずっと祈っている。もし同じクラスだった時のために今日は母さんのトリートメントをこっそり使って念入りに髪を手入れした。一応言っておこう、毎日してるわけじゃないぞ。布団に入ってからも明日が楽しみすぎてそわそわしていた。目がさえて全く眠れない。眠れない……眠れ……


りく、早く起きなさい! 遅刻するわよ!!」

響く母さんの怒声。母さんはめったに怒鳴ることがないのに、怒鳴るということは――今は相当遅い時間だ!!目覚まし時計をひっつかみ時間を確認すると7時30分だった。俺の学校は8時までに登校するのが決まりで、それ以降だと遅刻だ。俺の家から学校まで走っても40分はかかる。まずい、間に合わない。

「もう陸、お行儀悪いわよ!」

「ごめん、母さん! 行ってきます!!」

母さんが用意してくれていたパンと目玉焼きをいっぺんに口にねじ込んで家から飛び出した。死ぬ気で走ったらまだ間に合うかもしれない。あぁ今日は英華ちゃんが学校に来る日なのに最悪だ!!


俺が学校に着いた時、ちょうど体格のいい体育教師が門を閉めようとしていた。俺は門に向かって見事なスライディングをして見せた。俺の背後では何人かの生徒が締め出しをくらい、遅刻が決定してしまっている。あいつらはこの後生徒指導室に連れて行かれあの体育教師にこってりと絞られるのだろう。俺は額から噴き出た汗をハンカチで拭きながら靴箱に向かった。そこには…英華ちゃんがいた。後ろ姿しか見えないが絶対そうだ。

「英華ちゃ――」

まずった。英華ちゃんに会えたのがうれしすぎて俺は足元に注意してなかった――つまり、つまづいた。そして目の前には英華ちゃんがいる。ごめん、巻き込んでホントにごめん。

「ぶっ!!」

「きゃぁ!!」

あれ、声がちょっと違う?いやいやそんなはずはない。てかそれよりも早くどかなきゃな。

「あ、ごめん英華ちゃ――」

「ちょっと! いきなりなんなの、はやくどいてくれない!?」

俺を押しのけて立ったその女の子は英華ちゃんにそっくりだ。栗色のおろせば背中までありそうな長くきれいな髪。それを高い位置で後ろでひとつに束ねている。すっきりとした目鼻立ち、ぱっちりとした大きな二重、透き通るような白い肌。何もかもが英華ちゃんとそっくりだ。目つきが悪く、俺に対し敵意をむき出しにしているところ以外は。スカートについた砂埃を手で払いながら彼女は不快そうに俺を見た。

「あんた、誰よ? 初対面なのにずいぶんとなれなれしいわね」

「あ、ごめん…人違いだったんだ」

「ふーん、あっそ」

そういうと彼女は廊下を歩いて行った。見たことがなかったからきっと彼女も転校生なんだろうな。それにしても感じが悪かった。あの子の隣の席になった人はかわいそうだな。俺だったら死んでもいやだ。彼女の歩いて行ったのと同じ廊下を歩いて教室に向かう。シューズの底のゴムが床とこすれる音が嵐が来る前の鳥の鳴き声のようにシンとした廊下に響き渡る。今はきっとどこのクラスもホームルーム中だから静かなのは当然だ。それでもどうしてか胸騒ぎがするのはなんでなんだろうか。俺の在籍する1年D組の教室からはなぜか拍手が聞こえ、少しざわついていた。恐る恐る後ろ側の扉を開けて中に入ってみると――先ほどの感じが悪い女の子が白いチョークで黒板に名前を書いていた。

「遅いぞ、沖島おきしま。今転校生を紹介しているから、早く席に着きなさい」

「すみません」

担任の牧田まきたは俺が遅れたことにたいして怒っているわけではなさそうだった。俺は窓際の一番後ろにある自分の席に着き、転校生の方を見た。やはりとても英華ちゃんに似ている。見た目だけならかわいいのにあんなに感じが悪くちゃこのクラスでも浮くんだろうな。

笹本ささもと、これでこのクラスの全員がそろった。自己紹介しなさい」

「はい、笹本英亜ささもとえいあです。よろしくお願いします」

笹本って――じゃあやっぱり姉妹か何かなのか?笹本はさっきの俺への態度とは一変し、口元にやわらかな笑みを浮かべ明るくはきはきとしゃべった。その姿は可憐そのものでごくりと唾を飲み込む音が教室中から聞こえてきた。俺もその一人なのだが。

「みんな仲良くするように。では笹本、席は窓際の列の一番後ろだから座りなさい」

「はい、わかりました」

お、俺の隣!?なんかここ2日間の俺、運良すぎじゃないか!?塾でも学校でも隣が美少女って、どこのハーレムアニメの主人公だよ!笹本がみんなの視線を浴びながら少しずつこっちに近づいてくる。その様子からは先ほどの感じの悪さは全くと言っていいほど感じられない。さっきのはきっと緊張していてイライラしていただけなんだ。こんなかわいい子が感じ悪いわけ――

「うわ、隣あんたなの? 最悪……」

感じ悪い!!しかも俺にだけ聞こえるように言ってるからタチが悪い!少しでもかわいいと思った俺がバカだった。眉間にしわを寄せ不快そうに笹本はつぶやき、席に座る。その時にはもう先ほどの眉間のしわはなく、かわいらしい笑みを浮かべていた。もうこいつのこの笑顔には騙されねぇ……悪魔のような女だ。こんな奴が英華ちゃんと血が繋がってるわけがない!

「ねぇ、丸聞こえなんですけど」

「へぇっ!? 俺、口に出してた!?」

「思いっきりね」

やばい……どうやら俺はまずいことをしたらしい。笹本の顔を見れない。絶対キレてるよな。

「さっきからずっと気になってたんだけど、英華と知り合いなの?」

「へ?」

「だから英華のこと知ってるのかって聞いてるの」

俺の顔を覗き込むようにしてたずねる笹本。騙されるな俺の心よ。こいつは猫を被っているだけだ。

「し、知ってるって言うか友達なんだけど」

「へぇ――いつの間に。どこで知り合ったの?」

「塾でだけど……何?」

笹本が間をおいてから先ほどまでとは違う柔らかな笑みを浮かべる。

「そう……英華は私の双子の妹だからさ、よろしくね。人付き合いがあまり上手じゃないからあの子。」

「え、どうしたんだよ急に?」

「ベ、別になんでもないわよ!とにかく、泣かせたら承知しないからね!!」

「泣かせるわけないだろ!」

あまりに唐突過ぎて大きな声を出してしまった。俺が英華ちゃんを泣かすなんてありえない。

「お、沖島ー。もう笹本と仲良くなったのか、じゃあ校内案内とかもおまえに頼むぞ」

「は!?」

おいおい、やめてくれよ。笹本の校内案内なんかしたら俺がクラスの奴らにどう思われるか――あぁ考えただけで恐ろしい。俺は平凡な学校生活を送りたいんだ!クラス中の、いや学年中の男子から冷たくされるなんて嫌だ!俺が頭を抱える中、隣の笹本はいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

「案内よろしくね、沖島!」

「なんで名前――」

「今先生が言ってたじゃない」

本当にコイツはよく笑うやつだ。コロコロと表情が変わる。英華ちゃんとは全然違うけどこいつはこいつでいいやつなのかもしれないな。

「あ、ついでに飲み物おごってよね! あとお菓子も!」

――やっぱりない、ありえないな。


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