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救世主は俺らしい

「あ――」

教室の廊下側を見つめていた春野(はるの)が急に声を漏らした。その瞬間、俺以外の全員が反射的に春野が見つめる方向へと顔を向ける。遅れて俺もそちらに顔を向けると2人の女子生徒が少し気まずそうにこちらを見ていた。見覚えのある、島崎(しまざき)に負けず劣らずなモデル体型をしたお団子頭と、日本人女子15歳の平均身長である157.0cmを大幅に下回る151cmの友枝(ともえだ)よりも小柄であろうツインテールは俺と目が合うと、申し訳なさそうに笑い手招きしてきた。

「あれは――英華(えいか)ちゃんと同じC組の椎名由羅(しいなゆら)芦屋郁(あしやいく)だね」

「本当に春野くんは詳しいね、あの様子から見て沖島(おきしま)くんに用があるんじゃない?」

口元に手を当て、2人の少女の全身をなめるように見ている春野の隣で友枝が、感心している。純粋だというのは罪だな。春野が何を勘違いしたのかニヤリと笑う。

「ほほう、逆ナンですかな?」

「えっ、そうなの沖島くん!?」

なわけないだろ友枝。まず俺が逆ナンされる時点でおかしいけど、こんなみんなが見ているような場所で逆ナンするやつは絶対にいない。彼女らは先程俺に英華ちゃんの居場所を教えてくれた子たちだ。友枝が言っていたように、彼女らはどうやら俺に用があるらしいため、俺はゆっくりと席を立ち廊下側の開いている窓の方へと近寄って行く。

「何か用か?」

こんな時、普段の女子との会話で培った経験値が丸見えになる。ご存じの通り俺には学校でよく話す女子――この場合、紗希(さき)さんや大野(おおの)先生は含まれない――なんていないし、全体で見ても前園(まえぞの)くらいしかいない。Lv.1経験値0、職業ぼっちの俺はLv.99経験値Max職業リア充の春野のように愛想がよく、好感度の高い話しかけ方なんてできない。どう考えても不機嫌そうにしか聞こえない無愛想な言い方になってしまう。ほんと俺って駄目だな、中学の時はまだましだったはずなんだが。

「あー、えっと沖島陸(おきしまりく)――だっけ? その――笹本(ささもと)さんいるかな?」

日本人らしい艶やかな黒髪を右耳の少し上あたりで握りこぶしと同じか少し小さいくらいの団子にまとめた椎名が一言一言を確認しているかのようにゆっくりと言葉を紡いだ。その後ろでは芦屋が椎名の後ろで、海賊をテーマとした某少年漫画にででくる船医のように体を小さくして隠れている。まぁ、あのトナカイと違って芦屋はきちんと隠れているが。俺は視線を教室の奥の方に向けた。この場合の『笹本さん』は笹本英亜(ささもとえいあ)ではなく、その妹の笹本英華(ささもとえいか)――つまり英華ちゃんだ。。向けた視線はまっすぐ突き進んで不安そうな彼女の目とぶつかった。おびえているようにもとれるその姿を見て、今すぐ呼ぶのは少し無理そうだと思った俺は、少し大きめの声で廊下の2人に問いかけた。

「いるよ、どうかした?」

「つ――次移動教室だからっ! 一緒に行かないかなって思って」

椎名の後ろからぴょっこりと出てきた芦屋は、両手のこぶしを力強く握り、じっと俺の目を上目使いで見つめた。それから少し恥ずかしそうに目を伏せると、また椎名の後ろに隠れる。そんな芦屋を見てなかば呆れながらも「まぁそういうことだ」と言わんばかりの表情をしている椎名。俺は安堵の息を口から漏らし、教室の中に向けて手を招く。それを見た英華ちゃんは、まだ少し不安そうにしながらも、とてとてとこちらの方へと歩いてきた。俺の背後1m先――廊下では、戦いに備えるかのように心を落ち着かせる、大きな呼吸音が聞こえる。正面2m前からは、パレットの上に何種類もの色の絵の具をチューブから思うままに出して、混色している様を鮮明に思い起こさせる、不安、羞恥、期待などの様々な感情をごちゃごちゃに混ぜたかのようななんとも微妙な顔をした英華ちゃんがやって来ている。両方の間の距離が縮まれば縮まるほど、空気に強く電流がビリッと流れ、口に出さずとも両者が緊張していることがよく分かった。先にその空気を破ったのは意外にも英華ちゃんの方だった。

「し――椎名さん、芦屋さん、何かご用でしょうか……?」

勇気を振り絞って話しかけてみたはいいが、やはり少しおどおどしている英華ちゃん。おそらく、もしかしたら紫倉さんの差しがねで、私に意地悪をするために来たのではないか――といったことを思っているのだろう。

「そんな怖がらないでよ、別に紫倉さんに言われてきたわけじゃないんだから」

「そ――そうなの?」

「うん、そうだよっ! 次、移動教室だから一緒に行かないかなて思って……迷惑かな?」

「そんなことないよ、嬉しいっ!」

問題視していた移動教室。彼女達のおかげで何とかなりそうだ。

「英華ー、そろそろ移動しないとまずいんじゃないー?」

教室奥から笹本が大きな声を発すると同時に、昼休みの終わりを告げるオルゴールが鳴る。この旋律が響いたということは、もうあと5分後には5限目が始まるということ。今日は1週間のうちで唯一、1日7限の授業ではなく6限の授業だから、もし授業遅刻なんてすれば教科担任に、授業数が少ないからってたるんでるんじゃない?――などと嫌味を言われることになるだろう。紗希さんでも言うくらいだから、教師という職業は一体どのくらいのストレスをため込んでいるんだろうな。早く大人になりたい、独り立ちしたいなんて思うけれど、そう考えると大人になんてなりたくないなと思う。牧田まきたみたいな中途半端に子供っぽさが残ったそれには特になりたくない。話が大分それてしまったが、俺のクラスの5限目は確か体育……体育!?

「まずいっ! 俺たちも早く更衣室いかないと!」

周りを見回してみると、先ほどまでいたはずの俺たち以外のクラスメイトは姿を消しており、時計の短針は非情にも残り3分のところを指していた。

「ごめん英華、私らもそろそろいかないとまずいわ」

体操着を持った笹本、友枝、島崎は電光石火の速さで教室から飛び出していった。どたどたと大きな3つの足音がだんだんと遠ざかっていく。

「私たちも早く行こう?」

「あ、うん。でも教科書とか持ってきてない……」

「あたしっ、笹本さんの机の上に準備してあったから持ってきたよ!」

英華ちゃんの持ち物をあらかじめ持ってきておくだなんて、英華ちゃんのことをよく見ていないとできないこと。芦屋は俺が思っていたのとは正反対で意外と周りをよく見ているようだ。俺はてっきりわがまま妹系かと思っていたが。

「おい沖島、先いくぞ!」

「あ、おい待て春野っ!」

そんなことをぼんやりと考えていたら春野が俺を置いて行こうとしていた。時計の針はまた1つ分進んだところで、教室に残っているのは俺だけ。さらに焦った俺は体操着をひっつかんで廊下を走る、走る。クラウチングスタートを切ったわけではないが、記録会の時の緊張感を思い出して全力で駆け抜けていく。春野なんかすぐに抜いてやった。目を丸くするあいつを少しだけ鼻で笑って俺は軽く着替えながら直接グラウンドへと向かった。間に合えばいいんだけどな。








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