英才妹救出作戦
「んー! おいしい!」
英華ちゃんはクリームパンを美味しそうに頬張りつつそう言った。
「でっしょー!!」
島崎と笹本が声をそろえて英華ちゃんに同調する。おい、お前らは購買のパン食べたのは今日が初めてだろ。内心突っ込みを入れる俺の隣では、頬っぺたにチョコレートが付いているのも気にせず、色とりどりのカラースプレーがふんだんにかかったチョコレートドーナツに夢中になっている友枝がぶんぶんと首を縦に振っていた。そういえば友枝は週に2日くらいの頻度で購買のパンを食べているんだった。春野はそんな女子陣を見て楽しそうに微笑んでいる。正直気持ち悪い。このまま会話をつづけても永遠に本題に入れないと思った俺は、小さく咳払いをして話を切り出した。
「そろそろ本題入ってもいいかー?」
「本題?」
きょとんとした顔の笹本は全く状況を飲み込めていないのに、ひたすらパンを飲み込んでいた。食いしん坊か、お前は。いやまあそうなんだろうけど。
「えっと、まず紹介するな。だいたいみんなわかってると思うけど、彼女は笹本英華ちゃん。笹本の双子の妹で、隣のクラスに転入してきたんだ」
ジェスチャーで英華ちゃんを示しながら、俺は彼女のことを簡単に説明した。実姉の笹本や女子の情報にはやたらと詳しい春野はもちろん知っているとは思うが、島崎と友枝は雰囲気でしか彼女のことを分かっていないと考えたためだ。
「よ――よろしくね」
急に紹介された英華ちゃんは背筋をぴんと伸ばして挨拶をした。それに友枝が笑顔で拍手をする。
「それで実は、英華ちゃんが厄介な人に目をつけられたらしいんだ」
「紫倉愛海か?」
「な……なんでわかったんだよ」
やけに真剣な顔で春野がその厄介な人の名前を口に出した。まさかそんなすぐに誰のことかを当てられるとは思っていなかったから、俺は少し動揺してしまう。いくら春野が女子の情報に無駄に詳しいとはいえ、いじめっこだとかの類の話まで知っているとは思わなかった。やっぱりこいつちょっと気持ち悪いな。
「あいつはちょっと厄介だからな。有名な話だろ? ね、友枝ちゃん」
「そうだね。紫倉さんが入学早々、気に入らない3人の先輩を退学に追い込んだって話はみんな知ってると思う」
春野の言葉に友枝が答える。どうしよう、俺そのみんなに含まれていないぞ。先輩を退学にって――やばすぎだろ。俺はそんなこと全く知らなかった。そんな俺もある意味やばいな。
「その紫倉さんによく思われてないみたいで、クラスで色々と辛い思いをしてるみたいなんだ」
俺がやばいのは一旦置いておいて話を続ける。笹本の眉間には刻み込まれたかのように深い縦じわが3本出来ている。そして隣の島崎が無表情のまま、口を開いた。
「それで、結局なに?」
両の掌を勢いよく机に叩きつけ、俺は立ち上がった。そして俺は新鮮な空気を軽く肺に送り、自分が口下手であるため言いたいことがうまく伝わるか不安に思いながら一番重要な言葉を吐き出した。
「俺達で何とかしないか?ってことなんだけど……」
島崎に結論を問われ言った、青春臭いセリフがなんだか恥ずかしくなって俺はみんなから目をそらし、頭を掻く。すると、急に島崎は立ち上がり頭を掻く俺の右手を両手で取った。
「沖島、あんたがそんないい奴だなんて思わなかったよ!」
少し鼻息を荒くしながら、島崎が俺を褒めている。褒められ慣れていない俺の顔は今、熟した林檎のように真っ赤になっていることだろう。そんな俺にはお構いなしに島崎はなお、俺のことを絶賛する。
「や――やめろって、恥ずかしいだろ」
「私は猛烈に感動したわ! もちろん協力しますとも! 英華、辛かったねっ」
どうしよう、島崎のテンションについていけない。とりあえず島崎は英華ちゃんのことを自分のことのようにとらえてくれているってことだな。それなら問題はないだろう。
「わ――私も協力するよっ、沖島くん! 英華ちゃん、もう1人じゃないよ!」
「ありがと、友枝」
「ありがとう!えっと――」
そうだった、俺はみんなに英華ちゃんの紹介はしたけど、英華ちゃんにみんなのことを紹介していなかった。
「島崎琴葉、琴葉って呼んで!」
「友枝栞です、よろしくね?」
「うんっ! 琴葉ちゃん、栞ちゃんありがとう!」
可憐で可愛い女の子達が友情をはぐくむ、何とも美しい光景に俺と春野が見惚れていると、笹本が大きな音をたてて椅子から立ち上がった。自身の臍を見つめているかのようにうつむく彼女の表情は、彼女よりも10センチほど背の高い俺にはよくわからない。ただ彼女の肩が小刻みに震えているため、――もしや英華ちゃんが可哀想になって泣いているのではないか?――と思った俺は少し心配になって笹本に手を伸ばす。その瞬間――
「私も話に入れなさいよっ!!」
「いってぇ!」
彼女のポニーテールが鞭状の凶器となって俺の手を襲った。めちゃめちゃ痛い。ただの髪の毛の束にこんなにも威力があるだなんて、知らなかった。当の笹本はというと、先ほどと変わらず眉間にくっきりとしわを寄せ、更に腕を組んでいる。どこからどう見ても、とても苛ついている様子だ。どうやら話の展開が理解できず、状況をまだ飲み込めていなかったというのにどんどん話が進んでいったのが気に食わないらしい。ていうか、まず俺に謝れよ。手の甲が何気に赤くなってるんだぞ、腕を組んで苛つきたいのはこっちのほうだ!何て言えるわけもなく。
「きゅ――急にどうしたんだよ、笹本」
わかってはいるが、一応笹本を尊重して聞いておく。
「英華がいじめられてるなんて、信じられないよ。しかも……転校初日から!」
「いや、英華。目をつけられただけで、いじめられてはないよ?」
ごもっともだ、島崎。若干はぶられ気味だが、例のシューズがなくなるだとか教科書が破かれるだとかはされていないと思う。
「へ、そうなの? まぁかわんないっしょ!」
「変わるわ!」
笹本のお気楽発言に俺の鋭い突っ込みが飛ぶ。さっきまではかなりマイナス思考だったというのに、こいつの頭の中は一体どうなっているんだ。
「あんた昔から人付き合い下手だもんねー、特に女子と」
「英亜ちゃんはいいよね、みんなから好かれて」
「英華は男の子にもてるんだからいいじゃないのー」
「私は友達の方が欲しいの!」
微笑ましい姉妹喧嘩。しかし――
「お前ら、本題からどんどん逸れてってるぞ」
俺の一言で一応冷静さを取り戻した笹本が静かに席に座り、それに続いて俺達も椅子に座りなおした。まずは今日の午後の対策を考えなければならない。腕を組んで考えていた時、友枝がかわいらしく咳払いをして口を開いた。
「英華ちゃんのクラスの5・6限目ってなに?」
そうか、教科によって対策の方法が変わってくるな。さすが友枝、賢いぜ。
「えっと――確か理科と家庭科のはず」
今、理科では実験をやっている。つまり、2教科とも移動教室だ。そうなると、英華ちゃんが危険なのは移動中。主犯の紫倉さんとは席は離れているみたいだから授業中は何もしてこないはずだし、紫倉さんの言いなりになってる女子たちもそんなことで成績を落としたくないはずだから安全。さて移動中はどうするか。




