突然の出会い
俺の名前は沖島陸。どこにでもいるような苗字に名前、平凡な見た目。クラスでもあまり目立たない存在で、成績も中の上。物語の中では脇役に当たる人間だ。しかしそんな俺にもまるで漫画の主人公のような出来事が起きた。それももう10年も前のことになるが。
――10年前
「ひっまだなー……」
俺は当時7歳で、季節は暑い夏、小学校生活2度目の夏休み。じりじりと焼けつくような日差しが肌を刺激し、黒くする。彼女と出会ったのはそんな日だった。その日は遊ぶ約束をしていた友達が急用でこれなくなり、待ち合わせ場所だった公園のブランコに座り、足をバタバタさせて暇を持て余していた。そこは同じ小学校の生徒が多く遊びに来る場所で、実際何人か見たことのある顔の子が鬼ごっこをしたりジャングルジムに登ったりしていた。俺は楽しそうに遊ぶみんなとは違い、たった一人でいたためなんだか目の前の光景が額縁の中の絵のように感じられていた。俺はそれを指をくわえてみているんだ、額縁の外で。そんな時、俺を額縁の中に引き込む声がした。
「ねぇ! 何してるの?」
後ろから話しかけられて振り向くと知らない女の子が立っていた。
その子は笑顔で僕に話しかけてきた。いきなりだったので少し驚いたこと、女の子の笑顔はきらきらとした太陽のようで顔がほてってしまったことを今でもよく覚えている。
「えっと……遊ぶ人がいないんだ」
声をうわずらさせながらそう答えるとその女の子はニコッと笑って
「じゃあいっしょに遊ぼうよ! 私も暇なんだー」
と言った。その日は公園で日が暮れるまで遊んだ。楽しくて楽しくてあっという間に門限がやってきてしまっていた。
「あ……俺、もう帰らなきゃ――」
「そっか、じゃあまたね!!」
その子は笑顔で俺に手を振って走って行った。俺はバイバイではなく、またねと言われたのが何だか嬉しくて家までスキップで帰った。翌日、同じ公園に同じ時間に行って、彼女が現れるの待っていたが日が暮れても彼女は来ない。それからも毎日そこへ通ったが彼女と再び会うことはなかった。そしてそのまま俺の夏休みは終わった、胸の痛みを少し残して。まだ鼻水を垂らしたままでも全然平気なガキだった俺にもわかった。あれが俺の初恋だと。俺はあの女の子に恋をしたと。あれから10年たった今でもあの日のことは鮮明に覚えているのに、あの女の子の顔がよく思い出せないのはなんでなんだろうな……それでも、俺はまだあの子のことが好きで、また会いたくてずっと探している。もし、もう一度会うことが出来たなら、この気持ちを伝えたい。「好きです」その4文字を君に。
「こらー!! 前向いて自転車運転しなさい!」
「すっすみません!」
「前方不注意で事故しても知らないからなー」
「気をつけますっ!」
おまわりさんに注意されてしまった。実は今俺は通ってる塾に行くために自転車に乗っている。自転車に乗っている時にボーとしてたんだからおまわりさんに注意されても仕方ないな。つーか、ゴールデンウィークに授業ある塾ってどうなんだよ!?普通休みにするだろう!?そんなこんなしていたら塾についた。俺の通う晴海進学スクールはこの辺りではかなり大きく、有名だ。建物の前にはたくさんの自転車が止めてあり、何人かの生徒が大きなガラスの自動ドアから中に入ろうとしている。俺も彼らに続き中に入った。この塾は5階建てのビルの4階までが教室になっていて、中学生から高校生までが授業を受けにやってくる。高校生である俺はいつも通り3階の大教室に向かう。
「あ、沖島ー! 遅いじゃん!!」
教室に入った瞬間俺に女の子が手を振ってきたが、俺はあえて無視をした。なぜならこいつはうるさいからだ。この女は前園あかりという他校に通う生徒だが、この塾では同じクラスだ。さっきも言ったがこいつは本当にうるさい。そして運のないことにこいつは俺の前の席なんだ。授業中にすごい頻度で後ろ向いて話しかけてきやがるから、毎日先生に怒られている。いい迷惑だ。俺が席に座り荷物を整理しているとやはり前園は後ろを向き俺に話しかけてきた。
「今日はね、新しくはいる子が来るんだってー! その子女の子でね、席がなんと――」
「俺の隣になんのか?」
「そうそう正解! なんでわかったのー!? つまんないじゃない!」
「はいはい、つまらなくてすみませんね」
その聞き方でこの答え以外だったらびっくりするわ。それにしても前園は本当に変わってる人だと思う。これで彼氏がいるって言うんだから驚くよな。物好きなやつもいたもんだ。
「席につけよー、入塾生を紹介するからな」
丸めた教科書で自身の肩をたたきながら講師の滝川が教室に入って来た。こいつ、やくざみたいで怖いんだよな。だから怒られるのが嫌で誰も反抗せずに無言で着席する。もちろん俺もだ。そんな俺たちを見て満足そうな笑みを浮かべている滝川の後ろをついてきた入塾生は――それはもう可愛かった。栗色の長くふんわりした巻髪に大きな瞳、雪のような白い肌に桜色の小さく薄い唇。そのすべてが愛らしく、純真そうに見えた。
「笹本、自己紹介しなさい」
「はい、えっと……笹本英華です。よろしくお願いします……」
まるで小動物のように可憐でふわふわしてて――俺、隣の席とか超ラッキーじゃん!なんとなく雰囲気があの子にも似てるし、もしかしたら――
「なーににやけてんのよ、気持ち悪い」
「うるせぇ前園!」
「何よ、にやけてたのは事実じゃない!」
「事実じゃねーよっ」
「沖島、前園うるさいぞ!!」
滝川が丸めた教科書を教卓にたたきつけて怒鳴る。またあいつに怒られた。俺、にやけてねーのになんで怒られなきゃいけねーんだよ。
「あの、隣座ってもいいですか?」
「え、あぁどうぞ」
近くで見ても笹本さんは可愛かった。そこら辺にいる自称イケてる女子だとか、読者モデルだとかなんかの何倍も。作ったかわいさでなくて自然なかわいさっていうのかな。
「ねぇ、私前園あかりっていうの。こっちの陰気臭いのは沖島陸って言ってね――」
「陰気臭いって言うな!」
「実際引きこもり予備軍でしょー?」
「うるせぇ、休日にネットしかしてないだけだ! 家から出ないだけ!」
「それを世間一般では引きこもりって言うのよ!」
こちらに人差し指を突き出して前園が言い放ち、それを俺が右手ではたく。
「ふふふ、お二人ともおもしろいですね」
ふんわりとほほ笑む彼女に俺と前園は見惚れてしまった。
授業を受け、みんなが荷物をまとめていた時、前園が急に後ろを向いてきた。
「あのね、英華ちゃん。私達3人、友達にならない?」
前園、お前たまにはいいこと言うじゃねーか。
「え、いいの?」
「いいに決まってるよ―!! ね、沖島!」
「笹本さんと友達になれるとかめっちゃ嬉しいよ!」
俺は食い気味に答えた。
「ありがとう……下の名前で呼んでくれると嬉しいな」
それは…英華ちゃんと呼んでもいいということだろうか。こんなかわいい子を俺が下の名前で呼んでいいんだろうか。いや、彼女が呼んでいいって言ってるんだからいいよな。
「いってぇ!」
「きもい顔すんな。呼んでいいって言ってくれてんだからさっさと呼びなさいよ!」
自問自答してたら前園にビンタされた。コイツはすぐに手をあげやがる。
「だっ大丈夫!? 頬っぺた腫れちゃってるよ、冷やさなきゃ!」
天使すぎる……俺のこと心配してくれてるよ。優しいなぁ。
「ありがとう英華ちゃん、大丈夫だよ。そうそう俺らのことも下の名前で呼んでいいから」
「うん! よろしくね。あかりちゃん、陸くん!」