閑話:禁断の目覚め
私、ナリア・オルビスは、オレアノラ王国首都レノラにある自宅の一室で、宮廷魔術師の責務とされている、下らない報告書をしたためていた。
この報告書を月に一度、適当に書いて提出するだけで、莫大な研究費が支給され...それなりの身分も約束される。
約束されるとは言っても、小さなオレアノラ国内でだけだが。
おそらく、遠くない未来に...この国は攻め入られて陥落するだろう。そして魔術師などの有益な人材は、戦勝国にいいように使われて捨てられる。
今この世界では再び戦乱の世を見せようとしている...でも、そんなのに巻き込まれるのは御免だわ。
戦争が始まる前にはここを離れないといけない。そう考えると、つきに1度だけの仕事でも下らなく感じてしまう。
元々、報告書の題材はある程度溜まっている為、それを小出ししていれば後数年はこの暮らしを続けられるだろう。
いざと言うときの蓄えも十分に出来た。
生きていく為に出来る事はやった。
でも、自分の生甲斐を見つける事は...出来なかった。
女手一つで育ててくれた母も、もう居ない。身内の人たちは皆居なくなってしまった。
私はこのオレアノラ国内に点在する小村で生まれた。
私が生まれてすぐに、父が病気で亡くなった。
母には自分の大切な物が見つかったなら、それだけで生きている価値があるといわれた。
母にとって、かけがえのない大切な物は私だといってくれた。
だから、私が物心つくまで大切に育ててくれた。
自分にとって何が大切なのか。それを求めるために、様々な地へ赴き...様々な事を学んだ。
そして、自分には魔法の素質が有ることを知り、我武者羅に研究をし続けた。
自分の素質を磨けば、何かが見えてくるのではないだろうかと、そう思いながら...。
ただひたすら走るように生きてきたというのに、何のために生きていたのかがわからない。
私が開発した魔法を、腐った王国の仕官どもに食わせるため?
私の魔法を、下らない戦争に使うため?
・・・・・・私はこんな人生を送りたかったんだろうか?
母のように、何か大切な物を守る生き方をしたかったのではないだろうか。
そんな物思いに耽っていると、どこからか念話魔法で声が響いてくる。
『・・・・・お・・いだ、誰か・・・・! 誰か・・・の子を助・・・あげてくれ!!
俺は・・・・なってもいい。 死んだってか・・・ない! 小鳥を助けてくれ!!』
・・・女の子の声?随分と可愛らしい声ね。
小鳥を助けてくれ・・・か。真っ直ぐなのね、この子。
私も昔は、こんな真っ直ぐだったような気がする。
...良いわ、こんな報告書を書くよりもよっぽど有意義じゃない?
「座標特定、距離は90ってところね。」
それじゃ、行くとしましょうか。
『そのまっすぐな心、気に入ったわ』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
転移魔法で現地に飛ぶと、その場にはむさい男と、倒れこんだ女の子、それに男が何かを握っている。
あれは・・・ホウセントエルネシアの幼生?
幼い状態で捕まえられたあの鳥に将来は無い。魔力を吸い出され、あげく殺されてしまうだろう。
さっき言っていた小鳥って、あの事ね。
どうやら魔法で身動きを封じられているらしい女の子を見ると・・・
心臓が、今まで生きてきた中で一番の鼓動をした。
暗視魔法を使った私の目に、妖精が映った。
お尻まで伸びる艶やかな黒髪。
人間として極限まで整ったスタイル。
そして・・・・白い陶磁器のような肌と、妖精のような愛らしい顔。
小顔でありがなら、一つ一つの顔のパーツが最適の形で、最適の位置にあるとでも言おうか。
今までに見たことの無い、完璧無比な美少女。
一瞬にして、人生初の恋に落ちてしまった。一目惚れなんて本当にあったのね・・・。
・・・そんな世界の宝と言っても過言ではない女の子を、地面に転がして下衆な笑いを発している汚物。
・・・・・・・・・・・死刑。(ニッコリ)
『怨鎖』
魔法のスペルを脳内で詠唱し、呪文を口に出して上位束縛呪文を放つ。
「な、なんぶべぇ!?」
金色に輝く鎖がどこからともなく出現し、汚物を近くの木に縛り付ける。
小鳥を掴んでいた手が緩んだのか、草の上にぽとりと落ちる。
小鳥はそのまま女の子の元へちょんちょんと走って行き、心配そうに鳴いている。
人には絶対に懐かないと言われているあの鳥が、ここまで懐いているなんて・・・
この子の人間性が良い証拠ね。
外見が最高なら、中身も最高だなんて・・・・・
そんな宝をキズモノにしようってわけ? へぇ・・・・ 死刑のランクを上げる必要が出て来たわ。
「な、なんだ貴様!? 何故こんな場所に居る!」
「それは私のセリフね? こんな何も無い場所で、女の子を襲っている変態さん? 大方、その鳥を捕まえて大もうけしようとでも思ったんでしょうけど・・・でも、やってはいけない事をしたようねぇ・・・・・・」
「束縛呪文なんぞでイキがってんじゃねぇよ!このアマ!!」
『閻獄の炎』
「な、何!? ぎ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
閻獄の炎は、範囲も威力もそこまで高くは無い。
そのくせ、難易度は高い魔法だ。
範囲はせいぜい半径3mほどだが、10時間もの間、絶え間なく噴出し続ける炎で、対象を焼き尽くす。
「一撃で死んでもらっては、罪の償いにはならないでしょう? せいぜい苦しむことね。」
「ぎ、ぎざまぁ・・・!!!」
汚物は放置して、女の子の元へ即座に駆け寄る。
低位の魔法ではあるが、束縛呪文が解けていないようだ。
女の子の手を握り、呪文を唱える。
『解印の導』!
うっすらと女の子の身体を覆った小粒の光が、呪いを打ち消す。
「傷は負ってないみたいね、よかった・・・。小鳥ちゃんのほうは一応回復魔法を掛けておきましょうね。」
「ピッ?」
小鳥へ向かって手の平を広げる。
『治癒の光』
手の平から流れ出す青白い光を浴びた小鳥は、汚物に握られたせいであちこち跳ねていたり抜けていた羽根が元通りになっていく。
左の翼にケガをしていたようだけど、もう大丈夫でしょう。
この女の子が結んであげたと思われる布を解く。
一通りすることが済んだので、縛り付けた木ごと燃え続ける汚物へ話しかける。
「そこで死ぬまで自分の行いを悔いる事ね。」
「ぐ・・・が・・・・ぁ・・・・」
最早話すことも出来ないようね?良いザマだわ。
おっと...汚物の事なんてどうでもいいから、早くこの子を介抱してあげなくちゃ!
「さ、とりあえず私の家に転移しましょう。 小鳥ちゃんもついてくる?」
「ピ!」
女の子のお腹に乗り、着いてくる事をアピールしている。
「それじゃ、早速いきましょう。・・・・『イメージポータル』」
二人と一匹の居る場所を基点に、直径5mほどの魔方陣が展開される。
そして、淡い色を放つ粒子へ身体が分解され、その場から消えた。
後に残されたのは、かつで人形であっただろう何かだけだった。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
家に着いたら、早速女の子を介抱する。
薄汚れた、見たことの無いデザインの上着とズボンを着用している。
こんな格好をこの子にさせるだなんて・・・神経イカれてるとしか思えないわね。
それ相応の格好をさせて然るべきよ!
この服装をさせた何者かへ怒りをぶつけつつ、服を脱がせていく。
不思議な仕立て方で作った服のようで、なかなか脱がせるのに苦労したけど、上着とズボンを脱がせる
事に成功した。
簡素な白いシャツと、全く可愛くないパンツを履いていた。
・・・・・この子、どんな酷い扱いをされていたのかしら。 まるで男の子のような格好じゃない。
ブラジャーさえつけていないだなんて・・・ この整ったバストが崩れたらどうするのかしら!
多分、服装から言って異世界から来た冒険者なんでしょうけど、何らかの理由であんな場所に放置されたのね・・・
この怒りをどこにぶつければいいのかしら。...はっ! そんな事よりも、さっさと洋服を準備しなきゃ!いつまでもこんな貧相な物を着させる訳にはいかないわ!
自分の服を仕舞ってあるタンスから、上着やらスカートやらパンツやらを取り出し、手先が霞むほどの速度で手直しを始める。
「とりあえず小さく直して、今日の所はひとまず着れればいいわ。明日にでも服を買いにいけばいいでしょ!」
そして数分後、服が出来上がった。
そしてすっぽんぽんにひん剥いた女の子に服をきせて、朝までいじくりまわしていたのは言うまでも
ない。
・・・天国に居るお母さん!私、大切な物が見つかりました!!!
このことを後日聞かされたアキは、初日の朝と同じように部屋の隅でぶるぶる震えていたそうだ。
改稿12/10