小鳥の旅立ち
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変なおっさんに襲われて二度目の死を体験すると思ったら、男として二度目の死を体験した。
もうお嫁にいけない!という言葉を自分で言う事になろうとは...。
現在、木目調の壁に、インテリアが適度に自己主張する、小奇麗なお部屋の隅で膝を抱えて震えている。
「ねぇ、名前教えてくれないの?私の名前はナリアよ!ほらほら、そんな隅っこに居ないでこっちへいらっしゃい!」
「...ここから動いたら捕食者に襲われそうで怖いです。」
このナリアという女性に、気絶している間に口では言い表せないような事をされていたというのは、もう俺の中の黒歴史に封印済みだ。
不思議なもので、男だった頃は女の人に寄って来られるなんてことはなかったのに、女になった途端に、こんな事になるなんてね...複雑な心境だよ。
男の頃なら嬉しいハプニングだったかもしれない。 ナリアさんは間違いなく美人さんだし・・・
だが女になったせいか、あーんなことやこーんなことされても怖いだけで全く嬉しくない。
というか、展開が急すぎて頭がパンク状態に陥っている。
「そーやって小さくなってる姿も可愛いわ・・・!もしかして誘ってる?」
「な、何をですか!?」
この人、何を突然言い出してるんだ...もしかして○ズとか百合とか言う人なのか!?
危ない匂いがプンプンする...この局面をどう乗り切ればいいんだ。今の俺には荷が重過ぎるよ...。
ここは考えを切り替える事にしよう。ビアンとかどうでもいい事は後回しだ。
・・・・あ、そういえば、このナリアさんが俺と小鳥ちゃんを助けてくれたんだよね?
理解しがたい事ばっかりされるから忘れかけてたけど。
お礼言ってないな・・・ ちょっとアレな人かもしれないけど、助けてくれたのは間違いない
んだろうし、ちゃんとお礼しなくちゃね。
「あ、あのー・・・お礼を言うのが遅くなってしまったんですけど、助けてくれてありがとうございました。本当に助かりました。」
「いいのよそんな事!別にお礼が言われたくて助けたんじゃないわよ? 人間困ったときはお互い様って言うものよ!」
あれ...? 意外といい人なのかもしれない。さっきアレな人とか思ったけど、実はマトモな人なのかな?dとすると、結構失礼な事考えてたかも?
「だから、お礼はいらないから貴女を貰・・・おっと。そんなことよりもお腹すかない?何か作ってきてあげる!」
鼻歌まじりに部屋をいそいそと出て行ったナリアさん。 なんかいやな言葉が聞こえかけた
気がしたけど、多分空耳だね!そんな細かいこと気にしてたらいけないのさ!
頭をぶんぶん振って考えを断ち切る。
連動して長い黒髪がばさばさ揺れる。こんなに長いと邪魔だなぁ...切ろうかな?
ベットから少し離れた所にある小さなタンスの上に、畳まれた作業服と安全帯があった。
立ち上がってタンスのところまで行き、自分の荷物を確かめる。
そして安全帯のホルスターから電工ナイフを取り出し、背中に流れている髪の毛を一まとめにして
電工ナイフをあてる。
「よいしょっと・・・「何してるの!?」」
「へ?髪ジャマだなーっと思って切るところですよー。」
扉の方向に振り向くと、ナリアさんが目と鼻の先に居た。
身長が俺よりも頭一つぐらい高いので、自然と見上げる姿勢になる。
突然声を掛けられたので、どうしたものかと固まっていた俺の右手から、もの凄い速さで電工ナイフをナリアさん奪い去る。
あれ?というかさっき部屋から出ていきましたよね?なんでここに居るの?
「髪を切るなんて許さない! 絶対に許さない!絶対よ!!!」
すっごく怖い顔をしてナリアさんがナイフ片手に怒ってくる。
いやすっごく怖い、せめて凶器(電工ナイフ)はこっちに向けないで下さい・・・
あまりの剣幕にぷるぷる震えて怯えていると、 はっ!とした顔でナリアさんが抱きしめてくる。
「こんな綺麗な髪切っちゃうのはダメよ? 邪魔に感じるなら髪の毛纏めてあげるから、勝手に切っちゃダメよ?」
こくこくと頷いて答える。 この人に逆らってはいけない気がしたんだ・・・。
まさか自分の髪を自分で切ろうとしただけで、こんなに怒られるとは思わなかったよ。
「さて、お料理の途中だったから戻るから。 ちょっと待っててね?」
打って変わって、笑顔で話しかけてきたナリアさんにどう話しかければいいのかわからず、頷くだけに留まった。
そして、再び扉を開いて出て行くナリアさん。
電工ナイフも持ってっちゃった・・・あれ入社してからずっと磨いで使ってるお気に入りだから、捨てたりしないでくれるといんだけど。
ぽふっとベットに仰向けにダイブする。
「ピピッ、 ピィ?」
どこかに隠れていたのか、突然胸の間に小鳥ちゃん出現。
ぼへーっと何も考えないで天井を見つめる俺を心配そうに見ている小鳥ちゃん。
頭なでなでしようかな。と思って小鳥ちゃんを見ると、翼に巻いていた布切れが無くなっていて、傷も治っていた。
「お?小鳥ちゃん直ったの? よかったねぇ!」
羽をちょんちょん触ると、ぱたぱたっ と羽ばたいて見せる。もう大丈夫って言ってるのかな・・・。
本当に賢い小鳥ちゃんだ。
傷が治ったのなら、こんな窮屈な部屋じゃなく、空に帰りたいんじゃないだろうか?
「もう傷も大丈夫そうだし、小鳥ちゃんはお家に帰る?」
両開きのちょっと大きめな窓を指差して話しかける。
「ピ、ピピ!」
ぱたぱた羽を動かしているところを見ると、やっぱり戻りたいようだ。
自然の生き物だからね。自然に帰してあげるのが一番いいとわかっていても、どこか寂しい気持ちがわいて来るのは仕方ないよね。
小鳥ちゃんを両手で持ち起き上がる。 窓まで歩いていって留め金のような物を外し、外へ向かって開け放つ。
「もう変なおっさんに魔法を打たれたりしちゃだめだよ? あといじめられたら帰ってくるんだよ?」
「ピ!ピピピ!」
ぱたぱたと羽ばたいて飛び始める小鳥ちゃん。
そのまま窓の外へと行くのかと思ったら、俺の顔に寄ってきて唇に嘴をくっつけてきた。
小鳥にふぁーすとちっすをうばわれたっ・・・!!もうこれはお嫁に行くしかない。
そんな下らない事を考えつつ、今自分に出来る最大限の笑顔で小鳥を見送る。
「じゃあね! 元気でねー!!」
「ピピ!」
小さな翼を堂々と羽ばたかせ、晴れ渡った大空へと飛び立った。
元気でな...。また会おう!
そう思いつつ、飛んでいく小鳥ちゃんを見送る俺。
そんな俺の目の前に、ひらりと小さな青い羽根が一枚落ちる。
置き土産か・・・キザなやつだな! 今度来るときは菓子折りを所望しておこうかな...なんてね。
また会える日を思い浮かべつつ、窓を閉めようと手を伸ばすと、脇腹のあたりから突然、腕が伸びてきて胸を揉まれた。
それはもう突然。
「あのホウセントエルネシア、人には滅多に懐かない種類の鳥で、魔力を大量に含んだ翼を持つの。そのせいで生体はすごい高価で取引されるわ。 邪な心を持たない貴女だから、心を許してくれたのね・・・」
「ちょっちょおぉ!? ひゃうん!」
的確に胸の先端にある突起物を狙ってくるせいで、思わず膝が砕ける。
「な、なにするんですか! 感動的な別れがだいなしですよ!」
「元気を出してくれるようにって思ってサービスしただけよ? それに誰があの小鳥を回復魔法で直してあげたと思ってるの?」
「か、回復魔法?」
「そ。貴女にすっごく懐いてるから、サービスで直してあげたわよ!」
やっぱりいい人なのだろうか? いやでも突然胸揉むような人だし。
「それよりも、その羽根...ちょっと見せてくれる?」
「ぇ? あ、どうぞ。」
ナリアさんに青い羽根を渡す。
「やっぱり・・・これはホウセントエルネシアが、心を許した者にだけ与えると言われている心の羽根よ。」
心の羽根?
ナリアさんから返された羽根をまじまじと見つめると、うっすらと光っていることに気づく。
「その羽根を持って、あの小鳥ちゃんの事を考えるの。 そうすると効果が出るわ!」
「効果ってなんですか?」
「それは使ってみてのおたのしみじゃない! ささ、早く!」
言われるがままに、両手で小さな羽根を包むように握る。
ぴーぴー鳴きながら擦り寄ってきた小鳥ちゃん、かわいかったなぁ・・・ たった1日しか一緒に居られなかったけど、とってもかわいかった。
またどこかで会えるといいなぁ。
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思い出に浸っていると、両手がほんわりと暖かくなってくる。
そして、眩い光が手から溢れてくる。
思わず目をつぶる。 数秒ほどで光がおさまったので、手を見てみると羽根が無い。
「あ、あれ? 落としたかな?」
四つんばいになって床を探すが、どこにも見当たらない・・・どこいっちゃったんだろ?
「あの羽根は純粋な魔力の塊よ。 使用者に魔法の適正を授けるマジックアイテムだから、もう羽はあなたに取り込まれたわ。ステータスを覗いてみましょっか!」
ナリアさんが俺に向かって右手をかざして来る。
『真実の鏡よ、この者へ宿る力を示せ』
ナリアさんがどこか響きのある音色で、例の呪文を囁く。
すると以前のように、文字が羅列された白い板みたいな物が現れる。
内容は・・・
名前:アキ
レベル:1
職業:居候
筋力:1
賢さ:2
器用さ:2
HP(現在値/最大値):27/27
MP(現在値/最大値):2/530
特殊能力
:慈愛の心
・・・職業、居候? 無職から居候にグレードアップ? いやダウン?
他に変わった点といえば、MPの分母が12から530になってるな、これってゲームとかで言うマジックポイントで合ってるのかなぁ?
後は特殊能力? 慈愛の心ってなんだろう?
「名前はアキちゃんね! やっと名前解ったわ! 名前までかわいいのね・・・」
後ろの危険人物はほうっておいたほうがいんだろうか・・・
「やっぱりマナの量は格段と増えてるみたいね、でもまだ小さかったからかしら?噂に聞くほどは増えてないみたいね。」
え、およそ40倍ぐらいになってるんですが・・・これで少ないの? てか元々の数値が低いのが
アレなんだろうか・・・
「噂だと10000ぐらいになるって聞いてるわよ? まぁこれでも十分に多いほうよ!それにホウセントエルネシアって成体になると1m近い大きさになる鳥よ。それを考えれば 妥当な線じゃない?」
「えっ!? あの小鳥ちゃんそんなにでっかくなるんですか!」
男の頃から比べて小さくなった俺の手のひらに収まるほどの大きさだったのに、そんなにおっきく
なるのかぁ。成長したらまた会いたいなぁ・・・俺のこと覚えててくれるかな?
「きっと大きくなったらアキちゃんに会いにくるわよ!」
「そうですね~...次会うときが楽しみです。」
小鳥ちゃんにまた会える時の事を想像しつつ、再びステータスを見る。
...そういえば、MPの分子が2になってる、10はどこにいったんだろ?
そういえば...ナリアさんの話によれば、念話だかを使ってたみたいだよね。
つまり、無意識に魔法使っちゃったのかな?俺。
てことは俺って魔法つかえるの!? 大発見だな!
きっと『ファイアーボール!』とか叫ぶと火の玉が出てくるに違いない!お約束だよね!
「それにしても、もともとのMPはいくつだったの?残りが2って相当少なくなってるけど。」
「んーと、12だったと思いますよー?」
「12!?ずいぶんと少ないのねぇ・・・普通1Lvでも50はあるものだけど・・・」
一般平均の5分の1だったのか・・・そりゃルィさんにも捨てられるわ。
筋力とか、腕っぷしも無いんじゃ使いようがないもんね...。
「さーて、確認も終わったことだし!ちょっと遅くなっちゃったけど、お昼ごはん食べる?アキちゃん!」
お昼ごはんのワードを聞いた途端、お腹がきゅるるーっと音を立てる。
「...はい、いただきます。」
すっごいタイミングでなきやがって...このお腹!
「お腹の音もかわいらしわ! ささ、リビングで食べましょ!」
その後、手を引かれて部屋を出た。
お昼はビーフシチューのような物と、付け合せにニンジンのような野菜のグラッセ。
やわらかいバターロールのようなパンにサラダだった。
すっごくおいしいんだけど、椅子をぴったりくっつけて口移しで食べさせようとしてくる人が
居なければもっと味わえたに違いない。
改稿12/4