エンジェルウォーズ
今回は新しい映画を。
「300」のザック・スナイダー監督作。
宣伝イメージを見て笑ってしまい、これは是非見たいなと。
ところがわたしの行きつけのシネコンでは日本語吹き替え版しか上映がない。
なんだよ〜〜、と思ったのですが、
いや、待てよ、と、チェックしてみましたならば、
主演の少女たちを演じるのが大人気声優ユニット「スフィア」の4人。
よしよし、分かってるなと、大喜びで見て参りました。
・・・・・・・・。
セーラー服の美少女が日本刀片手にピストルをぶっ放し日本の巨大なよろい武者の怪物と戦う。
これが笑わずにいられようかという強烈デジャビュイメージですが、思いっきり確信犯です。
全編(あからさまに)見たことのある映像のオンパレード。とんがったロックのBGMもロックファンにはお馴染みの既存曲のカバーばかり。映像、音声、全部借り物で作り上げています。
お話の設定は、極悪な継父に精神病院に入れられた少女がエンジェルの導きによってイメージを武器に仲間と共に精神病院からの脱獄を目指す、というもの。
現実の精神病院からの脱獄計画と、まるっきりコンピュータゲームのイメージが交互に描かれる。
プロローグ⇒ステージ1⇒インターミッション⇒ステージ2⇒インターミッション⇒ステージ3⇒・・・
という感じ。
ステージ1はズバリ「鬼武者」。はっきり言ってこれが一番面白かった。これはなかなか見事な「そのまんま」の再現ぶりで、例えば映画「バイオハザード」なんてこういう風にゲームをなんのアレンジもしないでそのまんま再現してくれるのがファンは一番楽しいのになあという感じ。
以下ステージ4まで(だったかな?)続くわけですが、正直言って後半はだれました。ビジュアルは派手で面白いんですが、こう言ってはなんですが、しょせん女の子プレーヤーだな、と。ぬるい!。初心者向けの超イージーモードのプレーを延々見せられている感じで、やってる方は気持ちいいだろうなあ〜、と、すっかり傍観者の気分になってしまいました。アクション物としてはもうちょっと頑張ってほしいなあー…と、いうところなのですが…………………。
宣伝ビジュアルからはきっと、現実世界では「イケてない」いじいじした女の子が、ゲームの世界に入り込んで、ばっさばっさとゴツい敵をなぎ倒し、「気っ持ちイイーーっ!!」と精神が開放される、……というのをイメージするかと思うんですが(←わたしが期待したのはそう)、
ちょっと違います。
※以下ちょっとネタバレ気味の記述をいたしますので「観る!」と決めている方は映画を見終わってから読んでみてください。
ーーーーーーーーーーーーーーー
イメージの中に入り込んだ少女たちは、無敵の大活躍を繰り広げつつ、それが「現実じゃない」と、「現実の自分」を意識しているところが感じられて、見ているこちらも手放しではしゃげないところがある。全然「精神が開放されて」いないんですね。
ミッションが終われば逃げようのない過酷な状況が厳然とそこにある。
彼女たちは一時のイメージから必ずそこに戻ってこなければならない。
彼女たちがイメージの中で大活躍するのは、何か特殊な機械…バーチャルマシンやマトリックスプラグがあるわけじゃない、精神病院に監禁された彼女たちの「現実逃避」でしかない。
そこにどうしようもない暗さと重さがある。
イメージのビジュアルやロックミュージックが、全て既存の素材をコラージュしたように「出来物の再現」であるのは、彼女たちの精一杯のイメージの世界なのだから当然なのだ。
現実に対して「イメージの力で戦う!」というが、わたしにはそういう風には感じられなかった。
「現実」に対して彼女たちは最初から負けている。そしてその抗いようのない鉄壁さは圧倒的で、現実に対して彼女たちはあまりにか弱く、無力だ。
実は「イメージ」に入っていく以前に彼女たちは既にイメージの世界で生活している。精神病院での生活自体がはっきりと「イメージ」で加工されていて、「現実の精神病院」と「イメージの精神病院」と「彼女たちのイメージ」の三段構造になっている。彼女たちが「現実」と見ているのが「イメージの精神病院」なのだが、そこでさえ過酷なのに、「現実の精神病院」での彼女たちの扱われ方がどうであるのか?、想像すると胸が痛い。派手なゲーム世界のイメージは、現実逃避の、更に現実逃避なのだ。これが軽やかなわけがない。
この映画のストーリー自体、いわゆるジャパニメーションに理解がないと、感覚的に分からないだろう。
ストーリーには「宇宙戦艦ヤマト」の昔から「ドラゴンボール」最近では「セーラームーン」や「プリキュア」でお馴染み(?)の、「友のための自己犠牲」「友に自分の夢を託して先へ進ませる」といった展開が盛り込まれているのだが、アニメで熱血戦闘員や美少女たちが「美しく」散っていく様を、生身で演じるとこんなにも痛々しいものかとみぞおちの辺りが重くなる。
昨今、女子中高生たちを中心に「カワイイ」文化が盛り上がり、世間的マスメディア的にもてはやされているが、あっけらかんとした「おバカ」を装って「カワイイ」に興じている彼女たちも、実はそのおしゃれをするために一生懸命アルバイトをして、「自分の世界」を作り上げ、守るために、一生懸命毎日を送っている。しかし日常的にはしゃぎまくっている彼女たちの、現実は?、どうだろうか? 先の将来を考えれば暗い現実ばかりだ。明るい展望なんて一部の限られたセレブリティーのためだけのものだ。今「カワイイっ!」ともてはやされているのだって、大人たちにいいように若さを搾取されているところもあるだろう。「可愛い」と持ち上げられて、その実中身への敬意なんてこれっぽっちもなくて、一時の快楽に消費されて捨てられる。利用され搾取される彼女たちは、それに気づかない振りをして、精一杯イメージで武装して、精一杯自分のプライドや精神を守っている。……と、
ザック・スナイダー監督がそこまで意識してこのストーリーと映画を作っているかは分からないが、自分自身の「感触」として今現在の少女たちをそのように描いているのではないかと思う。
心に熱い情熱を秘め、現実の理不尽さに怒り、しかし表面的な事象はあくまでクールな眼差しで観察し、その構造をクールに表現してみせる。しかしその現れたものは「ポップ」な軽やかさとは裏腹の非常にギスギスした痛々しさであり怒りである。ポップで突き走って「物語」の中で「現実」を粉砕してしまう方が気持ちいいだろう。でも、そうして厳然たる「現実」を物語の中で消費して解決した気にはなりたくない。
ロックだと思う。
「エンジェル・ウォーズ」はロック映画であると言い切ってもいいように思う。
セーラー服に日本刀と、日本のオタク文化へのリスペクトが満載のこの映画、本当にディープなオタクやサブカルチャーへのアンテナの鋭い人ならそれが「ディズニーアニメ」の明快さとはまるで無縁の、現実に対する批判的な意志や苛立ちを強く内包していることを十分知っているだろう。ザック・スナイダー監督も間違いなく知っている。ハリウッド映画にありがちな間違った「中国風の日本」とはまるっきり一線を画する。完全に日本人のオタクの感性で作り上げた映画だ。
これからこの映画を見ようか迷いながらここまで読んでしまった人はすっかり嫌になって観る気を失せてしまったかもしれない。ごめんなさい。しかし、後味の苦い、重い映画が苦手なら、この映画は見ない方がいいと思う。(予告編を見て、あ、駄目だ、と思ったら観ないのが正解)
今の若い人たちにこの映画を一番分かり易く近い感触の作品を挙げるなら、
「エヴァンゲリオン」だろう。
表面的にはポップで、中身は苦く重い、というのが分かるでしょう。
ちなみにわたしは「エヴァ」は大っっっ嫌い。テレビシリーズが盛り上がっていた頃はビデオレンタルや深夜の集中放送で見て、なるほど面白いなと感心していましたが、「映画版最終回」を見て180度評価が悪化しました。監督は「外に出ないオタク」に対して批判的なようですが、「あんただって好きで作ってんだろう? これで商売してさんざん稼いでいるくせに、金取ってくっだらねえ批判をあてこすってんじゃねーや」と、わたしはひたすら不快でした。結局ストーリーがまともに完結していないのも大嫌い。でも、
再映画化されていまだに絶大な人気があるようですからねえ…………、非常に惨めな敗北者の気分です。「良識的な大人の」わたしなんかより、ずーーーーーっと、今の若い人たちの気分を正確に捉えているんでしょうね。はいはい、どうせわたしはもうジジイです。ふんっ。
「エヴァ」に近い感触の「エンジェル・ウォーズ」。
暗く、苦い後味の映画ですが、
見終わって振り返ってみると、イメージの中で暴れ回る彼女たちは刹那的な美しさに輝き、
ラストも、凛とした精神の輝きを放ち、
この強い苦さは、決して嫌いじゃない。
「エヴァ」はもう見たくないけれど、「エンジェル・ウォーズ」はDVDを欲しいなと思う。
ただの女の子好きのオタクかな?