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ジェイコブス・ラダー

「一番好きな映画は何か?」

 と訊かれると困ってしまうが、とりあえず

「好きな映画は何か?」

 と訊かれれば真っ先に名前を挙げる映画。


 1990年、ティム・ロビンス主演、「フラッシュダンス」「危険な情事」のエイドリアン・ライン監督作。「ゴースト ニューヨークの幻」のブルース・ジョエル・ルービン脚本。ちょうどシャマラン監督の「シックスセンス」と「アンブレイカブル」みたいに感動系で一般支持率の高い「ゴースト」と人間の精神の迷宮探求の根暗な「ジェイコブス・ラダー」という感じだろうか?



 主人公ジェイコブはベトナム帰還兵。引き上げ前に敵襲に遭って負傷し、帰国後もときおり不気味な幻を見るなど後遺症に悩んでいる。

 彼は再婚してセクシー系の新しい妻と暮らしているが、離婚した貞淑な妻との間にはゲイブという息子がいた。

 ジェイコブは後遺症の発作に襲われ、元妻と息子のことを夢見、次第にどちらが夢でどちらが現実が混乱していく。

 かかりつけの医師の治療を受けているが、不気味な幻覚はエスカレートしていきジェイコブの精神はぼろぼろになっていく。

 ベトナム時代の戦友が連絡してきて、彼も同じ症状に悩まされていることを知る。

 ベトナムでいったい何があったのか?

 会って話をした直後仲間は何者かに殺されてしまう。

 軍は組織的にベトナムでの「何か」を隠そうとしている。

 夢とうつつを行き来するジェイコブの精神は、うつつの中にも息子ゲイブの後ろ姿を追う。追っていった先で彼を待っていたものは……


 ……というところでわたしはぼろぼろ泣いておりました。

 ああ、主人公のこの気持ちは分かるなあ…………と。

 この映画で泣く人間というのはあまり多くはないと思うのですが。


 この映画は全編暗い不安な雰囲気に包まれ、ストーリーの方向性もなかなか見えず不気味さばかりが強く感じられます。

 観賞者の感じる息苦しさ、重苦しさは、フィルムの中に生きている主人公ジェイコブの生きていることの辛さそのものです。

 わたしは様々に提示されるミステリアスなエピソードをとても面白いストーリーに思うのですが、それがなかなか一つの形に組み上がらないので、苛々した退屈を感じるかも知れない。

 幻覚や発熱に痛めつけられるジェイコブの姿に、「早く終わってくれ」と拷問のように感じるかも知れない。

 この映画は一応ジャンルとしてはホラーに分類されるだろう。

 いわゆるホラー映画には、(あくまで私信でありますが)、気持ち悪い物、嫌な物を描けばホラー=恐怖になる、と勘違いした作品が多くあるように思います。この映画にもそうした不気味な物、汚らしい物が映され、そうした所に傾き掛けた箇所もあります。

 しかしこの映画は「娯楽作品」としてのバランスはきちんと保っていると思うのです。

 ラスト近くジェイコブが追う息子の後ろ姿は、痛めつけられぼろぼろになり、悲痛な思いに満ちた主人公の「救い」になっています。

 それが破滅の階段に向かうことになろうとも。

 それがどんなに恐ろしいことであろうとも、そこに向かって行かざるを得ない衝動、破滅すると分かっていながらそこに踏み込んでしまう陶酔感。それがホラーにおける「娯楽性」だとわたしは思います。


 この映画は犯人探しのようなミステリーではなく、主人公ジェイコブの精神の旅路を描いた物だ、とわたしは解釈しています。

 明確な解答が得られる映画ではないので消化不良で嫌だと思う人もいるでしょうが、わたしは映画という映像物語表現の一つの典型的な傑作だと思います。


※ ※ ※ ※ ※


 実はこの映画、最初はテレビ放送で見たんですね。あまりに感動して後にDVDを買ったんですが。(「ゴースト」は映画館で観ました)

 DVDで見て驚いたんですが、テレビ放送には大幅にカットされたエピソードがありました。

 映画の終盤近く、怪我をしたジェイコブが病院に運ばれて治療を受けるのですが、レントゲンを撮るためその奥へ奥へ運ばれていくとだんだん様子がおかしくなっていき、グロテスクな、地獄の有様になってしまう、という部分が、ほぼ丸々カットされていました。

 一番描写のきつい、ホラー映画として見た場合には一番のクライマックスシーンなんですが、つまりわたしはクライマックスの欠けた映画を見てぼろぼろ感動していたわけなんですね。馬鹿みたいですが、

 このシーンはいらないなあ………、と、全否定してしまいます。

 今現在ジェイコブがどういう状態にあるか?という駄目出し的な解答で、

「いいか? これがおまえのいる現実なんだ。諦めて認めてしまえ!」

 と、脅迫しているんですね。う〜〜〜〜〜む……。

 映画はこの後にベトナムで起こったことの真相が明かされるのですが、このホラー的なクライマックスで答えは確定しちゃったようなものなので、なんだかなあ〜、もういいや、って気になっちゃいます。

 このシーンがないとまだ、ジェイコブに選択の余地が残されていて、どちらを選ぶのか?、まだ自分の意志の自由があって、ラストシーンがジェイコブ自身の選んだものだという解釈が出来るんですが(それでわたしは泣いた)、もう駄目出しされちゃってますからね、意志の自由なんかないんです。ひたすら認めて受け入れるしか。そう思って見直すと最初っからそういう映画なんですけれどね。これじゃあ泣けないなあ………。


 ああ、わたしの感動の涙を返してくれ!、

 と思わないでもないですが、やはり傑作には違いないと思います。

 でもやっぱりカットしてくれた方がいいなあ。

 DVDには特典で「未公開シーン集」があるんですが、うん、これはカットして正解だな、と納得です。

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