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ダークナイト ライジング(観たて!)

 観てきてしまいました、新バットマン最終章「ダークナイト ライジング」!

 以下、出来るだけネタバレは抑えて書きますが、勘のいい人は予想できてしまうと思いますので、「観る!」と決めている人は読まないように。「どうしよっかなあ〜」と迷っている人も、読まずに観に行ってください。映画館で観る価値は間違いなくある映画です。

 では、既に観て来ちゃったわたしの感想を。


 ※ ※ ※ ※ ※







 ※ ※ ※ ※ ※







 ※ ※ ※ ※ ※


 新バットマンシリーズ三部作の最終作であるこの映画、どうしたって映画史に残る大傑作である前作「ダークナイト」と比べられる運命にある。


 「ダークナイト ライジング」は「ダークナイト」を超えたか?


 わたしの結論を言えば、超えられなかったです。

 これはもうしょうがない、クリストファー・ノーラン監督自身がインタビューに、

「超えられるわけないよ。どうしてあの映画があんなに大ヒットしたのか、僕だって分からないんだから」

 と苦笑混じりに答えていますから。

 わたしも「ライジング」を観て、「ダークナイト」って本当にマジックだったんだなあと改めて思いました。

 じゃあ「ライジング」が駄目なのかと言えばそんなことあるわけなく、すごく面白かったです。3時間近くある映画、まったく退屈することなく楽しめました。

 ただ、「ライジング」が大傑作であった「ダークナイト」を超える可能性が無かったかというと、その可能性は十分あったと思う。その可能性をつぶしてしまったのは、クリストファー・ノーラン監督自身のこの映画に対する覚悟が足りなかったんじゃないかと思う。覚悟というよりも、「もう『ダークナイト』のような映画にはしたくない」という思いだろうか?


 冒頭のエピソードで、今回の敵が確固たる意志を持った思想集団であることが示される。目的のためには自身の命さえ差し出すという。

 ここが前作の悪役ジョーカーとは全く違う点。ジョーカーはたった一人ですべての悪を体現していた。ちなみにわたしがジョーカーで一番怖かったのは、マフィアのボスたちと対面した際、ボスたちに「この化け物め」と蔑まれ、「俺は化け物じゃない」と真顔で否定するところ。実は相当屈折した精神を秘めているところが感じられて一発でぞっとしました。

 さて、そんな思想集団である今回の敵……ボスの名前を取ってベイン軍団としましょうか。どうやら彼らはゴッサムシティーを破滅させようと企んでいるらしい。

 物語は前作から8年後。悲劇のヒーロー、ハービー・デント検事の提唱したデント法の施行により犯罪は厳しく取り締まられ、ゴッサムシティーには平和が訪れている。

 しかし。その平和の裏で、新しい悪の芽が着実に、大きく、育ってきているのであった…………というわけなんですが、

 ゴッサムシティーを破滅に追いやろうとする思想集団ベイン軍団が、何故、平和になったゴッサムシティーにそうした強い悪意を抱くのか?が、よく分からない。

 ヒントは作中に散りばめられている。

 富める者は、弱き者を搾取して、より富み。

 不幸な孤児は未来の希望もなく路上に生きるしかなく。

 強力なデント法によって犯罪者と疑わしき者たちが一緒くたに刑務所に収監されている節がある。

 と、悪が萌芽するヒントはあるのだけれど、思わせぶりすぎて、平和な大都市のいくつもある側面の一つずつ程度にしか感じられない。悪が強力な悪の軍団に成長するための動機としてイマイチ弱いと感じてしまう。

 まあ、それも無理からぬところで、実はベイン自身はゴッサムシティーの人間ではなく、外から雇われてやってきた傭兵で、だからなおさらなんでそこまでゴッサムシティーを憎むのか、彼自身の動機が分からない。

 ベインは筋肉の固まりのような巨体をして、顔の下半分に謎のごついマスクをしている。ベインのセリフで、

「俺はこのマスクをするまで誰でもなかった」

 というのがある。してみるとジョーカーのように「俺もマスクをしてヒール(悪役)のカリスマになってやるぜ!」という実はひょうきんな目立ちたがり屋なのか?

 どうもこの悪役キャラクターベインの動機がイマイチはっきりしないところで、悪として、敵としての迫力不足を感じてしまう。

 ここでゴッサムシティーの内部の人間で、金持ちはより金持ちに貧乏人はより貧乏人になる社会に強い不満と復讐心を持つ人間のエピソードがあると、そちらから今回の悪の動機付けが出来て盛り上がるところなのだが。

 実は、それを受け持つのが、今回のキャスティングの目玉、宝石泥棒のキャットウーマンなのですが。

 彼女が、バットマンの、敵なのか?味方なのか? そのつかみ所のないところが魅力的なのですが……魅力的すぎて不満を持つ一般人の代表にはなれないというところがもどかしい。

 という感じで、要素としてはちゃんと描かれているのだけれど、マンガとしてよく出来過ぎているのか、よっぽど敏感でないとそのテーマ性を読みとることが出来ない。面白すぎて困るという、本当にもどかしくジレンマに陥ってしまいます。


 物語は後半、あからさまにゴッサムシティーそのものを標的とした展開になる。

 その手段というのが……「え? (今さら)こういう世界観なの?」と、ちょっと拍子抜けしてしまうのですが。それはともかく。

 敵の標的は完全にゴッサムシティーそのものなのです。

 だから、そこに至るまで、何故そうまでゴッサムシティーが嫌われ、憎まれなくてはならないのか?が描かれていなくては盛り上がれないのだけれど、それがどうもぼかされているなあというのは上に書いた通り。

 でも、それはもう、分かり切ったことなのかも知れない。

 ゴッサムシティーは、都市の性格からも地理的な点からもニューヨーク、マンハッタン島で間違いありません。

 世界の金持ちの中心であり、その足下には貧乏人のハーレムがある、あのニューヨークです。

 世界のテロリストが悪の象徴と目の敵にする、あのウォールストリートのニューヨークです。

 だから、今さら、なんでニューヨークが外から来た傭兵風情にそこまで悪く言われて憎まれなくてはならないのか、言うまでもないし、今さら改めて言いたくもないのかも知れない。それとも「ゴッサム=悪」という敵側の理屈は第1作で説明しているからもういいだろうということかな?

 そこが、クリストファー・ノーラン監督のこの映画に対する覚悟の無さ、というか、「もう(悪の勝利する)『ダークナイト』は嫌だ」という気持ちの表れなのかも知れない。

 前作「ダークナイト」では故ヒース・レジャー演ずるジョーカーが絶賛され、わたしもそれに異論は全くありませんが、ただ、「すごい!すごい!」と悪役ジョーカーばかり絶賛され、ともすると「悪の魅力」のように讃える感想があると正直「そういうのは嫌だな」と思いました。クリストファー・ノーラン監督も同じ危機感を持ったのではないでしょうか? 残念ながらその懸念は「ライジング」公開初日に最悪の形で実現されてしまいました。きっと監督も怒りに震えたことと思います。


 「ダークナイト ライジング」は、わたしの印象は「普通のヒーロー映画だなあ」という感じでした。

 映画の宣伝コピーで「ついに、一線を、越える」とありますが、これをわたしは「ダークナイト」のラストで自ら悪役を引き受けたバットマンが、更に何をするのだろう?と異様な期待を膨らませていたのですが、映画を観た上で解釈するとこのコピーはバットマン=ブルース・ウェインの個人的な問題のことを言っているようです。えい、紛らわしい。JAROに訴えてやる。

 前作の終わりから8年の間で、ブルース・ウェインはバットマンを引退している。無理な戦いで肉体はボロボロで、最初の登場シーンは「ジジイか?」というくらい老けています。そのくせあの血沸き肉踊るヒーローの日々に未練があるようで、ベインという謎の悪の登場で復帰するのですが。

 連想したのは「ロッキー・ファイナル」。

 引退してイタリアンレストランを経営しているスタローンが、あの栄光の日々よもう一度と、ジジイの体を鍛え直して再びリングに立つ。果たして過去のあの熱狂を呼び起こすことが出来るのか!?

 という感じです。

 リングに上がって観衆を熱狂させる戦いを繰り広げる肉体とモチベーションをブルース・ウェインは取り戻すことが出来るのか!?

 というのが、タイトル「ライジング」の意味だったようです。

 ですからかなりまっとうなヒーロー映画なんです。

 あんまり難しいことは考えずに、素直に楽しめばいいんでしょうね。

 もう一つコピーで「伝説が、壮絶に、終わる」とありますが、これも……あのラストは、特に日本人には、お馴染みのパターンなんだよなあ…………

 全体的に、今回は先の展開に予想が付いちゃって、前作のようなストーリー上の驚きはほとんどありませんでした。



 三部作が完結しました。

 第1作「バットマン ビギンズ」は新しくバットマンを作り直し、キャラクター、世界観をより現代的にリアルに作り直した、いわば前シリーズを補強する、過去の物語。

 第2作「ダークナイト」はリアルに再生したコミックキャラクターたちを現代社会にぶちこんで、現代社会の姿を劇画的にキャラクターづけ、我々自身がどういう世界に生きているのかをこれでもかと見せつけた、現在の物語。

 第3作「ダークナイト ライジング」は。

 この完結編で、未来の我々を見せてほしかった。

 クリストファー・ノーラン監督はきっと「ダークナイト」のような暗い結末にはしたくなかっただろう。

 どこまでバットマンをリアルに追いつめるか?を考える一方で、バットマンにヒーローとしての希望を託したかっただろうと思う。

 バットマンをヒーローにしてやりたいという思いが強すぎたかなとわたし個人は感じました。バットマンをヒーローにすることで、映画全体の発するメッセージが弱くなったように感じます。

 けっきょくヒーローが必要だという結論から、もう一歩踏み出したところを、「ダークナイト」の続編としては期待していました。一本の映画としてはすごく面白かったけれど、「ダークナイト」の続編としては正直、物足りない思いがありました。すごく贅沢な不満ですけれどね。


 今回の映画、一つおまけ的な収穫はアン・ハサウェイのキャットウーマン。……キャットウーマンとは名乗ってもいないし呼ばれてもいなかったと思いますが。

 いい! 歴代キャットウーマンでダントツにいい! かわいい!若い! かなりストーリーに絡んでいる割にはリアルすぎて漫画的なキャラクターが弱く、イマイチ印象が弱かった気がしますが、是非、スピンオフで「アン・ハサウェイはキャットウーマン」を作ってほしい! 絶対観に行きます。

 あの衣装でバットモービル・バイク型にまたがるあのセクシーさ。

 今回は空飛ぶコウモリというよりカメムシみたいなメカも登場しますが、やっぱり…バットポッドと言うみたいですね、バイクがかっこいいです! 映画を観た帰り道、久々に夜の道でスピード感の余韻に浸ってしまいました。(「スター・ウォーズ」を観た後ハリソン・フォードになって「ヒャッホー!」と叫んでみたくなったり、「燃えよドラゴン」を観た後ブルース・リーの目つきと身のこなしになっているというあれです)

 今回も映像のリアリティーと迫力は本当にすごかったです。


 やっぱり面白かったなあ。うんとお金があったらもう一回映画館で観たいなあ。

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