ミステリーファン必読書〜島田荘司編〜
先週金曜日(8月5日)NHK総合テレビ「探偵Xからの挑戦状! 夏休み・島田荘司スペシャル「ゴーグル男の怪」」で久しぶりに島田荘司さんの作品に触れました。
ドラマの感想は、
「ま、まあまあなんじゃないの」
と言ったところです。
なんじゃその白けた言いぐさは!?とお怒りのむきもあるかと思いますが、……ふふふふ、ことミステリーに関してのみ、この感想は正しいのです。
ミステリーファン同士の会話において、
「あ、そうだ。こないだの「探偵Xの挑戦状」、どうだった?」
と一方が言ったとして、その彼が番組を未見の場合、ストーリーや犯人、ましてトリックについて語るのは御法度なのはもちろんで、推理を楽しむためにいかなる予備知識も与えてはならず、
「ま、まあまあなんじゃないの」
と、素知らぬ顔で言っておいて、後日ビデオを見た彼と、
「おい、見たぞ、「探偵Xの挑戦状」。なにが「ま、まあまあなんじゃないの」だよ?」
と、二人して顔を見合わせニンマリするのである。
これがミステリーを愛するミステリーファンのエチケットというものであります。
で、本当のところ、「ゴーグル男の怪」の感想はと言いますと……、
わたしの推理は見事に外れました。
久しぶりに面白かったです。と言うのも「巨匠」に対して失礼な言いぐさなのですが。
わたしは
「一人の小説家が書きうる本当の傑作は4つまでだ」
という持論がありまして、もちろんなんにでも例外はあるでしょうが残念ながらだいたい当たってるんじゃないかなあ?と言う気がしていまして、それを「やっぱりそうなんだなあ……」と残念な思いで確認したのが他でもない島田荘司さんの作品においてでした。
わたしは子どもの頃から一つ面白い作品を読むとその作家の作品ばかり続けて読み込むという読書の仕方をしていまして(最近は小説自体あんまり読まなくなってしまいましたが)、島田荘司さんの作品も
「 これはすごい!!!!!!!!!!!! 」
と、猛烈に感動して文庫本を買い漁って読みふけっていた時期があったのですが、残念ながら本当に面白いと思ったのは初期の作品に集中していて、「やっぱり4冊かなあ……」という持論を再確認したのでした。
もちろんわたしのこの意見に
「何を馬鹿を言っておるか!!」
とお怒りの島田荘司ファンは多々おありだろうと思いますが、この場はご勘弁ください。大傑作!と名高い「奇想、天を動かす」でさえイマイチぴんと来ないなあと呆けた感想を抱く程度の脳味噌ですので、どうぞ哀れんでやってください。
さてそんなわたしでも
「 これはすごい!!!!!!!!!!!! 」
と猛烈に感動したのが……………
皆さんは推理小説や推理ドラマを見ていて
「脳天から真っ赤に焼けただれた鉄串に貫かれたようなショック(by横溝正史)」
という物を体験したことがあるだろうか?
そんな激烈で大げさなショック、たかが読書であるわけないだろうと笑うかもしれないが、
わたしはある!
まごうかたなきその体験を!
その、後にも先にもその一回切りの特別な体験をわたしにさせてくれたのが、
島田荘司氏の名高きデビュー作
「占星術殺人事件」
であります。
犯人及びトリックが分かったときの、
「ああああああああああ!!!!!! 分かったああああああああああ!!!!!!!」
という、興奮よりも、脳全体が白熱するようなショックの「体験」は、本当にこの一回だけです。
読んだことのないあなたは、もしあなたがミステリーファンを自任する方であるならば、わたしのだらだらつまらない文章なんかどうでもいいから、ただちに小説を手に入れ、※厳重注意!=決してパラパラ先のページをめくらず!、最初の1ページから一心不乱に読んでいただきたい!
この小説には途中数度に渡って「さあて、そろそろ犯人は分かりましたかあ〜?」という「作者からの挑戦状」が挿入されています(そんなふざけた口調じゃあございませんが)。「探偵Xからの挑戦状!」の元祖みたいな感じですが、これ自体は島田荘司さんのオリジナルというわけではありませんが、それだけトリックに自信があり、「本格推理」として読者と真っ向勝負!と言う姿勢の表明でありましょう。
※いいですか? くどいですが、絶対に先のページをパラパラしちゃ駄目ですよ? うっかり重要なヒントなんか読んじゃったらもったいなさ過ぎて、犯人が分かったときに絶対に後悔しますからね?
どういう事件であるか?
具体的なことは、もちろん言いません。
ただちに読みなさい。
犯人とトリックが、当てられるものなら当ててごらんなさい。
いいですね?
今すぐ読みなさい!
と、くどく言うのは、ミステリーファンならばご存じの方は多いでしょうが、実はこの作品、裁判になっているのですね。(裁判沙汰、ですか。実際裁判にはなってないのかな?)
悪名高き「金田一少年の事件簿」でこのトリックが丸ごとパクられていたのです。
抗議に作品の製作者が非を認め(当然であります!)、現在は原作コミック、映像作品とも見られなくなっているはず…ですよね?(※原作コミックは「島田荘司氏の「占星術殺人事件」のトリックを使用しています」と注意書きの上で発売されているんですね。フン。「原作」を読む前には絶対に読むな!!)
わたしは実写ドラマを「ふうーん、金田一耕助の孫〜? 気にいらねえなあー。でも人気あるんだあ? ふう〜ん」という感じで最初からケチを付けてやる気満々で見てみたのですが、そこでやっていたのがまさしく「これ」で、わたしは自分にとって最も大切な推理小説が汚された……安易なパクリに、あまりに安直な使い方に、ケチを付けてやるどころじゃない、製作者の馬鹿に殺意さえ覚え、その夜はいつまでもはらわたが煮えくり返って眠れないほどでした。
冒頭の話を思い出してほしいのですが、ミステリーファンならば本来、同じミステリーファンの友人に対し、スッと本を差し出し、
「これ、読んだ? もう読んじゃったから貸してやるよ」
と、決して多くを語らず、作品だけを勧めるのがミステリーファンとしてのエチケットであります。そして後日興奮した友人とニンマリ笑って、読んでしまった者同士だけで、あれこれ熱く語り合うのが本当にミステリーを愛する者の流儀であります。
特に熱心でないミステリーファンの方は勘違いなされているかもしれない。
ミステリ−はトリックだけが重要なのではない。
もちろん、トリックは重要です。オリジナルのトリックはその作品及び作者の財産です。
しかし、さんざん頭を働かせて、「これだああっ!!」とひらめいたトリックも、作者は決して急がず、「これだああっ!!」とひらめく、その倍、十倍、百倍、千倍の知恵を絞って(これは決して大げさではない)、ではどのようにこのトリックを読者に提供するのが最も効果的か?と考えに考え、「推理小説」という物語に仕立て上げるのです。わたしが「あああああああ!!!!!」と後にも先にもこれ一回切りの特別の体験をしたのも、単なるトリックの種明かしではなく、「推理小説」としてそこまで読んできて、そこに至るまで島田荘司氏が考えに考えたであろうヒントを読み解いた上での、ショッキングな体験が出来たのだ。これが単なるクイズとして出題され、その答えを聞かされても、ふうーん、なるほどねー、という安易な感心にしかならなかっただろう。決して「体験」などと興奮して語るショックや感動など得られやしない。推理小説におけるトリックは決して単なる思いつきなんかじゃないのです。
ファンには悪いが、「金田一少年の事件簿」の作者、製作者にはミステリーを作る資格はない。
こういう不幸な形でこのトリックに触れてしまったミステリーファンは本当にお気の毒でした。あなた方はもう一生わたしたちのような特別な体験は出来ないでしょう。
幸いにしてその安易な流用作品を知らず、まだ「占星術殺人事件」をお読みになったことのない方は、これ以上余計な情報が入ってこないうちにただちにお読みなさい。ま、
まあまあだけどね。(さんざんしゃべっていまさらで申し訳ございませんが)
追伸:
残念ながらわたしと同じ体験をしそびれた方、ショックの度合いはちょっと落ちると思いますが、第2作
「斜め屋敷の犯罪」
も、まあまあ、お勧めです。
実は作品としてはこちらの方が古き良き探偵小説の趣が再現されていて好きです。