Episode 51:星晶の門前で交わす言葉
雲の船は、金色の光を帯びた霧の中をゆっくりと進んでいた。
前方には、ティアの髪飾りと同じ色で脈打つ、星晶の森への光の門が、薄く、しかし確かに輝いている。
だが、霧は再び濃くなり、意地悪く一行の視界を覆い始めた。船は進むほどに速度を落とし、周囲の景色が白く染まるにつれて方向感覚が曖昧になっていく。霧の流れが逆巻き、まるで「これ以上は進ませない」と行く手を阻んでいるようだった。
「……霧が、また濃くなってきた……。このままじゃ……門に届かないよ……」
ミルフィが不安そうに耳を伏せる。
そのとき、ノワールの膝の上で丸くなっていた星うさぎが、突然ぴんと耳を立てた。
「きゅう!」
短い鳴き声とともに、星うさぎはノワールの胸を軽く蹴って飛び降り、深い霧の奥へと軽やかに跳ねていく。その背中は、小さな体とは思えないほど不思議な頼もしさをまとっていた。
「……お前、どこに行くんだ」
ノワールが声をかけるが、星うさぎは振り返らない。ただ、光の粒が濃く集まる方向へと迷いなく進んでいく。その姿は、まるで自らの明確な役目を知っているかのようだった。
「すごい……! 星うさぎの跳ねる方向と、粒子の流れが完全に一致しているぞ。星屑感知……いや、もっと深い“星晶反応”かもしれない! この子は……霧海そのものと繋がっているのか……?」
ジグが新装置の画面を見つめながら興奮気味に声を上げる。
「星うさぎちゃん、がんばれー! モコ、ちゃんとついていくよ!」
モコが舵を握り直し、懸命に船を操る。ピクシー四姉妹も船の周りをせわしなく飛び回り、星屑を撒き散らしながら応援の声を上げた。
「近道、任せてー!」と赤のピクシーが胸を張れば、「でも急ぎすぎないようにね……」と青のピクシーが気遣う。
「わーい、冒険だー!」と黄のピクシーがはしゃぎ、「みんなで行こう……ティアちゃんのところへ!」と緑のピクシーが優しく皆を鼓舞した。
セレンは手元の鈴をそっと鳴らし、静かに微笑んだ。
「星うさぎちゃんの導きは確かです。この子は……ティアさんの“光”を感じているのでしょう。……まるで、ずっと前からあの子のことを知っていたみたいに」
その言葉に、ノワールは一瞬だけ霧の先を行く星うさぎの背中を見つめた。小さな体が霧の中で揺れ、光の粒を跳ね散らしながら進んでいく。その姿は、どこか“別れ”を予感させるほどに儚く見えた。
船は星うさぎの後を追い、行く手を塞ぐ霧を切り裂くように進んでいく。目的地である光の門は、確実に近づいていた。
やがて、船内に静かな空気が流れた。ジグがふと、前方の視界を見つめながらぽつりと言った。
「……霧を抜けたら、星晶の森だ。ティアちゃんに……会えるかな」
その言葉に、全員の胸がぎゅっと締め付けられた。星うさぎの小さな背中が、霧の中で揺れながら少しずつ遠ざかっていくのが見えたからだ。
「……ティアお姉ちゃんに会ったら……わたし、最初に何て言おう……?」
ミルフィが小さく呟く。
ノワールは静かに振り返り、兜の奥で思考を巡らせた。
ティア。お前に会えたら、俺は最初に何を言えばいいのだろう。「おかえり」か……それとも「待っていた」か。それとも、ただ何も言わずに抱きしめればいいのか。……いや、違うな。お前が本当に望む言葉を、俺はまだ知らないのだから。
「モコはね……ティアちゃんに会えたら、『待っててくれてありがとう!』って言うんだ」
モコが素直な想いを言葉にする。
「それからね、『また一緒に遊ぼうね!』って言うの。だから、みんなもちゃんと気持ちを伝えてね!」
モコの言葉に、ピクシー四姉妹も次々に手を挙げた。
(赤)「私は『近道教えたよー!』って言う!」
(青)「私は……『無事でよかったね』って……」
(黄)「私は『また一緒に笑おう!』って言うよ!」
(緑)「私は……『寂しかったよ』って伝えるの……」
それぞれの言葉を聞きながら、セレンも静かに微笑む。
「私は……『あなたの歌を、ずっと待っていました』と伝えたいわ」
「僕は……」と、ジグが少し照れくさそうに頭を掻いた。「『装置、完成したよ』って言って……それから『一緒に天星界を見に行こう』って、誘ってみるつもりさ」
「……わたしは……」ミルフィがふさふさの尻尾を揺らしながら、遠い目をして言った。「『ティアお姉ちゃん、ずっと待ってたよ……』って言って……思いっきりぎゅーって抱きつきたいな……」
話し終えると、全員の視線が自然とノワールへと集まった。黒鉄の鎧は船の縁に静かに手を置き、低く、しかし地鳴りのように揺るぎない声で告げた。
「……俺は、『おかえり』と言う。それから……『もう、二度と離さない』と」
船内が一瞬だけ静まり返り、次の瞬間、ミルフィがふっと小さく笑った。
「……なんか、ノワールらしいね」
「うん。とってもノワールさんらしいよ」
モコも嬉しそうに同意する。
そのとき――霧の奥で、先頭を走っていた星うさぎがふと振り返った。小さな体が金色の光に美しく縁取られ、一度だけ「きゅう」と短く鳴いた。
その声は、ノワールの決意に対して「その言葉でいいよ」と全肯定してくれているようで、同時に「ここから先は……私の役目じゃないからね」と告げているようにも聞こえた。
光の門は、もう目の前まで迫っていた。
ティア。もうすぐだ。お前が本当は何を望んでいるのか、俺はまだ知らない。だが、会えたなら――お前のその気持ちを、迷いごと全部この腕で抱きしめる。
星うさぎが最後に大きく跳ね、行く手の霧を鮮やかに切り裂いた。
その瞬間、視界が一気に開け、雲の船は星晶の森の入口へと静かに到達した。




