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ヒトの姿に騙されてはいけない、けれどそれはどう見ても白だった

作者: 松平 ちこ
掲載日:2026/05/29

参加しているオープンチャットから、High_Dragoonさんの設定をお借りして書かせていただきました。

「あれ、ジューダスったら、またヒト殺しちゃったの――?」


「……勝手に死んだんだろ。弱いから」


 窓もなく薄暗い室内で、手に持った紙のリストをパラリとめくって、ジューダスは搬入物の点検をしながら答えた。


 ――昔と違って、もうわざわざ殺す価値もないだろ。


 すぐ傍の足元に転がるのは、さっきまでこの倉庫のように物が溢れる部屋へと、餌を運び入れ動いていたモノだ。動いている個体は、すでに待機部屋へ下がらせた。

 口から赤い血を流し倒れるその見た目は血さえなければ、ジューダスたちとそっくりだ。なのに、どうしてこうも、コレらは弱いのだろうか。


 ――ああ、違うな。だから支配して使ってやってるんだ。


 天に愛されたから、その使いは強く、尊き者であるべきだ。

 そっくりな見た目をしていても、それは弱く紛いモノだ。我ら天使と違い、なり損なったヒトは決して同じではない。

 ヒトのその姿に、決して騙されてはいけない。正義は我ら天使にある――そう、教えられて育った。

 

「そうは言ってもさぁ。ちゃんと分配されたヤツくらい管理しなよぉ。放っとくとさ、ウジ虫沸くし、臭うし、汚いし、そもそも廃棄場の手続き、面倒じゃない? 私たちみたいに死んで砂になれば、綺麗なのにさぁ。最期まで主人に迷惑かけるとか、もぉ大変じゃん」


「手配すればいいだけなんだから、どうでもいい」


 いつから始まったのか分からない戦争に、ジューダスも長く出兵していた。

 数えきれないほど、殺して、殺して、殺し尽くした。天使が強いのだから、それは当然、勝利を収めた。


 ――なんで天使の方が強いのに、くだらない戦争なんかがずっと続いたんだろうな。


 ただの流れ作業のように殺し尽くして、終わりは呆気なかったと思う。

 天使に牙を向くことを止めたヒトは戦後、生きることすらも辞めたように静かに時を刻むだけだった。

 もう、生きてるヒトを放っておいても何も無い。だからこそ、彼女の言うように死ねば面倒事しかない。

 仕方がないから、動く限り有効活用しその後は処理することが、戦争終結後、天使の間で決まった。


「……」


「――おい、何してる」


 いくら面倒でも後片付けをするしかないと、ジューダスがそれに向き合えば、いつの間にか、ソレの傍らにはヒトがもう一人いた。

 両の手を合わせて目を閉じている――少女の成りをした――ヒト、だった。


「聞こえないのか、邪魔だ。戻れ」


「――……」


「ジューダス、雑ぅ。言うことを聞かないならさ、廃棄だって」


 ゴトリ、と新たに音を立てて、ソレは転がった。彼女が息をするように手を下したのだ。


「シモン、さっきは管理しろって……」


「どうせ一つ、二つも変わらないじゃん」


 ジューダスが、シモンのその傲慢さになんとも言えない顔になる。彼女は全く気にせず、ただ笑っていた。


「そうだけど――、え?」


 頭と胴が分かたれたヒトが、サラサラと砂に変わっていく。その光景が信じられず、ジューダスはリストを手にしたまま固まり、その場を凝視した。


「……嘘、だろ」


 頭の先から、四肢に至るまで、そのヒトは何一つ残らず、目の前で砂へと変わっていった。


「え。ヒト……だった、よね?」


「ヒトだろ。見分けなんか、つかないけど。でも、……あの、死に方は、まるで……」


 ――俺たちと同じ、天使。


「ちょっと変なこと言わないでよ! ヒトに決まってる。無抵抗で弱かったもん、一発で済んだんだ、から……ボク、知らない!」


 シモンは、動揺そのままに部屋から逃げるように立ち去った。

 倉庫部屋に残ったのはヒトと、白い砂の山。しばらく見つめた後、ジューダスはヒト一人分の廃棄場行きの手配を済ませ、砂に関してはそのまま放置した。


 ――ここを任されてるのは俺だけだ、何も問題ないだろう。




 ――――――――




 ――これは、なんだ?


 夢か――真っ先に、そう思った。仕事終わり、処理場行きの最終便が間に合って、回収班は死んだヒトをいつも通り持っていった。

 ずっとあの砂をどうするべきか、ジューダスの心に引っ掛かっていた。

 帰宅したなら、一先ず今日のところは、その対応からやっと解放されたと言ってもいい。そうして、眠りについたはずだった。


「ここは、どこだ?」


 そこに、見たこともない景色が広がっていた。見渡す空は形容しがたい色をしていて、歩く度にさくさくと音を鳴らすのは色とりどりの地面だった。


 ――灰色じゃないなんて、どう言うことだ。


 戦争のせいで、ジューダスは地面も空も色の無い世界しか知らない。白と赤、灰色、それ以外の色があるなどと聞いたことがない。

 音が鳴ることもそうだが、見渡す限りの全てが様々な形を彩っていることも驚いた。


「あれは……?」


 地面をサクサクと進み振り返れば、潰れたそこは足跡が一本の道のように連なっていた。

 切り立った崖に立てば、崖の縁は剥き出しの地面で、馴染みのある砂と石の色だった。

 違うのは崖の先、目の前に映る、終わりの見えない広大な水面だった。

 先ほどとは比にならないほどの、今まで見たことのない色が、景色が、そこかしこに広がっていた。


『――! ――!』


『――っ!』


 聞きなれない響きに振り向けば、二つの小さなヒトが目の前まで走ってきた。

 ジューダスのことが見えていないのか、不自然なほどその視線が合うことはない。

 ソレらは地面に膝をつき、手に持っていた色とりどりのモノを、色のある平らな板に並べた。


「それ、は……!」


 顔を見合わせた二つは、両の手を合わせて目を閉じた。それは、今日見た少女の成りをしたヒトがした動作と、全く同じだった。




 ――――――――




「――だからぁ、ジューダス聞いてる!?」


「聞いてる。夢を見たんだろ」


「だから、ただの夢じゃないって! あの日から、毎日、毎日、毎日同じ夢を見てるんだよ! 気味悪いよ!!」


 あれから数日、ジューダスは変わらずヒトを使っての餌の搬入出の仕事をこなしていた。

 運んで、運んで、運んで、ただそれを監視、確認するだけの役割だ。誰がやっても良くて、やらなくても良い仕事。

 そして、シモンは仕事を放棄してやって来たようで、始業からずっとこの調子だった。


「夢くらい、別に構うものか」


「ジューダスはなんでそんなに落ち着いてるのかな、同じ夢を見てるんでしょ!?」


「所詮、夢だろ。それに、戦争をしてた時の方がよほど、気味の悪い光景を見てきたじゃないか」


 天使が死ねば、白い砂に変わる。ヒトが死ねば、赤い液体が流れ、その身体は醜く残り続ける。

 見た目は同じ、死ねば途端に、赤と白のコントラストに分かれて世界が割れる。


「そんなの今どうでもいいじゃん。あの変なヒトが、死んだからだよ。絶対そう! あ、そうだ。あの砂どうしたの、アレもちゃんと廃棄した!?」


「廃棄出来るわけないだろ。白い砂は、空に――」


「止めてよ! アレがボクたちと同じわけ無いじゃないか!」


 ヒステリック気味なシモンを煩く感じながら、ジューダスはそう真面目に返す。

 同族殺しは大罪だ。尊き者を手にかけるのだから、それもそうだ。 

 けれどシモンはそれを全力で否定する。認めたくないのだろう。ジューダスだって半信半疑だ。


「ジューダス、アレは違うって!」


「だとしても、廃棄には出せないだろう。見た目はヒトの死体でも無い」


 廃棄場は、大穴にヒトの死体を落としていく。ある程度溜まったら、定期的に燃やして処分する。

 そこに、見た目だけは天使の砂と同じモノを入れるなど、許されることではない。


「まさか、まだ部屋に置いたままなの!?」


「まぁ、そうとも言うな。天使でないなら、空には撒けない。ヒトでもないなら――」


「だからって! もしかして、ジューダスがずっと放置してるから、だから、夢に見るんじゃないのぉ!」


 ジューダスの胸ぐらを掴み、グラグラと揺さぶってくるシモンがそろそろ鬱陶しくなってきた。

 そこでふと、あの日のヒトと夢のヒトの姿を思い出した。


「――なら、あの夢を辿ってみる、か」


「……どういう、こと?」


「夢でヒトたちが、手を合わせていただろ。アレを再現するんだ。板の下に、あの砂を埋めてみればいいんじゃないのか」


 シモンの手を外して払い、ジューダスは提案をする。

 土に埋めてしまえば、空に舞い上がることはない。廃棄場ではない場所でなら、捨てたところで問題ない。ジューダスはそう考えた。


「夢の再現なんて、分からないよ……」


 頭を抱えて呟くシモン、その目の下には隈があり、ジューダスと違ってかなり余裕がないのが分かる。


「それでも、やるしかないじゃないか。他の天使たちに見つかってもいいのか、あの砂が――」


「無理、だよぉ! もう、なんなんだよぉ! コレだからボクは、ヒトが面倒なんだ! なんで残したんだよ、全部廃棄で良いじゃないか!」


 白い砂など見つかれば、ジューダスたちはただではすまない。だからこそ、部屋に置いたままだった。

 けれど、隠し通せるものでもない。そのいつかは、無慈悲にやって来るだろう。


「シモン、大声でわめけば誰かに聞かれるぞ。荷物をまとめよう。誰にも見つからずに出発して、あの夢の景色を探すんだ」


 ジューダスは元々、掃き溜めのような場所で繰り返す今の暮らしに、意味を見いだせなかった。

 やりたいこともなく、殺すことしか知らないから、戦後はただヒトの動く様を管理して眺めていただけだ。

 無為とも言えるほど、時間を消費する戦後の天使は多かった。だから、ジューダスもそうしていただけ。


「バカ言わないでよ。手がかり、なんもないじゃん」


「アテなら、ある」


「はぁ?」


「だてに戦争で殺し尽くしたわけじゃない。ヒトが出てくる夢なら、かつてのヒトの領域まで行けばいい」


 ジューダスの生涯、記憶にあるのは全て色の無い世界だ。夢で見た色のある世界を探すのはきっと困難だろう。

 それでもジューダスはあの日から続く夢を、いつものように流すことが出来なかった。


 ――あの夢の意味を知れば、この気持ちがなんなのか、分かるかもしれない。


 シモンと別れ、あの日から閉めていた部屋へと、ジューダスは足を踏み入れる。

 時が止まったような場所で、変わらず白い砂が山となってそこにあった。


 ――見れば見るほど、天使の砂だろ。これは。


 袋へ詰めるために膝をつけば、その傍にはあの時死んだヒトの血の痕がわずかに残っていた。

 白い砂と乾いた赤黒い血痕が混ざり合うことはなく、見慣れた赤と白のコントラストがそこにあった。


「……ついでに、片付けるだけだ」


 白い砂を集めるついでに、ソコにある血痕も巻き込み、一緒くたにして袋へと詰めていく。

 一人分に匹敵する砂の量は、そこそこあった。ジューダスは無心で詰め、最後に袋の口を縛るべく手に力を入れる。


《――》


 袋を縛り終え、運び出すために肩へと担ぐジューダスの耳に、何かが聞こえた気がした。


「――、……?」


 ジューダスは真似をして、声を発してみる。聞いただけで真似など出来るものかと皮肉に思ったのに、その音は、夢で聞いた響きと同じものだった――。

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