ヒトの姿に騙されてはいけない、けれどそれはどう見ても白だった
参加しているオープンチャットから、High_Dragoonさんの設定をお借りして書かせていただきました。
「あれ、ジューダスったら、またヒト殺しちゃったの――?」
「……勝手に死んだんだろ。弱いから」
窓もなく薄暗い室内で、手に持った紙のリストをパラリとめくって、ジューダスは搬入物の点検をしながら答えた。
――昔と違って、もうわざわざ殺す価値もないだろ。
すぐ傍の足元に転がるのは、さっきまでこの倉庫のように物が溢れる部屋へと、餌を運び入れ動いていたモノだ。動いている個体は、すでに待機部屋へ下がらせた。
口から赤い血を流し倒れるその見た目は血さえなければ、ジューダスたちとそっくりだ。なのに、どうしてこうも、コレらは弱いのだろうか。
――ああ、違うな。だから支配して使ってやってるんだ。
天に愛されたから、その使いは強く、尊き者であるべきだ。
そっくりな見た目をしていても、それは弱く紛いモノだ。我ら天使と違い、なり損なったヒトは決して同じではない。
ヒトのその姿に、決して騙されてはいけない。正義は我ら天使にある――そう、教えられて育った。
「そうは言ってもさぁ。ちゃんと分配されたヤツくらい管理しなよぉ。放っとくとさ、ウジ虫沸くし、臭うし、汚いし、そもそも廃棄場の手続き、面倒じゃない? 私たちみたいに死んで砂になれば、綺麗なのにさぁ。最期まで主人に迷惑かけるとか、もぉ大変じゃん」
「手配すればいいだけなんだから、どうでもいい」
いつから始まったのか分からない戦争に、ジューダスも長く出兵していた。
数えきれないほど、殺して、殺して、殺し尽くした。天使が強いのだから、それは当然、勝利を収めた。
――なんで天使の方が強いのに、くだらない戦争なんかがずっと続いたんだろうな。
ただの流れ作業のように殺し尽くして、終わりは呆気なかったと思う。
天使に牙を向くことを止めたヒトは戦後、生きることすらも辞めたように静かに時を刻むだけだった。
もう、生きてるヒトを放っておいても何も無い。だからこそ、彼女の言うように死ねば面倒事しかない。
仕方がないから、動く限り有効活用しその後は処理することが、戦争終結後、天使の間で決まった。
「……」
「――おい、何してる」
いくら面倒でも後片付けをするしかないと、ジューダスがそれに向き合えば、いつの間にか、ソレの傍らにはヒトがもう一人いた。
両の手を合わせて目を閉じている――少女の成りをした――ヒト、だった。
「聞こえないのか、邪魔だ。戻れ」
「――……」
「ジューダス、雑ぅ。言うことを聞かないならさ、廃棄だって」
ゴトリ、と新たに音を立てて、ソレは転がった。彼女が息をするように手を下したのだ。
「シモン、さっきは管理しろって……」
「どうせ一つ、二つも変わらないじゃん」
ジューダスが、シモンのその傲慢さになんとも言えない顔になる。彼女は全く気にせず、ただ笑っていた。
「そうだけど――、え?」
頭と胴が分かたれたヒトが、サラサラと砂に変わっていく。その光景が信じられず、ジューダスはリストを手にしたまま固まり、その場を凝視した。
「……嘘、だろ」
頭の先から、四肢に至るまで、そのヒトは何一つ残らず、目の前で砂へと変わっていった。
「え。ヒト……だった、よね?」
「ヒトだろ。見分けなんか、つかないけど。でも、……あの、死に方は、まるで……」
――俺たちと同じ、天使。
「ちょっと変なこと言わないでよ! ヒトに決まってる。無抵抗で弱かったもん、一発で済んだんだ、から……ボク、知らない!」
シモンは、動揺そのままに部屋から逃げるように立ち去った。
倉庫部屋に残ったのはヒトと、白い砂の山。しばらく見つめた後、ジューダスはヒト一人分の廃棄場行きの手配を済ませ、砂に関してはそのまま放置した。
――ここを任されてるのは俺だけだ、何も問題ないだろう。
――――――――
――これは、なんだ?
夢か――真っ先に、そう思った。仕事終わり、処理場行きの最終便が間に合って、回収班は死んだヒトをいつも通り持っていった。
ずっとあの砂をどうするべきか、ジューダスの心に引っ掛かっていた。
帰宅したなら、一先ず今日のところは、その対応からやっと解放されたと言ってもいい。そうして、眠りについたはずだった。
「ここは、どこだ?」
そこに、見たこともない景色が広がっていた。見渡す空は形容しがたい色をしていて、歩く度にさくさくと音を鳴らすのは色とりどりの地面だった。
――灰色じゃないなんて、どう言うことだ。
戦争のせいで、ジューダスは地面も空も色の無い世界しか知らない。白と赤、灰色、それ以外の色があるなどと聞いたことがない。
音が鳴ることもそうだが、見渡す限りの全てが様々な形を彩っていることも驚いた。
「あれは……?」
地面をサクサクと進み振り返れば、潰れたそこは足跡が一本の道のように連なっていた。
切り立った崖に立てば、崖の縁は剥き出しの地面で、馴染みのある砂と石の色だった。
違うのは崖の先、目の前に映る、終わりの見えない広大な水面だった。
先ほどとは比にならないほどの、今まで見たことのない色が、景色が、そこかしこに広がっていた。
『――! ――!』
『――っ!』
聞きなれない響きに振り向けば、二つの小さなヒトが目の前まで走ってきた。
ジューダスのことが見えていないのか、不自然なほどその視線が合うことはない。
ソレらは地面に膝をつき、手に持っていた色とりどりのモノを、色のある平らな板に並べた。
「それ、は……!」
顔を見合わせた二つは、両の手を合わせて目を閉じた。それは、今日見た少女の成りをしたヒトがした動作と、全く同じだった。
――――――――
「――だからぁ、ジューダス聞いてる!?」
「聞いてる。夢を見たんだろ」
「だから、ただの夢じゃないって! あの日から、毎日、毎日、毎日同じ夢を見てるんだよ! 気味悪いよ!!」
あれから数日、ジューダスは変わらずヒトを使っての餌の搬入出の仕事をこなしていた。
運んで、運んで、運んで、ただそれを監視、確認するだけの役割だ。誰がやっても良くて、やらなくても良い仕事。
そして、シモンは仕事を放棄してやって来たようで、始業からずっとこの調子だった。
「夢くらい、別に構うものか」
「ジューダスはなんでそんなに落ち着いてるのかな、同じ夢を見てるんでしょ!?」
「所詮、夢だろ。それに、戦争をしてた時の方がよほど、気味の悪い光景を見てきたじゃないか」
天使が死ねば、白い砂に変わる。ヒトが死ねば、赤い液体が流れ、その身体は醜く残り続ける。
見た目は同じ、死ねば途端に、赤と白のコントラストに分かれて世界が割れる。
「そんなの今どうでもいいじゃん。あの変なヒトが、死んだからだよ。絶対そう! あ、そうだ。あの砂どうしたの、アレもちゃんと廃棄した!?」
「廃棄出来るわけないだろ。白い砂は、空に――」
「止めてよ! アレがボクたちと同じわけ無いじゃないか!」
ヒステリック気味なシモンを煩く感じながら、ジューダスはそう真面目に返す。
同族殺しは大罪だ。尊き者を手にかけるのだから、それもそうだ。
けれどシモンはそれを全力で否定する。認めたくないのだろう。ジューダスだって半信半疑だ。
「ジューダス、アレは違うって!」
「だとしても、廃棄には出せないだろう。見た目はヒトの死体でも無い」
廃棄場は、大穴にヒトの死体を落としていく。ある程度溜まったら、定期的に燃やして処分する。
そこに、見た目だけは天使の砂と同じモノを入れるなど、許されることではない。
「まさか、まだ部屋に置いたままなの!?」
「まぁ、そうとも言うな。天使でないなら、空には撒けない。ヒトでもないなら――」
「だからって! もしかして、ジューダスがずっと放置してるから、だから、夢に見るんじゃないのぉ!」
ジューダスの胸ぐらを掴み、グラグラと揺さぶってくるシモンがそろそろ鬱陶しくなってきた。
そこでふと、あの日のヒトと夢のヒトの姿を思い出した。
「――なら、あの夢を辿ってみる、か」
「……どういう、こと?」
「夢でヒトたちが、手を合わせていただろ。アレを再現するんだ。板の下に、あの砂を埋めてみればいいんじゃないのか」
シモンの手を外して払い、ジューダスは提案をする。
土に埋めてしまえば、空に舞い上がることはない。廃棄場ではない場所でなら、捨てたところで問題ない。ジューダスはそう考えた。
「夢の再現なんて、分からないよ……」
頭を抱えて呟くシモン、その目の下には隈があり、ジューダスと違ってかなり余裕がないのが分かる。
「それでも、やるしかないじゃないか。他の天使たちに見つかってもいいのか、あの砂が――」
「無理、だよぉ! もう、なんなんだよぉ! コレだからボクは、ヒトが面倒なんだ! なんで残したんだよ、全部廃棄で良いじゃないか!」
白い砂など見つかれば、ジューダスたちはただではすまない。だからこそ、部屋に置いたままだった。
けれど、隠し通せるものでもない。そのいつかは、無慈悲にやって来るだろう。
「シモン、大声でわめけば誰かに聞かれるぞ。荷物をまとめよう。誰にも見つからずに出発して、あの夢の景色を探すんだ」
ジューダスは元々、掃き溜めのような場所で繰り返す今の暮らしに、意味を見いだせなかった。
やりたいこともなく、殺すことしか知らないから、戦後はただヒトの動く様を管理して眺めていただけだ。
無為とも言えるほど、時間を消費する戦後の天使は多かった。だから、ジューダスもそうしていただけ。
「バカ言わないでよ。手がかり、なんもないじゃん」
「アテなら、ある」
「はぁ?」
「だてに戦争で殺し尽くしたわけじゃない。ヒトが出てくる夢なら、かつてのヒトの領域まで行けばいい」
ジューダスの生涯、記憶にあるのは全て色の無い世界だ。夢で見た色のある世界を探すのはきっと困難だろう。
それでもジューダスはあの日から続く夢を、いつものように流すことが出来なかった。
――あの夢の意味を知れば、この気持ちがなんなのか、分かるかもしれない。
シモンと別れ、あの日から閉めていた部屋へと、ジューダスは足を踏み入れる。
時が止まったような場所で、変わらず白い砂が山となってそこにあった。
――見れば見るほど、天使の砂だろ。これは。
袋へ詰めるために膝をつけば、その傍にはあの時死んだヒトの血の痕がわずかに残っていた。
白い砂と乾いた赤黒い血痕が混ざり合うことはなく、見慣れた赤と白のコントラストがそこにあった。
「……ついでに、片付けるだけだ」
白い砂を集めるついでに、ソコにある血痕も巻き込み、一緒くたにして袋へと詰めていく。
一人分に匹敵する砂の量は、そこそこあった。ジューダスは無心で詰め、最後に袋の口を縛るべく手に力を入れる。
《――》
袋を縛り終え、運び出すために肩へと担ぐジューダスの耳に、何かが聞こえた気がした。
「――、……?」
ジューダスは真似をして、声を発してみる。聞いただけで真似など出来るものかと皮肉に思ったのに、その音は、夢で聞いた響きと同じものだった――。




