P10まで。
序章 おじい
「月よ。また沈みて我の元へとまた参って来る月よ………。」
今宵も、満月が空に上る。
「美しき……。」
御猪口に名水の輝きを放つ酒を注ぎ口元に持っていく。
コクリ 。 喉を鳴らしながら口に含む。
ここは、家。と言うより屋敷だ。
屋敷には、広大な庭が付いており池を石造りの橋が虹のようにさしている。
その庭の静寂を打ち破るが如く、ししおどしのなる音だけが耳の鼓膜に突き刺さるような感覚に陥る。
庭を見つめながらツンツンと赤髪の逆立った年齢で言うと12歳程度の子供が柱にもたれながら一服付いている。肩には、15尺を超える長剣を立てかけている。目は鋭くどこを見ているのか、目を開けているのかどうかも判別に悩む状態である。
「きれいに慣らしてありますね。この庭は。」
不意に後ろから呼ばれた。目と眉毛をほんの数ミリ動かしゆっくりと目を開ける。
後ろには、サングラスにスーツを身にまとった大柄の男が背筋を『これでもか!』と言う具合にまで伸ばして立っている。
「和国の志士とあろう方が、このようなところで寝ていらして大丈夫でありますか?」
本当に心配しているのかもよく分からない棒読み口調でのしゃべり方に眉間へとしわを寄せ、知らぬ間に力の入っている御猪口を木製の床へと静かに置いた。
「士は眠らん。貴様がこの屋敷に入ってくる時から気配を感じている。侍たるもの寝る時には耳を下にして寝る……それこそ、相手方の足音たるものを聞き分けるため。ほとんどが立ち寝だがな。」
「敏感なんですね。和国の戦士は……」
「和国の志士は、近代兵器に敗れた。昔の話だ。」
「西南戦争でしょうか……?」
………………………………………………………………………。
下へうつむき黙り込む。昔を思い出すように。
「ところで、何か用事ではなかったのか? 我が祖先である則次よ。」
月光だけで照らされている屋敷内に白い歯をむき出してスーツ姿の男のほうを振り向く。
「やはり、先代の矯蔵じぃには小細工は通用しませんか。戦乱を生き抜いてきた最強の志士には。」
「で、用事と言うのは何だ? 我の500歳の誕生日祝いかよぉ~」
「いえ、決してそういうわけでは。」
フッ。と、年の割りにおちゃめな子供らしいことの言う矯蔵に微笑する。一方、矯蔵は口を空気が内側から押したように膨れかえっている。
「実は、C地区全土で宗教戦争が本格化してきています。このままだと国家及び国連と関係しているBOSSや治安維持部隊が我国内戦に加算する可能性も……。」
「国家と冷戦を繰り広げている八王寺家にとっては、好都合と言うことかのぉ。」
則次は、首を上下に振った。
「おじい。次の指示を…………。」
矯蔵は、赤髪を揺らしゆっくりと立ち上がった。その顔には、さっきまでと違う自信に満ち溢れた表情を浮かべていた。
「戦いを終わらせるぞぉ。八王寺家に命運あれよぉ。」
「おじい…その『ぉ』って口癖ですか?」
………………………………………………………………………………。
第1章表 Girl who got off the sky 空から降りた少女
1.
「うぅ~ぅ………。 ベブシッ! ゲフッ!」
高校一年の東野 春彦は、12月中旬の冬本番と言うこともあって朝から鳥肌物の寒さとくしゃみ、ベットから転げ落ちた。の、トリプル攻撃によって疲れている重たい目をゆっくりと開いた。
「うぅ。冷たい。」
半泣き状態になりながらベットに落ちた痛さにプラスして床の冷たさを身をもって味わっている。春彦は、黒髪を手でかきむしり「いてててて。」と言いながら上体を起こした。
(やってらんねぇ~な。この寒さは。)
何気なく時計を見ると午前10時をさしていた。平日ならがんばったところで既に遅刻しているのだが、今日は休日なのである。
「今回、東野春彦君の提案なのだが一日中寝ようではないかぁぁぁぁ!」
春彦は、胸の前でガッツポーズをして自信満々に独り言を叫んでいる。こんなところを同級生に見られたら……恥ずかしい!と言うことをこの数秒後に気づくのであった。
2.
春彦の住む国『ストリートタウン』。
数百の国々の頭が会談を行い2010年に太平洋の十分の一を埋め立てて作られた国である。総人口1億8900万人のこの国は、それぞれの他国漁業や水質の影響で数千億の損失を多国に与えた。
この国には何の意味があるのかというと。危険分子の隔離としての役を果たしていた。魔法使い、超能力者、時によっては前科もちのものまで収容されている国の形をした要塞である。
この国に住んでいる者によっては、1人で一国家と渡り合える力を持った超能力者なんて珍しくもない。その力を防ぐために国の淵を防御壁で固め、約4000人の治安維持部隊を配置している上、他国からの入国手続きだけで3年近くかかることも珍しくない念の入れようである。だが、行動に規制がかかっている分けでもない。日本で言う自由の権利に反しているという問題もあり、クレームも殺到していた。超能力者であっても国家と渡り合える力を持っていてもそれ以外は、ただの一般人である。それに、ここは要塞と言われているが一応国としての役割もある。当時問題視されていたのが、とても他国の援助だけでは賄えないほどの人口にまでなってしまいストリートタウンにとっても厳しい状況下に置かれているということだった。そのため、アメリカの150%と言う犯罪率を抑えると共に治安維持部隊の増員を決定付け。後に開国と言う道を選んで言ったのである。
人々は、徐々に最先端科学と異力の入り混じったこの国をこう呼ぶようになっていった。
『もうひとつのアメリカ』と。
それから、20年…………。
先進国の仲間入りを果たし5本の指に入る工業国家が『ストリートタウン』を数えられるようになっていた。ただ、開国した今。高確率の犯罪率を抑える膨大な金が出回るようになった。そして、『ストリートタウン』での差別問題や内戦も広がりを見せていたのだった。
3.
春彦は、いつもどおりボーとしてベットに座っている。
決して騒ぎすぎず、おとなし過ぎずの極めて普通の性格を持っている春彦でも少しの欠点があり、極度のめんどくさがりと言うことだ。何をするにも最初に『めんどくせー』と言ってしまう癖も高校に入った今でさえまだ直っていない。
(外に出かけるのもめんどくさいし、勉強するのもナァ…。こんな時は、小一時間ボーとしているに限るな。)
天井に首を向ける。喉が張って少し息しづらくなったぐらいまで首をそらす。
天井は、汚れひとつない真っ白でシンプルなつくりになっていた。普段あんまり見ないところを改めてみると意外な発見があることもある。高校になってこのA地区に親元を離れ学生寮生活を送っている東野 春彦にとっては、なおさらのことだ。
「ふぅ~。」
なぜかため息が出る。明日になれば、また変哲もない忙しい毎日が始まる。一人暮らしで寂しい部分もあるが時に人は、一人に時間も大事なんだと改めて実感をした瞬間だった。
(ん?)
空から妙な風を切る音が聞こえる。その変音は、確実にこの学生寮を捕らえている様に感じられた。
(んんんんんんんんんんっ?)
その感じは、確信へと変わっていく。
ドォン!爆音を学生寮 (春彦の部屋) 中に轟かせ、砂煙をあたりに撒き散らす。天井は、破壊されて直径3メートルほどの穴と所々衝撃で小さな穴まで開いている始末である。
「うぅ……。いててて。」
見知らぬ声が春彦の鼓膜へと届いているが、砂煙?が視界を悪化させているせいなのか辺りが真っ暗で何が起きたのかも把握できていない。ただひとつ言える事。
(家壊れたよな。誰が弁償すんだ?)
今そんなことを考える時ではないことは、自分でも分かってはいるのだが金銭的にピンチの一人暮らしの学生にとってこれほど付いてないことはない。
(重っ!何か乗ってんのかぁ?)
異常な重力が上から下へとかかっている。
ムギュゥ。
……………………………………………………………………………………………。
顔に何かが当たった。
(これって…。そんな分けがない!)
その時、ヒラヒラと顔の上に乗っていたと思われる布が風に吹かれ舞い上がった。
破壊された屋根から差し込んだ光が視界を徐々に照らしていく。何が起きたのか、その全貌が明らかとなった時、鳥肌が体中を駆け巡った。春彦と同じ年ぐらいの少女が、ベットに2本の手を付きスカートをヒラヒラさせていた。春彦は、その少女のスカート内と言う聖地に顔を突っ込んでいたのである。
(ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!)
最初は、赤みがかっていた顔もだんだん青白く変色を遂げた。
「んっ?」
少女が、引きつった顔で聖地の中を覗き込んだ。
「………。そんなわけないかっ!」
少女は、目を手でこすりもう一度、改めて、うそだと信じて、覗き込んだ。
春彦と目が合った。
「……キ、キャッ!」
バシッ!
外まで聞こえるんじゃないかと心配するほどの音を出すビンタを繰り出された。
4.
「あのぉ~。落ち着きました?」
「ち、近寄らないで!変態ッ!」
ヒリヒリする頬を両手で押さえながら聞いてみたが、この調子だと落ち着いていないのだろう。と、春彦は独自で納得をして再度黙り込む。
少女は、高校生用の制服を着用していて茶色がかっているショートヘアをあちらこちらに揺らしている。顔は、斜め下を頬が赤く膨れ上がっている顔で向いている。口は、つんつんに尖がっていて中々口を利いてくれそうにもないのは顔を見ているだけでも伺える。春彦は、『めんどくさい』と本心では思うが思春期の聖地に顔を突っ込まれた少女の気持ちも分からんでもない複雑な心情に心悩まされている。
(てか。何で俺が変態扱いですんだろうねぇ~。)
「すみません。何故におたくさんは、空から降ってきたのでござるつもりなのでございましょうか?」
やりきれない。と言うよりかは、めんどくさい。黙っていても何も始まらないと感じ取った春彦は、自分の出せる一番小さな小声で口を尖らせながら聞いた。
「………。『ストリートタウン』Aー3地区の千門爾女学院の高校一年
綾瀬川 美鈴。あんたは?」
「オレ?東野 春彦。A-1地区の高校に通ってる1年。」
「へぇ~同じ年?」
「で、さぁ~。本題に戻るけど何で俺の屋根から?」
「………。」
美鈴は、目をギュッと絞って下へうつむいた。太陽の光で顔の凹凸に影が出来ていた。まるで、何かとんでもないことを隠し持っているように…。
「関らないで。死にたくないなら………」
突然、顔を起こしすべてを見据えた顔での返答だった。
「へっ?」首をかしげた。何のことかまったく当てはまることが見つからないからだ。
外は、夕焼けで布を染めたようにオレンジと赤を混ぜた色が雲に反射して広がっていた。天井に直径数メートル穴を開けた春彦の部屋にも赤い光が差し込み正座している2人の近くに黒い影を作り出している。黙り込むと言うよりかは、美鈴と言う少女に黙らされたと言う表現のほうが良いだろう。『死にたくないなら』と、彼女は言った。『死』と言うものは、キリストの時代から考え方が変化してきた。娯楽へいけるなどと言う人もいれば地へ落ちると言う人もいる。そして、誰もその先のことをはっきりと証明した人もいない。科学の栄えた『ストリートタウン』のA地区研究所でも死についての研究施設は何棟かはあっただろう。だが研究をしているからと言って死への恐怖心こそがなくなるわけではない。結局は、常人なら誰でも否定したがる事実なのである。でも、こうしている間にも1秒に2人死んでいると言う事実もあるのだ。
「し、死ぬってどういうことだ?」
………。
「話してくれねーと分かんねーだろうよ!」
………。
「困ったときはな。人に相談しねーと解決しねーんだよ!」
少女は、顔をさっきよりも赤らめている。茶色のショートヘアが下方に波打っていた。
(震えている?泣いてんのか?)
よく眼を凝らして少女を見ると、小刻みに服から髪まで震えていた。その頬には、一筋の光の線が垂れ下がっていたのである。
「頼ってもいいの……?」
細い手は、スカートをがっしりと押さえられていた。その手には、何が握られていたのか。
憎しみか、恨みか…………。
第1章裏
1.
Cー10地区。
『ストリートタウン』の地域をあらわすのには、アルファベットと数字が用いられている。日本で言う都道府県のようなものでアルファベットはA~Cで表され、数字は、1~10で表される。つまり『ストリートタウン』には、30の地域があるということだ。そして、この表し方が差別化につながっている理由でもある。A~Cにおいて一番『A』に近い方が都会に近いということであり、同じく数字のほうも一番『1』に近いほうが都会に近いという設定になる。つまり、A-1がこの国一番の都会でC-10がこの国一番の過疎化地域(現在宗教団体の本拠地になっていて戦争激戦地)なのである。
『C』のアルファベットの付く発展途上地域の全土では『A』の地域に住むものとしては考えれない所である。
宗教戦争。
各宗教の食い違いやちょっとしたトラブルが元となり激化しつつある。そのため、国王軍やこの『ストリートタウン』最強の4人で構成された国王直下の特攻部隊『BOSS』などが動こうとしているのであった。
「かまえよ。呼吸が乱れ、瞬きした瞬間こそ士の終わりよのぉ。」
赤い髪が、風に乗って頭の後方へと反っている。手には、長剣?を装備している。長剣は現在杖として役立っていた。地面にがっしりとつきかの子供姿のおじい(矯蔵)の体を支えている。矯蔵の体が向く先には、長剣や短剣時には、何かの能力者か魔法使いなのか素手で堂々と2本立ちしているものまで、ざっと数十人が構えている。その全員が裸足で、太陽熱によって加熱された砂漠並みの荒地に立っている。それぞれの武器は、ギンギンに照らされる太陽によって不気味な光を放っている。その光は、矯蔵に向けられた。
「推定年齢は、500歳を超えると言われている。和国の武士で、その500年の間に歴史に残る戦争の最前線に立った男…。500年のうちに培われた強靭な肉体は、能力者を超えるか………。」
数十人と睨みこんでくる数十人(武器を持った)の一人が、ぼそりとつぶやいた。その一人と言うのが、ここの頭であろうか。真横にピンッっと張った白いひげが実力を物語っていた。