キタさんとミタオくん 4
冬の終わりの風が、川沿いの部屋のすき間から細く入ってきます。
天日干ししていた上着が、ゆっくり揺れていました。
ミタオくんはそれを取り込もうとして、ポケットから少し見えてる白い紙に気づきます。
「ん?」
出てきたのは小さなレシート。
飲み屋の名前と、三人分の金額。
「……三人?」
テーブルの上に置いたところで、ちょうどドアが開きました。
「ただいま」
キタさんが帰ってきました。
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「キタさん、これ落ちた」
「あ、ありがとうございます……あー……それですか」
声が少しだけ、間延びしました。
「飲みに行った?」
「はい。先週の土曜日です。会社の人とです」
「三人?」
「はい。三人です」
キタさんはコートをたたみながら、観念したようにうなずきました。
「男性一人、女性一人、私です」
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やかんを火にかけてから、キタさんはきちんと座りました。
こういう時は、姿勢を正します。
「忘年会の時に、その女性が私を気に入ったらしくてですね」
「へえ」
「私の友人の男性に頼んで、場を作ったそうです」
「なるほど」
「計画的です。段取りが良いです」
褒めているのかどうか、よく分かりません。
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「どんな人?」
ミタオくんが聞くと、キタさんは少し考えました。
「身長は160センチくらいで、細身でした。金髪のロングヘアです」
「うん」
「そして、とても立派でした」
「何が?」
「胸部です」
「……正直だなあ」
「事実は正確に伝えます」
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店では、にぎやかな雰囲気だったそうです。
「その方、豚串を頼みまして」
「うん」
「半分、こちらに“あーん”をしてきました」
ミタオくんが吹き出します。
「キタさん、どうしたの」
「食べました」
「食べたんだ」
「食べ物は無駄にしません」
少し間を置いてから、
「あと、少しときめきました。油断しました」
と付け加えました。
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「LINEは?」
「聞かれました」
「交換した?」
「していません」
即答でした。
やかんが鳴ります。
火を止めてから、続けました。
「見た目は、とても好みでした」
「へえ」
「ですが、価値観が合わないと思いました」
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湯のみを二つ置きます。
「派手な方でして。楽しい人でしたが……」
「うん」
「半額の総菜で一緒に喜べる感じが、想像できませんでした」
ミタオくんは少し黙りました。
キタさんは続けます。
「電車の音とか、安いもやしとか、曲がったきゅうりとかで笑えない気がしました」
「具体的だなあ」
「生活は具体です」
⸻
ラジオから洋楽の最新ランキングが流れています。
キタさんは湯のみを両手で包みました。
「それに」
「それに?」
「比較対象が強すぎます」
「誰?」
「ミタオくんです」
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「あなた以上に、同じことで笑えそうな人を知りません」
「そんな評価ある?」
「最高評価です」
「豚串あーんより?」
「総合点で勝っています」
「評価基準が独特だなあ」
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外の川は暗く、街灯だけが細く揺れていました。
部屋は相変わらず寒く、相変わらず狭いままです。
キタさんは静かに言いました。
「もし黙っていたら不誠実です。なので全て白状しました。」
「ありがとう」
「こちらこそ」
「ちょっとドキッとしたけど」
「私もしました。豚串で」
二人とも笑いました。
やかんの残り湯のぬくもりだけが、
いつもより長く部屋に残っていました。




