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世界の中心、花咲く神の塔 (改訂版)  作者: 名無しの戦士


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第三十一話 門番

 予期せぬ粘土質の泥に足を取られた瞬間、激痛と共に視界がねじれる。


 前でも後ろでもない天地すら曖昧になる中、鈍くうねる風の圧が僕の左脇腹を鋭く抉った。


「がっ――あ゙ア゙っ!!」


 鈍重な衝撃が腹部から背中へと突き抜ける。肋骨の一部が悲鳴を上げるのがわかる。門番の放つ一撃は、まるで巨神の鎚の如く、僕の胴体を鉄砲玉のように弾き出す。

 体が錐揉みのように回転し、地と天が交互に視界に飛び込んでくる。


「(っやば!着地できな――)」


 痛みで正常な思考が定まらない…!


 ……『壁』


 分厚く、苔むした石壁が容赦なく身体を受け止めた。砕け散る石材の破片が、頬を掠めて飛び散る。


「っ、あああああああっ!!」


 振り絞る声は呻きにも叫びにもなりきれず、喉奥で焼けるように震える。全身を駆け巡るのは明確な痛み。軽い骨折では済まない予感がした。ねっとりとした感触と温度を頬に感じる。


「純之介ッ!舞、活性化の加護を早く!」


「っう、うん!」


 仲間の声が、遠く濁った鼓膜を揺らし、意識を繋ぎとめる。ぼやける視界に映る巫女服の舞が駆け寄って来る。……回復、そうだ早く回復薬を飲まないと。そう自問自答する。


「治の付与!」


 痛みが少しだけ和らぐ、舞が付与を施したのだ。


「あ゙、あ゙りがどゔ、舞」


 口腔内に血が溜って喋りづらいが彼女のお陰で少し回復した僕は壁に手を添えながら体を起こし、震える指先で腰の道具袋から回復瓶を取り出す。革の表面は戦いの傷が刻まれている、買ったばかりなのに…。


「良かった…割れてない」


 不幸中の幸いに、ほっとため息を吐いた僕は歯で蝋栓を噛み切り、ぺっと吐き出す。上品では無いが、四の五の言ってられる暇は一寸たりとも存在しない。


 首を仰け反らせ、一気に喉に流し込む。途端、苦味の味が舌の根を焼いた。甘酸っぱいというより、腐った瓜を溶かしたような風味が口腔に広がる。飲み下した瞬間、胃の底から爆発的な熱が血管を駆け上がり、肋骨の折れた部分がきしむように修復されていく音が体内で鳴る。


「ぐぅ…はぁ…痛っでぇ!」


 零れた一滴が顎を伝い、鎖帷子の窪みに溜まる。痛みも段々引いてきた。


「動ける…!」


 薬の効果で瞳孔が鋭く収縮する。まだ完全ではないが、地面を蹴る力が戻ってきた。掌で壁を押し、よろめきながら立ち上がる僕の眼前に白い手が差し伸べられた――。






 時を遡ること約三十分前。


「転送結晶の調整は完了した。行くぞ!」


 零階層の大広場に集まった僕たちは根川の声に合わせ、一斉に転送結晶に手を触れる。掌の下、透明な水晶のような表面が淡い青光を灯した瞬間、僕らの姿は風のように掻き消える。


 そして気がつけば、昨日到達したばかりの五階層の空気が、全身を重く包み込んでいた。


 湿った油と燃焼の混ざった異臭。これまでの階層とは明らかに違う、狭隘な洞窟が一本の細道として延び、その先には──


「門だな」

「門ね」

「門だわ」

「もす」


 岩壁に半ば埋もれるようにして聳え立つ、高さ五メートルはあろうか巨大な扉。金属と石材が複雑に組み合わされた重厚な造り、中央には円柱を思わせる神秘的な紋様が刻まれている。

 塔の紋章なのか?どこか人工建築を思わせる意匠だ。


 五人はその前で自然と足を止める。


「ここが…門番の間」


 舞の呟きに誰もが無言で顔を見合わせる。


「押せるかどうかわからねぇな、多分全員で押せばいけるか?」


「そうね…とにかく、やってみるしかないわ」


 引き返す道はない。我々に残された選択は、ただ前進あるのみ。


「せーの、で押そう」


 深く息を吸い込み、扉に手を当てる。冷たく硬い石の感触が掌に伝わる。続いて、仲間たちの手も次々と重なる。


「せーのッ!」


 五人の力が一点に集まる。重々しく、地を這うような音を立てて、門がゆっくりと動き出した――。


 扉が軋む音を立てて開いた瞬間、内部から漏れだす重油のような粘り気のある濃密な空気。


 眼前に広がる広大な空洞…いや、古代闘技場と呼ぶに相応しい構造だ。

 天井は遥か高く、壁面を取り囲むように設置された篝火が不気味な揺らめきで空間を包んでいる。 石造りの床は不自然なまでに平坦で、明らかに何かの仕掛けが潜んでいることを示唆する。

 

 注意深く観察すれば、至る所に黒い泥がべったりと付着している。四方の壁には焦げ跡や裂け目のような残痕が刻まれていた。


「なんだこの空気、息が詰まりそうだ」


「もす…」


 根川が低くうなるように呟く。その通りだった。ただ空気が淀んでいるのではない。空間全体が何かを抑圧している、まるで何かを封じているかのような圧力が五感を侵す。


「――っ来るよ!全員、構えて!」


 『鷹の眼』で周囲を見渡す柚希が、硬い声で警告を発する。


 ドォン……ドォン……。


 その瞬間、地の底から突き上げるような重い振動が、足元を伝ってきた。間違いない…これは、足音だ。


 闘技場の奥、床に埋もれるように鎮座していた祭壇のような構造物が、低く鈍い音と共に裂けた。


 重たい金属がこすれ合うような耳障りな音と共に、床の裂け目から巨大な何かが姿を現す。


 「「「…」」」


 それは…正しく「門番」と呼ぶにふさわしい異形だった。


 全長三メートル。全身を分厚い漆黒の甲冑に覆われた、鎧そのものが生命を得たような生き物。

 分厚い黒鉄で組み上げられたその巨体は無骨そのもので、人間のような関節を持ちながらもその動きは明らかに人ならざるもの威圧を放っている。


 鎧の継ぎ目からは絶え間なく黒い蒸気が漏れ、関節部分には血のように赤い鉱石が埋め込まれて不気味に輝く。


 首はなく、仮面のような兜が胸甲に直接食い込むように固定されている。奥に覗く目と呼べるものはない、ただ、鎧の隙間から漂う暗い霧がまるで、視線のようにこちらを捉えていた。


 胴体から延びた両腕には鋼鉄の柱のような腕甲がはめられ、武器は持たない。だが、その五指そのものが、すでに十分過ぎる凶器。


「くっ!…あれが門番!」


 根川が呟いた声は、さすがの彼にも焦りが滲んでいる。普段の彼なら軽口の一つ二つ、挟むだろうが、真剣な表情で刀を抜いた。


「一気に難易度上がりすぎでしょ…」


 柚希の声には、かすかな震えが宿っていた。


 生きる鎧が一歩、前へと踏み出す。

 『ドゥンッ』

 床が轟き、まるで地盤そのものが軋むような重低音が襲う。二歩、三歩。その度に空間全体が揺さぶられる錯覚に囚われる。


 四方を囲む篝火が、呼応するかのように炎を激しく揺らめかせる。黄ばんだ赤い光が甲冑に反射し、その存在に意志が宿ったかのような威圧感が闘技場を支配した。


「もすー!」


「来るぞ――!!」


 清龍と根川の叫びが重なる、その刹那、門番の巨躯が沈み込む。突進の構えっ!


 地響きを轟かせ、黒鉄の巨体が一直線に突撃してきた――!

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