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世界の中心、花咲く神の塔 (改訂版)  作者: 名無しの戦士


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第三十話 四階層

 第一関門と称される塔の四階層へ足を踏み入れた瞬間、肌を撫でる空気の濃度が明らかにに増した。


 乾いた三層とは異なり、ここは冷たく湿り気を帯びている。鼻腔をくすぐる苔と錆びた金属が混ざった匂い。そして何より、周囲を支配する闇が、異質だった。


「…話に聞いてたけど、これは暗いというレベルじゃないわ」


 前方わずか数メートル先さえ見通せない。ただ黒一色が広がる空間で逸れないよう一塊になって移動する僕たち。視界は完全に奪われ、自分の足元さえ識別できない。即座に全員が、腰袋から月光苔の加工ゴーグルを取り出し、顔に装着した。


 薄明るくも鮮明に地面と化け物の輪郭が浮かび上がる。奴等、暗闇に潜んでいる!


「来るぞっ!奇襲だ!」


 根川の警告とほぼ同時に、地面と闇の境から化け物がずるずると這い寄ってくる音。月光苔の加工ゴーグル越しに、異形の姿を捉える。暗黒が充満するこの階層に巣食う化け物、その名は闇棲(くらやみずみ)

 顔のない頭部、長細い体躯、湿った皮膚、鈍く光る鋭い爪がレンズ越しに映し出される。


「ッチ一体ずつ数えてたらキリがなぇ!全滅させるぞ!」


「もす!」


 根川の号令と刀の抜き手が同時に光る。清龍が双剣を閃かせ、壁を駆け、天井を跳ぶ。曲芸師のような身のこなしで敵陣深く躍り込み、音もなく影を裂く。闇棲みの群れは双剣の軌跡に振れた刹那、黒い体液を噴き上げて崩れ落ちる。


「撃ち抜く!」


 後衛の柚希が二本の属性矢を放つ。矢尻に刻まれた炎の陣法が深紅に輝き、火龍が咆哮するように闇を裂いた。矢筋は灼熱を描き、尾を引く炎が洞窟を一瞬で赤く染める。


 二本の矢が細長い闇棲みを貫き、灼熱の炎柱が迸る。爆発的な熱風が通路全体を揺るがし、多くの数を一瞬で焼き尽くす。


「いい射撃だ、左近寺! 朝比奈、加護を頼む!」


「任せて!――二重付与、『強』『敏捷』の祝福!」


 舞の付与が全身を駆け巡ると、視界の端が青白く光り始める。神経が研ぎ澄まされ、僕の身体が軽くなる。小鳥が羽ばたくような高揚感と共に心拍が加速し、五感が研ぎ澄まされていく。

 闇棲みの動きがゆっくり見えてきた。奴らの爪が岩肌を擦る音、粘液が滴り落ちる微かな響き、無数の牙が放つ冷たい殺意。すべてがくっきりと感知できる。


「っせや!」


 身体が脳の信号より先に反応した。振り抜かれた六尺棒が風を切り裂き、動き出そうとした闇棲みの顎を粉砕する。衝撃が腕に伝わるより早く、既に体は次の動作へと移行していた。まるで自身が戦闘の流れそのものと一体化したかのような感覚。…言い換えれば全能感。


「もすッ!」


「了解!」


 清龍の警告に反応した僕は瞬時に六尺棒を後方へ振り抜く。ゴーグル越しに捉えたのは、壁面を蜘蛛のように移動する小型の魔物。死角から突進を仕掛けようとした瞬間を棒の先端が鳩尾を直撃、バキリと内部で何かが砕けた。


「てめえらが闇に潜んでるつもりでも、こっちにははっきり見えてんだぜ!」


 根川が豪快に刀を振るい、一閃で三体まとめて吹き飛ばす。そのたびに魔石が転がり落ち、いくつかの輝く素材も同時に地面に散らばる。


 暗闇の中、確かに手応え。数では圧倒されていても、僕たちは一歩も引かず、むしろ確実に敵を減らしていた。

 化け物たちは闇に紛れて奇襲を得意とする種類…蜥蜴型、半透明の触手型、土竜型など多様だったが、幾多の実戦で磨かれた連携の前に、次々と撃破されていった。


 三分とかからずに魔物の気配は消え、静寂が戻る。残されたのは無数の魔石と、所々に光る貴重な素材。


「もす…」


「今の内に素材を回収しましょ」


 警戒にあたる根川を視界の隅に捉えつつ、地面に散らばった戦利品を拾い集める。


 得られたのは下級魔石を始め『闇翅の羽毛』『黒キ爪』『黒樹皮』『塩結晶化した触手』など、財布に嬉しい品々ばかり。査定金額を想像すると、思わずにやけてしまう。


「魔石は小粒だけど、純度はなかなかね。一個八千円くらいかしら?出費が続いた後だから、本当に助かるわ」


 舞の呟きに、全員の口元がほころぶ。上層へ進むほど敵は強くなるが、その分、得られる素材の価値も増す。塔の頂を目指す理由はそれぞれであれ、こうした確かな収穫が登塔者の士気を灯す贄となる。


「進むぞ」


 警戒を緩めない根川の低い声に、僕たちは互いにうなずきを交わし、再び闇の中へと歩を進めた。





 青緑の霧が漂う道をゴーグル越しに進むこと三時間。根川が苛立ったように口を開いた。


「そろそろ最奥に辿り着いてもいい頃合いだが…」


「――見えた」


 前方を見据える僕の視界に差し込む光に声を上げる。


 広がる通路の先、四方を高い岩壁に囲まれた四層の終着点。数多く存在する難問の一つ目を越えた証、大広場に到着した。幾何学模様が刻まれた大理石の階段前には、『この先五層、しかと心せよ』と彫られた石碑が立ちはだかる。


「さすが安全地帯、明るいですね」


 青白く輝く壁面が闇を押し返す安全地帯は、ほのかな安堵をパーティーに与える。


「…着いたな」


 肩を回しながら心の帯を緩めたようにほっとする根川の言葉に、皆も自然と緊張を解いていく。心の底にたまっていた不安から解放された気分だ。


「今のうちにしっかり休憩しましょう。魔石と素材の確認も必要だし、体力の回復も」


「ああ。五層入り口に転送装置があるらしいが、万が一もある。用心に用心を重ねよう」


 僕たちは階段から少し離れた岩場に腰を下ろした。丁度いい高さの岩に寄りかかりながら、固く張ったふくらはぎを揉み解す。舞が治癒の加護を順にかけて回り、体中に溜まった疲労がじんわり抜けていく。


「――っえい!疲れは取れたかしら?」


「うん、ありがとう。舞のお陰で順調に進んでいるよ」


「えへへ、どういたしまして。当初は得意な武器を主体にする加護じゃなくて落胆したけど…今は気に入っているの」


「そうだな…それには俺様も同意する」


「えっ!?アンタ今、純之介と意見が合ったわね!?ちょっと録音しとけばよかったかも!」


「うるせぇ。無駄口叩くんじゃねえ!」


「もすもすっす」


 皆の顔に笑みが戻る。疲労の中にも充実感が生んでいる。第四層での戦闘を頭の中で反芻する。速さ、火力、連携、そして何より慣れぬ暗闇への対応。一つひとつが試された。…でも、乗り越えた。超えたんだ!


「……五階層には挑むの?」


 休憩を終え、階段を登り始めた時、柚希が少し不安げに尋ねた。


「踏破結晶に触れて、戻る。曰く、五階層には門番って言う厄介な存在がいる話だ。無策で挑んで全滅するわけにはいかん」


「…難関が続くのね」


 根川の言う通り、塔の五階層には強大な敵『門番』が立ちはだかる。戦う前に、出来る限りの準備を整えねばならない。


「ホント…あたしも矢を補充しないと。あぁ~!またお金が減るぅ!」


「僕は靴を新調したいかな。武器はまだ平気かも?」


「もすもすもす!」


「私は…貯金かな~?狙っている遺物が高額なの」


 それぞれの思惑を口にしながらも、どこか楽しそうな雰囲気が漂っていた。


 踏破結晶の前に立ち、中心へ手を伸ばす。掌に淡い振動が伝わり、内部に込められた魔力が反応し、四方へ光の紋様が走る。空間が揺らぎ、重力が逆巻くような感覚が身体を包み込む。


「もす」

「「「転移、零階層」」」


 全員の声が重なると同時に、視界が反転し、光の渦が広がる。


 ――そして、僕たちは零階層へと帰還した。

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